第40話 人形劇
暗い、暗い光も届かぬ深遠の中、身動きも取れない状態でアランとラーウネは居た。
……いや、居た。というよりも拘束されてる。といったほうが正しいだろう。
だが、拘束具などは存在せず……あえて言うならば、空間の穴に拘束されてる。という表現のほうが正しいだろう。
「おい、ラーウネ……今日で、何日になった?」
黒い肌がどこか青白いように感じさせながら、ポツリとアランは問いかける。
すると、首だけのラーウネはポツリと呟く。
「そんなこと、シらないわぁ……。わたくしはゼンゼン、カラダがモドらなくて……テンションがサがっているんですからぁ……」
「くそっ、賢者は死んだんだろ!? だったら、何故ワタシたちはここから出れないんですか!?」
「シらないわよぉ……。キになるのだったら、アレにキけばいいじゃないのよぉ」
ギャーギャー喚くアランを尻目に、気だるげなラーウネは正面へと視線を向ける。
というよりも、首は固定されているので目だけしか動かすことが出来ないのでそうする他無い。
……そして、正面にはここ数日アランとラーウネが見させられているものが開幕した。
『おねえさん、おねえさん、今日はどんな話を聞かせてくれるの?』
『ん~、そうだね~。昨日はどこまで話したかな~?』
暗い中にスポットライトが降り注ぎ、その下には2体のぬいぐるみがあった。
一方はどこかで見たようなエルフっぽい女の子の人形。
もう一方は、凄く馬鹿っぽい面をした真っ黒い男らしき人形。
そして、その声を当てているであろう人物は、声の質からして同一人物なのだろう。
『えっとね、えっとね、昨日は種馬勇者の話だったよ!』
『なるほど~、あの種馬勇者の話か~。アレが節操無しだったお陰で、混人にも一応ながら人権を認めることになったんだよね~』
『すごいよねすごいよね、種馬勇者万歳って感じだね!』
男の声はちょっと胸を張りつつも馬鹿っぽく、女の子の声はちょっと偉そうながら間延びしたような声。
そんな感じに人形を動かしている者は使い分けてるのか、話を続けていく。
『けど、勇者は賢者が行くなって言ってたのに、放射能が酷いことになってる爆心地に飛び込んじゃったんだよね~』
『ああ、それが原因で種馬勇者は死んじゃったんだね! すごいな~、賢者すごいな~~!』
『しかも、勇者は自身のプライドからか、大魔王が地底に居るって言うことを告げなかったんだよね~』
『わぁ~、大魔王は何時襲っても大丈夫って感じだね~!』
『そうなんだよね~、でも地上に行くためには放射能で汚染された大地を進まないといけないから、被爆しちゃうんだよね~。まあ、逆にこっちからも手を出せないんだけどね~♪』
『ひばくひばく!』
楽しそうに人形たちはわけのわからないことを話す。
だが、その話を聞いているとアランたちは地上に上がる際に、目に見えない危険な毒の空間を渡っていたことを思い出していた。
けれどホウシャノウとかヒバクというのが何なのかまったく分からない。
そう思っていると、女の子人形があっさり手の平を返す。
『まあ、そんなのは今の話に関係ないからぽぽいのぽ~~い!』
『わ~、おねえさん投げっぱなしだ~!』
『だって、今は関係ないはなしだもの~。それでね、種馬勇者のお陰で一応は混人にも人権が当たったけど……それじゃあ何にも変わらないのよね~』
『そうなの?』
『ええ、だって今まで生まれたり見つけたら即座にKILLなんて存在を生かせよ? どうするべきかまったく分からないから、最終的には育てるだけ育てて奴隷レベルでこき使おうってことになったのよ~!』
プンプン、という女の子人形。それを見ながら恐怖をイメージさせるのか黒い人形は口元に両手を当てる。
『うわぁ~、怖いねこわいね~~!!』
『だから、賢者は時折そんな馬鹿なことをしていないかって牽制目的で各国を見てたんだけど、やっぱり分かってる人以外には分かっていなかったのよね~……はぁ』
『馬鹿だね、人間って馬鹿だね~』
『というよりも悪習から抜け出せなかった人たちが寄り悪い方向に進んじゃったってことなのよね~』
女の子人形はそう言いながら黄昏ている風を表すようにどこか遠くへと視線を向ける。
黒い人形のほうは人間って馬鹿だな~と言い続けていたが、突如クルリと女の子人形が黒い人形へと体を向ける。
『だからね、賢者は考えたんだ! そうだ、国を作ろう。混人のための国を。ってね!』
『わあすごい! けど、そんなに凄い考えなのになんで国がすぐに作られないの?』
『良い質問だね~。賢者は強いし、一人でなんだって出来るよ? けどね、ひとりなんだよ』
『?』
女の子人形の言葉に黒い人形は首を傾げる。
一人だと良いことだし、なんでも好き勝手に出来るはずなのにどうしてと、続けて質問をする。
すると、女の子人形は答えた。
『ひとりだとなんでも好き勝手出来るよね? けど、それって別の意味だと、好き勝手にした結果作った国を滅ぼす可能性だってあるんだよね~』
『なるほど~! 賢者は数年掛けて作った国をたった一週間で潰す才能の持ち主だったんだね!』
『ええ、殺すわよ? じゃなかった、そうよ』
女の子の人形から剣呑な空気が放たれ、黒い人形は頭を下げる。
『そ、それで、おねえさん。賢者はどうしたの?』
『賢者はどうしたかって、簡単な話よ。弟子をとって、その子たちに自分の全てを叩き込む。そうやって何名かの弟子たちに国を作って、運営してもらおうと考えたのよ』
『そ、そうなの~!? けど、素直に賢者の全てを教わるって賢い子ばかりじゃないんじゃないの~?』
『そうだよね~。だけどね、賢者には秘策があったの』
くすくす、と笑うように女の子人形は含み笑いを浮かべる。何処となく邪悪だ。
事実語られた内容は、邪悪すぎた。
『賢者の秘策、それはね……弟子たちを賢者が命がけで護るというものよ』
『? それって何の意味があるんだい?』
『考えてもみなよ。賢者が連れて来る弟子と言ったら基本的には子供だよ? だったら、「大人なんて信じられるかーー!」ってぐらいに人間不信になっちゃってるわけよ』
『ふんふん。じゃあ、おねえさん、子供たちは賢者の言うことなんて聞かないんじゃない?』
『そうだよ。だけど、賢者は嫌な顔をせずに好きなことをしてもらおうって言うんだよ。そして、手頃な馬鹿が襲ってくれるのを期待するわけだよ』
そう言いながら、女の子人形はアランたちを見ながらくすくすと口に手を当てながら嗤う。
その人形を見ながら、アランたちは信じられないといった表情を浮かべる。
『なるほど! わかったよ。つまり賢者は手頃な馬鹿に弟子をピンチに追い込ませるんだね! そして、ピンチのところで助けに入ると!!』
『その通りだよ~。だけど、ただ助けただけじゃあ弟子たちは助かったぐらいしか思わないわけだ。強くなろうって考えは起きないわけ』
『じゃあどうするんだい、弟子がやる気を出させる方法は?』
『簡単だよ簡単。こうしたら良いんだよ』
――馬鹿な敵を煽って、弟子に刃が向けられた瞬間に弟子と相手の間に飛び込んで、傷を負うんだよ。
人形から放たれた言葉、それがアランの全身に寒気を走らせる。
同時に、頭の中では必死に考えていた。
(この人形が言ってる言葉、それが……それが事実なら、ワタシの短剣を……あの賢者は自ら受けたということじゃないですか……!)
賢者は化け物。それは理解していた。だが、アランは改めて賢者の異常性を認識した。
……が、その考えは黒い人形の問いかけによって、突如中断させられた。
『あれ? けど、おねえさん。なんでそんな大事なことを教えてくれてるんだい?』
『どうして? そんなの簡単だよ。だって、この話はどこにも洩れないから語ってるんだもの』
『え?』
『要するにね、死に行くお前たちに対しての土産話ってわけよ』
『え? う、うわ~~~~~~っ!!?』
いったい何を言ってるのか、そんな反応だった黒い人形が突如燃え上がり、瞬く間に黒い人形は灰となった。
そして、嗤っている女の子人形はてくてくとアランたちへと近づいて行く。
一歩一歩進むに連れて、漆黒の闇に隠されていた人形を操っていた人物が姿を現した。
……それはアランたちが会いたくもない相手だった。
『くすくす……、どうでしたか? 私の人形劇は?」
「「け、けんじゃ……」」
恐怖に顔を引き攣らせながら、アランとラーウネは同時に目の前の人物……ベルを見る。
だが、彼女の浮かべる表情。それはあのペット……賢者の家族を前には絶対に見せないような歪み切った笑みだった。
艶かしく、それでいて邪悪……。思いやりなどという優しさがまったく篭っていない表情。
「あなたたちには本当に感謝していますよ。だって、私の考えていた通りに馬鹿なことをしてくれて、ディックたちを襲ってくれました。
そして最後にはディックを庇わせてくれたのですからねぇ……!」
三日月のように歪んだ口元から語られる言葉は何処か劇を連想させるような物言い。
いや、彼女は演じているのだろう。目の前の憐れな道化たちへと聞かせるために。
「これでディックもクラリスも、私を絶対に疑わない。そして強くなりたいと心から思うようになりました!
あなたたちのお陰で彼らは強くなりますよ。ああ、あの子達が創る国……それはいったいどんな国になるでしょうね?
……聞いていますか?」
悦に入るように大声で言っていたベルだったが、まるで返事がないため……彼らを見る。
向けられた瞳を見た瞬間、その瞳に濁り切った闇を感じ……アランたちは恐怖に身を竦めた。
だが、返事をしないと……殺される。直感的にそれを理解したのか、震える声でアランはベルに問いかけた。
「テ、テメェ……、ワ、ワタシの呪いが全身に……」
「のろい? ああ、ごめんなさい。実はあれはあなたたちに希望を持たせるための方便だったんですよね。
ですから、あなた如きのちゃちな呪いなんて私には効かないんですよ」
「は……はぁっ!? バ、バカ言うな! おまえは、お前はあのとき背中から血を……!!」
きょとんとし、今思い出したことをアランにサラッとベルが告げると、その事実が信じられないのかアランが叫ぶ。
その様子を見ながら、まるで仕方ない。とでも言うようにベルは短剣を何処から取り出した。
アランの、見覚えのある短剣を。
「そ、それは……」
「頑張りましたよ~。だって、振り被った瞬間に短剣の刃だけを異空間に送り飛ばしながら、さも斬られたように風魔法で背中を斬ってましたから~」
「は……? 風、魔法……?」
「ええ、ですから私の背中の傷はあなたが付けたのではなく、自分自身でつけたんですよ」
そう言って、ベルは嘲るように微笑んだ。
……その笑みを見ながら、震える声で……アランは呟いた。
「く、くるってる……狂ってやがる…………」
「嫌ですね~、私は狂っていませんよ? ただ、そうでもしないとこの世界は過酷だって理解してるだけです。っと、これを返しておきますね」
「――――ぐぎゃっ!? ひ、ひぎゃ、ががががぎゃああああああああ!?」
クルクルと手に持ち遊んでいた短剣。それをベルはラーウネの頭に突き刺し、返した。
突き刺された短剣の周囲から、ラーウネの頭は腐り始め……ボロボロと崩れ始めていく。
時折、イタいイタいという悲鳴が聞こえたが、ベルは笑みを浮かべるだけだった。
そして最終的に、種もボロボロと崩れると……カランと短剣は下へと落ち、崩れ去った。
「ラ、ラーウネ……」
「わぁ、凄い効果ですね~? けど、私には本当に無駄なんですよ無駄。どうですか、今の気分は? 絶対に倒せるって自信を持ってたんでしょう?」
呆然としながら、アランは絶命してしまった仲間を見ながら震えた声を上げる。
そんな彼へとベルは近づき、イヤらしい笑みを浮かべながら煽っていた。
「この……化け物が……ぺっ!」
煽りに返す言葉がなかった……いや、返してもまともな返事がない。それを理解したのかアランは、憎々しげにベルを睨みつけながら、彼女の頬へと唾を吐いた。
ベチャッと白い肌に唾が当たり……、垂れていく。
そして唾を吐かれたベルは無言でアランを見ながら……、
「それがあなたの遺言ですね。そうですか、では――さようなら」
軽く腕を振るった。
魔力の煌きが走った瞬間、アランの体はあの黒い人形と同じように燃え上がり……声を上げる暇もなく一瞬で灰になっていった。
……静寂。
後に残るのは静寂のみだった。
静まり返った異空間を見ながら、ベルはクルリと翻る。
「さて、それじゃあ帰りましょうか……」
小さく呟き、その空間から姿を消したのだった。




