第39話 ベル、回復する。
パタパタとこちらへと駆けて来る足音をベルは目を閉じながら聞いていた。
……一度薄っすらと開けた目には、気持ち良さそうに眠るディックが見え……、回復薬を飲むなり塗るなりしてもらったら、ちゃんと目覚めて頑張った2人を思いっきり褒めて撫でてやろうと考えていた。
『ベルママッ、でぃっくおにちゃん。できたよ~!』
「んぁ……?」
(ちゃんとポーションが作れたみたいですね……。けど、彼女が手を出すなんて何を考えているのかしら? 私は絶望的な状況の中で全力を出して覚醒することを望んでいたんですよ?
ああ、けどそう考えるなら、ディックのほうもリーダーが手を貸したんでしたよね?)
元気良くリビングへと入ってきたクラリスの声を聞きながら、ベルは少し不満に感じながら彼女の声で目を覚ましたディックとクラリスの気配を感じていた。
それで分かったことだが、クラリスは完成したポーションをディックへと見せているようだった……が、何故かディックの気配が戸惑っているように感じられた。
「ク、クラリス……? これって……だいじょうぶ、なのか…………?」
『う~~ん、さいごにすこししっぱいしちゃったけど、だいじょうぶだよきっと!』
(……? ディックが戸惑っていて、クラリスが少し心配している? いったいどんなじょうきょ――――っ!?)
黒かった。桃色の液体を予想していたベルの予想を裏切るほどに真っ黒な液体がクラリスの持つ容器に満たされていた。
どう見てもこれは、回復するのかと疑いたくなる物であった。
(こ、これは……どうみても、回復はするけど変わりに毒が回るってタイプの回復薬になっちゃってるわね……、多分原因は漉し忘れと……煮込みすぎかしらね? ……というか焦げてる?)
薄目を開けて2人を見ると、ディックは不安そうにそれを見ており、クラリスも不安そうに自らの手にあるポーションを見ていた……。
だけど、気を取り直したのか2人はベルのほうへと振り返る。
それを見ながらベルは薄めだった目を閉じ、気を失っている風になる。
『ベルママ! クラリス、でぃっくおにちゃんとぽ~しょんつくったよ! だから、これをのんでげんきになってねっ!!』
元気良くクラリスはそう言うとポーションの蓋を開けたのだろう。
直後、部屋中に焦げ臭いにおいが漂い始めた。
「~~~~~~っっ!!?」
(……や、やっぱり、焦げてるわね……というか、焦げている上に変な変化をしていない? というよりも、ディック大丈夫かしら?)
『わわっ!? でぃ、でぃっくおにちゃんだいじょうぶっ!?』
「お、れのことは……いい、から……はやく、ベルに……」
漂い始めた臭いにバタンと倒れたディックを心配しているベルだったが、今は自分を心配するべきだろう。
倒れたディックに心配そうな顔をするクラリスだったが、どうやらディックはそれを速くベルに飲ませるようにと指で指示しているようだった。
『わ、わかった! ベルママ、ぽ~しょんはやくのんで~~!!』
使命に燃える。そんな感じにクラリスは頷き、ベルへと近づき……眠る彼女へとポーションの容器を傾ける。
傾けられたポーションは普通ならバシャッと水と同じように注がれるのだが、彼女が作ったそれはドロ~~ッと粘りつくように容器から垂れてきた。
(これは……かなり厳しいものがあるわね)
近づいてくる悪臭に顔を顰めたくなるのを我慢しつつ、目を閉じ気を失ったようにしながらクラリスのポーションをジッと待つ。
……待つこと1分ほど、ベルの横顔へとどす黒い粘つくようなポーションが落ちて行った。
どろりとした黒い物が頬を走り、口の中へと垂れた瞬間――――、ベルの体が跳ねた。
(っ!!? ちょ!? こ、これは……これはやばい、やばすぎるわ!? 口の中に入った瞬間、ものすごい刺激が広がり……飲み込もうにもドロドロしすぎて飲み込めないし!! というか、口の中に入れた瞬間から受けるダメージが半端無いんだけどぉ!?)
ピリピリとした刺激が口の中にドロドロと溜まっていくのを感じながら、ベルは焦る。
というか、今にも血が噴出しそうであったが……我慢だ我慢!!
「ベ、ベル……?」
『ベルママ……?』
(マ、マズいわ……! 仕方ない、ここは……口の中の物を亜空間に送りつけると同時に、今受けた毒を解毒して背中と口の傷を回復……!)
心配そうにベルを見るディックとクラリス、その2人の視線に気づき、彼女は素早く行動に移る。
それはほんの30秒にも満たない行動で、3秒も掛からずに口の中のクラリス特性ポーションを亜空間に送りつけると即座に口内を水魔法で軽く洗浄させる。
そして、さもポーションが効いたと言うように、背中の傷を治癒魔法でゆっくりゆっくりと回復させていく……。
「んっ……んんっ…………」
最後にわざとらしく、怪我が治った瞬間目が覚めたように装いながら……ベルは目蓋を開いた。
それにまったく気づくことがない2人は目覚めたベルに、涙を浮かべながら笑顔となった。
『ベルママッ!!』
「ベ、ベル…………!」
「……ふたりとも。大丈夫、だったかしら……?」
『うん、うんっ! だいじょぶだったよベルママ、くらりすがんばったんだよ!』
「ベルのほうこそ、大丈夫……なのか?」
笑顔の2人を見ながらベルが起き上がると、心配そうにしながらも誇らしげにクラリスは笑顔の花を咲かせ……ディックはベルの具合を尋ねてきた。
そんな2人に向けて、ベルは優しく微笑み……、
「大丈夫よ。……2人とも、その様子から分かったけど……頑張ったのね。クラリスはポーションを……そして、ディックはヒールグラスを積んで来てくれたのね。
……ありがとう、2人とも」
そう言って、ベルは2人の体をギュッと抱き締める。
すると、クラリスはキョトンとした表情をし、ディックは目を瞬かせる。そして……。
『…………ふぇ、ふぇぇぇ……ふぇえええええええええ~~~~んっ!!』
「ベル……ベル……! お、おれ、おれのせいで、ごめん、ごめんなさぁぁぁぁいっ!!」
緊張の糸が解けた、というよりもプチンと切れたのかクラリスは大きな涙をボロボロと零しながらベルへと抱きつき返し、ディックもベルに謝罪をしながら……何時しか涙を流して抱きついていた。
そんな涙を流し大泣きをする2人の頭を、そっと優しく撫でながら……ベルは微笑む。
知らない者が見たら、それはきっと涙するような光景であっただろう……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一頻り涙を流し続けたあと、ディックはベルから離れると……真剣な瞳で彼女を見た。
「ベル……、あの……お願いが、あるんだ……」
「何ですかディック?」
何か大事なことを話したい。真剣な瞳でそう理解したベルは、ジッとディックを見る。
ジッと見つめられたディックは一瞬ビクッとしたが……、すぐにベルを見ながら口を開いた。
「おれに……おれにも、まりょくの使いかたをおしえてほしいんだ!
今回のことでわかったんだ。……おれにもまりょくの使いかたがわかってたら、ベルにケガさせなかったかもしれないし……、クラリスをたすけることもできたはずなんだ……だから」
そういうディックはあのときのことを思い出したのか、悔しそうにズボンを握り締める。
そんな彼を見ながら、ベルは……。
「わかりました、ディック。いっしょに学びましょう」
「いいの、か?」
「ええ、良いですよ。……ただし、ディックの場合は戦いかたも覚えたほうがいいでしょうけどね」
「そう、なのか? だったら……だったら、まりょくといっしょに戦いかたを教えてくれ! いや、教えてください!!」
大量の魔力、それを上手く扱えるようになったとしても敵はそれ以上の戦いかたで襲って来るかもしれない。
だから、武器を使うなり素手なりで戦う術を身につけるべき。そうベルは告げると、ディックは断ること無く……頭を下げた。
「わかったわ。ディック、私があなたを強くしてあげます。……大魔王にだって勝てるくらいにね」
「だいまおうって、なに馬鹿なこと言ってるんだよベルは」
自信満々にベルが言った言葉を本気と捕らえなかったようでディックは何とも言えない表情をベルに向ける。
その瞳に内心溜息を吐くと、冗談でした。とでも言うようにクスリと笑うとワザとらしく頬を膨らませ、
「失礼ですね。私は本気ですよ?」
「ベル……、はは……ははは……っ!」
その反応が面白かったのか、ディックは一瞬ポカンとした表情をしてから……少しずつ口の端を緩ませると、段々と笑い声を上げ始めた。
ここに来てから初めて見たディックの笑い顔だった。
その笑顔を見ていると、不意に服が引かれるのを感じ……そちらを見るとクラリスが服を引いていた。
「どうしたのクラリス?」
『くらりすもだいまお~たおせるぐらいにつよくなる!』
ディックとの会話を聞いていたようで、クラリスはやる気満々と言った感じにふんすふんすと鼻息荒くベルへと言った。
そんなクラリスの頭をベルは優しく撫でると、2人を見る。
「そうね。絶対に大魔王を倒せるぐらいに、クラリスもディックも強くしてあげるわ。だから、改めてよろしくね、2人とも!」
「は、はいっ!」
『うんっ!』
ベルが言うと、2人は返事をしながら頷いた。
こうして、ディックたちは本当の家族になったのだった。




