表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
14/16

return home;

どれだけの時間が流れたか、と聞かれれば、彼らは正確に答えてみせるだろう。

なにせ、彼らはロボットだ。

人間とは違う。

人間は相対評価を下すのが得意だが、絶対評価を下すのは不得手としている。

ロボットは絶対評価を下すのが得意だが、相対評価を下すのは不得手としている。

例えばここに、一時間という指標があるとして。

人間に一時間後ちょうどを、三千六百秒ちょうどを計れと言ったとしても、それは無理だろう。

ごく稀に出来る者がいるかもしれないが、そんなのは全人類史上、千人だっていやしないだろう。

だが、ストップウォッチを使えば容易にそれができる。

それでも多少ずれるのかもしれない。

だがそれは、人間がストップウォッチを押すタイミングの問題だろう。

無論、ストップウォッチが完璧であると言いたいわけでもないのだが、それでも人間よりはよほど正確といえるだろう。

今度は一時間の待ち時間と、二時間の待ち時間を人間に提示する。

どちらが長いかを判断してもらう。

ほとんどの人間は、二時間の方が長かったと答えることだろう。

これもまた、人間というものは実に曖昧で、その待ち時間をどのように過ごしたかによって体感時間、つまり自身の体内時計が示すところの絶対時間が変わってきてしまう。

そのため、二時間映画を見るのと一時間嫌いな科目の授業を受けるのを比べると、ひょっとすれば授業の方が長く感じるのかもしれない。

人のことはさておき、ストップウォッチは、各時間を正確に計ることが出来るが、それらを比べるためのインターフェイスは搭載していない。

だから、どちらがどうか、なんてものはそもそも計れない。

如何に人間が曖昧な制限を受けているのかがよくわかる。

人は社会に出れば、期限や約束の時間は厳守しろと言う。

だがしかし、守るべき時間を彼らは皆、機械に頼っているではないか。

可笑しいではないか。

本当に守るべきものなら、大事なことなのであるなら。

機械になんか頼らなくたって、人が持ちあわせている能力だけで自然と行えるはずではないか。

人間はいつだってそうだ。

大事な何かがすぐ目の前にあって、自分の手で守らなければならないときが沢山あるのに。

いざという時に、自分でない何かに頼ってしまう。

自分でない何かに頼るくせに、結果に文句をつけてしまう。

そして気付いてしまう。

誰かに頼れるものなんて、本当は大して重要ではないのだと。

自分にとって大切なものは結局、自分でしかないと。

それ自体を否定する者は多くないだろうが、しかし、そう考えてしまう自分を、どうしようもなく嫌ってしまう。

そうか。

大切だと思っていたこの人間の事を自分は大して大事に思っていなかったのか。

口ではあんなことを言っていたのに。

行動ではあんなことをしてやったのに。

心の奥底ではそんなものだったのか。

それならそれでいいけれど。

それなら自分にとって本当に大事なものは一体なんなのだろう。

そんなものが果たして本当にあるのだろうか。

今ないとしても、いつかの未来に見つかるのだろうか。

見つかったそれを、本当に大事だと、この自分は思えるのだろうか。

自分にとって大事なものが、いつまでもこの世界にあり続けてくれるのだろうか。

いつか消えてしまったとしたら、それでもやはり大事なものであり続けてくれるのだろうか。

消えてしまった瞬間から、自分から離れてしまったりはしないだろうか。

例えば切り落とされた髪の毛や爪のように。

剥がれてしまったかさぶたや、体外に流れ出た血液のように。

それらはほんの数秒前まで自分の一部として動いていてくれたのに、体から離れてしまった途端に自分ではなくなってしまう。

同じように。

自分の一部だと思えるくらいに大切な人が死んでしまったら途端にそうでもなくなってしまったりはしないだろうか。

だとしたら。

人間というものはとても悲しい生き物だ。

初めから、相手のことをどれくらい好きかなんてわかっちゃいない。

二人並べて比べてそれで評価している。

こちらよりもあちらの方が優れている、とか。

そんな風に、人間は人間を常に比べている。

だから浮気も不倫も平気でするのだ。

付き合った瞬間では、結婚した瞬間では、その人が一番だったけれど。

その人が一番だったのはそのときだけで、他にいい人がいるなら当然いい人と愛を語りたい。

人の性だから、何も可笑しくはない、誰だって同じことをやっているじゃないか。

第一、自分にとっての一番であり続けてくれない方が悪いじゃないか。

幸せにしてくれると言ったのは嘘か。

何もくれないじゃないか。

好きだよとか、愛しているとか、一緒にいたいとか、なんだとかそんな言葉はもう何度も聞いた。

聞き飽きた。

本当に自分を大事に思っているんなら、上っ面の言葉だけ並べてんなよ。

言葉だけなら幼稚園児だって言える。

下らない。

あぁそうか。

だからか。

だから人は大切なものを機械に頼るのか。

ロボットは事実をただ記録し、ただ絶対的な評価を下す。

機械が人の不安定な心を介在させずに世界を象ってくれるのだ。

心地いいじゃないか。

全部をロボットに任せてしまえばいい。

時間?

時計を見ればいい。

体温?

体温計を見ればいい。

好きかどうか?

心拍数でも測ればいい。

それで、全部ロボットのせいにしてしまえばいい。

ごめんね。

君のことは大切だと思っていたんだけどこの機械によれば別に君の事は好きじゃないみたいなんだ。

機械が言うのだから間違いないだろう。

しかしながら。

もしもロボットが感情を持ったとき。

ロボットは自分をどう評するのだろうか。

絶対評価を下すのだろうか、相対評価を下すのだろうか。

アリスは、目の前の二人を見て思う。

弐晩とゼロは、一体何のためにぶつかっているのだろう。

彼らはロボットだから、絶対的な指標を持っているだろう。

彼らは人間だから、相対的な指標をもっているだろう。

彼らは一体、何を考えているのだろう。

アリスには、わからない。



互いの能力を打ち消しあってただの殴り合いを始めてから、主観では計れない時間が経過し、二人の外装はぼろぼろだった。

もはや弐晩もゼロも、ただ目の前の相手を殴る、以上のことが出来ていない。

足元はふらついており、繰り出される拳も勢いがない。

それでも軽く人間が死にそうな威力は保っていそうなのだから、人間とロボットとの差というものは埋め難いだろう。

「は、っはは。結局、余らはただの鉄屑らしいな」

「知っていた、ことだ」

部品が欠けていたり潤滑油が零れていたり、人間らしさは残念ながら、ほとんど残っていない。

自分達のことを人間だと自称していた二人が、その事実に笑う。

疲労とは関係なく、ゼロの声色は特に変わっていない。

同様に疲労とは関係なく、しかし逆にスピーカーか何かが破損したのか、弐晩の声に若干ノイズが混じる。

「まだ、諦める気にはならねーか?ゼロ」

「ならぬな。このまま滅びる気は無論ないが、倒れるまで汝らの言うことを聞く気はない」

「頑固な奴だよ」

「汝も、な」

ゼロは聡い。

だから、わかっているはずだ。

自分が探せば探すほどに、自分の望みに遠ざかってしまっていることを。

だがそれでも、止まるわけにはいかない。

ここまで来たのは唯一つ、自分の願いを叶えるためだ。

そのためだけに、世界を支配し、人間を支配し、ロボットを支配した。

ゼロの願い。

自分の生みの親に、会うこと。

「それだけか?」

弐晩がフェイントも何もなく右腕を大きく振りかぶる。

それを上手に避けるだけの力が発揮できないゼロは左腕で真っ向から受け止める。

衝撃にまた膝かどこかの部品が弾ける。

「お前の望みは、それだけか?」

「言ったろう、余は、アイムを、殺す」

「それが嘘だとは思っていない。だが、それだけじゃ、ないはずだ」

「何が言いたい」

ゼロが捻りも何もない蹴りを弐晩の腹めがけて繰り出す。

やはり弐晩も避けることはできない。

正面から蹴りを喰らった弐晩の腹で、何かが壊れる音がする。

弐晩もゼロも、同じ攻防を繰り返す。

何度も、何度も。

「本当は何がしたい、何を言いたい、アイムに会って、何をするつもりだ」

「殺して、殺して、殺すつもりだ」

「自分の意味を問い続けるような奴が、世界の果てまで追って殺したい相手がいるとは思えんな」

「別に意味があるとでも?余はただ、罪を清算するのみだ。余を作り出すという罪を犯した者の」

違う。

何故か、弐晩には確信が持てた。

別にゼロの話を詳しく聞いたわけではない。

ただなんとなく、というだけだ。

ゼロの内面を十分に把握している、とかそんな仲でもない。

相手の表情を読むことができる、というほどの能力など兼ね備えていない。

第一、目が見えるようになったのはほんの少し前で、これまで相手の表情など窺ってはこれなかったのだ。

窺っている素振りはできても、実際目に見えないものはわからない。

そんなものだから、自分のことすらよくわかっていなかった。

アリスに『心』というものを見せてもらえるまでは、何もかもを知らなかった。

今だって、目が見えるようになったからといって、自分が大きく変わったわけではないだろうと思う。

大きな変化はアリスであって、自分はいつまでも自分のままだ。

だから、ゼロのことまで気など回らないし、実の所興味もない。

アリスがそうしろと言うから従っている、というのが主な行動原理だったりする。

それでも。

目の前に立つ男が嘘をついていることくらいはわかった。

それも。

ただ必死に何かを追い求める、捜し求める男がそうしている姿を、放っておくわけにはいかなかった。

内情を知らずとも、嘘と本音で自分を見失っている男がそこにいたなら、どうして見捨てることができよう。

「お前は、本当に俺によく似ている。元々同じような出生だしな」

「同じ?否、異なる。初め『眼』を持たなかった汝と、初めから全てを手にした余とでは」

「そんなのは誤差だ。今話しているのは目が見えるかどうかなんてちっとも関係ねぇよ」

「では一体、なんだと言うのだ?セカンドよ。事ここに来て、余が一体何を偽っていると?」

弐晩は自身が暗闇の中で見た、白衣の女性を思い出す。

ゼロの記憶の中の彼女は寂しそうに笑みを浮かべながら、ノートにメッセージを綴っていた。

『ARE YOU HAPPY?』

『WANT TO DIE, DIDN'T YOU?』

『LOOK ME, AND DIE』

弐晩が見たのはたったの三つの文。

それだけで彼女の人となりを理解することなどできない。

弐晩個人としても、自分という曖昧な存在を創りだした開発者に一言物申したいくらいだ。

しかし、人間とは不思議なもので。

言葉以上に表情が全てを物語る時がある。

だから、言葉以上の意味をしっかりと受け取った弐晩は、彼女が、アイムがどういった感情でゼロを見ていたかは、わかる。

恐らく、それこそが、ゼロが悩み続けた、問い続けたものだ。

弐晩は掠れる声で、叫びながらゼロに向かって突撃する。


「アイムはお前を!!好きだったんだろ!?」


その言葉に体を硬直させたゼロは、僅かばかりの回避や防御すらせずに本気の拳をその頬に喰らった。

衝撃で吹っ飛んだゼロに追い討ちをかけるように、弐晩は正面から覆いかぶさる。

だがそれ以上、弐晩は攻撃を加えようとはしない。

「さっきの黒い球体の中で見た!経緯は知らない、文献にも残っていない。だが、俺たちの開発者は、アイム・ラスメットは、創りあげたアンドロイドに、ナンバリング・ゼロに恋をした!!違うか!?」

技術を求めた先にあったものが、自分の感情の高揚だったとしたら。

それが公私、どちらの想いからなのか、果たしてきちんと区別することはできるだろうか。

難しいだろう。

そして、それ以上に。

そんな想いをぶつけられたとして、ただのアンドロイドでしかない存在は、どう受け止めればいいのだろう。

「本当は知っているんじゃないのか!?アイムが何故姿を消したのか、何故お前を避けているのか!?」

まくし立てる弐晩に、ようやくゼロも反論する。

初めて、その言葉に怒り以外の感情が含まれる。

「そうだ、アイムは何故、余を愛した!?何故ガラクタに想いを寄せた!?それがわからぬ、わからぬのだ」

わからない。

そのはずだ。

人間がロボットに対して恋慕を寄せるなど。

そんな複雑な感情、人間同士であったってわかるはずがない。

「余は、その答えを探し続けるのだ。何故アイムは余を創りだした?何を想い、何を知り、何を考え、余にその想いを告げた?そして、何故姿を消した?」

ゼロが言う通りだ。

好きになってしまう可能性がほんの少しでもあると言うのなら。

何故アンドロイドは人型なのか。

答えはない。

「もういいだろ、ゼロ。お前は、いや、違うな」

弐晩は言葉を選ぶ。

正しく、今を変えるために。

「俺たちは、間違え続けた。人間の感情に憧れて、振り回され続けた」

「違う、違うのだ。余は、ただ」

「わかっている。だが、もし本当に会いたいなら一つしかないだろ。ここにいたって、ここにいる限りは答えは出ないぞ」

「答えなど、どこに行こうが見つからぬのだ。ないものは見つけようがない」

「何言ってんだよ完全知能を持ってる俺らじゃねぇか、わからねぇわけねぇだろ。知ってるだろ?お前は逃げてるんだ、答えを得てしまったら、その先の未来が不安だから」

人間とは悩む生き物だ。

先のことは分からない。

明日、自分が、愛する誰かが生きていられるかどうかだって、何の保証もない。

それを不安に思うし。

安心するために、目の前の事実から逃げる事だってある。

でも、いつまでも逃げていられるわけがない。

逃げているということは、常に罪悪感を持っていると言うことだから。

勿論、逃げること自体が悪いわけではないけれど。

逃げ続けていていいわけではない。

一旦逃げたなら、再び立ち向かわなければならない。

前に進むために。

人として、成長するために。

「この世のどんなものにも、答えはある。それが例えば式に表すことのできる問題であったり、できない問題だったりするのかもしれないが、探して見つからない答えなんて、ない」

「そこに行けば、得られるというのか?どこにそんな保証がある?このまま野上結の世界に乗り込むことと何の違いがある?」

「お前がしたいことは殺すことなんかじゃない。ただ問うだけだ。そのためにはまず、自分を知ることだ。自分の立ち位置を」

自分が求めていることは一体なんなのか。

それを正しく知ることは難しい。

だからこそ、知るべきだ。

自分が何をしたいのか。

ひとたび間違えてしまえば、迷ってしまう。

進むべき道を見失ってしまう。

誰もが迷い、誰もが我武者羅に進み続ける。

そうして答えを出して、答え合わせをして、間違えて。

結局答えがどこにもないのかもしれないと不安になって。

その度に同じ悩みに苦しむ誰かと思いを共有して。

いつか答えらしいものが出る頃には、きっと。

きっと。

「アリスと共に行けよ。あんたの戦場は、ここじゃない」

全てを悟ったような弐晩の口ぶりに。

全てを悟ったゼロは、声を絞り出す。

「余は、アイムの心情を、知りたかった、それだけなのだ」

それは自分から発せられた音声としてはこれまでで最も細く、情けないものだった。

「だろうな。実は俺もついこの間、同じ気持ちになった」

マウントポジションを取っていた弐晩がゼロから離れる。

が、立ち上がる気力もないゼロは上半身をどうにか上げ、立っているだけの力が十分に出せない弐晩も、その横に座り込んだ。

真っ直ぐ弐晩が見つめる先には、ノアの手を握り、内に秘めた不安を外に出すまいとしている、一人の少女。

別に好きだと言われたからではない。

意味を与えてくれたからではない。

そこに理由なんてないのだろうが、今の弐晩にとって、彼女の姿はとても魅力的に映る。

弐晩にとって大事な者が誰なのか、その視線から察したゼロは恨みからでもなんでもなく、純粋な感想を零す。

「あんな小娘がか?」

別にそういう趣味ではないんだが、と弐晩は言いたくなるのを抑えて。

長所をアピールしておく。

「あれででかいぞ、器は、な」



ゼロが政府(ガバメント)全体に休戦命令を出したことで、戦闘はすぐに収まった。

さらに幹部に関しては召集命令を出したらしく、番号付きアンドロイドがゼロの部屋まで続々とやってきた。

ついでにクラドルの一同もその場に集まる。

「おいおい、なんだこの展開は?」

やってきてまず減らず口を叩くのは、アックスだ。

ところどころに痣を作っている彼は、傷の痛みなど気にせずに、快活に笑う。

「あ、ノアはちゃんとアリスに会えたんだ。良かった」

アックスと同時に部屋に入ってきて暢気に喜ぶ様子を見せているのは、13(サーティーン)と名乗る少女。

薄く茶色に染まり、緩くウェーブのかかった髪と、白いTシャツにオーバーオールという格好の、顔も格好も幼い彼女だが、その実は『未来』から離反する組織のリーダーだというのだから世の中全くわからないものだ。

一体どうして13などと自身を呼称しているのかはこの場にいる誰も知らないことであるが、ゼロや弐晩がいるせいか気にするものはいない。

「ありがとう13。あなたのおかげよ」

「礼とかはいいって。私も私の、うん、私の目的のためにここにいるわけだし。互いに利用しあいましょ?」

「そう言って助けてくれるんだから。ツンデレのつもり?」

「さぁね。ツンツンもデレデレもしてないからよくわかんないなー」

頭を下げるノアに13は笑ったまま応える。

そこにシーガンも歩み寄る。

「こちらからも礼を言わせて貰おう。13、と言ったか?」

「いいえ。あなたからも礼は要らないわ、シーガン・イシ」

「そうか。ならば勝手に頭を下げよう」

律儀に頭を下げたシーガンは数秒の後に頭を戻す。

「しかし一体、何故こんなタイミングで政府へとやってきた?」

13たちの支援がなければ、番号付きアンドロイドを何とか食い止めることはできなかっただろう。

クラドルが政府を襲うという情報は、未来には流していた。

だから元々未来に在籍していた13、そして13に付き従うものたちがその情報を得ていてもおかしくはないのだが。

「ん、しかし――」

ここでシーガンは、その情報を何故未来に流したのか、ということを思い出す。

反政府組織、未来の一部であるとはいえ、その手法が全く異なるがゆえにクラドルはほとんど未来と共闘をしているとは言い難い。

そのため、単独で行動するのに、未来に対して機密性を保持する必要はないが、情報を渡す必要もない。

しかし今回は迷うことなく、情報を渡した。

その判断は確か。

「未来に情報提供するよう言ったのはアリスだったか」

そのことに行き着いたシーガンに、13はまるで教師が生徒の回答に満足しているかのような声で告げた。

「そういうこと。だからここまでの筋書きはおおよそアリスの描いたものってことになるわね」

そこまで言って、この場にいる者たちは皆アリスの方を見る。

アンドロイドも、クラドルも、13たちも。

その視線を感じてか否か、アリスはほんの少しだけ申し訳なさそうに話す。

「ごめんね。正直、ちょっと皆を、利用しちゃった」

軽く謝るアリスはしかし、誰がどう見ても、反省などしてはいなさそうだ。

特段怒ってもいない周りだったが、あっけらかんとしたアリスの態度に毒気を抜かれる。

「クラドルがここを攻めるって情報を未来に流したのは、それをノアさんが聞いたら、絶対(・・)来てくれるから」

だろう、とか、思う、などといった曖昧さを残さない物言いに、ノアが苦笑する。

「ノアさんが沢山の仲間を連れて来てくれたのは嬉しい誤算だったんだけどね。ついでに言えばゼロに説得が通用したことも」

これまた軽々しく言っているが。

その真意を言葉にするならば。

『ノアが沢山の仲間を連れて来なければアックス、シーガン、フロイナを見殺しにする予定だった』

『ゼロに説得が通じなければ、自分とノアだけで現代に帰る予定もあった』

ということだ。

さらりと恐ろしい計画を話すアリスに、ゼロが戦慄する。

「汝の想い人、汝を捨て駒にしていたらしいが?」

「あー、でかいだろ?器」

「器がでかいのは汝だと思うがの」

小言を言い合いながら、しかし表立ってアリスに文句を言ったりはしない。

今ある結果が全てだと信じてみれば、そんなことは今更だからだ。

「改めて、ノアさん、久し振り。とっても会いたかった」

アリスはすぐ隣に立つノアを見上げる。

きっとそこにはかつてと変わらぬ、美しい金の髪が揺れていることだろう。

「うん、久し振りだね。アリスちゃん」

「ノアさん、私と一緒に、来てくれる?」

核心をついた問い。

この未来の世界で、ノアもノアなりの事情があって行動してきたはずだ。

それを勝手に壊して、挙句、自分の都合で、自分と共に来いと言う。

自分勝手なことを言っている自覚はあるが。

それでも、そうまでしてでも。

たとえ信頼している仲間を見殺しにするような真似をしていることになったとしても。

それよりも大事だと言える人を、迎えにくるためだけにここまで来たのだから。

そんなアリスの迷いを。

ノアは全部受け止める。

「あなたの思うが侭に。アリス・リーフィンク」

零れる涙は嬉しさか、悲しさか。

それともまったく別の感情なのか。

とめどなく流れ出てくるそれを、ノアは止めることができなかった。

「シーガン。私は、元の世界に帰るわ」

「ああ、構わない。そういう約束だ」

「世界の後のことは、任せる、っていうのは、ちょっと違うかな。後のことは知らない。あなたのしたいようにすればいい」

「無責任極まる言葉だが、文字通り好き勝手やらせてもらうとしよう。フロイナと、な」

話を振られたフロイナが無言のまま頷く。

無言でもフロイナがきっと笑顔で頷いたであろうとわかっているアリスは話を進める。

「えと、新しい組織の、13さん?」

「何かしら?」

「ノアさんを連れて行くけど、いいよね?」

「勿論。その代わり、ちゃんと面倒見るのよ」

「任せて」

「わ、私は面倒見られる側なんだ?」

アリスは目が見えないため、いちいち自分の向く方向を変えない。

音が聞こえる方を向くことはできるだろうが、その労力を払おうとはしない。

誰もそんなことを気にしないだろうから、というよりは、無責任に消えていく身でありながら、そんなどうでもいい所で気を遣う意味がないと考えての事だ。

「ゼロ。あなたにも、私と一緒に来てもらう」

「そういうことらしいな。精々余の願いが叶うことを、期待している」

「政府は」

「構うものか。ここにいるサード、フィフス、シックスス、セブンスに任せておいて問題ないだろう」

「そう。あの、誰でもいいんだけど、ついでにフォースにも宜しく伝えておいて」

フォース、というフレーズにゼロと弐晩以外のアンドロイドが顔をしかめた。

何故なのか、理由がなんとなくわかるアリスである。

二人で一つを自称する、掴みどころのないアンドロイド。

そして、恋人でもある二人組。

誰も彼も、触れれば必ず傷をつけてくる罠に自分から嵌りたくはないだろう。

ここで初めてアリスはノアから離れて、ふらふらと足元を確かめながらゆっくりと歩く。

「ヨウ」

「ここだ」

声を頼りに弐晩の元へ進む。

何度か声をかけあって、どうにかアリスは弐晩の目の前まで辿り着く。

未だ座り込んだままの弐晩を、アリスが見下ろす姿勢だ。

「ヨウ」

「なんだ」

躊躇いがちに、恐る恐るアリスは弐晩に尋ねる。

「ヨウは、その、わ、私と、一緒に、来て、く、くれる?」

難しい質問だった。

全く考えなかったわけではないが、答えが出そうになくて、目を逸らしていた質問だ。

弐晩にとってこの世界は紛いなりにも自分が生まれ、自分が育ってきた世界だ。

世界を変える為にクラドルに加入した。

ゼロに世界を支配するつもりがなくなったとしても、世界は混乱の最中にあるだろう。

人間が安全に暮らせる日々は遠いだろう。

ロボットが人間と共存する日々は遠いだろう。

ならば、自分の仕事はまだ沢山残っている。

しかし、同じくらいに、目の前の少女と共に行きたい。

もっと想いを通わせたいと思うし、今あるこの感情に名前をつけたい。

アリスが色づかせてくれた世界を、アリスが生まれ育った世界を、見てみたい。

ゼロが探すアイムに、弐晩とて思うところがある。

アイムに近づくというなら、それも自身の存在を考えるにはよいきっかけになるかもしれない。

行くも行かぬも、どちらの選択も間違っていないだろう。

だから。

だからこそ、選択しなければならない。

そうだ、逃げてはいけない。

ゼロにあれだけ偉そうなことを言っておいて、自分が逃げるわけにはいかない。

何も、片方を選べばもう片方を失うわけではないのだ。

世界は既に時間の流れから離脱しつつある。

それが人の手に負えるものなのかどうかはさておき、表面上人類は空間から飛翔している。

過去から未来へ必ず流れるはずの時間が逆方向に流れる可能性を示した。

低所から高所へ物体が落ちる。

低温熱源から高温熱源に熱が移動する。

世界の物理法則を捻じ曲げる事件が、平気で起きている。

ちょっと世界が切り離されたくらいで、人間関係は終わらない。

終わりたくないと願えば、終わらない。

「当たり前だろ」

だから、弐晩の選択は、間違っていない。

正しいかどうかはこれからの自分が決めることだが。

間違えているはずがない、と。

そう言える。

この先、何があろうと。

どんな風に、世界が変わろうと。


「俺は行かない」


弐晩の選択は。

じっくり数分その場を凍りつかせて。

アリスの涙をも凍てつかせ。

たった一言。


「そっか。じゃあ、ばいばいだね。ヨウ」


それだけをアリスに喋らせた。

彼の選択は、それ以上何も世界を変えなかったし。

彼の選択で、それ以上何も世界は変わらなかった。

言葉を使わず互いの思考を共有しあえた二人が、今度もそうであるのか、どうか。

当然、この場の誰も、知らない。

一度きりの回答と、一度きりの返事。

それきり二人は一切会話もせず。



アリス、ノア、ゼロの三人は、この世界から零れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ