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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
13/16

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視界が晴れて、弐晩は世界をその目で認識する。

真っ黒な地面に同じく黒い床。

黒い衣服を身に纏ったゼロ。

隣には、涙を浮かべる愛すべき少女、アリス。

そして。


黒のパンツスーツに身を包んだ、金髪碧眼の女性。


輝く金の髪はその背中までさらりと流れている。

金色という理由だけでなく、その髪は光を放っている。

身長は高い。

アリスと並んで立っているのを見ると、確かに姉妹のようかもしれない。

金髪の妖艶な女性と、メルティブラウンの愛想ある少女。

仲良くしていれば、周囲までも笑顔にすることだろう。

「お待たせ、はこっちの台詞だよ、ノアさん」

アリスはその女性に笑いかける。

ただ、アリスが向く方向に、その女性は、いないが。

「ん、あぁ。そういうこと、か」

アリスの様子を見て、何か納得した風の女性。

(この人が、アリスが探し続けていた、ノアか)

弐晩はその再会を邪魔するような真似はするつもりがない。

だから新たな登場人物のことはアリスに任せて、自分は目の前の敵である、ゼロを気にかけておく。

ゼロは驚愕の表情をしている。

そんな顔は恐らくしたことがないだろう、が。

果たして。

弐晩とアリスは、黒い球体に飛び込んでも帰ってきた。

更には、別な侵入者までいる。

この事態を驚かずにいるほうがおかしいとも言えるだろう。

ひとまず即座の脅威はなさそうである。

「ノアさん、ごめんちょっと今ノアさんがどこにいるのかわかんなくて。抱きしめて欲しい」

「うん、いいよ」

全く間を置かずにノアは頷くと、アリスをしっかりと抱きしめた。

アリスもまた、それに対して力強く抱き返す。

「ノアさん、なんだよね?」

「うん、私だよ、アリスちゃん」

「ノアさん、私ね、会いたかったよ」

「うん、私も会いたかった」

「ノアさん、私、これまで、目いっぱい、頑張ってきたんだよ」

「うん、全部じゃないけど、知ってる」

「ノアさん、私ね、探してきたの、ノアさんのこと、ここまで、探しに来たんだよ」

「うん、ありがとう」

「ノアさん、私、私ね、ノアさんのために、たくさん、たくさん、たくさん、してきたんだよー」

「うん、ごめんね。ごめんね、アリスちゃん」

いつしかアリスは、見た目通りの子どものように、泣きじゃくっていた。

それを温かく抱きしめるノアは、そんな愛らしい少女の姿を心から喜ぶ。

ただし、弐晩としてもそろそろ事情の説明が欲しい。

なんと言っても。

今こうして敵の本拠地である政府(ガバメント)に突入してきているのは、まさにこのノアのことを知るためである。

その情報収集先として、ゼロと相対しているのだ。

だと言うのに、ノアはあっけらかんと現れてきている。

アリスもまた、ただただそのことを喜んでいるようだ。

一体どういう経緯でここまで来たのか、もしくは組織単位で未来がどのように動いているのかが知りたいところではある。

その疑問はゼロにもあるだろうが、ゼロがまず尋ねたのは、アリスと弐晩のことだ。

「一体どうやって闇から抜け出した?あそこは不完全ながら、余の記憶の世界のはずだ」

それに、弐晩でもアリスでもなく、ノアが答える。

「んー、確かに不完全だったわね。少なくとも私の聞いたことのあるものは、もっと残酷なものだった」

「どういう、意味だ?」

「共に死ぬか、共に闇に呑まれるか、それしか選択肢がない。それでも闇の中の光を求めた人だけが、手に入れられる世界、手にできる力、そういうものだったわよ。私の聞いた暗黒は」

微妙に答えていない気がするノアにゼロは特段怒る様子はない。

だが、納得はしていないようだ。

さらに質問を重ねていく。

「状況はともかく、余の記憶に閉じ込められる、はずなのだが」

「第三者が外部から手助けしたからね。私の銃弾は世界を貫通する、今回はそれをアリスちゃんが受け取ったってだけ」

「簡単に言うが、ここまでどうやって来た?」

「うーん。そうだね。同士を募って、突撃、みたいな」

「今の未来に、汝の言葉を聞ける者がそういるとは信じがたいが」

「ま、ここまで来るくらいの戦力は集められたかな」

からっと笑う。

ノアは余裕の態度で、ゼロに向き合う。

そこに戦意は、敵意は、殺意は、ない。



その頃、シーガンとフロイナは、目の前の事態を信じられない、という気持ちで眺めていた。

二人はサードとフィフスという圧倒的戦力差を前に。

ほとんど死ぬ覚悟で戦いに臨んでいたわけだが。

ここに、大量の戦力が送り込まれてきたのだ。

それもそのほとんどがアンドロイドであったり、シーガン同様身体の一部を機械に置き換えているような、サードたちに対抗するだけの戦力だった。

「どこから沸いてきたというのだ!?未来!?」

シーガン以上に平静を欠くサードが叫ぶ。

対して、サードの正面に立つ男女が、むしろシーガンとフロイナに聞かせるように答える。

「我々は、現状の『未来』のやり方ではもう前に進めないと判断したのです」

「ただ、クラドルほど特殊な部隊というわけではありません」

「積極的に次元Igは活用していく。ただし、その方法を、黒田一葉と野上結への干渉に限定しない」

「その方針で私達は、新たなリーダーを迎えて、未来から離反した」

「そのリーダーが――」



「お前なのかぁ?本当かこんなガキがぁ?」

「しっつれいね、若いって表現しなさいまだぴっちぴちの十代なんだから」

「十代ったってお前アンドロイドじゃねーか」

「んー、まぁ、微妙なところね」

「はぁ?」

「とにかく今は目の前に集中して、アックスさん」

「ちっ、後でちゃんと話聞かせろよ?さーてぃーん、とやら?」

「わかってるって」

エレベーター横の細い通路でシックススとセブンスの両名と戦闘中だったアックスもまた援護を受けていた。

ただし、それが何故か見た目は普通の若い、ような幼いような、そんな少女ただ一人だったためアックスも最初はため息をついたものだが。

なにぶん、自分の名前をサーティーンと、13と呼ぶこの少女、強い。

アンドロイドなのかどうかははぐらかされたのでアックスにはわからないが、少なくとも手足は機械に置き換わっているらしい。

そして、その13という数字が番号付きアンドロイドとなにか関係があるのかないのか、それすら不明だが。

これもアックスの知る限りでは番号はナインスまでしか振られていなかったはずなので、特に関係ない、はずである。

未来から分離したらしい新たな組織を束ねていると言ったこの少女は確かにそうするだけの、力だけはあるらしい。

そこに統率力や計画力等があるのかどうかまでは戦闘からは窺えない。

「そもそも私は未来に在籍する必要なんかなくってさ。ただ現代に行くためにどーしても次元Igの力は必要だし」

「おい、俺ぁ頭はよくねぇんだ。わかるように話せ」

「とりあえず、あんた達クラドルを助けに来たって認識してくれればいいわ。ノアをアリスの元に送り届けるついでにね」

「なるほど分かりやすいな」

「どーいたしまして」

それにしたって番号付きアンドロイドと対等に戦える戦力になっているのは普通おかしいと感じるはずなのだが。

こうした無駄な部分に思考を割かないのはアックスの良いところだ。

不思議な少女、13は笑い、

「後は任せたよ。黒田」

と、呟いた。



「これまではどうすることも出来なかったんだけど、アリスちゃんがこの世界に現れたことと、しかもクラドルが政府を襲うって情報を受けて私達も決断したって感じかな」

ノアは未だアリスをしっかりと抱きしめたまま語る。

「まぁたぶん?クラドルが攻めるって情報を未来に流したのはアリスちゃんなんだろうけどね?」

「う……ばれてる?」

「ばればれ。そんな無謀なことをしようとする妹を(・・)、私が止めないわけないでしょう」

「うん、でも、来てくれた」

「あんまり関心しないけど、私も会いたかったから、良しとしちゃおうかなー」

ほのぼのしている二人にいい加減嫌気が差して、弐晩も少しだけ尋ねておく。

と、いうか一応肝心な質問はしておく。

「あんたが、ノア、か?」

「そう。あなたは、弐晩さん?」

「あぁそうだ。あー、色々聞きたいことはあるんだが、そうだな、別にゼロを倒すわけじゃねーんだろ?こっから何か策はあるのか?」

本当にわからないことだらけなので、是非とも質問を重ねたいところなのだが。

そうしている時間が今は恐らくない。

そのため弐晩は最低限の確認で事を済ませようと頭を回転させる。

考えて出したのは、つまりこの今の状況を打開する策は何かあるのか、という話だ。

弐晩もアリスも、そしてこのノアもゼロを倒すつもりは、ない。

いや、なくなった、と言うべきかもしれないが。

目的であったノアはこうして目の前におり、世界を救うために倒すべき相手であったゼロは彼なりの理由があって行動を起こしていた。

ならば、その理由さえ解決すれば、そもそもゼロはこの世界のことなど気にもしていないのだから問題ないだろう。

「え、いや?私はただアリスちゃんを助けに来ただけだから、何も考えてないけど」

「そ、そうなのか?」

「だから私が来てからの策はアリスちゃんが、持ってるはず、でしょう?」

事実確認の意味でアリスに声を投げかけるノア。

打てば響くように、アリスはその期待にきちんと応える。

「もちろん、と言いたいところだけどね」

アリスは焦点の合うはずもない目を閉じて、抱きついたノアから腕を離す。

それでもすぐにノアの手を取り、やや支えられる形で立つ。

そんなアリスが発した言葉は、ノアに大きな溜息をつかせるには、十分なものだった。

「たぶん、策を持っているのは、一葉さん、かな」

「あー。いちょー(・・・・)ね。なるほど。うん」

「そんなに嫌そうな声初めて聞いたよノアさん」

「嫌なわけじゃ、ないんだけど、ねぇ?」

明らかに嫌そな顔と声色でノアがぼそぼそと呟く。

確かアリスが元いた世界でノアと黒田一葉と野上結は共に過ごしていたことがあったのだったか、と弐晩は情報を思い出す。

(しかし、黒田一葉。そんな嫌な奴なのか)

と、微妙に見当違いでもない誤解をしつつ、弐晩は話を先に進める。

「ならアリス、その一葉とやらの策はなんなんだ?」

「直接聞いたわけじゃないけどね。たぶん」


「ゼロを、一葉さんの所へ、連れて行こう」


衝撃的な提案をあっさりと口にするアリスに。

弐晩、ノア、ゼロの反応が止まる。

ゼロを黒田一葉の所へ連れて行く、とは。

つまり、今この世界から、次元Igを介して、過去の世界にゼロを連れて行くということで。

異能も何もないはずの現代世界にゼロが現れることのリスクくらいアリスにもわかっているはずだろうが。

もっと言えば、黒田一葉とて、そのくらいの計算ができないはずもないだろうが。

一体それで何が起きるというのだろうか。

「だからさ。ゼロ。私たちと一緒に、みんなの世界に来て欲しい」

もちろん、ゼロには意味が分からない。

自分を連れて、何をしようというのか。

何が目的なのか。

それも、その話というのが黒田一葉からもたらされたものであるということが何よりも腑に落ちない。

ゼロは、自身に備わった頭脳と呼ぶべき回路を何度も何度も走らせる。

別に自分に害はなかったものの、関わりたくない人間としては真っ先に挙がる存在ではある。

今現在ではアリスの創りだした世界として確定されたこの世界だが。

元々の時間の流れを考えると、ここは本来人間が観測してきた世界の未来の時間軸である。

この時間における黒田一葉は世界的大罪人であり、この男が次元Igを発見し、公表したことから世界の崩壊は始まった。

その後どのような生活を送り、どのような最後を迎えたのかはわかっていない。

だが、行方を眩ませた後も世界を変える要所要所で暗躍していたと言われている。

そしてその全ての行為は自身の恋人、野上結を守るため、というだけの理由で行われてきた。

そんな男が、自分の下へ来いと言っている。

何をどう考えても、怪しい。

だが、それはそれとして、ゼロにとっての問題は別にある。

「余は、問い続けるのだ。この世界に」

それは、自分のことも。

世界のことも。

勿論、開発者であるアイムのことも。

全部をひっくるめて、ゼロは自分で自分に問い続ける。

自分が生まれた意味を。

自分が創られた意味を。

重々しく告げるゼロの内情を知ってか知らずか、アリスはしっかりと受け止めた。

「うん、いいんじゃないかな。だから力ずくで、言うことを聞かせたげる」

受け止めてみせた、その上で。

戦うと。

正面からぶつかってみせると、宣言した。

「ヨウ」

「なんだ」

「お願い」

「あぁ、任せろ」

「そんなわけで、ゼロ。あなたの相手はヨウがする」

「さっきは妙な球体のせいで中断したからな。再戦と行こうぜ、ゼロ?」

弐晩は胸のポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと大きく息を吐く。

突然の出来事が連続で起きすぎてさすがに弐晩の頭も混乱気味ではあるのだが。

アリスが示した道を、歩けばいい。

それだけは何の疑いもなく信じられるのだから。

贅沢にもすぐに煙草を捨てようとすると、その行動を何か感じたのか、アリスが引き止めてきた。

「あ、それもらえる?私、後はもう見物だけだし」

「見えねえ癖にそういうところは変わらねえんだな」

「えへへ、まぁね」

言って、煙草をアリスに手渡す。

アリスはそれを、快適とばかりに吸い込み、そしてやはり妙に苦い表情を作る。

予想通りのアリスの様子に、弐晩は思わず口元が緩む。

「やっぱ嫌いなんじゃねえか」

「苦いもんは苦いのよ。でも、嫌いじゃない。嫌いじゃないの」

「そうかよ」

「私の想い、わかる?私の考えてること、わかる?私の願い、わかる?」

「わかってる」

弐晩は、それだけは自信があった。

小さな体で、大きな悩みを背負うアリスが。

誰に対しても厳しくあって、自分のことを棚に上げて誰かを責めて、それでも誰でも助けようとしているアリスが。

きちんと願いを言葉にしなくてもいいようにありたい。

儚い期待と壮大な夢を握り締めて。

「ゼロを、救おう」

そう宣言した弐晩に。

アリスは渾身の力で親指を立てた。

ちなみに意思を通わす二人の横で、

「アリスちゃんが煙草?どうして吸っているの何吸わせてるの健康に悪いでしょ良くない癖がういたらどうするつもりよっていうかやっぱりあんたアリスちゃんの恋人なのなにそれそんなの私を通してからにしなさい絶対許さないわよ煙草吸う奴なんか」

などと小声でぶつぶつ呪いの言葉を発している人物がいたが、アリスも弐晩もそれは無視した。

触らぬ神に祟りなし。

荒れ狂う家族ほど恐ろしいものはない。



「さて雑談が過ぎたな、ゼロ。望み通り全力でやり合おう」

機械仕掛けの拳を握り締める。

本来モータの駆動音や何かが擦れる音が聞こえてもよいはずだが、あまりにも自然な動きで拳は握られる。

たったこれだけの自然な動きを再現するのに、開発者はどれだけの苦労をしたのだろうか。

指の関節の数を人間のそれと一致させたからと言って自然な動きが再現されるかと言われれば決してそんなことはなく。

例えば指の第一関節は確かに曲がるが、第一関節のみを曲げることが出来る人間は割と少なく、出来たとしてその機能が日常生活で便利であるかと言われればこれはまた疑問である。

さらに、人差し指を曲げようとすれば中指が若干動くし、小指を曲げれば薬指も一緒についてくる。

人間はその動作の中に、随意的に動かしている部分と、勝手に動いてしまう部分を混ぜているのだ。

それこそ、自然に。

これをロボットで再現しようとすればどの指を動かそうとした時にはこの指がこのくらい一緒に動く、だとか。

この動作をする時にはこの指はここまで曲がらない、だとか。

無駄な機能を無限のパターンに分けてやる必要がある。

さらには、人間は物を持つときに、見た目や感触から最も持ちやすいであろう持ち方を勝手に予測している。

カップがあれば中指薬指小指を曲げて、取っ手を親指と人差し指で挟み込むだろう。

ペットボトルがあれば、そのまま横向きに握りにいくだろう。

ペンがあれば、くるりと回して、しかし落とさずに自在に手の上で転がしてみせるだろう。

開発者は、それらをどのように式にしたのだろうか。

それとも、式にせずともどうにかなる手法を見つけたのだろうか。

自在に物を持てるような手も、そうできるプログラムも。

一体どれだけの歳月をかければ実現できるのだろう。

それこそ、ロボット並みに計算が速い人間でもいなければ出来ないのではないだろうか。

もしそんな能力が必要なのであれば、本末転倒かもしれないが。

「望んでなどおらぬわ。調子に乗るなよ?」

「そうかよ。だが、わかってんだろ?もうお前が俺らと戦う理由を持たないって事に」

「何を言うか。汝らは余の邪魔をする。ならば消さねばなるまい」

「話聞いてなかったのか?お前はアイムを探している。こっちはそのアイムに繋がる黒田一葉の元へ案内してやる。ついでにこっちは今あるこの世界をアンドロイドの支配から救いたい。お前が黒田一葉の元へ来れば全部解決だろ?」

「下らぬな。そんな案内などなくとも、余は自らの手で野上結の世界に入れるのだぞ?汝らの言葉を鵜呑みにするわけにはいかんな」

「アリス曰く、野上結の世界にお前を連れてくわけにはいかないらしいぜ?別にアリスの個人的な理由ってだけじゃねぇ。つまりはそういうことだろ」

「そういう、とは。なるほど、アイムが余から逃げた場が、野上結の世界だ、とでも?」

「そういうことだろ。アイムがどんな想いでそこに行方を眩ましたのかはわからねぇが、お前が見つけられなかったってことはそういうことだ」

「だが、だからこそ余は、奴を、アイムを、見つけ出して、殺すのだ」

「第一、野上結の世界で重要なことはこの世界でも文献に残ってるだろうが。黒田一葉、野上結、リンドウ・フィーリンク、アリス・リーフィンク、ノア、そしてゾンビ」

「つまり、アイムはその世界で重要人物ではなかったとでも?」

「少なくとも、野上結に直接関わってはいないだろう」

「遠い場にいるか、はたまたその世界において、野上結とは異なる時間軸に移ったか、可能性はいくらでもあろうな」

「その全ての可能性において、お前には会わないって意思表示をしているんだぜ?」

「だから、諦めろと?」

「方法を変えろって言ってんだよ」

「アイムの思索に従えと、余がそれを受け入れるとでも思ったか?」

「それを、無理やりにでも納得させるのがどうやら俺の仕事らしい」

「そうか。ならば分かりやすい」

互いに力を内側に溜めあう。

地下深くだというのに、風が確かな重圧と共に流れている。

弐晩の目が栗色に、暗い光を放つ。

反対にゼロはおぞましい黒のオーラを放っている。

譲れないものがあるなら。

ぶつかり合って、言うことを聞かせるしかないのは今日日、変わらないことのはずだが。

それを観戦する側は、いつだって蚊帳の外の気分を味わう。

当事者になれない者の気分というものは、実に寂しいものがある。

「私、たぶん何もしないほうがいいんだよね、アリスちゃん?」

ノアがその手に持っていた金色の銃が、彼女の掌に描かれた黒の紋章のような模様の中に吸い込まれて消える。

どうやら銃を自在に出現させることができるらしい。

つまりこれはノアなりに、戦闘状態の解除を体現しているようだ。

久方ぶりの再会だと言うのに、およそ自分の策略に引っ掛けてしまったアリスは少しだけ申し訳なさそうに笑う。

「うん。ここからはたぶん、ヨウに任せたほうがいいと思う」

「そっかぁ。うん。そうだね。そうだろうね。うん。うん」

思い切り何度も何度も頷くノア。

目は見えないが、アリスはそうしたノアの感情の発露を知っている。

恐らく、これは彼女が怒っている時の喋り方だ。

「ええと、ノアさん、ごめんなさい」

「何を謝ってるの?」

「色々、だけど。一番は、ここに来ちゃったこと、かな」

ここに、この世界に、未来の世界に、自分が来たから。

そのせいでこの世界は変わってしまった。

あらゆる可能性から切り離されて、アリス・リーフィンクのせかいとして 確定してしまった。

それはある意味、この世界から離脱する方法がなくなってしまったことを意味する。

初めから世界がアリスの世界なら。

この世界は、偽物だということで。

本物は別にあるということだ。

なら、人間が求めた本物なんて、世界のどこにもありやしない。

本物の存在しない世界なら、本物を探すだけ無意味だ。

何度も何度も、過去に人間を送りつけて黒田一葉と野上結の出会いを邪魔しようと画策してきた組織、『未来』にとって、その事実は残酷すぎる。

だからノアは、自分に会いたくなかったのではないか。

アリスに出会うことが何を意味するのか知っていたから。

何も知らずにただノアを求めて、自分の我が儘のためにこの世界を訪れたことは、間違っていたのではないか。

それでも仕方かなかった。

それでもノアは自分にとって必要だった。

そう信じ込むことで、自分を騙すことで自分を保ってきたアリスは、自分を騙すという行為自体が既に自己否定の始まりで。

自己嫌悪の始まりだ。

「そうだね。頭でわかっていても、苦しいことって、あるよね」

言葉を切りながら、考えながら話すノアは、"苦しい"の一言で自身の葛藤をまとめた。

複雑な感情を表す言葉は存在しない。

結局、それがどう苦しくて、苦しさがどうノアを侵食していったのか、など。

たったの三文字からは計れない。

「でも今私が怒ってるのは違うこと。もっと簡単で、もっと目の前のこと」

「目の、前?」

目の前にあるのは、いよいよ本気の力をぶつけ合おうとしている、弐晩とゼロ。

一体何が、とアリスが尋ねる前にノアは繋げた。


「どうして目を、彼にあげたの?」


容易に想像できて、当然されると思っていた指摘に、しかしアリスは口を紡ぐ。

答えを言葉には、できる。

できるはずなのに。

ノアが怒っているであろう、という感情に対する答えがどうしても導き出せなかった。

「彼に、世界を見せたかったから?」

「あ、ぅ」

ノアに図星を突かれて、みっともない声を出してしまう。

「世界が色づいているって知って欲しかったから?」

「う、ん」

「アリスちゃんが、彼に、自分のことを、見て欲しかったから?」

「う、ん」

「それで、どうして、自分を、犠牲にしちゃったの?」

「それ、は」

犠牲だなんて思っていない。

正しい行為だとも思っていない。

でも。

そこには、確かに想いがあったのだ。

誰にも譲れないものがあって、誰にも文句なんて言って欲しくない。

(あぁ、けど違うんだよね)

わかっているのは、ノアが、そんなことで怒っているわけではない、ということだ。


「私は、世界なんかのことより、アリスちゃんのことが大事だよ?」


「ご、ごめんなさい」

怒っている、とは違うかもしれない。

叱っている、の方が正しい表現だ。

世界がどうとか、アリスと弐晩の関係がどうとかアリスの心がどうとか、そんなことはどうでもよくって。

ただ、愛すべき妹を、心配しているだけだ。

「別にいいんだよ。自分のことは自分で決めるべきだと私も思う。結局、私はアリスちゃんに会いたかったし、リンドウくんに会いたかった。でも、自分じゃどうしても動けなかったから」

「これで、よかったのかな」

「よかったんだよ、やり方があっているのかは、分からないけれど」

「うん、そう、だね」

並んで立つ二人は、仲の良い姉妹のように肩を寄せ合って。

弐晩とゼロの行く末を見守ることにした。



次元Igの力を完全に引き出せるようになり、アリスからの願いを受けた弐晩。

次元Igの力を元から使いこなしており、自らに問い続けるために戦いに臨むゼロ。

二人が共に全力を出せる環境が整った。

それによって戦いが激化したかと言えば、そんなことはなく。

むしろ、戦い始めた二人が繰り広げていたのは。

ゼロが弐晩の顔面を殴る。

よろけた弐晩にゼロが追撃をしようとする。

すぐに体勢を立て直した弐晩がゼロの腹にカウンターのパンチを決める。

ゼロの腹から歪な音が響き、血なのか油なのか、何か液体が零れる。

さらに蹴りを繰り出した弐晩に対し、今度はゼロが上手く足を掴んで半回転し、弐晩を頭から地面に叩きつける。

弐晩の頬が擦れて皮膚が剥がれ、中から筋肉のような繊維と、さらにその内側に精密な機械が見える。

そんな、原始的なものだ。

強大すぎる力は、強大すぎる力で対抗するしかない。

だが、あまりにも強大すぎる力は、使える環境がかえって限られてくる。

つまり。

片方だけが力を持っている場合、全力を出すまでもなく勝敗は喫してしまう。

双方が力を持っている場合、力は打ち消しあってしまう。

中途半端な力同士であれば、周りに危害を及ぼすのかもしれないが。

超越してしまった存在が互いに本気を出せば、異能が異能を飲み込みあって、まるで嵐の中心のような静けさを生み出す。

無音の中に時折、拳と拳がぶつかりあう音が弾ける。

それは打撃音として、破壊音として、二人の体を壊しながら、二人の機能を奪い合いながら。

しかし目に見えぬ世界では、互いに互いの力を封じあっている。

再度、高らかな金属音が響く。

アリスは足元にこつんと何かがぶつかるのを感じて、手探りでそれを拾い上げた。

随分と熱くなっている、金属部品。

箱のようなものに駆動する円盤が取り付けられているのが手触りでわかる。

モーターだろうか。

アリスにとってはどちらでもよいことだったが。

人間だ人間だ、と言ってきたゼロと弐晩が。

どうしようもなく機械部品の集まりでしかないことを見せ付けられているような気がして。

お前は本気の拳を喰らえば、血が出るだろう?

傷がすぐに治るのかもしれないが、それでも構成要素は人間のそれなのだろう?

そう、言われている気がして。

「だから、今の私は目が見えないんだっての」

と、つい先ほどノアから指摘されたことなど気にもせずに。

見た目すら人外となっていく二人の様子を、音だけで想像しながら。

「勝手に人間やめてんじゃねーよ」

酷い口調で、吐き出した。

同時にまた、何かが欠ける音がした。

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