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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
12/16

void GoldGun (){}

アリスは目を閉じ、弐晩は目を開けた。

「……視える」

弐晩は呟き、まず、自身の手足を壁に固定させていた黒い枝を力任せに薙ぎ払った。

ゼロがすぐに弐晩の異変に気付く。

「セカンド、目が?」

「あぁ、視えてるよ(・・・・・)

そんなはずはない、とゼロは常識からそう考え、しかしすぐにこの場にあるイレギュラーな存在に気付く。

弐晩は、目の機能を意図的に取り付けられなかった。

カメラが付いていないということだ。

しかし、そんな弐晩に、『色づいた世界』を与えられる存在が、ここにはいる。


「アリス・リーフィンク、己が目を代償にしたか」


ゼロが憎憎しげに吐き出す。

どうやらアリスが自分の視力と引き換えにして、弐晩に目を宿らせたらしい。

そんな芸当は確かにアリスにしかできないだろう。

ついでに言えば、弐晩とアリスだからこそできたことだろう。

どんな過程を経てきたのかゼロは知らないが、恐らくはそれなりに信頼関係を築き上げてきたのだろう。

そうでなければ、自分の光を失うなんて暴挙にでられるわけがない。

生まれながらにして光のない世界に生きる者も少なくはないが。

普通の人にしてみれば、目の見える世界が当たり前で、通常で。

真っ暗闇だろうが濃淡はわかるようになるし、目を閉じたって薄っすらと瞼の裏側が見える。

だから、想像もできないのだ、光のない世界を。

探せども探せども、何処にも到達できない世界を。

想像できないものを、人は恐れる。

世界に実在する人たちを棚に上げて、怖がっている。

目が見えない世界。

耳が聞こえない世界。

麻痺して、動かそうと思っても身体が動かない世界。

身体の一部が切断されてしまっている世界。

脳に障害があって言語を上手く操れない世界。

どれもこれも、本物だ。

そこにあるのに、そこにいるのに、誰もが自分は違うからと目を逸らしている世界だ。

だが、目を逸らしているのは、恐怖からで。

もしも自分がそうなったら、なんて。

考えもつかない世界に足を踏み入れるのは、不安だ。

そんな世界と寄り添えるのは、ごく一部の共感能力を持つ者たちだけで。

ほとんどはそんな世界とは無縁のまま悠々と暮らしている。

だから。

ゼロにはわかるのは二つ。

一つは、自分の知らない世界に飛び込むには、相当な勇気がいるということ。

もう一つは、自分の視力を笑顔で犠牲にできる精神は、狂気であるということ。

簡潔に言って、アリスは狂っている。



生まれて初めての感覚。

全身に、力という力が漲る。

自分という存在が、どこまでも深く広がっているような。

空間的にも時間的にも、自分はここにしかいないのに。

まるで複数の自分が、今の自分を見ているかのようだ。

次に何かがこう動けば次はこうなるだからお前はこう動け。

そんな未来が幾つも重なる。

広がる世界に手を伸ばせば、そこには何でもある。

手を伸ばした先に、欲しいものがある。

棚に並べられて置いてあるようだ。

空気(エアー)

言葉を零すと、弐晩の手に空気の塊が転がる。

それを鋭く放り投げると、弐晩のイメージ通りに空気は弾け、アリスを切り刻むもの全てを宙に浮かび上がらせた。

宙に浮いた刃や黒い枝が、今度は真っ直ぐ落ちずに、ゼロの首元を狙って加速する。

無言で攻撃を繰り出す弐晩に悪態を吐きつつ、ゼロはそれらを次元の彼方に葬り去る。

その間に弐晩はアリスの元へ近づく。

地面はとうに赤を越えた黒で染まっている。

弐晩はその血で汚れることなど全く厭わずに、ようやく繋ぎあったアリスの半身を抱きかかえた。

その顔は、笑っていた。

思わず弐晩も笑いかける。

その笑顔も、もう届かないのに。

「セカンド、汝、次元Igの力をものの一瞬で使いこなすか」

僅かに楽しげなゼロの声が弐晩の元に届きそうに、なるが。

電子(エレクトロ)

今の弐晩には邪魔でしかない。

弐晩の発した言葉の通りに、ゼロの周りに電子が飛び出す。

激しく電子が運動する。

それはエネルギーとなり、突如として弾ける。

何かが焼き切れる轟音と共に、ゼロの体が後方へ吹っ飛ぶ。

その様子に目もくれず、弐晩は自分の膝にアリスを乗せたまま話しかける。

「おい、生きてるか」

アリスは先ほどから変わらぬ声で答える。

「生きてるよ。私、死なないから」

「初めて見た。アリスの顔」

「どう、可愛いでしょ」

「そうだな。子どもみたいで」

「私は立派な大人よ馬鹿」

軽くやりとりをして、互いに笑いあう。

これまで目が見えずとも、その他の感覚器官に優れる弐晩はアリスの顔が見えずとも、アリスの位置も場所も背丈も、把握することができていたが。

それでも。


アリスの目は虚ろで、弐晩の顔を捉えてはいなかった。


「おかしいね。ついさっきまでは、あなたに"目"をあげるくらいなんてこと、なかったんだけどな」

珍しく、アリスの声は弱い。

たどたどしい手つきで弐晩の頬に触れると、安心したかのように何度も何度も、その顔をなぞる。

「真っ暗な世界は、怖いね」

「あぁ、怖い」

弐晩はアリスの手を強く握る。

全部を貰った少女の顔を、よく見る。

年よりも幼く見えるその顔は、笑いながら涙を浮かべている。

「でもね、見えないからこそ、見えるものも、あるんだよ」

「そう、かな」

「でもやっぱり、せっかく私のこと見てくれたのに、ちょっぴり残念」

「いい。すぐ終わらせる」

「待って。待って、ヨウ」

言いたいことがたくさんある。

と、そんな表情をするアリスに、弐晩は逆らわない。

ゼロもまたすぐに襲ってくるだろうが、そんなことを気にせずに。

アリスがそれでも伝えたいと願う言葉は。

一体なんだろうと。

弐晩もまた、聞くことを願ってしまう。

「私のこと、見えてる?」

「あぁ、見えてる」

「私の手、掴んでる?」

「あぁ、掴んでる」

「私は、ずっと、これが欲しかったの。こうして誰かに手を握ってもらって、目を見てもらって」

甘えられる誰かを、欲していた。

散々泣いて、散々沈んで。

そんな姿を見せられるような世界が、欲しかった。

「だから、私は、ノアさんに会いたい。会いたい。会いたいんだ」

「わかってる。大丈夫だ、任せろ」

「うん、ごめん。ごめんね、ヨウ」

同じことを繰り返すアリスに、弐晩はただ頷く。

どうしてアリスが謝ることがある。

何もない。

アリスが苦しむ理由もない。

あるのはくだらない世界の矛盾だけだ。

そんなもののために、目の前の少女を。

自分を心の底から信じてくれている少女を。

こんな目に遭わせていいわけがない。

「俺はさ、アリス」

「うん」

「世界がこんな風になっているってこと、今初めて知ったよ」

「そっか。よかった」

「行って来る」

「ん、任せた」

最後にそれだけ会話して、弐晩は立ち上がる。

その目に、ゼロを映す。



目が視えている、とは。

弐晩にとってただ物理的な意味だけではなく、それに伴う副次効果こそが重要な意味を持つ。

世界で二番目に創られた、|完全知能(Absorute Intelligence)と人形(ヒューマノイド)を持つアンドロイドである。

世界で最初に創られた十体の番号付きアンドロイド。

ゼロ及びファーストは、自由に次元Igの世界に介入できた。

サード以降のアンドロイドは、次元Igの力を使うのに、人間のストッパーが設けられた。

そして、セカンドこと弐晩は。

弐晩だけは。

目の機能を奪われたが故に、次元Igへは一切の干渉を行えない。

そう、目の機能が備え付けられていないだけで、だ。

つまり。

アリスの力によって"視える"ようになった弐晩は、今。

次元Igへの干渉が、自在に行える。

元々次元Igとは概念である。

時間よりも上位の概念。

無限に連なる世界。

誰かが見つけなくとも、そこにあったかも知れない世界。

見つけようとすれば、願いに最も近い世界が現れる、解明できていない謎の存在。

今、目を持った弐晩は、これが欲しいと願ったものを、すぐその場に顕現させることができる。

弐晩はその願いを、イメージを、言葉にする。

言霊にする。

自分を救ってくれたのは、言葉だから。

アリスが証明してくれたのは、言葉だから。

言葉が弐晩の力になる。

「セカンドどうした、余を殺すのだろう?先ほどは効いたが」

ゆっくりとゼロが立ち上がる。

先ほどの弐晩の攻撃も十分即死ものだったろうが、さすがに丈夫なのか、特に目立った外傷は見られない。

「余を消し去るには、足りんぞ」

「消し去りたいわけじゃない。聞きたいだけだ」

「ふふ、金の銃について、だろう?」

金の銃。

なんだそれは、と弐晩が尋ねる前に、アリスが口を挟んだ。

「ノアさんのこと。あの人『ゴールド・ガン』って渾名があるの」

「ダサいな」

「結構気に入ってるから本人が聞いたら怒るよ」

「気をつけよう」

軽口を叩いて、ゼロに再度向き合う弐晩は、会ったことのないノアなる人物を頭で描きながら話を聞く。

アリスにとって大切な人物であることは知っているのだが、いまいち手持ちの情報だけだと妙にずれた人物像が浮かび上がる。

世界のために過去に跳んで、自分達の今を変えようとしている。

しかしどうやら、本質的には天然なところが混ざっているようだ。

あまりその二つの印象が混じりあう気がしないのだが、人間大体そんなもんか、と分かったようなことを弐晩は考える。

「金の銃について余に尋ねることは何もあるまい」

と、ゼロは話を戻した。

「いいや。ノアはどこにいる?未来の本拠地、隠れ処、知ってるんじゃないのか?」

「知らぬな。知っていればとうに攻め込んでいる」

「違うな。何か理由がある。理由があって、お前は未来を潰していない」

「ふん?」

「さっきアリスに言っていただろ。ゼロ、お前は俺達の開発者を探している。アイム、あの人は未来に関わっているんじゃないのか」

「どうしてそう思う?」

「さぁ、ただ、俺もお前も似た者同士らしいからな」

「似た者同士、だと?」

こめかみに手を当てたゼロが不敵に笑う。

何が可笑しいのだ、と聞こうと弐晩が一歩近づこうとすると、

「違うな!!セカンド!!」

ゼロの背後に謎の球体が現れた。

それは、そこにあることはわかるというのに、輪郭が妙にぼやけており、時折陽炎のように揺らめく、真っ黒に染まったものだった。

その中央部は全てを吸い込んでしまいそうだ。

弐晩がすぐに危険を察知して叫ぶ。

(ウォール)!」

言葉を発した途端、弐晩とゼロの間を遮る巨大な壁が出現する。

そして今度は壁がゼロの方へ向かって高速で吹き飛んでいく。

弐晩の狙いはゼロへの攻撃ではなく、謎の黒い球体を押しやることらしい。

壁は何かとぶつかる音もせず、そのままゼロのいた後方、部屋の壁とぶつかり、瓦礫となった。

直後弐晩が見たのは、何事もなかったかのように佇むゼロと、そして同じく不気味に漂う黒い球体だ。

「なんだそれ、この世のものじゃなさそうだが」

「さてな。これでもまだ、不完全なもんでのう」

「不完全?」

「あぁ。余の求めているものでは、ない」

憂いの表情を見せるゼロに、弐晩は感じるものがあった。

先ほどの話では、ゼロは自身の開発者を探しているらしい。

開発者。

アイム・ラスメット。

ゼロの開発に成功し、ファースト、セカンドと開発を進めていたが、セカンド完成直前で失踪している。

そのため弐晩にはその人となりというものがよくわかってはいない。

顔は写真で見たことがあるが、実際にあったこともなければ、自身やその他アンドロイドたちをどういう気持ちで創りあげたのか、それもわからない。

「なに、大丈夫ヨウ?」

状況がやや切迫してきたのが会話から分かったのか、不安げな声でアリスが尋ねる。

ただでさえ今まで当たり前に見えていた世界が真っ暗になってしまっているのだ、その胸中は弐晩が思っている以上に押しつぶされそうなのかもしれない。

「いや、大丈夫だ。問題ありまくりなのはここに突入してから何も変わっていない」

「そ。なら安心ね」

「一応聞いておくが、何か底の見えない黒に染まった球体のようなもんに見覚え聞き覚えがあったりしないか?」

「球体?大きさは?」

「丁度アリスの身長くらいにも見えるし、俺よりもでかいようにも見える」

その的を得ない発言にアリスはやはり首を捻る。

全く知っている気がしないから、ではない。

むしろ。

どこかで聞いたことがあるような気がするからだ。

記憶の扉をがんがん開けていく。

どこで聞いた。

誰に聞いた。

自分で見たのか。

誰かが見たのか。

こんな時に記憶というものほど使えないものはない。

薄れていて、狙った記憶を引き出せない。

思い出せた記憶も自分の都合の良いように改変されていたりする。

「なんとなく、どこかで聞いたことがある、ような気がするの。するんだけど」

「なんだと!?」

そんな微妙なアリスの返答に反応したのは弐晩ではなく、ゼロだ。

ゼロは先ほどまでの余裕の一切を捨ててアリスに近づこうとする。

我を忘れて歩いてくるゼロに対してやや面食らいつつも、弐晩は遠慮なく攻撃を仕掛ける。

流れ(フロート)

言葉通り、ゼロの周りに空気の流れが生まれる。

空気の流れはゼロにぶつかり、その後方で渦を形成する。

渦は規則性を持っているような持っていないような順序で左右交互に出現し、また次の渦の形成のために消えていく。

その流れが生み出す強大な圧にゼロの体は引き裂かれそうな勢いで吹き飛ばされていく。

今度は一切の防御を行わなかったのか、ゼロの衣服に破れている箇所が見られる。

倒れた状態のままゼロは言葉を続ける。

「そうか、そうなのか。アイム、どこに消えたかと思えば、アリス・リーフィンクに繋がっていたか」

それはつまり。

アイムが消えた後にどこへ行ったかという問いに対する答えが。

アリスの世界だった、ということか。

いや。

「野上結の世界に、行っていたのか」

そのゼロの言葉に。

アリスが身震いする。

何かよくないことが起きてしまいそうな、冷たい感覚。

このゼロをこの場でどうにかしなければ。

自分の大切な人たちまで被害を受けてしまうのではないか、という根拠のない懸念。

「ど、どうするつもりなの」

考えが纏まらないまま、疑問を口にしてしまったアリスは。

そのことを悔やむ。

答えなんて、決まっているじゃないか。

ゼロは、なんと言っていた。

自分は、問い続けているのだと。

それは何故なのかと。

「ゼロ、あ、なたは。アイムを探して、どうするの」

悔やみながらも、一度口にしてしまったことは、もう止められない。

あと戻りできない。

聞くしかない。

それに対するゼロの答えは。


「余を生んだ意味を問うた後に、殺す」


当然と言えば、当然。

だが、とても悲しいものだった。

「そんなことのために、そんなことだけのために、結の世界になんて、行かせない」

アリスにとって、あの世界は最も大切な場所だ。

自分の全てがそこから始まった。

アリスは自分で自分を語ることは中々できないけれど。

家族の事ならいくらでも話すことができる。

「そんなことのために、一葉さんと結の世界を、改変なんてさせない」

自分の側にずっといてくれた兄は、いつも優しく、そして格好良く自分を導いてくれた。

突然現れた黒田一葉、野上結は妙な雰囲気を醸し出しながら、時にいちゃつきながら、しかし自分のことをよく見てくれた。

あのときが、今でも一番楽しかったように思う。

あの時間を、空間を、ゼロに犯させるわけにはいかない。

「お兄ちゃんが守った世界は、あなたが来ていい世界じゃない」

自分達は何かのために戦ったのだ。

それが偶々なのか、持つべくして持ったのかはわからないが、自分達には誰かを守るだけの異能が備わっていた。

それが行き過ぎれば誰もが精神を壊してゾンビになってしまうという恐怖と向き合いながらも、それでも誰かのために戦った。

アリス自身は何か崇高な意識でそうした行為をしていたわけではない。

兄であるリンドウがずっと戦っていたから、自分のいるべき場所もそこしかないと判断しただけであり、そこに自分にとっての意味なんてものはない。

「ノアさんが迷った意味は、あなたのためでも、こんな下らない世界のためにでもない」

ノアがどれだけの悩みの中にただ立っていたのか、アリスは詳しく知らない。

ようやくその葛藤を知ったときにはもう、別れのときだったからだ。

だがアリスは知っている。

ノアが悩んだのは、自分の所為なのだと。

自分達のいる、あの世界での暮らしでの所為なのだと。

ノアは自分の世界のために、つまりは今アリスのいるこのアンドロイドに支配された世界を終わらせるために過去に跳んできた。

でもそこでの暮らしは彼女にとって大切なものだったのだ。

だから、だから。

「大切な家族が、大切だと思ってくれたあの空間を、壊させない」

アリスが立ち上がる。

目が見えない状態で立ち上がるのがこんなにも怖いことだとは知らなかった、とばかりに足が震えている。

ただ直立するのも難しい。

おおよそ自分の体勢なんてものは感覚が残っているというのに、バランスというものは意外と視覚に頼っているらしい。

このまま真っ直ぐ歩くことは愚か、安定して、ただ立っていることだって長時間が続けられなさそうだ。

それでも。

戦わなければならないときがある。

「ゼロ。あなたの理由は、知らない。分からない。興味もない」

ゼロはゼロなりにきっと物語があって。

その全てを知っているはずがない。

弐晩が自分の存在を悩んできたように。

それと同じか、それ以上に複雑な想いを抱いて、ゼロはこれまで生きてきたのだろう。

どんな感情を、自分を創りあげた人へ向けてきたのだろう。

そして今、その人物がアリス・リーフィンクに繋がっているらしいという僅かな情報だけで、ゼロは急に我を忘れるほど活き活きとした表情を見せた。

本音を言えば、知りたい。

ゼロの感情の動きを知りたい。

どうして。

どうしてこんなにも人間らしいものが、悩まなくてはならないのだ。

自分も、弐晩も、このゼロも。

皆、ちょっと変なところがある、ただの人間じゃないか。

人間、ちょっと変なところがあるくらいが普通なんじゃないか。

普通の人、なんて世界に一人だっていやしない。

ちょっと人より秀でたところがあったり、ちょっと人より劣るところがあったり。

ちょっと仲が良い友達がいたりちょっと仲が良くない友達がいたり。

人付き合いが良かったり悪かったり。

趣味が音楽鑑賞だったり演劇鑑賞だったり。

しょっちゅう旅行に行ったり年中家から出なかったり。

普通とか平均とか平凡とか。

世界のどこにそんなものがあるのだ。

数値ではでるだろう。

ありとあらゆるテストや個数、量、云々。

だが、人間を数値化できるだろうか。

人間に数字を付けて、りんごの個数や品質、値段を、付けれるだろうか。

肌の色。

身長。

体重。

髪型。

髪質。

顔の輪郭。

眉。

目。

鼻。

口。

それら顔のバランス。

首。

胸の大きさ、又は胸板の厚さ。

手の長さ、大きさ。

体型。

足の長さ、大きさ。

筋肉。

脂肪。

運動神経。

記憶力。

発想力。

視力。

聴力。

嗅覚。

味覚。

触覚。

反射神経。

動体視力。

おしゃれ。

性格。

歌唱力。

演技力。

画力。

言葉遣い。

口癖。

歯並び。

清潔感。

爪の長さ。

特徴的な技能の有無。

忍耐強さ。

趣味。

アレルギー。

苦手なもの。

嫌いなもの。

将来の夢。

信仰するもの。

交友関係。

現在の身分。

働いている場合、年収。

これでもまだ、全然足りない。

人間を形作るほんの一部だ。

だが、これだけでも、その全てが一致する人間なんて、いない。

これ以上、もっと無数に異なる点がある人間同士が関わりあっている社会だ。

そこにいるのが、人間かどうかなんて。

些細なことだ。

自分の前に立つ者が、だ。

外国人であることと、ロボットであること。

そこに違いなど、ない。

こうして言葉で会話ができるだけ、外国人の方がよほど自分とは遠い存在ではないか。

だから本当は、もっと言葉を繋げれば。

もっと沢山、互いの想いを伝え合えば。

ゼロとだって。

わかりあえるはずだ。

わかりあえない理由など、ないはずだ。

なのに。

そうする時間がないから。

力ずくで、伝えることしかできない。

「だから、知りたい。何があったの。開発者にどんな想いを抱いているの?」

アリスは一歩、前へ進む。

その足取りは弱々しい。

今すぐにでも倒れてしまいそうだ。

弐晩が支えようとして、しかし目が見えないはずのアリスはその気遣いを手で制する。

真っ直ぐは進めないが、それでもゼロの声のする方向へ、少しずつ、ゆっくりと進んでいく。

「それは、何?私には見えないけれど、きっと、アイムさんに関係あるんだよね?その黒い球体」

ゼロもまた立ち上がり、近づいてくるアリスに対して迎え撃つかのように歩みを進めた。

それに合わせて、ゼロの背後に浮遊する球体も続く。

弐晩はいつでもアリスのフォローに回れるようにアリスの側を離れない。

「何を知る?余を知り、何を求む?その先に何がある?」

「その先に何があるかなんて知らない。あるのは、その先に進みたいって願いだけ」

ゼロが手を前に掲げた。

背後にあった球体がゼロの前に移動し、アリスと弐晩の眼前に迫る。

深い闇、としか形容できないそれは、弐晩がかつて見たことも聞いたこともない存在だ。

果たして本当に球体なのかどうかもわからない。

少しでも触れてしまえば、どこまでも深く堕ちていってしまいそうだ。

一度囚われたら二度と戻れない漆黒の世界に。

しかしアリスは逃げない。

恐れない。

目が見えないからではない。

見えていようといなかろうと、アリスはきっとこの選択をしたのだろう。

何故ならアリスは別に、闇と立ち向かっているわけではないからだ。

向き合っているのは、ただの人だ。

恐れる要素など、何もない。

だから弐晩もアリスの口上に続く。

「ゼロ。お前は間違え続けている。だからアイムもお前の前から姿を消したんじゃないか?」

それでもゼロとて退かない。

この程度の発言で揺れる決意如きで世界の在り様を変えるはずもなく、ゼロの意思は固い。

「ならば触れることだ。余に触れるとは、闇に触れるということだ。その勇気が汝らに、あるか?」

そして、問う。

今度は自身ではなく。

相手に。

アリスと、弐晩に。

「だとよ。アリス、どうする?」

アリスの答えを知っていながら、弐晩はあえて軽く尋ねた。

答えは、あまりにも快活に返ってきた。

「触るよ」

言ってアリスは、手を伸ばした。

眼前の闇に。

そして、大きく地面を蹴りだす。

「目が見えてないんだから、これ以上の闇があるかってーの!!」

確かな本音をゼロにぶつけるのを、忘れずに。

躊躇うことなく球体の中へ身を投げた。

それとほぼ同時に。

弐晩は無言で、闇の中に飛び込む。

迷いのない二人の姿を見てゼロは空を仰いだ。

既に二人の姿は暗闇に消えてしまっている。

自分と同じアンドロイドであるはずのセカンド、弐晩。

そして今やこの世界の創造主となった、野上結のオリジナル、アリス。

「意味、か。一体、何が違うのだろうな」

ぽつりと呟いた言葉に答える者は、なかった。



暗闇に飛び込んだアリスと弐晩はそこで、記憶の奔流に出会っていた。

真っ暗闇で、何も映らない。

だが、記憶が流れ込んでくる。

それは。

「ゼロの、記憶?」

それらが早送りのように頭の中を駆け巡っている。

イメージが鮮明に世界を覆っていく。

そこにいるのは、一人の女性。

薄汚れた白衣を着ている。

邪魔にならないようにか後頭部で短く髪を縛っており、黒縁の眼鏡をかけている。

見た目だけで評するならば、絵に描いたような科学者といった風貌だ。

その女性が、自分を見つめている。

『   』

何かを喋った。

でも、言葉が聞きとれない。

笑った。

でも、どうして笑っているのかがわからない。

アリスは側にいるであろう弐晩の腕を捜す。

するとすぐにアリスの手を握ってくる熱い感触が返ってきた。

「大丈夫。俺もここにいる」

「うん、ありがと」

「あれは、アイム・ラスメットか?」

「たぶん、そうだと思う」

「あれが俺たちを創った人なのか」

「うん」

アリスは女性のことをよく見る。

その顔にやはり見覚えはない。

しかし何故か名前には聞き覚えがある。

そんな不思議な感覚を掴むために、その動作を見れるだけしっかりと、見る。

女性が何かを書いている。

手紙だろうか。

それとも研究日誌のようなものだろうか。

すると急に立ち上がり、書いていたものを文字が見えるようにこちらに突き出してきた。

これがゼロの記憶というなら、これはゼロに見せているのだろう。

この時点でゼロが完成しているのかどうかの判断が難しい。

『   』

やはり何かを喋っているが、声は聞こえない。

ノートを見せてきたので、どうやら手紙というわけではないらしいが。

そこにはメッセージが書かれていた。

『ARE YOU HAPPY?』

幸せですか?

どういうことなのだろう。

それを、ゼロに尋ねているのか。

はたまた、こうして記憶を覗いているアリス達に向けて発信しているのか。

わからない。

彼女がページをめくる。

やはり笑顔のまま。

『WANT TO DIE, DIDN'T YOU?』

死にたいんでしょう?

死にたいわけじゃない、死にたいわけがない。

「死んでも大丈夫な体だからって、死んで大丈夫なわけがない」

思わずアリスは呟く。

弐晩はそれには応えず、女性の次なるメッセージを待つ。

そして、女性はノートの最後のページを開いてみせた。

見開きで大きく書かれたその言葉は。


『LOOK ME, AND DIE』


『私を見て。それから――死んで』


今度は、女性の声が、聞こえた。

耳に届いた。

それと同時に。

記憶の流れが収まる。

視界同様、全てが暗闇に包まれる。

アリスは、見た。

その女性が、アイムが、泣いていたことを。

どうして泣いていたんだろう。

どうして悲しんでいたんだろう。

この姿を見て、ゼロは何を思ったのだろう。

この記憶を見て、自分は何を思っているのだろう。

「ううん。私が何を思ったかなんて、何を感じたかなんて、わかってる。決まってる。今更考えるまでもない」

ゼロはただ彷徨っているのだ。

この混沌とした世界の中でただ一人、自分を生み出した人物を求めて。

それで、結果が、あれだ。

自分の存在意義を探して、探して、探して。

苦しんでいる。

助けを求めている。

同じだ。

今までに出会ってきた人たちと、同じだ。

自分と、同じだ。

先刻見ていた白衣の女性だって、笑顔で、悲しい笑顔でメッセージを見せていた。

その後どういった経緯を辿ったのかはわからない。

けれど、行方を眩ませたことだけは、わかっている。

なら。

それなら。

「あなたたちを見るよ。見てるよ。それから――生きてやる」

今目の前にいないというなら、探して、見つけてやればいい。

隠れているなら、「みっけ」とおどけてやればいい。

それで、助けてやればいい。

「それが答えだよ。意味なんか探し続ける人の内情なんか知らない。私の都合で勝手に見守って勝手に助けてやる」

「お前に助けられた、俺のように、か?」

「ううん。ヨウのことは、好きだから、別」

「お、う、そうかよ」

何も見えなくとも、互いの言葉は聞き取れる。

何も見えないからこそ、その表情がよりはっきりと想像できる。

だからアリスは笑い。

だから弐晩は笑った。

その瞬間、暗闇に一筋の光が差す。

二人の立つ大地に平行に。

超高速、音速にも迫る、あるいは音速を超える速さで真っ直ぐに。

アリスの元へと光が飛び込んできた。

待ってましたとばかりに、アリスはほくそ笑む。

弐晩には自分たちに向かってくるこの光が一体何なのか、分からなかったが。

アリスにとっては、よく慣れ親しんだ光。

金色の光。

銃弾の形をした、光。

目が見えなくたって、忘れることのない輝き。

アリスの目の前を光が過ぎ去る、その一瞬。

一度見逃してしまえば、二度とは帰ってこないかもしれないその刹那を。

アリスはその手に掴む。

希望とは、自分の手で掴むものだ。

でも、自分一人だけじゃ、そこに手は届かない。

希望を共にしたい誰かがいて初めて、それは希望と呼べるのだ。

アリスにとっての希望の形はいつだって、こうだった。

光から、声が零れた。

アリスの捜し求めてきた声。

優しく、厳しく、温かい声。


「お待たせ。アリスちゃん」


声が響いた瞬間。

暗闇だった世界が晴れて、色づいた。

アリスにとっては真っ暗な世界のままだったが。

そこに。

金色の花が、舞い上がった。

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