噂
# 『3段目の階段』
## 第一話 噂
学校には、不思議な場所が一つくらいある。
「夜中に音楽室からピアノが聞こえる。」
「旧校舎には幽霊が出る。」
「理科室の人体模型が歩く。」
そんな噂は、どこの学校にもある。
でも、俺たちの学校で一番有名なのは違った。
それは、たった十三段しかない階段だった。
西校舎の一番奥。
普段は誰も使わない古い非常階段。
その階段には、ずっと前から同じ噂が残っている。
**「三段目だけは踏むな。」**
理由を知っている人はいない。
先生に聞いても笑って終わる。
先輩は「やめとけ」としか言わない。
何が起きるのか聞いても、誰も答えられない。
だから余計に気になった。
「春人。」
昼休み。
パンをかじっていると、隣の大翔がニヤニヤしながら言った。
「今日、行こうや。」
「どこ。」
「三段目。」
「またその話か。」
「怖いん?」
「違う。」
「じゃあ決まり。」
勝手に決まった。
昔からそうだった。
大翔は思いつきで動く。
俺は巻き込まれる。
それだけの関係だった。
放課後。
チャイムが鳴る。
廊下には部活へ向かう生徒たちの足音が響く。
俺たちは人の少ない西校舎へ向かった。
窓ガラスは少し曇り、夕日が床を赤く染めている。
静かだった。
静かすぎた。
「なんか雰囲気あるな。」
大翔が笑う。
笑い声だけが廊下に反響した。
階段はすぐそこだった。
古びた鉄の手すり。
少し欠けたコンクリート。
何年も人が通っていないように見える。
「これか。」
俺は階段を見上げた。
一段。
二段。
三段。
見た目は普通だった。
何も変わらない。
「行くぞ。」
大翔が一段目へ足を乗せる。
ギシッ。
古い音が鳴る。
二段目。
ギッ。
俺も後ろから続く。
「ほら。」
大翔が笑った。
「何もない。」
そして。
三段目へ足を上げようとした、その時だった。
「やめて。」
女の子の声がした。
振り返る。
階段の下に、一人の女子生徒が立っていた。
見たことのない顔だった。
制服は同じなのに、なぜか記憶にない。
彼女は息を切らしながら言った。
「お願い。」
「そこだけは踏まないで。」
大翔が笑う。
「なんで?」
彼女は答えない。
ただ俺だけを見ていた。
「踏んだら。」
少しだけ声が震える。
「今日が最後になるから。」
空気が変わった。
さっきまで聞こえていた野球部の声も、吹奏楽部の音も、全部消えた気がした。
大翔は肩をすくめる。
「脅かし?」
「違う。」
「じゃあ理由は?」
彼女は唇を噛んだ。
そして小さく言う。
「……まだ、言えない。」
沈黙。
夕日が長い影を作る。
大翔は俺を見た。
「どうする?」
俺は三段目を見つめる。
ただの階段。
なのに、なぜか足が動かなかった。
その時だった。
校内放送が流れる。
『下校時刻になりました。生徒の皆さんは速やかに下校してください。』
静寂が破られる。
大翔はため息をついた。
「今日はやめるか。」
彼は笑いながら階段を降りた。
俺も後ろへ続く。
女子生徒は安心したように目を閉じる。
すれ違う瞬間。
彼女が小さく呟いた。
「……ありがとう。」
「え?」
聞き返した時には、彼女はもう歩き出していた。
名前も知らない。
何組かも知らない。
それでも。
家へ帰る道でも、その言葉だけが頭から離れなかった。
『今日が最後になる。』
最後って、何が。
その夜。
眠れないまま時計を見る。
午前零時。
スマホが一度だけ震えた。
知らない番号から、一通のメッセージ。
**『明日は、絶対に三段目を踏まないで。』**




