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7 甘いの欲しい


「だから、事実を見て。獣人の性風俗法は決して人間の欲の為じゃないの」

「事実を見ていないのはエスミーの方だわ。人員の入れ替え頻度を見れば」

「復職率を確認して頂戴。離職では無く休職であるのは明白でしょう」


 グループワークの話し合いは、びっっっくりする程進まなかった。週に三日、何時間意見を出しデータを示しても駄目。シンシアは意見を変えるどころか、私を説得しようと意思を強めてる様に見えた。

 私たちがあまりに言い合うから、途中からアスカとイリスは資料集めと称して席を外す様になったし……。


「はぁー……」


 今日も今日とて、シンシアの考えを変える事は出来ず……否定だけでは駄目だと、他の案を持って行っても暖簾に腕押し。彼女を説得する為の情報だけでノート一冊埋まりそうだ。

 もういっそ、彼女の言う通りに発表してやろうかと思う……が。私がアネイアの娘である事がネックだ。たかが授業の一環、グループワークの発表とはいえ、エスメラルダ・アネイアはこの国に法を作った家の人間、父は最高裁判官として法曹の頂点に君臨している。

 法学部に進んだ以上、良くも悪くも影響を受ける。エスメラルダはそれを覚悟で進学したが、まさかこんな爆弾を処理しなければならなくなるとは、流石に想定していなかったんじゃないかな。


(でもまぁ、おかげでヴェナの方には接触ないみたいだし……)


 私との話し合いに時間を取られて、ヴェナの元にシンシアが出現する回数は劇的に減ったらしい。良かったーとは思っているけれど、私自身、ヴェナの研究室にはほとんど顔を出せていない。読みかけの本と積み本、そして買い置きのおやつ達は大丈夫だろうか。


「やっぱり、難しいのかな……」

「そんな事ないよ! こっちの資料とか、記事の裏付けになると思うし」


 シンシアの声に反応して、足を止める。曲がり角の向こうにいるのはシンシアと……知らない声だ。バレない様に様子を窺うと、悲しそうな顔で俯くシンシアの隣には二人、知らない女の子が立っていた。

 シンシアは人懐っこくて友人が多い。ヴェナの研究室は、共有スペースを通って行く必要があるが、他の研究員とも打ち解けている様子だと聞いている。アスカやイリスも彼女の友人だし、人当たりも人付き合いも良いんだろう。


「ありがとう。でも、エスミーは」


(ッ……!)


 自分の名前が出て、思わず抱えていたノートを落とす所だった。音を立てたらバレてしまう。寸前の所で受け止めて、そのまましゃがみ込む。聞き耳を立てるのはあまり行儀がよろしくないけれど、自分に対する意見は聞いておきたい。今後の参考として。


「エスミーには、理解し難いの、かな。好きな人以外と、その……そういう事したくないって気持ち。私は絶対、好きな人とだけが良い。人間に対する風営法は、性的サービスに関して凄く厳しいのに、どうして獣人に対してはあんなに緩いのか。私はその差を埋めたいだけなの」

「そんなの当たり前だよ! 実態を知れば皆、同じ様に思うに決まってる! ましてやシンシアは当事者である獣人の血が流れてるんだもん。私達より辛いよね」

「むしろエスメラルダ様はどうしてそんなに否定するのか、意味分かんないよ……アネイアの娘として、責任があるはずなのに」

「むしろ、だからじゃない? 先祖の罪を認めたくないんだよ。一年の時からそう、プライドが高くて、間違いを認めないんだ」

「エスミーは素敵な人だよ。きっと、誤解があって」

 

 どんどんヒートアップする二人に、慎ましやかなシンシアの声は逆効果だった。ある事無い事、エスメラルダに関する噂が山を作る。

 法の知識を悪用し、逆らう人間を許さない。家の権力を武器にして、教員達も逆らえない。傲慢で独善的で、自己中心的で思い遣りに欠ける……微妙に事実が混じるから否定しづらいな。


「そんな……じゃあ、ハヴェイナ様の事は」

「いっつも喧嘩ばっか。研究室の外まで聞こえるくらいだって、有名だよ。ハヴェイナ様の交友関係だけじゃなく、研究にまで口を出して……」


 やっぱりまだ私とヴェナの関係値は、皆の中で全然変わっていないらしい。そりゃ一年以上喧嘩ばっかだった相手だし、数ヶ月一緒にいたくらいじゃ見る目も変わらない。大喧嘩を扉越しに聞かされていた他の研究員達くらいか、変化に気付いてるの。やっぱりずっと研究室の中じゃ意味ないかなぁ……ヴェナは研究を止められないし、昼食の時間にもう少し人の多い所で一緒に居てみるか。


「……そんなの、酷い」

「え、ちょ……シンシア!」


 あ、ヤバ……考え込んでてちゃんと聞いていなかった。様子を窺うと、焦りの滲む声でシンシアを呼ぶ子と、その子に背を向けて走り去るシンシアの背中が見える。流石ウサギ獣人、とんでもなく速かった。

 私は他の二人がその場を離れるのを待ってから、帰路に戻った。とんでもない誤解をされているのは分かったが、私に対する認識はこの際どうでもいい。


「私からの説明じゃあ、限界だよなぁ」


 シンシアの言っている事は理解出来る。好きな人以外に身体を許したくないという想いも、人間の物より獣人に対する性風俗法が緩いのだって事実だ。

 だがそれは、獣人の生態に即した形を取っているだけで、決して彼らを軽んじている訳では無い。平等を謳うのは素晴らしいが、何でもかんでも同じにすれば良い訳では無いのだ。我が国は人間と多種が同じ国土に住んでいるからこうした差が目に付きやすいけれど、そもそも獣人や人魚だけの国では、人間では適応できない法がわんさかある。

 我が国は人間の数が多いから、マイノリティ側に寄り添わない法に見えているのだろうか。シンシア自身が人間寄りの獣人だから、少々どちらに対しても深入りし過ぎているきらいがある。


「説得に時間を掛け過ぎるとなぁ……発表内容を考える時間なくなっちゃう」


 正直、面倒過ぎて別グループに鞍替えしたい。でも流石に今になってそれは移動先にも、アスカやイリスにも迷惑だ。いや既にシンシアに噛み付いてる迷惑女になってるかもだけど。

 

「……マシュマロココアが飲みたい」


 ヴェナが淹れてくれる、マシュマロが山を作ってるココアが、飲みたい。


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