58.戦況
「ではこれより......」
翠鳳が勿体ぶるように言葉を溜める。
「あんなことあったね!!そんなことあったの....!?発表会を始めまーす!!」
馬車の中に響く、その元気の良い声とパチパチパチ!と盛り上げようとする自分の拍手音。
祐基と紅蓮は、(いつものことだ....)という慣れた目。
対して紫蓮は、ぽかんと口を僅かに開けたまま固まっている。
そして紅忠はというと、なんか面白そうなことが始まったぞ...!とでも思っているかのように目を輝かせていた。
「.....一応聞いておくか。突然どうした翠鳳」
紅蓮が呆れ混じりに口を開く。
「何って....今から戦況を振り返るんですよね?だったら始まりから今まで戦い続けてきた、祐基くんと紅蓮さんの足跡を聞かせてくださいよ〜!例えばお二人はいつ頃出会ったんですか、とか!」
「戦況を振り返るのに私たちの出会いだの経験だのを話す必要ないだろ」
「必要です!!何故なら私が聞きたいから!!」
「理由が酷いな」
即答する翠鳳に、紅蓮は半眼でため息を吐く。
しかし当の翠鳳は気にした様子もなく、ぐいぐいと身を乗り出してくる。
「翠鳳さん......」
祐基は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そんな翠鳳の声を支持するかのように、一人の男が勢いよく手を上げた。
「はい!わしも聞きたいのぅ!」
「おい」
紅忠だ。
しかも完全に乗り気である。
「紅忠さんには僕がもう話しましたよね....?」
「水のオークとフォルネストとの戦いに関してはな、その前の話はワシも知らん教えろ」
「『飛龍』将軍、貴方の恥の部分を曝け出さないでください」
紫蓮が呆れた口調で毒付く。
「いやしかし真面目な話....」
だが次の瞬間、紅忠に漂う空気が変わった。
先程までの軽薄そうな態度が消え、表情も声色も鋭く引き締まる。
「戦況を確認する上で経験話は重要よ。これからの事もある、話しとくれんか?」
その鷹のように鋭い眼は、冗談を言う者のものには見えなかった。
龍華帝国を支える将軍として、本気で聞こうとしている。
「.....わかりました。そういうことでしたら私と祐基の出会いから現在まで、話していきます」
と思っていると。
「よっしゃ上手く行った!!」
「流石紅忠さん!!」
翠鳳と紅忠が驚くほど息ぴったりに喜び合った。
その姿に、本気で語ろうとしていた紅蓮の額にぴくりと青筋が浮かぶ。
「あ、こほん.....どうぞ」
紅忠は咳払いをしながら慌てて座り直し、真面目に話を聞く姿勢を取った。
紅蓮は深々とため息を吐くと、ゆっくりと語り始める。
「......1ヶ月ほど前より異常増加する長城への亜人襲撃。それと亜人同士の争いを一切確認できなくなった荒野の情勢から長城司令部より新たな第三偵察部隊の創設....そしてその部隊の隊長に私は任命されました」
ことの発端は紅蓮が話した通り、龍華帝国北部...『ゴバ荒野』で例を見ない異常事態が起きたところからだった。
荒野には多数の亜人が犇き生息しており互いが捕食対象、あるいは縄張り争いの相手であるため亜人同士の争いが絶えない地域だ。
龍華帝国はそんな亜人達から国を守るべく、半島を縦断する巨大城壁...『龍鱗の長城』を築き2000年もの間、国を守り続けていた。
しかし1ヶ月ほど前より、頻繁に確認されていた亜人同士の争いがぱったりと目撃されなくなり、さらに亜人による長城襲撃の回数が短期間で異常なほど増加するという異変が起こり始める。
そこで龍華軍の長城司令部は、荒野の情報を得ようと新たな第三偵察部隊の創設を決定。
当時、長城で『赤龍』という異名で広く知られていた、趙 紅蓮が隊長として任命されたのである。
「ほう、その若さでいきなり隊長に任命されたか」
「『赤龍』様の武勇は数多く。荒野に潜り情勢を探るのにはこれ以上ないほどの適任でしょう」
紅忠が感心したように眉を上げ、紫蓮も静かに頷いた。
「それで祐基くんは?いつ頃紅蓮さんの部隊に入ったの?」
翠鳳が興味津々といった様子で、祐基へ問いかける。
「僕は訓練施設を出た後すぐに紅蓮隊長の部隊に配属になりました」
「私の最初の部下が祐基たちだったんです」
「ええぇ〜!!?祐基くんって兵士になったばっかだったんですかっ!!?」
それを聞いた翠鳳は目を丸くし、あからさまに驚いた声を上げた。
「そういえば言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないよ!スッゴ.....なったばかりであんなに強かったんだ.....」
感心したように祐基を見つめ直す。
「あぁ、私の自慢の部下だ」
紅蓮はどこか誇らしげな顔を浮かべながら、祐基の肩にそっと手を置く。
すぐ隣でそんなことを言われ、祐基は少し照れ臭そうに視線を逸らす。
「......わしなんて新兵時代に教官を弓勝負で泣かせるくらい強かったし〜」
「張り合わないでください」
腕を組み、不服そうな顔をする紅忠。
「僕と....兄貴、それに訓練施設の同期総勢15人が紅蓮隊長の第三偵察部隊に入隊することになったんです」
「出た!祐基くんの兄貴さん!」
「兄貴?兄弟がおったんか?」
「兄貴と言っても血は繋がってません。カッコつけて言うなら....杯を交わした....的な?」
「ほう、良いではないか」
祐基の兄貴...名を屈釖。
16歳の祐基に対し屈釖は20歳と4歳差の義理の兄弟だ。
祐基が誰よりも頼りにし、頼りにするだけの力を持っていた男。
そして祐基の夢....国を守る兵士になりたいという夢を強く後押しした人物でもある。
「確か祐基くんの兄貴さん、紅蓮さんと張り合うくらい強かったんでしたよね!」
「...!なんと、『赤龍』様と張り合う....!」
「あぁ....あいつは本当に強かった.....」
懐かしい記憶を思い出してか、紅蓮は小さく笑みを浮かべる。
だが、その表情が徐々に険しさを帯びていく。
「本当に.....もっと強くなれる兵士だった......」
「ん?」
「僕の兄貴は.....長城襲撃の際に死んだんです」
「......そうか」
一瞬だけ、紅忠の目が僅かに見開かれた。
だがそれもすぐに消え、老兵は静かに表情を戻す。
長年兵士として生きてきた男だ。
きっと、こういった話は何度も聞いてきたのだろう。
動揺を見せることなく、ただ静かに続きを聞く姿勢を取っていた。
「僕が兵士となって2日目、長城が破壊されました。兄貴はその時、亜人王と戦い.....敗れ...殺されたんです」
「亜人王....例の亜人共の首魁ですね」
紫蓮が静かに呟く。
「陛下も裏に何かおると予測しとったが、まさかの亜人の王とはのぅ。昨日聞いた時は驚いたもんよ」
「亜人の王と言っても、確か人なんですよねその人?」
翠鳳が不思議そうに首を傾げる。
「なんで私たちと同じ人間なのに、亜人の味方になってこの国に攻めてくるんですかね?」
「まだまだ謎が多い奴だ。亜人至上...的なそういう危険思想の持ち主としか今は考えられない」
紅蓮が答える。
唯一、亜人王と直接接敵したことのある祐基もその問いに関しては紅蓮とほぼ同じ考えだった。
それほどまでに、一行は亜人王についての情報を持っていない。
「亜人王に関しての現時点での情報は....思想は不明。目的はこの国の都...『烙夭』....もしくは皇帝陛下の首か両方。能力は『鵺』」
「鵺.....って何ですか?」
翠鳳はきょとんとした顔で再び首を傾げた。
だがその『鵺』という言葉に覚えがないのか、誰もすぐには答えない。
馬車の中に短い沈黙が落ちる。
「......昨日と変わらず、私の知識にはありませんね」
やがて紫蓮が静かに口を開いた。
紫蓮は龍華帝国において最強と名高い二人の将軍...『双刀』の一人である紅忠....通称『飛龍』が率いる部隊、飛射隊の副官を務めている。
副官と言っても紅忠が指揮を取りたがらない(面倒くさいと駄々をこねる)ため、実際に部隊の指揮を執っているのは殆ど紫蓮だ。
隊を率いるため、並々ならぬ勉学と知識を積み重ねてきた彼女ですら、その『鵺』という言葉には聞き覚えがないようだ。
「何かの生物の名称なんか?」
「わかりません。フォルネストは鵺としか」
「やはりフォルネストの嘘では?その能力の名称が判明することで弱点が露呈するからと、我々に嘘の情報を流したとか」
「いえ.....」
紫蓮の言葉に、紅蓮は難しい顔を浮かべる。
「確証はありませんが、それはないと思います。あのフォルネストの目........はありませんが、あの言葉に嘘はないと感じました」
「......『赤龍』様がそうおっしゃるのなら」
「けど、1番の問題は名前ではなく...その能力です」
祐基は思い出す。
亜人王の見せた異質な力、その一端を。
「フォルネストからの情報によると奴の『権能』....いや『力』?と呼ばれる能力の内容は単純。【自身の知識に宿る生物に姿を変える】です」
世界には『権能』と呼ばれる特異な能力を会得した者たちが存在する。
祐基が今まで出会った中では、水のオーク族長『ラージャン・パラード』。
蔓絡人の祖、『フォルネスト・アース』が該当する。
ラージャンの場合は【水の操作】。
一滴の水を大洪水を起こせるほどの量へ増幅でき、さらに水の硬度すら自在に変化させる。
自由自在に水を操る、まさに水の支配者と言える権能。
フォルネストの場合は【炎・熱に対する完全耐性】。
本来、蔓という性質上最大の弱点であるはずの炎を完全に無効化し、熱すら受け付けない。
そのため燃やすという手段が一切通じなくなる権能だ。
「どんな生物にも...か。それが本当だとしたら厄介な能力じゃな」
「てことはアレですか。男から女にもなれるって事ですか?」
「亜人王が自分の能力を、そんなくだらない事だけに使ってくれたら良かったんだがな」
翠鳳の能天気な発言に、紅蓮は思わずふっと笑みを零した。
「僕が見た中では...普通のオークの体、蛇の体、魔道機人の体、毒蠍人の尾や鋏、見たことのない獣の頭.....状況に応じてその時その時に最適な生物の部位を自在に出すことができる上、発現させるのに体力の消耗や魔力の消費は感じませんでした」
祐基の脳裏に、あの異形の姿が蘇る。
人でも亜人でもない。
様々な生物を継ぎ接ぎしたような、悍ましい怪物。
祐基自身は権能を持っていないため、権能を一度使うとどれだけ体力・魔力を使うか詳細は分からない。
だが、亜人王との戦いを見る限り、能力に明確な制限は感じられなかった。
「つまり、際限なく変われるっちゅうことか」
「恐らく....」
祐基は重く頷く。
ラージャンの場合は水の権能。
故に“水で何かをしてくる”という警戒をしながら戦える。
フォルネストの場合も脅威の本質は蔓そのものにあり、権能自体は補助に近かった。
だが、亜人王の能力は違う。
何をしてくるのか分からない。
次にどんな姿になり、どんな攻撃を放つのか一切読めないのだ。
「そんな相手からよく生きて逃げ切れましたね....」
「運が良かったとしか。亜人王から逃げた後....僕は兄貴を失った損失感から、まともに立つことすらできなくなりました」
祐基の表情が暗く沈む。
今は立ち直っている。
それでも屈釖を失ったあの瞬間を思い出せば、心に重たい靄がかかる。
馬車の中は自然と静まり返った。
「けど」
再び口を開いた瞬間その陰りは少し和らぎ、祐基はどこか嬉しそうに小さく笑みを浮かべる。
「そんな僕を助けてくれたのが、紅蓮隊長だったんです」
今の祐基を支える、屈釖に変わる大切な存在。
祐基が今なお戦い続ける理由。
それが、この時自分を救ってくれた紅蓮だった。
「大袈裟だな。私はただお前を見つけて一緒に行動しただけだ。立ち直ったのはお前自身の力だと言っただろ」
「いえ!紅蓮隊長がいたからこそ今の僕はあるんです!この恩は一生ものです!」
祐基は真っ直ぐな瞳で、迷いなく言い切る。
「と、とにかくだ!」
紅蓮は頬をわずかに赤らめ、露骨に話題を逸らす。
「私はその長城襲撃で祐基以外の部下を全て失いました。そして祐基と合流後、亜人が次に来ると思われる都市『挙抄』へ向かうことに」
「そこで私達と出会ったわけですね!!」
翠鳳が待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、勢いよく身を乗り出す。
自分たちの登場を早く語りたいらしい。
「そうだな」
紅蓮は頷き、話し手を翠鳳へ譲った。
「私たちは皇帝陛下の勅命を受け焰秋隊長指揮の元、初代皇帝が残したとされる帝国の秘宝を取りに『冠耀』へ向かっていたんですが、その道中で亜人の襲撃に遭ってしまいました。そこへ颯爽と現れた紅蓮さんに助けてもらったんですよ!」
長城襲撃から一夜明け、紅蓮と祐基は長く歩き続けていた森を抜けた。
すると見えたのが、翠鳳たちが乗る馬車だった。
亜人を撃退した後、部隊の隊長である焰秋の頼みで紅蓮と祐基はその部隊に合流。
共に冠耀へ向かうこととなったのである。
「いやー最初見た時スゴっ!強っ!綺麗っ!って思わず声に出ちゃいましたよ〜!」
「焰秋か。都に姿が見えんと思っとったら....陛下も急な命令を出すもんじゃ。そんで....その隊の中に孫覇の奴もおったわけじゃな?」
その名が出た瞬間、空気がほんの僅かに重く沈んだ。
祐基も、そして翠鳳も...その変化をはっきり感じ取る。
理由など言うまでもない。
「....はい」
紅蓮が小さく頷く。
その顔は思い詰めたかのように薄暗い。
「そんで冠耀に向かって、いざ着いたら六荒王のラージャン・パラードが強襲してきたと」
「そうなんですよ!いきなり背後から水がドバァーーって空に向かって伸びたと思ったらこっち来て、中から水のオークたちが現れていきなり戦闘になったんですよ!」
翠鳳は両手を大きく広げながら、その時の衝撃を全力で表現する。
冠耀。
それは初代皇帝が築いたとされる古都。
今では誰一人住まぬ、巨大な廃墟の街だ。
祐基たち一行が冠耀の宮殿へ足を踏み入れた時、祐基を追ってきた水のオークとその族長が姿を現し、戦闘となったのである。
『六荒王』。
それは広大な荒野において最も強く、最も影響力を持つ六つの種族。
その代表たる六体の亜人の総称である。
水のオーク族長であるラージャン・パラードはその一角である。
「戦いは激しく、私と孫覇以外の部隊の仲間....それに焰秋隊長も......」
翠鳳が俯く。
先ほどまで見せていた明るさが嘘のように、その声は沈んでいた。
「最終的に秘宝を手にした祐基くんが族長を倒し、私たちはなんとか生き延びました....」
「その秘宝が雷衝動か。噂じゃ聞いたことあるが、まさか六荒王を沈める程とはのぅ」
自然と、全員の視線が祐基の持つ雷衝動へと向かう。
初代皇帝が使い、後世へ遺したとされる...古い文献にその名が刻まれる秘宝『雷衝動』
その威力はまさに伝説。
祐基に追い詰められたラージャン・パラードの出した奥の手をも容易く貫く威力の矢。
いや、矢というよりも雷そのものと呼ぶべき一撃を放ち、ラージャンを瀕死の状態にまで追い込んだのである。
「結局ラージャンは.....あれ?どうなったんでしたっけ?」
「突然現れた、同じく六荒王である毒蠍人の女王『ポリズン』によって、ラージャンは持ってかれました」
「ああ!そうでしたそうでした!」
毒蠍人の女王...ポリズン。
現在、亜人王と共に龍華帝国を攻撃してきている他の六荒王とは思想が違うのか、“敵対するつもりはない”と口にし、ラージャンを回収し去っていった。
紅蓮と過去に因縁があるようなことを言っていたが、まだ謎の多い存在だ。
「そこも祐基から聞いた。ポリズンのぅ.....発言が真意なら、状況次第では味方に引き込めるかもしれんな」
「....!『飛龍』将軍....正気ですか....!?」
紅忠の発言に紫蓮が強く反応する。
布で隠され目は見えない。
だが、焦りと驚きが混じった表情を浮かべているのは声だけで十分伝わってくる。
「もしもの話じゃ。亜人王っちゅうのが恐ろしく強いのなら、少しでも強者が必要じゃろ」
「ですが相手は亜人、信用に値しません。いつ裏切ることか」
「でもあの六荒王が味方になってくれるのなら頼もしいじゃないですか!もう亜人王なんて楽勝ですよ楽勝!」
翠鳳が能天気に両手を振りながらはしゃぐ横で、祐基は内心考える。
(ポリズンの強さはわからない......けど、亜人王に敵わないから六荒王たちは亜人王に従ってる感じだったよな.....)
もし味方になってくれるなら心強い。
しかし、それだけで亜人王を確実に倒せるかと言われれば“難しい寄りの分からない”。
そう祐基は結論づける。
「そこはまた、ポリズンと接敵した際に説得しましょう。彼女も亜人王の支配は望んでいないでしょうから、可能性は0ではありません」
「まぁそうじゃな」
紅蓮の言葉に紅忠が軽く頷く。
紫蓮はまだ納得していない様子だが、紅蓮は話を戻す。
「それで....秘宝の雷衝動を回収した私たち4人は都への帰還を目指し、中間にある都市...『張按』へ向かいました」
「着いたら驚きましたよ!人が誰一人いなかったんですもん!」
張按とは都の西隣に位置する都市であり、国内一の商業都市である。
だが祐基たちが辿り着いた時、都市には人一人おらずもぬけの殻と化していた。
活気に満ちているはずの大通りにも誰もおらず店も家も閉ざされ、巨大都市そのものが死んだように沈黙していたのである。
「いたのは六荒王、蔓絡人の祖...フォルネスト・アース」
そこで出会ったのが、祐基の言ったフォルネスト・アースだった。
「フォルネストの強さはまさに怪物でした。雷衝動が通用せず、紅蓮隊長が囚われ....一時撤退せざるおえないほど....」
「雷衝動が通用せんかった?ラージャンの水を貫けたのに?」
「はい....あの蔓の硬さはラージャンの水の比ではなかったので」
「ふーん.....なるほどのぅ」
紅忠は白く長い髭を撫でながら祐基...そしてその手元に置かれた雷衝動を見つめる。
「あの後も大変でしたね。祐基くんと孫覇さんが喧嘩しちゃって」
「あの時は僕も、紅蓮隊長を助けなきゃって頭がいっぱいになっちゃって....」
祐基は苦笑をしながら頭を掻く。
「そうだったのか....本当にすまなかったな、祐基」
紅蓮がばつが悪そうな顔で、少し頭を下げる。
「あ、いや!そういうつもりじゃ!気にしないでください紅蓮隊長!」
「結局祐基くん一人でフォルネストと戦いに行っちゃって、私と孫覇さんは祐基くんがピンチのギリギリの瞬間に間に合ったんですよね」
「ですね。それで....その時、孫覇さんが......」
祐基の言葉が止まる。
視線が落ち、拳を弱く握る。
馬車の中に静寂が流れる。
孫覇はどこからか持ってきた火薬兵器を使い、フォルネストへ自爆攻撃を仕掛け戦死した。
あの瞬間、もし自分にもっと力があれば。
もっと強ければ、孫覇さんは死なずに済んだんじゃないか。
祐基の胸には、今もその後悔が深く残り続けていた。
「己の命を顧みず他者の、仲間のために敵に立ち向かった。兵士として立派な最期じゃないか」
紅忠が、沈み込む祐基へ静かに言葉を掛ける。
その声には説教臭さはなく、ただ長い年月を戦場で生きてきた者だけが持つ重みがあった。
「お前さんがするべきなのは後悔ではのうて、想いを継ぐことじゃろう。孫覇は最期になんと言っとった」
祐基の脳裏にあの瞬間が鮮明に蘇る。
死の間際、孫覇は叫んだ。
俺たちの国を守り抜け。
祐基は再び拳を強く握る。
それは悔しさではない。
託された想いを背負うという、強い決意だった。
「そうですね....その通りでした。孫覇さんの分も僕が....僕たちが.....!」
「あぁ....このまま国を滅ぼされては、いよいよ孫覇に合わせる顔がない。必ず亜人王は倒す」
「ですね!天国で見てる孫覇さんにしっかり見せてあげましょう!私たちがこの国を救うところを!」
亜人王を必ず倒し、国を守り抜く。
そして、死んでいった者たちの想いを無駄にしない。
祐基は、三人の心が今この瞬間一つになったのを確かに感じ取っていた。
「そんで、その後フォルネストの本体と戦ったと」
「はい、フォルネストの体内に入り込んだ僕が紅蓮隊長を解放したところに本体が現れ、激しい戦闘になりました」
祐基が紅蓮を解放した瞬間、蔓絡人の弱点である“核”を持つ本体が現れた。
今まで見ていたフォルネストはただの外殻...着ぐるみにすぎず、そいつこそが正真正銘のフォルネスト・アースだった。
戦いは壮絶を極め、祐基は死の寸前まで追い込まれるも、紅蓮の持つ奥義によりフォルネストは討伐された。
「紅蓮隊長のあの技がなければ勝てない相手でした。今思い返してみてもとんでもない威力でしたねあの技」
「鍛えたからな。かつて覇王が使った最強の矛の技。極めれば誰も失わない、強い兵士になれると思って」
紅蓮は立て掛けている自身の紅い刃の偃月刀をチラリと見る。
「ただ...あの技は溜めの時間で技の威力、範囲が決まる。しかも安定した足場じゃないと打てないし、連発も厳しい。亜人王戦ではあまりアテにしない方がいい」
「そうなんですか」
少し期待していた祐基だったがそれでも紅蓮隊長は強いからと、あまり問題は感じなかった。
「んで、フォルネストを討伐。外に出るとわしらがいたと」
フォルネストを倒した祐基と紅蓮がその体内から外へ出ると、そこにいたのが紅忠だった。
さらに、この都市を奪還しようと都から兵士が到着。
街に残っていた蔓絡人の残党は次々と掃討され、張按は解放されたのである。
「ビックリしたろ?外出たらフォルネスト以上に強そうな兵士がおったんじゃから!」
「え、あぁ....はい」
祐基は曖昧に頷く。
確かに、紅忠からは圧倒的な強者の気配を感じた。
紅蓮も同じだっただろう。
だが正直、フォルネストの方が気配で言えば強かった。
だがそれを言ったら絶対めんどくさいキレ方するんだろうな...と祐基は察し、口に出さないことを選んだ。
紅忠と出会った祐基たちはその後、都へ帰還する紅忠たち飛射隊と行動を共にし街を出発。
そして1日が経ち、現在に至る。
「とまぁ....以上が僕らが経験したこれまでの出来事です」
「改めて振り返ると激動の日々でしたねぇ〜」
翠鳳は座席へ背中を預けながら、しみじみと呟く。
「そうですね....もう二度と人生でこれだけ慌ただしい日々は経験しませんよ。絶対」
二人は同時に、どっと疲れたようなため息を吐いた。
祐基が兵士となってまだ六日目。
体感1ヶ月に感じる程の濃い六日間。
長城の崩壊。
亜人王との遭遇。
屈釖との別れ。
ラージャンとの激戦。
焰秋の最期。
フォルネストとの死闘。
孫覇の死。
だが、まだ終わっていない。
祐基は静かに雷衝動へ触れる。
ひんやりとした弓の感触と共に、微かな静電気が指先を走った。
(まだ1番の大仕事が残ってるんだ......気は抜けない)
ラージャンやフォルネストをも超える強さを持つ亜人王。
そして残る4体の六荒王。
これら全てを倒すまで戦いは終わらない。
屈釖、それに孫覇や焰秋たちから託された想い、雷衝動を握る責任。
その重みが、祐基の胸に再び熱を灯した。
(全部....終わらせる......)
「んじゃ...色々語ってもらったところで今、帝国が把握してる戦況じゃが.....」
紅忠が本題へ入ろうとした....その時だった。
コンコンッ、と馬車のドアをノックする音が響く。
それを聞くと紫蓮はすぐに腰を上げ、扉を開いた。
「失礼!『飛龍』将軍!まもなく都へ到着します!」
馬車の横を並走する飛射隊の兵士が、馬上から紅忠へ報告する。
それを聞いた紅忠は一言。
「お、そうか。ご苦労」
「それと、都からの伝書鳩が届き、現在亜人の襲撃中であると!」
「襲撃!?」
翠鳳が声を上げた。
「都にもう亜人王が!?」
「落ち着かんか。わしらが都から張按へ出発する際も亜人の襲撃はあった。報告書は襲撃のみと書かれとるんか?」
「はい!六荒王の姿は確認されていない模様!」
紅忠は終始ドッシリと腰を下ろしたまま、冷静に報告を聞いていた。
その反応から、都への亜人の襲撃は既に何回も起きているのがわかる。
「襲撃はまた正門か?となると裏門から入るしかないのう」
「全隊に伝達!」
紫蓮が鋭く声を張る。
「我が隊はこれより烙夭南、裏門より入場する!斥候は亜人の攻撃に要警戒!各馬車に帝国国旗を掲げさせよ!」
「はっ!」
兵士は馬の手綱を引き、駆け去っていく。
扉が閉まり、馬車内に再び静けさが戻った。
「ついに.....都に......!」
高揚感と緊張が入り混じり、心臓が強く鳴る。
やがて外、遠くより鐘の音が聞こえ始め、同時に馬車の速度が徐々に落ちていく。
「開門〜〜ッ!!」
力強い男の怒号が響く。
都の裏門が開かれたのだろう。
「着いたか」
紅忠の短い一言。
それを聞き、紅蓮はすぐに偃月刀を手に取る。
いつ戦闘になってもいいように。
翠鳳もまた、錫杖を握り締め顔に緊張の色を浮かべた。
後に『亜人戦争』と語られるこの戦い。
祐基たち一行はついに、決戦の地... 烙夭へと到着した。




