トキヤ~異世界㊳朝~
「んー‥‥。あれ?体が動かないぞ!」
そんなベタなセリフから始まった2日目。
簀巻きの状態で目覚めたのはいいのだが、朝一番の尿意には耐えられそうにない。しかし、未だに目覚める気配のない三人に伝えずに、この状態を解除するのはどうだろうか。信頼うんぬんの話もあるしな。
「とりあえず起こすか。話はそれからだな。」
そう呟くと同時に、3割ほどの殺気を放った。
「な、何!」
「何ですか!?」
「きゃあ!」
リーシュ、リンドウ、ミューの順に目が覚めたようだ。ミューだけ臨戦態勢に入れなかったようで、ベッドから転がり落ちていた。
いざという時にあの反応はやばいな。
そういう訓練もしないとまずそうだ。
「おーい。起きたならこれを解いてくれー。」
気付いてくれとばかりに声をあげたのだが、3人とも未だに警戒しているようで、なかなかこちらを向こうとしない。というより、完全に周りが見えていない。
「仕方ないな……。」
簀巻き状態の俺は、蓑虫のように床を這ってリーシュのもとに向かった。
「おーい。」
この時の俺はとても浅はかだったと思う。なぜかって?背中から声をかけちゃったんだよ。
「このっ!」
リーシュの裏拳が物の見事に俺の左頬に決まった。
「ぐばぁ!」
相変わらずとんでもない威力の拳が、ノーガードの顔面に突き刺さったのだ。俺は綺麗に吹き飛ばされて、近くにいたミューを巻き込みながらベッドにぶつかった。
「きゃあ!」
「ふぁいふぁふぁ……ん?」
吹き飛ばされた俺は、左頬に強烈な痛みを感じると同時に、顔全体に何やら温かい感触が広がった。
「ふお、ふぉれは……?」
目を開けると、目の前には真っ白な布が顔を覆っていて、息をするたびにピクピクと小刻みに揺れている。
「あっ……あんっ……」
さらに、真上からはミューの色っぽい声が聞こえてくる始末だ。
「ぶぁっ……ぶぁさか……」
俺はとある解答にたどり着くと同時に慌てて拘束を弾き飛ばし、顔の上に『座っている』ミューのお尻を掴んだ。
「あぁ!」
どうやら強く掴みすぎて、少し感じてしまったようだ。口先に当たる感触が、微かに動いているのを感じた。
『ってそうじゃない!早くどけないと!』
名残惜しさが無かったかと聞かれれば、答えはもちろん『ノー』だ。しかし、それ以上に、この状態は打開しなければならないものだ。
「トーキーヤー……」
リーシュが静かに、それでいて深い声で俺を呼んでいる。
『まだだ。まだ間に合うはずだ!』
俺は掴んだままのミューの尻を上げ、そのまま横に転がした。
「きゃっ!」
コロンと可愛らしく転がるミュー。
よく見ると、その顔は上気しており、恥ずかしそうに俺を見つめていた。
「あ、あの……あんなことをされてしまっては、もうお嫁に行けません。トキヤさんが、責任をとっていただけますか?」
『やっぱりだー!』
これこそまさにお約束展開だ。何もない状態なら、ラッキースケベからのメガフィーバーなのだが、リーシュの怒りが充満しているこの状況だと、手放しで喜べない。
「ちょっ!とりあえず落ち着こうか!リーシュ!右拳に魔法を込めるな!つか、そんな事出来なかっただろ!怒りで新しいチカラに目醒めてんじゃねーよ!ミューも、今はそんな場合じゃないから!リンドウ!ミューを頼んだ!」
惚けているミューはリンドウに任せるとして、目下の問題はリーシュだ。
怒れるリーシュの右手には、赤い炎ではなく青い炎が揺らめいていた。
このどさくさで新しいチカラに目醒めたようだが、さすがに障壁なしで殴られたらタダでは済まなさそうだ。
『なんとか落ち着かせて解除させねーと……』
俺は念のため障壁を展開させた。
「あんたは……いつもいつも……」
リーシュは座ったままこちらを睨みつけており、その表情はまさに『般若』が乗り移ったかのようだ。
『唇を奪って……駄目だ。あの拳で脇腹を殴られたらヤバそうだ。くそっ!威力が読めねー!』
強化していない拳でさえ、俺を吹き飛ばすほどの威力なのだ。
あの青い炎を纏った拳の威力は、軽く見積もっても、5倍はありそうだ。
『そ、そうだ!』
俺の脳裏に、とんでもない解決方法が浮かんだ。成功する可能性はそれほど高くはないだろうが、やらないよりはマシだ。
「リーシュ!」
「なによ!」
返事をしたリーシュから威圧まで飛んできた。しかもレイガー並の威力だ。
完全に覚醒している。
「すいませんでしたー!」
そう言って、俺は正座の態勢になって、両手を前に突き出して頭を地面にこすりつけた。
アルティメットスキル『土下座』
その流れるように洗練された動きと、見るもの全てを魅了するかのようなダイナミックな動きに、リーシュだけではなく、他の2人の時間も僅かだが止まった。
地球にいた頃、部下の失態の尻拭いのために、実は何度か経験済みなのだ。しかも今は勇者補正までかかっている。
アルティメットスキルと呼ぶに相応しいはずだ。
『今だ!』
俺は止まった時間を見逃さなかった。すぐさまリーシュの右手首を掴み、リーシュの顔に肉薄する。
「スリーピングブレス!」
俺は、眼前にあるリーシュの顔に向けて魔法効果付きの息を吐いた。寝起きで歯も磨いていないが、こればかりは我慢してもらうしかない。
「ふぇ……?」
どうやら無事に効果があったようだ。右手の炎が消え、リーシュが床に倒れる。
「ふぅ……。リンドウ。ミューは大丈夫か?」
振り向くと、ミューが泣いていて、リンドウがそれを懸命にあやしていた。
まさに地獄絵図だ。
「次から次にだな。で、どうしたんだ?」
次から次にと言うが、よく考えたら原因は俺にある。俺が殺気を発しなければこんなことにならなかっただろう。
「あ、あの。トキヤさんにフラれたとか……、嫌われたからもう生きていけないとか仰っていて……どうすればいいか分からず……」
「なるほど。分かった。」
オロオロするリンドウをよそに、俺はミューの手をとり、幼い子に言って聞かせるように、優しく話し出した。
「ミュー。よく聞いて。俺は、ミューを嫌いだなんてカケラも思ってないよ。それに、こんなに可愛いミューを嫌うわけないだろ?」
「ひっぐ……ほ、本当ですか?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめるミュー。
「本当だよ。ミューがいいなら、ミューとも結婚したいくらいだよ。」
まさかこんな下衆なセリフを淀みなく言う日がくるとは思わなかったのだが、これはハーレム建設のために必要なことだと割り切っ……いや、全く嫌な気分じゃないんだよな。
勇者補正って、こんなところにまで働くのだろうか。
「!」
俺の言葉を聞いて、驚きすぎて言葉にならないのだろう。ミューは目を大きく見開いた後、万物全てを魅了するであろう、満面の笑みを浮かべた。
「ふふ。不束者ですが、末永くよろしくお願いしますね。」
そう言って、見惚れている俺の首に手を回し、唇を重ねてきた。
「んっ……はぁ……」
それ自体の質の高さもそうだが、何よりミューの声がエロい。とんでもないポテンシャルの高さだ。
「ぷっ、はぁ!ちょ、ちょっと待った!リンドウ!ぼーっとしてないで、ミューを落ち着かせてくれ!」
大興奮のミューをなんとか引き剥がした俺は、キスシーンを目の当たりにして、気が抜けてしまったリンドウを呼び、ミューを預けた。
「さて、次はリーシュ……の前にトイレだな。」
異世界に来て、限界までトイレを我慢することすでに2度目だ。
普段からこまめに行っておこうという決意を固めたとしても、誰も文句は言うまい。
「さて、じゃあリーシュを起こすか。」




