トキヤ~設定②いざ、転送~
『⓷希望するスキルを記入してください。』
その質問に辿り着いた時には心が躍った。
俺は、質問の下の空欄5つを睨みつけた。
『さて……どうしたものか……』
これはおおいに悩むところだろう。なぜなら、これに失敗すると、貴重なスキルが手に入らずにスタートすることになるのだ。
「定められた等級」という文言から推察すると、記入したスキルが「等級カブリ」をしていた場合、取得優先順位は番号が若い順番になるということだろう。
ここまでは容易に想像がつく。
問題は、どの程度の力のスキルが、どの等級に当てはまるかだ。
「強すぎるスキルは当然等級も高いだろうな……あぁ、そのスキルが存在するのかにも気をつけなきゃならんのか。う~ん……。バランスブレイカー的なスキルってどのあたりまでを指すんだよ。」
俺はチラリと調停者を見る。
「質問は受け付けない。」
『このジジイ……。』
内心で悪態をつきながらも、まぁ、そうかと自分を納得させる。
すべてを説明してしまえば、最適なスキルが選び放題になってしまう。
完璧すぎる人間が現れたら、異世界は大混乱に陥ってしまうだろう。しかし、俺には「知識」がある。
可能な限り指定した世界と、俺の知識があれば、ある程度強力なスキルは間違いなく発現する。
その確信をもって俺はスキルを書き出していった。
『⓵勇者』(特級予想)
『⓶言語理解』(下級予想)
『⓷カリスマ』(上級予想)
書き出したスキルを見て、俺は改めて考察を開始した。
⓵は間違いなく存在する。
これが存在しない世界などあり得ない。
⓶のスキルに関しては絶対に必要だろう。
設定が15歳だから、基本スキルは身についていると考えるのは素人がすることだ。
言語能力が上書きで習得されているという甘い考えは捨てるべきだ。こちらの世界の知識と記憶を持って行くのだから、異世界の知識が上書きされているわけがない。
⓷は「魅了」にすべきかとも考えたが、ラノベに存在するこの手のスキルは、俺の中ではすこぶるイメージが悪い。なんというか、強制的に従わせているイメージが強いのだ。
これから向かう世界では、「俺」という人物を見てほしい。
まぁ、カリスマなんてスキルをつけている時点で、チートなのは間違いないのだが、それでも魅了よりはマシだろうと勝手に納得する。
『勇者』スキルに『カリスマ』が備わっているかもしれないが、地味な勇者のお話もあるくらいなので、保険という意味も込めていれている。
貴重なスキル枠の1つを使うなんてもったいないと思うだろうが、現在の俺の素のカリスマ性では、異世界ハーレムなど、とてもではないが達成できそうにない。
これは必要経費なのだ。
そう自分を納得させた俺は、ここまで記入して筆を止めた。
生産系のスキルが必要かどうかを思案したためだ。
言わずもがな、『勇者』は戦闘系のスキルだ。
希望としては、全ステータス補正にバットステータス耐性、さらに戦闘技術や魔法の習得に勇者補正が入ってくれていること。俺の理想通りなら、このスキル1つで戦闘のほぼすべてがまかなえることになる。しかし、生きていくためには戦闘ばかりしているわけにはいかない。
だいたいのラノベでは、主人公はある程度「自立」している。
しかしながら、現代日本の知識を活用して自立しているというわけではなく、持っているスキルを利用して、異世界でも自立しているという感じだ。
ハーレムの女の子にやってもらうという案も検討したが、やはり頼ってばかりでは愛想を尽かされるだろう。
そう考えると、生産系のスキルも必要なのではないだろうか。
まぁ、どのラノベの主人公も「女子力」は比較的に高めなので、スキルがあろうとなかろうと、ある程度は出来る設定なのだろうが、正直に言って、俺の女子力はほとんどない。
これは、妹に全てを任せていた結果なので、座して受け入れるしかないのだ。
「さて、生産系と言っても、膨大な数だぞ。」
鍛冶や錬金などは不可欠な気もするが、うろ覚えな辞書の意味を思い返した時、それほどまで汎用性があるとも思えない。
ラノベではなんだかものすごいスキルみたいになっているが、あれは作者のご都合主義の結果だと俺は思っている。
それに、そんなスキルならばそれこそバランスブレイカーだ。
却下されてしまう可能性もあるため、記入はできない。
それから3時間。俺は頭の中のラノベ知識を総動員して考え抜いた結果、これまでにない素晴らしいスキルを発見することができた。
『⓸複製』(上級予想)
「強奪」にしようか悩んだが、バランスブレイイカーなうえに、等級カブリがおこりそうで恐かった。しかし、「複製」ならば特級とまではいかないはずだ。
「いや、いくか……。そもそも、スキルまで複製できるとは限らないし……けど、これを使えば何もかもが複製できてしまう……のか?そう考えるととんでもないスキルなのかも……。」
俺の思考はグルグルと同じところを巡っていた。
脳が疲弊しているのだろう。
ぶっ通しで考えてきたのだ。いくら楽しいことだからといっても、さすがに限界なようだ。
俺は思考を停止し、とりあえず残り1つを記入した。
『⓹不老不死』(特級予想もしくは、それ以外かもしれない)
当然、あるはずはないと思っているし、仮に存在していたとしても認められるわけがないということも分かっているのだが、異世界でハーレムな世界なら、これを望まず何を望むというのだろうか。
ケモミミやらボインエルフやらが存在する世界で「老い」を感じている暇など1秒たりとも存在しないのだ。
しかし、『吸血鬼の真祖』やら『ハイエルフ』なんかは、どこのラノベでも不老不死に近いレベルで存在しているのだ。そして、その効果をもたらしているのがスキル特性でなく、職業特性(生まれ持ってのもの)なのは分かっているのだが、「もしかしたら……」という思いはやはり捨てきれない。
「まぁ、どうせ3つしかつかないんだから、1つくらい賭けにでたってなんの問題もないだろ。」
そう呟いて、俺は申請書を書き終えた。
最後は誓約書だ。
誓約書というくらいだから、約束を違えると、何かしらの制約や罰が与えられるのだろう。
『貴殿には「メニューウインド」の操作権が与えられます。しかし、このメニューウインドの存在を人々に知られてはいけません。万が一知られた場合、すべての記憶とスキルはリセットされ、その世界の住人として生きていただきます。また、「異世界人」ということも知られてはいけません。異世界人だと知られた時点で、強制的に死亡とさせていただきます。』
メニューウインドというのは非常に便利そうだ。
転生モノのラノベならばあって当たり前の機能だが、なぜ知られてはいけないのだろうか。
疑問に思うが、それに答えを出してくれる人はいない。
調停者を見ても答える気はなさそうだ。
「ん……?ここに見にくいけどなんか文字が……」
誓約書の文言の文字も、書いている量のわりに小さすぎてて読みにくかったのだが、それよりさらに目をこらさなければ絶対に見逃しているレベルの文章を発見した。
『尚、何事にも例外はあります』
これは良いことを知った。
例外規定があるようなので、とりあえず、なんでもかんでもゴネてみよう。
俺はそう決心して、サイン欄に署名をした。
その後、曖昧にしていた部分を再度考えてみたが、やはり良い案は浮かばなかった。
もうこれで行こう。
そう思い、俺は調停者を見た。
「出来たぞ。って、寝てんじゃねぇよ!さっさと起きろ!」
なんて怠慢な調停者だ。
まぁ、5時間以上考えていた俺をずっと見つめ続けるというのも難しい話だし、眠ってしまうくらい仕方ないのだろうが……「爆睡」という言葉がこれほど似合う眠りっぷりもまぁ珍しい。
「おはようございます。もうよろしいのですか?」
言い訳も何もないというのは、むしろ清々しすぎる気もするが、こいつ相手にそんなことを気にしては負けだろう。
俺は頷いて書類を渡した。
調停者が受け取ると、確認することもなく書類は虚空へ消えていった。
「おいおい。確認はしないのか?不備とかあったらどうすんだ?」
書類が消えたことに対しては驚いたりはしない。
そういうものなのだろう。しかし、書類チェックをしないことには異議を申し立てたい。
社会人として、書類チェックもなしに次に回すということはあり得ないことなのだ。
「不備があっても、こちらから指摘することはありません。そのまま生きていただきます。」
なるほど。
あれだけ自由記述欄があったのだ。
思いつかない方が悪いと言われれば、反論のしようがない。
そこまで考えて、俺は調停者に違和感を覚えた。
「なぁ、お前誰だ?」
最初に会った調停者ではない。
姿かたちはまるきり同じなのだが、口調が違う。
どうでもいいことなのだが、こういうのは気になりだすと止まらない性質なのだ。
「勤務交代の時間でしたので。では、書類も受理されたようです。該当世界の検索に時間を要したようですが、あなた様の希望をだいたい満たした世界があるようです。スキル等の確認は、新たな世界に到着後行ってください。尚、開始地点の指定がなかったため、こちらで適当な場所を充てさせていただきます。上空1万メートルや石壁の中等の危険な場所ではないということをご説明させていただきます。また、初期装備の指定もございませんでしたので、初期装備は某RPGの初期装備とさせていただきます。」
前半の回答は本当にどうでもよかった。が、後半は聞き捨てならない言葉ばかりだ。
アニメネタをぶっこんで来ることには驚いたが、最初の調停者に比べて、きちんと説明してくれるあたり、この調停者はアタリなのだろう。しかし、そんな細かすぎる設定までできたとは思いもしなかった。
そう考えると、俺の設定はかなり大味なものなのかもしれない。
「では、転送を開始します。」
書類不備どころか、ほとんど何も設定してないのではないかと落ち込む俺をよそに、転送が始まった。
あとは記憶をどれだけ読み込んでくれたかに期待するとしよう。
そんなことを考えていると、俺は眩い光に包まれた。