リサ~異世界㉑街への侵入前に~
これほどまでに、目的地に早く到着すれば良いのにと思ったことはなかった。
それほどに、悪魔さんにお姫様抱っこをされてしまっている自分自身が恥ずかしかったのだ。
「さて、この辺りでいいでしょう。マスター。手順は大丈夫ですか?」
ようやく到着した時には、私は恥ずかしさから、精神的にかなり披露してしまっていたのだが、今はそんなことを気にしている場合ではないと気持ちを切り替えて、正面に見える街の明かりを見つめた。
街の壁が小さくだが見えているここが最後の安全地帯だろう。
そんな場所で、私たちは最後の確認をおこなっていたのだが、やはり精霊は目覚めないでいた。
「大丈夫です。あ、最後に。みんな。気を付けてね。」
私の言葉に、4人は大きく頷いた。
「では。」
そう言って、悪魔さんが魔法を唱えた。
すると、悪魔さんの周りに霧のようなものが発生した直後、悪魔さんの姿が見事に変わっていた。
「おー。これが幻惑の魔法?どこからどう見ても人間の執事なんだけど……」
私が興味津々で近づく。どこから見ても執事だ。
「相変わらず上手く騙せる魔法だな。そこら辺のやつが見たって、絶対に分かんねーだろ。」
「僕は分かるよ。ニオイが違う。」
キラー君の発言に悪魔さんが困った表情を浮かべる。
私はそのやりとりを見て、緊張が少しだが解れたような気がした。
「ありがとう。キラー君。」
私はキラー君の頭を撫でた。
キラー君はなぜ撫でられたか分からないという表情だったが、すぐに気持ちよさそうに目を閉じた。
「よし!行きましょう!ハーピィーさん、絶対に無理だけはしないでね!」
私は最後に、もう一度ハーピィーさんに注意を促した。
ハーピィーさんに追いかけられている私たちは、王国の人たちから攻撃を受けることはまずないというのが、悪魔さんの言葉なのだが、ハーピィーさんだけは、直接攻撃を受けてしまうのだ。もちろん。ハーピィーさんの実力ならば、大丈夫だろうとは思うのだが、そこは何が起こるか分からない。
万が一の可能性だってあるのだ。
「大丈夫よー。リサちゃんこそ気をつけてね。全部終わったら迎えに行くわ。」
そう言って、ハーピィーさんは飛び立っていった。
そんなこんなで、私たちは今、ハーピィーさんから攻撃を受けていた。
「おい!あいつ、本当に手加減してんのか!?」
メタきちさんが叫んだそばから、爆発音が鳴り響く。
着弾地点から、大量の砂ぼこりと爆風が舞い上がる。
「魔力は入っていません。それほど、ハーピィーもステータスが上がったということでしょう。」
悪魔さんが私の手を引いて見事に躱していく。
現在、私たちは街へ向かって激走中だ。
「おい!見えたぞ!」
「メタきち!キラー!反射で喋らないでくださいよ!」
悪魔さんが最後の注意を行った直後、私たちは壁の近くに辿り着いた。
すると、そこにはすでに武器を構えた5人が待機しており、迫りくるハーピィーさんに攻撃を仕掛けようと準備をおこなっていた。
「た、助けてください!いきなり魔物が!」
悪魔さんが大声で叫ぶ。
迫真の演技だ。
「そこの詰め所に避難していろ!連れている魔物は外で待機させておけ!」
「感謝します!」
兵士さんの指示を聞いて、悪魔さんと私は詰め所に駆け込む。
「そこで待ってて!」
私は、あえて声でメタきちさんとキラー君に指示をした。
キラー君はどうか分からないが、メタきちさんは人間の言葉を理解している。
私がいちいち言わなくても分かっているのだ。しかし、私が何も言わないと、怪しまれるかもしれない。そうなると、説明が面倒になるのだ。
これは、事前に決めていたことなので、私としても迷わなくて済んだ。
こんなことまで想定済みの悪魔さんの頭脳には、本当に頭が下がる。
話は少し戻って、理沙たちが突撃をかけてくる直前の詰め所である。
「お、武器の手入れとは感心じゃないか。」
書類仕事を終えた壮年の魔法士が、若い兵士に話しかける。
若い兵士は、褒められたことが嬉しいようで、少し照れた様子を見せるが、再び武器の手入れに向かっていった。
「そうやって、武器もお前も少しずつ磨かれていけば……ん?何か光ったか……」
壮年の魔法士は、視界の端に見えたわずかな光に意識を向けた。
「どうしたんすか隊長?」
どうやら、若い兵士も壮年の魔法士の異変に気付いたようだ。
「緊急事態だ。寝ている奴らを起こせ。完全武装で大至急集合だ。」
それだけ言うと、壮年の魔法士は隊長室へと戻っていった。
壮年の魔法士が指示をしてから、10分も経っていないだろう。
詰め所の前には、壮年の魔法士を先頭にして、4人の兵士が完全武装で整列していた。
「お前たち!見てわかると思うが、とんでもない爆撃魔法を使用しながら、魔物がこちらに向かっている。俺がなんとかしたいところだが、どうやら人が襲われているようだ。」
その言葉を聞いて、兵士たちに緊張が走る。
「遠距離魔法を当てることは難しいかもしれん。しかし、威嚇くらいにならなるだろう。お前たちは、俺の援護を頼んだ!」
そう言って、壮年の魔法士は魔法を紡ぎ始めた。
「来ました!」
「おいおい……爆撃もとんでもないが、あれを避けきれるあいつらも相当……」
間近で爆撃を見て、兵士が尻込みする。
「尻込みしてる場合じゃないっすよ!俺が隊長の援護行きますから、あの人たちをお願いします!」
若い兵士の的確な指示を聞いて、壮年の魔法士の口の端が僅かに上がる。
年若い兵士の成長が嬉しいのだろう。
「お、おう!」
自分よりも若い兵士の奮闘を見て、我に返った他の兵士たちがそれぞれの役割を全うしはじめる。
逃げ込んできた理沙たちを詰め所に誘導し、壮年の魔法士を含めた5人は、少々距離はあるものの、ハーピィーと向き合った。
「大丈夫かな……」
私は周りに聞こえないように小声で話す。
誘導された詰め所の窓から、今にも始まろうとしている戦闘の様子を心配しながら見守る。
「大丈夫でしょう。あの魔法士がどれほどの使い手は知りませんが、広範囲自爆魔法などでなければ、今のハーピィーを捉えることはできません。」
自信に溢れる悪魔さんの言葉を聞いても、私は不安を拭いきれないでいた。
何でもアリの魔法なのだ。不安が消えることはない。
「あっ!」
後ろの兵士さんたちが一斉に何かを投げつけたことに、私は驚きの声をあげた。
ハーピィーさんに向かって投げつけられた物の正体は空中で判明した。
『バシュ!』
何かが弾ける音とともに、眩しい光が辺りを照らした。閃光弾だ。
「きゃあ!」
閃光を凝視してしまったせいで、私の視力が一時的に失われてしまった。
こうなってしまうと、ハーピィーさんの無事どころか、現在の状況がまるで分からなくなってしまった。
「フフフ……」
そんな中で、悪魔さんの低い笑い声が聞こえてきた。
悪魔さんが笑っているということは、このパターンも想定済みなのだろう。しかし、私としては、事前に説明してほしかった。
「光よ!闇よ!その力を合わせ、全てを薙ぎ払え!ライクネスフロー!」
悪魔さんに不満を感じながら、目を擦っていると、詠唱のようなものが聞こえてきた。
「ほう……。光と闇の混合魔法ですか。あの魔法士の発想は面白いですね。」
閃光弾のせいで未だに視力が回復していない私としては、悪魔さんの言葉が実況中継代わりになっていた。どうやら、魔法士とやらが魔法を撃ったようだ。
「しかし、その程度の魔法を撃ち込んでも意味がありません。それこそ、目を閉じていても避けられる。」
その言葉の直後、壁の方から爆音が聞こえてきた。
「よし!退散してくぞ!」
私の耳に、さきほど魔法を放ったと思われる人物の声が聞こえてきた。
どうやら、ハーピィーさんは、強烈な魔法をなんとか躱して、最後の抵抗として、壁を爆撃していったという演出をしていったのだろう。
そんなことを考えていると、ようやく私の視力も戻ってきた。
「これでしばらくは大丈夫だろう。おい!他の詰め所と宮廷魔法士団に連絡だ。あれほどの力を持つ魔物ならば、おそらく『二つ名』持ちの方々でなければ話にならないだろう。」
壮年の魔法士の言葉に、兵士さんたちは言葉を失っているようだ。
「あれほどの魔物が単騎でいるものか……いや、あれほどの力だからこそ単騎になったか……。これ以上は憶測の域を出ないか。冒険者組合は後回しで構わん。行け!」
そう言われ、兵士さんたちはそれぞれの場所へと向かっていった。
「さて。」
兵士さんたちを見送った壮年の魔法士さんは、こちらに目を向けた。
「さぁ。来ますよマスター。」
悪魔さん……もとい隣にいる執事にそう言われ、私は改めて気合を入れなおした。




