リサ~異世界②森の中で~
危険を察知した私はさらに姿勢を低くした。
茂みから出て逃げ出すことも考えたが、逃げ出した時の動きを、あの3人に見つからないという可能性は低いと判断したのだ。しかし、ここで姿勢を低くしたところで、近くまで来られてしまったらあっという間に見つかるのだが……。
『どうしよう……。見つかったらマズいかな?同じ人間なんだし、話せば分かってくれる……でも、何をどう話せばいいの?』
せめて相手の言葉が分かれば、まだ対処のしようもあったのだが、私の知識を総動員しても3人が話している言語に心当たりはなかった。
そして、その事実は、私に恐怖を感じさせるには十分だった。
『言葉が通じない……。私の服装は冒険者のものだけど、言葉が通じないと怪しまれちゃうよね。話が出来ないとなると……なんとか見つからずに逃げるしかない……』
私は、3人と話し合うという考えから、いかにして逃げるかという方向へと思考をシフトさせていく。
まず、走る選択肢はない。
相手が私以上に速ければ、追い付かれてしまう。そうなると、もうすでに逃げる手段がなくなってしまった。
『戦うしか……ダメ!論外すぎる!もしかしてやり過ごせる……わけないか……』
焦る私をしり目に、3人はどんどんこちらに近づいてきて、遠目ながらだが、その姿を確認できる距離まで来た。
街灯のないこの世界でも、日が沈みきっていない今ほどの時間であれば、多少距離があっても、相手がどんな格好をしているかくらい、私でも見ることが出来た。
『動きやすそうな服装で、腰から何か下げてる?女性かな。隣は……鎧だよね?あと、右手に大きな斧を持ってる男の人。ローブを着て、青く光る杖?先端だけかな。この男の人は魔法を使いそう。』
鎧の男の人と、ローブを着た男の人は足が遅そうだけど、軽装の女性はふりきれそうにない。
ここは思いきって、こちらから手を挙げて出ていく方が賢いのではないか。そうすれば、捕まってしまうだろうが、命だけは助かるのではないか……。
そう思い、逃げることを諦めかけたその時、私はラファエルさんの言葉を思い出した。
「3つ目は魔力造形。魔力を任意の形に造り変えて固定するスキル。使い勝手がいいから、特級になりそうなスキルなんだけど、使い手の創造力に左右されるから、使いこなすのが難しくて、上級からなかなかランクアップしないスキル。」
この言葉を思い出して、私は咄嗟に思いついた内容を実行にうつすために目を閉じた。
『使い方が分からないから、本当に創造力の勝負だ。』
私は集中力を高めて、とある魔物の姿を思い描いた。
『思い浮かべるのは……あの銀色の不思議なフォルム。表情は……動きは……』
ムムム。という言葉がぴったりあてはまりそうなくらいに集中した結果、私の脳内にはさきほど出会ったメタルスライムが浮かび上がった。
『よし!次は、このメタルスライムを、目の前に出現させるイメージを……うっ。』
私が思い描いたいイメージを目の前に出現させようとした瞬間、体の中から何かが抜け出たような感覚に襲われた。
立ち上がれないほどではないが、妙な脱力感を感じた。
思わず集中力を途切れさせてしまいそうになったが、数度頭を振ってからおそるおそる目を開けてみると、私の目の前にはさきほどのメタルスライムが存在していた。
『やった!成功だ!でも……これってどうやって動かすんだろ?』
創り出すところまでは何とか成功したものの、これを動かすとなると困ったものである。
『このメタルスライムさんは私が創り出したものだからきっと動かせるはず。言葉……とか?違うか。創造力っていうくらいだから……』
とにかく時間が無い。そんな中で、私はさらに思考を加速させた。
こんなことをしている間にも、3人は、今もこちらに向かって歩いてきているのだ。
「もう!えっと……あの人たちに向かって行って、見つかったら全力で、こことは反対方向に逃げて!」
なかばヤケになって言葉で命令してみた。
すると、メタルスライムはその場で2度ほどジャンプしてから、3人組がいる方へと走り出した。
「はや!」
さきほど出会ったメタルスライム並の速度で駆け出していった偽メタルスライム。
速度までそっくりだったことに驚いたが、これも私のイメージの結果なのだろう。
この能力を選んでくれたラファエルさんに感謝しながら、私は茂みから様子を伺った。
「り!さじゅ?くされをくぬぐお!」
(お!なんだ?向こうから来たぞ!)
「りずみほふふぇおぴゅ!」
(次は絶対に仕留めるわ!)
3人の声が聞こえてきた。相変わらず何を言っているかは分からないが、かなり興奮して、テンションが上がっているようだ。
「ろむつつつ!ふえ、ほ!?」
(うおぉぉぉーって、え!?)
薄暗闇のせいで、もはやそのシルエットでしか判別することは出来ないが、おそらく鎧を着た人が、持っていた斧を振りかぶったのだろう。斧のような形の物が掲げられ、そこでピタリと静止した。
まるで、何かに狙いを定めているかのようであったが、その斧が振るわれることはなかった。
「ざあしゅ!づけ!」
(逃げたぞ!追え!)
どうやら、見つかったと判断した偽メタルスライムが、私の指示に従って、進行方向を直角に変えたのだろう。
3人が逃げた偽メタルスライムを追いかけて、この場から離れたことを確認した私は、慌てずに、中腰の姿勢を崩さないままで、今、この瞬間に出せる最高速度でその場を離れた。
そこからは、周囲を警戒しつつ森を目指した。
途中、創り出したメタルスライムが倒されたことを知った。自分の中で、繋がっていた糸のようなものが切れた気がしたのだ。
「ありがとう。」
森に到着しすると同時に、私は自ら生み出したメタルスライムに感謝の言葉を贈った。
あのメタルスライムがいなければ、今頃どうなっていたことか……。そう思うと、背中に冷たいものが流れた気がした。
「何がありがとうなんだ?」
「きゃあ!」
いきなり声をかけられ、驚いて振り向くと、そこには本物のメタルスライムがいた。
「えっと……。」
私は、上手く説明できたかどうかはさておき、とりあえずあの後に起こった出来事を話した。
「なるほどな……。そりゃ大変だったな。まぁ、無事にたどり着いて何よりだ。さて、いきなりで悪いが、嬢ちゃんは何者だ?少なくとも、この世界の人間じゃねーだろ。」
いきなり正体を見破られたような気がして、体がわずかに強張ってしまった。
そのまま、返事をせずに黙っていると、メタルスライムがさらに話してきた。
「ふぅ……だんまりか。そんなところまであいつに似てやがる。なぁ、嬢ちゃん。あんた、異世界から来たんだろ?」
ずばり正解を言い当てられて、思わず目を見開いてしまった。
そして、バレたら死ぬという誓約上、ここで死ぬんだという恐怖に襲われた。
「ん?あぁ、落ち着け。そうだったな。嬢ちゃんは確か、他人にバレたら死ぬみたいな誓約持ちだったな。あいつもそうだった。でもな、それは人として認識されている者への誓約なんだ。俺らみたいな魔物にバレたって、死にゃしねーよ。あと、俺らの言葉が分かるのは、嬢ちゃんが持ってるスキルのおかげだ。」
色々な情報をくれるメタルスライムの言葉の中で、目からウロコ的な情報があった。
異世界人だということが、人にバレると死ぬが、魔物にバレても問題ないと言う情報だ。しかし、ラファエルさんは、何かや誰かを限定するような言葉は使わなかったはずだ。いくら魔物だろうと異世界人だとバレれば死ぬのではないだろうか。
私の思考はそこに辿り着いた。
「あぁ……。誓約内容に、『人』って限定されていないことが気になるのか。」
目の前のメタルスライムがエスパースライムに進化したのかと思った。
「くっくっく。嬢ちゃんは全部顔に出るんだな。その辺はあいつの方が上手かったか。」
メタルスライムの話ぶりから推測するに、あいつというのは、間違いなく異世界人のことだろう。
私と同じ世界から来たかどうかは分からないが、私も同じスキルを持っていることだけは間違いなさそうだ。そして、目の前のメタルスライムは、少なくとも私のスキルについて色々と知っている。
話が聞ければ、これから先のヒントになるはずだ。
だが、異世界人だとバレれば死ぬという条件に付いてはまだクリアされていない。
人に限定されるのか、魔物も含まれるのか。
それが分からないことには、迂闊に話すことは出来ない。
そう思た私は、一旦、異世界人かどうかの話題はおいておいて、メタルスライムの話す「あいつ」について尋ねてみた。
「あぁ……あいつな。あいつはな、50年くらい前だったか。この辺りにフラリと現れて、俺らと心を交わすことができたんだ。身なりはひどかったぜ。ボロのマントを身にまとって、安物の杖なんか持ってやがんだよ。しかも、青髪の息子は勇者だってよ。」
どこか懐かしそうに話すメタルスライム。
「笑っちまったよ。娘もいたんだが、そいつはぶっ飛んだ魔力量の持ち主だったな。ペペ……とポポなんとかって名前だったか。母親を探す旅の途中だと。おっと。こんな場所で話すのもなんだな。ついてきな。落ち着いて話が出来る場所まで案内してやるよ。」
視界の悪い森の中で話していることを気にしたのか、メタルスライムは歩き出した。
このメタルスライムについていく以外の選択肢がない私は、その後についていった。




