第一話 何かの始まり
世界は幾つも存在する。こんな理論をパラレルワールドや平行世界や、異次元なんて言うが、それぞれが互いに影響し合っている事を、知っているだろうか。この物語は、そんな多元宇宙や異世界の中心で起こった、面白味の欠片も無い些細なお話である。そう、只只異世界を壊すだけの、他愛ないお伽噺。
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俺は至って普通な高校一年生『神宮寺 秀春』だ。
この世界でも科学が昔から発展し、人は地球に居座り、そして何となく滅びの道に進みかけてるような、本当に普通な世界。
しかし、何故こんな事になっているのだろう?
これは俺がおかしいのか、もしくはより正常なのか、まったくもって意味が分からないのだ。
「おーい、ひでにぃ?」
「あっ、何だ?」
「今日は何するの!?」
「学校へ行くんだが?」
「そっか、頑張ってねー」
朝食を食べる前に制服へと着替えてる最中、裾を引っ張りながら聞いて来るのは、俺の妹の『咲希』だ。黒髪ロングで小学五年生の、甘え上手な末っ子だ。典型的な妹キャラと言っても良いか。まぁ、一つとんでもない所があるのだが……。それは、その内分かるだろう。
今日は入学式だ。勿論、初日に遅れかけるとかのテンプレは起こしたくなので急いでいる。俺は着替え終わると、一階のリビングへと向かい、朝食を食べていた。食卓の前にはテレビがあり、今は季節外れの台風について報道されていたり、外交の話であったり、朝の報道がなされている。世間は平和だなぁ。
「今日も?」
「えーと……大変美味しゅう……」
「それは前も言ったよね?」
「じゃ、じゃあ……頰が落ちる程の美味しさです!」
この遣り取りは、この家で決められた食事中の合い言葉である。いつでも皆の声を聞きたいからと、母自らが提案した。そんな俺の母『レナ』は自称ハーフで、その美しく白い肌と顔や、綺麗なブロンドの髪は、通りすがれば誰もが振り向きたくなる様な美人そのものである。胸は多少貧相ではあるが……それを本人の前で言ったら、本当に殺されかけるので注意が必要だ。
俺の横では咲希が朝食をとっていて、キッチンでは兄の分を用意するレナがせっせと料理をこなしている。俺の兄『宗騎』は年子の兄で、現在高校二年生であり、まぁ……正直言って天才なのだ。容姿端麗、成績優秀、兄として良過ぎる出来だ。それ以上にヤバいのが……あ、噂をすればなんとやら……。
「あっ、そうにぃが降りて来た!」
初めに反応したのが咲希だった。そう、母に似たブロンドの髪に少し寝癖を付けてるものの、何となく服装が整ってる宗騎が、二階から降りて来たのだ。いつも通りだな。
「遅いじゃないか?宗騎〜」
「秀春の気合いが入りすぎなんだよ」
「そりゃあ、入学式なんて高校生活の全てを決めると言っても過言では無いのだぞ?」
「そうかな? 俺はーー」
「あぁぁあぁ! それ以上言うな!!」
それ以上は、自覚無しの自慢話が始まる。聞いたら最後、俺は劣等感に包まれ再起不能となってしまうだろう。
「なんだ……朝からうるさいな……」
俺が己を守ろうとしていると、二階から野太い声で文句が聞こえる。俺の父で一家の大黒柱である『徹』である。いつもぼさぼさの茶髪で、とてもがたいが良い。この父も凄い秘密があるのだが、長くなるしな……。
「そう言えば秀春、お前今日が高校の入学式だったよな」
「何で親が忘れてるんだよ……」
「いや、忘れっぽくてな……」
ふざけやがって……って何考えてたんだっけ?まぁ良いか。兎に角俺は、今日の朝食のトーストと目玉焼きを静かに食べると、荷物を持って出発の準備をした。
「……じゃあ言ってきます」
「はーい、気をつけてね?」
「気をつけろよ」
「気をつけて〜!」
「気をつけるんだぞ」
俺が何かすると、いつもこの『気をつけてコール』だ。本当にふざけている。存外だ!!……って無理も無いか、そりゃあ……。
「ただいま戻ったわ」
いきなり玄関を開けたのは、父と同じ茶髪を長く伸ばし、母に似ているとよく言われる美しい顔をもつ俺の姉『紗綾』である。相変わらず空気の読めなささは尋常じゃないな。
「あ、紗綾ちゃん。散歩お疲れ!」
レナが紗綾に声を掛けた。散歩と言うのは、内で飼ってる犬『フェン』の散歩の事である。こんな俺の姉の紗綾は、正直表情が固いような、ツンのような性格で、大体言ってるのが『えぇ、そうね』とか『そうかしら』とかくらいである。いつも何考えてるか分からないが、聞けば結構何でも答えるし、内の中では一番合理的、冷静な判断が出来る。
ちなみに、母に足りぬ胸をちゃんと持っているし、父に似たブロンドの長い髪を靡かせすらっとしたスタイルで毎日家の周りを歩いているので、地域からの人気も高い。紗綾に軽く手を振ると、俺に『気をつけて』と言って来た所が、嫌味に聞こえる。
やっと玄関のドアに触れられ、外に出れた。うっかり溜息を吐いてしまったが、気を強く持たないとやってけねえな。俺はそのまま学校に向かって歩き出したのだ。
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高校生活初日、入学式も終えた俺はホームルーム等して退屈に過ごしていた。いや、きっと青春が待っているのだろうから……と、自己紹介では良い第一印象を学級内で持たせようと試みたが、正直自分でも分かる程モブキャラとなっていた。べ、別に、ラノベとかで考えたら普通の主人公だしぃ!? ちなみに、俺のクラスは学年で一から七組まである内の三組だ。
今日は初日だったので早く帰れたのだが、結局何も無いまま一日が終わった。何て言うか、初日にムードメイカーの男子一人くらいと友達になったりとかのテンプレすら無いまま、ただボォーっとしたまま終わったのだ。悲しきかな我が人生……きっとモブキャラ固定で過ぎて行く日々が……なんて頭に浮かんだが、振り払おう……うぅ。
「ただいまー」
「あっ、おかえりなさい」
「おぉう、ただいま……」
キッチンでは、レナが昼食を作りながら俺におかえりと言って来た。この家の構造上、リビングに入ると朝とは違ってキッチンで料理する姿がしっかりと見える。今日は焼きそばだろうか?
……って、あぁそうだ、俺は今日の朝からこれが言いたかったのだ。やっと思い出せたようだ。
レナのキッチンでは、何やら紫色のオーラ的な物が漂っていて、それがコンロに向かうと、そこでは炎が上がっている。そんな怪しい物ではない。ただこの世界の物では無く、これは『魔力』と言うらしい。そして、それに目を付けていると、後ろからは大きく『キィーーッ』という何かが滑る音がした。玄関の外からだ。咄嗟に外に出てみるが、そこに居たのは制服姿の宗騎だった。
「あ、おかえり。また走って来たのか?バレてないよな?」
「勿論さ。でもトレーニングは大事だろ?」
宗騎の体の周囲には、稲妻が走っていた。これは、体の身体能力を高める為の技術、っていうか宗騎の能力だ。本人曰く、限界は分からないらしいが……フッ、どうでも良い。
そんな風に俺が溜息を吐いてると、突如上空には巨大な稲妻が発生した。と思ったら、それは俺達の上空で少しずつ停滞してから、ゆっくり俺の背中に乗って来た。そして、人の体の様に形成されていくと
「お帰り! お兄ちゃん!!」
「ああ、咲希か。ただいま」
そう、その稲妻は俺の妹の咲希そのものだ。彼女の体は半分人間、半分稲妻みたいな所がある。うん、色々とツッコミたいのは大いに分かる……。
「おかえり、秀春……」
「うわっ!?……って紗綾か。あぁ、ただいま」
紗綾が俺の後ろからヒッソリと話しかけて来た。この人は、何が凄いって……。そんな風に考えてると、俺達には車のエンジン音が聞こえて来た。
「また力で楽してるのか、紗綾は……」
「お姉ちゃん、いけいよ?」
あの宗騎と咲希が言っているのだが?
「お前等には言えないだろうが!!」
うん……取り乱してしまったが、この近寄って来た車は、実は誰も運転していない。これを説明するには、それが紗綾の能力だって言えば十分だろうか。まあ、彼女はほぼ全ての機械を操る事や、電磁波を操る事が出来るのだ。だから車も操れる……ね? 十分でしょ?。
暫くもしてないが、レナが昼食の呼びかけをして来たので家に入る事になった。家に入ると、さっきは何故出迎えなかったのか、犬のフェンが吠えながらやって来た。しかし、大抵飛びついて行くのは紗綾だ。なんでかコイツは紗綾に懐いている。俺が撫でたりすると、太々しい態度をとってあまり相手にしてくれない。「フェンは良い子……」紗綾はそう言いながら、フェンを撫でている。フェンもキュンキュン鳴いてるし、嗚呼世は無情だな。
俺がそんな光景を眺めていると、レナがリビングに来いと、また催促してきた。そろそろ怒られそうだし、行くとするか。ちなみに、咲希と宗騎は既に行っている。
「ほら、紗綾も行くぞ?」
「……うん」
その夜、夕方になり徹が帰って来た。この人はごくごく普通の会社の課長を勤めているのだ。……ごくごく普通のね。それで、夕食となった……あっ、そうそう、誰もがサラッと流されて困惑しているだろう、力が云云とか言う事だが、全てはこの親父のせいと言っても過言ではない。話すと長くなるが、要約すると……。
徹は元々異世界での神だった。しかし、ある時巻き起こった大戦で、レナと世界の狭間に呑まれてしまった為、この世界に飛ばされ、そこで子どもが四人出来て、普通に日常を過ごした結果、現在に至った。
こんな感じだ。ちなみにレナは、向こうの世界での『エルフ』と言う魔法なる万能術を巧みに使う種族の、お姫様だったらしい。たまに気品を感じるのはそんな所からだろうか。
夕食はいつもうるさい。何故ならば、徹の悪酒のせいで大声で愚痴を言われ、挙げ句の果てに、何だかとんでもない殺気を放ち「殺してやる!!」と言いながら、家を飛び出そうとするので本当に大変だ。基本は宗騎
が取り押さえるが、ダメな時はレナが極限魔法とやらで黙らせた事もあった。そんな教訓から、徹には余り酒を与えないのが一家での常識だ。まぁ、家で飲もうとはしても、外では一切飲んで来ないのが徹の面白い所でもある。
さて、一日の彼是が終わった御陰で、辺りもすっかり寝静まった頃。俺にはやっと一時の安静が訪れる。夜には、大体一日全体を振り返るのが俺の日程だ。今日は、学校が始まった事以外普通の一日だったな。このまま行って、高校生活がちゃんと送れるのだろうか。前回の中学校では、バレずにやり過ごせたが……うん。
……思わず溜息を吐いてしまった。しかし、その瞬間、街は静寂と轟音に包まれた。
静かだった街から、確かに轟音が聞こえた。何だ!?咄嗟に体を起こし、窓の外を見てみるが何か変わった様子は無い。気のせいか? いや、何だか嫌な予感がする……そうだ、皆を起こさないと!
「おい、宗騎!」
隣の部屋で寝ている宗騎に急いで呼びかけるが、反応が無い。仕方無いから強行突破……と思ったが、どうやら鍵が開いていたようだ。開けていいのか、いいだろう。
「なあ、宗騎、いるんだろ? 早く……」
そのドアの向こうの景色に俺は驚愕した。オーマイゴッド……そんな言葉が漏れそうであったが、その前に頬を抓る。だがしかし、不幸な事に痛いのである。まじかよ。
そこには、広大な荒野が広がっていた。慌てて後ろのドアを見てみるが、そこにはドアの影も形も無く、同じ様に荒野が広がっていた。何が起こってるんだ?
俺が兎に角頭を凝らしていると、後ろの方から先程の様な爆発音?のような轟音が響いて来た。おいおい、今度は何だ?
またも慌てて後ろを向くと、そこでは多くの爆煙や炎を纏った爆発が、幾つも起こっていた。さらに、所々の煙が掛かっていない場所では、何か巨大で黒い物体が高速で動いていて、それを追うかの様に同じく高速で動く人型らしい何かも見える。
だめだ。目を擦っても景色は変わらない。そんなのを呆然と眺めていると、唐突に目の前へと光が迫って来た。
ヤバい!! と、本能が告げるがどうしようもなく、迫って来る光に死ぬかと悟った瞬間、その光は縦に真っ二つとなった。えっ!? 生き残った? 喜んでいいのか? 困惑している俺の横に、さっと誰かがやって来た。
「何故ここに人が居るんだよ?」
「え、俺の事?」
「あぁ、そうだ。お前だよ」
「いや、いきなり此処に飛ばされて……」
「っち。話してる時間はない!俺の名前は柴崎 彼方だ。お前はとにかく逃げろ!」
そう言って、彼方は舌打ちと同時に俺を突き飛ばした。「唐突に!?」と思って元の位置を見ると、そこでは先程のような爆発が起こっていて、そこから彼方が飛び出していた。あそこに居たら、確実に死んでたな……ははっ。虚しい嗤いが漏れる。いや、流石に呆れたと言うべきか。
しかし、ボォーっとしてる暇は無い。彼方の言う通り逃げなくては! って、『柴崎 彼方』? 何処かでそんな名前を……いや、取り敢えず今は逃げなくちゃ!! 俺は無我夢中で遠く、より遠くへと、走って行く。後ろでは何度も爆発音が聞こえるが、気にしないでおこう。
暫く逃げていると、何時の間にか爆発音が聞こえなくなっていた。終わったのか?俺は振り向くと、そこには黒く巨大何かがぐったりと倒れ臥し、彼方も荒い息を吐きながら膝をついて地面に顔を埋めているのが見えた。
てか、距離が全然変わってないのだけど?それはあれか? 不思議な力か?取り敢えず考えない方が良いかもな。そ、そんなことよりも死に体の人が居るし、俺は急いで彼方の元へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
「あぁ、問題無い。ちょっと手子摺ったがな……」
「そうか、良かった……で、説明して欲しいんだけど?」
「は?」
「何で俺がこんな世界に居るんだよ!!」
彼方は「ああ、そうか」と言いながら説明した。まず、この空間は彼方が作り出したもので、そこに俺が入った理由は分からないそうだ。そして、この黒い物は異世界から来た怪物らしい。内の親父の件もあるので、あまり驚かないが、流石に何でこんな事に? と聞いた。すると、長ったらしい説明をしてくれたので纏めてみると。
まず、この世界は無数になる世界達の一つであり、それぞれがそれぞれの世界で独自の文化、科学などを持ち、発展している。しかし、互いに干渉し合ってしまう事もあるのだ。その影響の一つが、あの怪物らしい。そして、彼方には異世界の物やそれ以外の見分けが付くため、先程の様に密かに影響達を潰している今この頃という訳。
また、どうやって倒したのか聞くと、どうやら彼方には異世界の干渉が効かないらしく、所謂、無効化系能力で倒したのだとか……不幸だっーー!! なんて叫びたい。それはさておき、この後はどうするのか……。
「今すぐ空間を解除する、ちょっと下がってろ」
「お、おう……」
彼方はそう言うと、思いっきり拳を地面に振り下ろした。その瞬間、辺りの空間が波紋状に揺れていく。その揺れはどんどんどんどん広がり、激しくなり、何時の間にか場所はどこかの路地へと変わった。だが、何となく見覚えがある。それにさっきから気になってたのだが……俺が話しかけようとしたら、彼方が先に話して来た。
「そういえば、お前名前は?」
「神宮寺 秀春だ……その、もしかして……」
「え、神宮寺……? って、まさかお前、後ろの!?」
そう、この柴崎 彼方と俺はクラスメイトだった。
「やっぱり、三組の柴崎だよな?」
「あぁ、そうだ。でもどうしてこうなった?」
色々と話したい気持ちも山々だが、俺達は片方が寝間着で、片方がボロボロの服装であり、誰かに見られたら速攻通報されそうな気がするので、連絡先だけ交換してその場を去った。しかし、こんな所で知人に会うとは思いもしなかったな……しかし、よくよく考えると、高校生活初の友達じゃないか?
そんな思いも多多あり、正直しっかりとは寝付けなかったが、こうして、騒がしい一日が過ぎた。
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「何?」
「いやぁ、お前の為にも、昨日の事は忘れてもらっても……」
「はぁあぁぁ?」
俺は、登校した瞬間に彼方によって呼び止められていた。そして「昨日の事は〜!!」とか言いながら、縋って来るので、適当に弾き飛ばしている。
「だから……まぁ、忘れ……」
「はぁ? 何したか分かってんのか!? あんなの」
「ですよね……」
いかにも強面な人の様な話をしているもんだから、少し注目が集まってしまう。あ、今日ってまだ二日目だよな?良いのか……これで。やばい、このままでは只の不良だぞ?
「って、っていうのは嘘でさー。そ、そう! 昨日は楽しかったよな?な?」
「え? 何をいきなり……」
「なっ!?」
「は、はい……」
よし、圧力でどうにかしたし、これでまだ友達が……って、あれ? 周りが少しずつ引いてないか?
『あいつ、あの柴崎と会話してるぞ……』
『えっ? あの不思議ちゃんの?』
『そうそう、いつでも何か見えてるとか言う……』
なるほどね、この柴崎 彼方とは前々からマイナスイメージを持たれていたらしい。そうなると、先程の「お前のため」という言葉にも頷ける。とても自己犠牲的な奴なんだな。
「お前、一体何があったんだ?」
彼方の耳元で、俺は静かに囁いた。少し恨みを持って……。
「へ? まぁ、中学生までは自分が特別だって知らなくてね?」
「まじで?」
「それは……」
「まぁ、いいや」
「何が?」
「一応友達だからな、うん。地味に初めての……」
「そ、そう? それなら良いのか……?」
「それに俺も……」
自分も異世界的な話に付いては共通点がある……なんて言おうとしたが、その瞬間に担任が入って来たせいで話は途切れてしまった。
それから普通にHRも始まり、適当に宿題テストなりなんなりし、結局今日も午前授業の為すぐに終わってしまった。しかし、今日は何故か彼方が付いて来るようだ。
「それで、神宮寺は何を言おうとしたんだ?」
「あぁ〜それな、まぁお前ならすぐに分かるんじゃないの?」
「そうなのか?」
暫く俺の家に向け二人で歩いてると、結構家に近い駅近くの交差点にて、彼方がピタリと止まった。そこから放たれるプレッシャーはとんでもない。まぁ想定内だが……。
「どうしたんだ?」
「この先からとんでもない程の力を感じるんだ」
「力?」
「昨日みたいな異世界の力の事で……」
「あぁ〜、あぁ〜分かるよ。それ。まあ安心してよ……ね?」
異世界云々に気付けると言う彼方が、俺の家に反応しない筈がないんだよな。俺は頑張って言いくるめるが、先程とは見間違える程彼方が警戒し過ぎてるので、正直誤魔化せるか……。
「この辺りだ……」
まさに角を曲がれば直ぐという場所で、彼方がそう呟いた。
「あはは……そうなんダ……オドロキダナ」
「どうしたんだ神宮寺? 何か知ってるのか?」
「いいから、早く向かおうか……ん?」
不審そうに俺を見つめる彼方を、俺は強面で睨み返した。すると、「ヒィッ!」と言いながら前を向き、溜息を吐いている。こうして家の前に着いた。
「ここ、神宮寺の家か?」
「まぁな……」
「この力の根源も此処なんだけど……」
自分の家の前なのに中々入らない俺は、少しの間弁明していた。しかし、そんな緊張した雰囲気を打ち壊す様に、その場には可愛らしい声を漏らしながら稲妻が走る……正真正銘のな。勿論咲希なんだが、こいつは選択を間違えたようだ。
何故ならば、内の者共は大抵『認識阻害』なるものを持っているらしく、それを活用する事によって能力を隠したりする。実際に今も使っているらしい(長年の勘)のは分かるが、飽く迄それは一般人に対してだ。
そして、今現在俺の目の前に居てしまうのが、異世界の力を無効化してしまう人間である柴崎 彼方だ。そう、咲希が使う様な異世界の力は全くもって意味が無い事なのだ。だからだが……
「避けろ! 神宮寺!!」
めっちゃ避けているぞ。主にお前からな。
「その光の塊はとんでもない力を持っている!! 早くっ!!」
うっかり苦笑いしてしまう。
「その化物からっ逃げろ!!」
「あっ……」
俺の漏らした言葉はとんでもない意味が込められているのだが、とにかくあの男はその地雷を踏んだみたいだな。
「化物……化物……ふふっ」
咲希が人形に戻りながらそう呟く。完全にプッツンと来ている様子だぁ!! そう、プッツンと……。そうこうしていると、咲希は一瞬で身構え、その次の瞬間、周りの世界が変わった。昨日も見た彼方が作り出す荒野の世界だ。
しかし、昨日とは少し様子が違う気がする……何だが天気が悪い様な……その疑問は合ってたらしく、俺の丁度後ろで落雷が起きた。耳が痛くなるのだが……って、おい!
「お前は意思が有るのか!?」
「人を化物呼ばわりしておいて何よ?」
「ッチ! 絶対に殺す……」
「たかがこの世界の人間に何が出来るというの?」
「その言葉、『この世界』を『異世界』にして返してやるぞ……」
二人は目元を暗くして、お互いを睨み合っている。何やってんだ、俺の妹と俺の友達一号は……はぁ。
彼方は叫びながら人には出せないだろう速度で咲希に突進する。そして、咲希は右腕を雷の様に変化させてそれを彼方に投げつける。彼方はその雷を両手を使って受け止め、今は反動によって怯んでいる。しかし、咲希はそれに驚く素振りも無く、次の追撃に備えている。
それでも少しは彼方の力を察したのか、苦虫を噛み締めるかのような表情で稲妻の弾幕を作り出しているが、彼方はこれを連続で弾いたり、吸収するかのように消滅させたりしている。まさに一進一退の消耗戦と持久戦だ。
「なかなかやるわね……」
「っち……」
咲希の煽りに対し舌打ちで返す彼方、やはり彼方には分が悪いのかもしれない。先程から見てると、彼方は咲希の電撃を消す事は出来ているものの、一発一発の衝撃波までは消せないのか、実質ダメージをずっと受けている事になる。
彼方は予備動作無しで咲希に突っ込むと、そのまま拳を突き出し殴ろうとするが、咲希はそれを迅速に回避しようとする。しかし、長い髪の一部が当たったのか、雷と共に削れてしまう。だが……
「何だそれ、チートかよっ!」
咲希の髪は見る見る内に元に戻っていく。しかも、彼方の攻撃をかわしながらで。
「私に敵う筈が無いわね。これで最後よ!」
咲希が広範囲の電撃で一瞬だけ彼方を鈍らせると、その隙に真後ろへ何十メートルも跳んだ。そして、両手を空に掲げるとそのまま巨大な電撃を作り出す。ヤバいかもしれない……兄としての勘がそう言った。
「もうやめろ! 二人とも!!」
「え?」
「へ?」
俺の一声に二人は瞬時に注目する。
「こっちに来い、説明する……」
全く、世話が焼けるものだ……。俺は、今でも睨み合っている二人を半ば強制的に呼びつけて、そのまま事情を説明した。まず咲希が俺の妹な事と、彼方が俺の友人だと言う事、そして戦うなと言う事。一つ一つ丁寧に言い終わるまでは、二人は直に喧嘩腰となるので宥めるのが大変であった。
「えぇ〜ぇ〜!? 神宮寺の妹が異世界の……って、何で?」
「ひでにぃの友達にこんな奴が居るなんて! 信じられないって!!」
「あぁ、二人の気持ちは咲希が生まれた時からや、昨日からずっと思っていた事だ。俺が一番分かる」
この後、さらに俺の家系の説明をしたが……。
「いや、ちょっと待て。神宮寺家はそんなにも凄いって事は分かったが……なら、どうして神宮寺 秀春には力が無いんだ?」
彼方が核心を突くような疑問を上げて来た。それが分かったら苦労しねぇよ……。しかし、その問に答えたかったのか只の反論か、咲希が「違う!!」と言いながら彼方に迫った。
「良い!? ひでにぃにはとんでもないエネルギーが秘められてるの! そんなのも分かんないの!? 最低!!」
「なっ! だって当の神宮寺の周囲には何も見えないんだぞ?」
「うるさい!! あんたにしか見えない何かがあるんだったら、それ以上見えない物だってある筈でしょ!!」
あぁ〜、それ以上は寧ろ俺が萎えちまう……。この咲希の秘めた力っていう何かは、俺の無能さが何か言われると大抵言い出す事で、正直、『好きなヒーローやキャラは絶対に居る!』って言う、子ども特有のあれだろう。
まぁ、俺としてもそれなりのお兄ちゃんキャラではあったしな……そんな風に見られても仕方無い……か。
「そんな何を確証に……」
「おい柴崎、相手は俺の妹で小学生だぞ? 何言ってんだ!」
「うぅん……しゃあないか。……だが神宮寺、こいつを小学生呼ばわりするには……って、お前の家じゃ案外普通だったりするのか?」
彼方は、途中から物凄く小声で、頭を抱えながら聞いて来た。
「うぅ〜む、それ程にはって感じだ」
「だってよ〜、お前の家からはそこの妹よりも強い力を感じたぞ?」
「そんなの知らねぇよ……」
とにかく、今は自体が治まって良かった。と言うべきだろうか、片付けない事には終わらないな。そうこうしている内に、何時の間にか辺りが家の前の景色に戻っている事に気付いた。
「じゃあな、神宮寺!」
「あ、あぁ〜。お疲れ……」
柴崎は足早に帰って行った。
「ひでにぃ……」
「ん? 何だ?」
「私、あの人の事……嫌い」
少し離れた場所からは、誰かがくしゃみをした音が聞こえる。
「そ、そうか……取り敢えず帰るぞ?」
「うん!」
本当に、只良い子にしてればただの可憐な黒髪美少女なのにな……。
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ーーラグナロクコア完成まであと99%ーー
今まで書いていた物の、成り行きみたいな物語になります。これが終わったらそちらに戻る予定です。