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コロシアムは噂を聞きつけた街の人達で溢れていた。ミルクリアは人をかき分けて前へ進むもなかなか入り口に辿りつけない。必死に、
「どいて……!通してください!」
と、叫んでも届かない。近くの人が迷惑そうに顔をしかめるだけだった。
「ミルクリアさん!」
ミルクリアの細い腕が誰かに掴まれて引かれた。
「こちらに!」
そう言ってミルクリアを連れて行くその背中に見覚えがあった。
「ギルガム様!」
「こちらから王城関係者だけが入れる入り口があります!」
ギルガムはその力強い腕で人をかき分けて進んだ。しばらくすると人が少なくなってきて、ようやくギルガムとミルクリアは目を合わせることができた。
「申し訳ございません。強く引いてしまいまして」
「いいえ、助かりました。それよりフレウェル様は……?」
早足で入り口へと向かいながらミルクリアはギルガムに尋ねた。
「フレウェル様とヨシュウェル様の決闘はもう始まっているかもしれません」
「どうされたのですか!?何故……」
「フレウェル様は議会でご自身の王位継承権を放棄し、国外へ出て二度とクイジタート王国に戻らないと宣言されました。それに異議を申し立てたヨシュウェル様が決闘を、と……」
「そんな……確かヨシュウェル様は戦いがお得意なのでは?」
「そうですね」
泣きそうな顔で見上げるミルクリアにギルガムは少し笑顔を見せた。
「ですが、このような場合も想定してフレウェル様は相当の訓練を積んできております。それに、幸運の女神も来てくれました」
「幸運の女神?」
「あなたですよ、ミルクリアさん」
「私……?」
ミルクリアは息を荒くしながら不思議そうな顔をした。
「はい。貴女と出会うまでのフレウェル様は笑顔も生気もなく、荒れておりました。生きているのか死んでいるのかわからない程でした。しかし、貴女と出会ってからフレウェル様は変わられた。笑顔も生気も取り戻して前向きになられました」
ギルガムは嬉しそうに微笑んだ。
「それに、フレウェル様がフーロレーン国王にミルクリアさんに描いていただいた肖像画を持っていったところ、あまりの美しさに絶句されたそうです。それまでフレウェル様の王位継承権放棄に決して首を縦に振らなかった国王が、ようやく折れたのはあの肖像画のおかげです。それがなければ今日、この決闘にすらたどり着くことができなかった。フレウェル様の騎士として、感謝申し上げます」
ギルガムは頭を下げた。ミルクリアはそれを黙って見つめた。
「さぁ、ようやく入り口です。フレウェル様の最初で最後の決闘をしっかり見てください」
コロシアムに入るとわぁ、と人々の歓声が聞こえてきた。真ん中からはキン、と金属同士の当たる音が聞こえてきて、見るとフレウェルとヨシュウェルは既に剣を交えていた。
ミルクリアはできるだけ近くまで駆けて行き、手すりから身を乗り出した。
二人の戦いは互角のようだった。ヨシュウェルが細かく剣を打ち込んでいき、フレウェルがそれを受ける。そして、隙を見つけてはその重い剣をヨシュウェルに向けて打ち込む。
ミルクリアは両手を胸に当てて固唾を呑んで見守った。
ヨシュウェルが打ち込む、フレウェルが受け止める。フレウェルが打ち込む、ヨシュウェルがかわす。
そんな一進一退の攻防がしばらく続いた。このまま膠着状態が続くのかと思われたが、フレウェルの剣を振る動作が大きくなった。ヨシュウェルはそれを見逃さなかった。フレウェルの剣を軽くかわし、自身の剣をフレウェルの首に向けた。その様子がミルクリアにはスローモーションのように見えた。危ない、そう思った時ミルクリアは思わず、
「フレウェル様っ……!」
と大声で叫んだ。こんなにたくさんの人が観戦する中でミルクリアの声が届くはずもない。それでも叫ばずにはいられなかった。
その時。フレウェルは振り下ろした剣の向きを素早く変え、ヨシュウェルの剣に向けた。そして、ヨシュウェルの剣がフレウェルの首元を仕留める前にヨシュウェルの剣を弾き飛ばした。ヨシュウェルは体勢を崩して倒れこみ、その首元にフレウェルは剣を当てた。
それまで熱く応援していたはずの民衆は黙りこみ、異様な静けさが落ちた。ヨシュウェルは「くっ……」と唸って自身の力を抜いた。
それを見るとフレウェルは高々と自身の剣を掲げた。
「勝負あった!私はクイジタートの名を捨て、一人の人間としてこの国を出て行く!」
そう声高に宣言すると、民衆はどっと湧いた。ミルクリアは腰が抜けてふらついてしまったのをギルガムに支えられた。
民衆の中央に立つフレウェルは360度の民衆に向けて手をあげて応えた。そして、フレウェルとミルクリアの目が合った。こんな大勢の民衆の中からミルクリアを見つけられるはずがない。ミルクリアは気のせいか、と思ったが、フレウェルは迷いなくミルクリアの方に歩いてきた。
「フレウェル様……」
「ミルクリア」
フレウェルはミルクリアの手を取った。
「お前の声が聞こえた」
「まさか、そんな」
「いや、ちゃんと聞こえたよ。ありがとう、俺の門出を見に来てくれて」
「はい」
ミルクリアは頬を赤くして今まで見たことないくらいの笑顔を見せた。
「約束だ、ミルクリア。これから海の見える街を探して旅に出よう」
「はい!」
フレウェルはミルクリアと手を取り合ってコロシアムを後にした。その様子を民衆は大きな歓声で祝福したが、二人が振り返ることはなかった。
それから先の二人を見たものはいない。海の見える街でミルクリアは画家になり、フレウェルは傍らでその絵に詩をつけた、という噂が流れていたが真偽を知る者は誰もいない。
クイジタート王国ではヨシュウェルが国を治めたが、その横暴っぷりから失脚させられ、新たに議会から選出された者が王となった。
王城に飾られた王子様の肖像画はその素晴らしさからいつまでも大切に扱われたらしい。そして、ミルクリアが家に残した絵画は高い値で買い取られ、街のあらゆる場所を彩ったようだ。
こうして二人は強い王子と美しい画家として後世まで語られた。しかし、そんなことを二人は望んではいなかっただろう。ただ、共に自由に生きていく。それが二人にとって何よりの幸せだったのだから。
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