Sequence‐8 ~玲・家庭の事情 ①~
「やば…結構、遅くなっちゃったかも」
律専教育特区の発駅、律専大学中央駅から各駅で2駅目…
眞宮森林公園駅の改札から、他の乗客と共に…玲が出て来る。
駅前ロータリー横に設置された自転車置き場に直行すると、男子学生が愛用しそうな20inchBMXに跨り、颯爽と走り去る。
「ただいまー」
庭付き平屋一軒家の大きめ玄関…の引き戸を開けると…
「キョンキョン・キョン」
玄関の上がり框で、フッサフサの尻尾をフリフリしながら、愛嬌のある小さいわんこが玲を出迎えた。
「ちびこんちゃん、イイ子してた?」
「キョン!」
元気のいい返事を聞くと、玲は片手で抱っこをして家に上がる。
ハイネック流に言えば、“第4種接近遭遇”の間柄だ。
「サキさーん」
縁側の長~い廊下を進む。
庭付き平屋一軒家のほぼ中央にある、京間十二畳の贅沢な造りの客間。
「サキさん いる?」
玲は、うっすら桜色の障子を、ゆっくり開けた。
薄暗い部屋の中…
手前六畳にはモノが一切なく、奥の六畳は一段高くなっている。
その奥に置かれた籐製のヴィンテージカウチソファーの上に半身を起こして横たわり…和服を怪しげに着流して、銀製の“延べ煙管”を優雅に燻らせる…浮世離れした…玲の母親の姿があった。
「おお、玲か…」
「サキさん、ただいま」
自分の母親を名前で呼ぶ愛娘に、たおやかな表情で答える。
「本日の学業…どうじゃった?」
にっこり笑いながら、煙管の火種をカウチ前に置かれた煙草盆に捨て、煙管を横の拵えに収めた。
「今日と言わず…ここ何週間か、めちゃくちゃ楽しい!」
キラキラした玲の笑顔に、サキは心から癒された。
「…そうか…それは重畳」
・
最上家に、父親はいない…
というか、玲の父親は“出掛けている”ことになっている。
玲が幼少の頃から、サキに再三、父親のことを尋ねても…
「おとうさんは…?」
⇒「お出掛けじゃ 心配には及ばぬ」
「おとうさん…どこにいるの?」
⇒「はて、どこにお出掛けしておるのやら」
「お父さん…いつ帰ってくるの?」
⇒「ただのお出掛けじゃ! じき帰ってくる」
「もしかしてお父さん、死んでた…とか?」
⇒「死んではおらぬぞ! 縁起でもない…」
…と、膨大な時間をかけて、壮大にはぐらかされ続けてきた。
そんな、サキの教育方針(?)のお陰…というべきか
《ま、いいんだけどね…》
最上家の一人娘は、何事にも動じない大らかな性格に育ったのだった。




