「戦い」
小話
「戦い」
夕方。
リビング。
冷蔵庫を開けたミルの動きが止まった。
ミル
「……!」
ヒンヤリとした空気が頬を撫でる。
最上段。
そこにプリンが一個。
夕日に照らされて、
妙に美味しそうに見える。
ミル
「おおー……」
目をキラキラさせたミルは吸い寄せられるように近付く。
そして。
ミルはそっと手を伸ばした。
その時。
容器の横に貼られた紙が目に入る。
『ノワ』
ミル
「……」
手が止まった。
しばらく見つめる。
ミル
「プリン」
「ノワ」
「プリン」
「ノワ」
「……」
静かに冷蔵庫を閉めた。
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十秒後。
冷蔵庫が開く。
ミル
「やっぱりプリンです」
閉める。
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三十秒後。
また開く。
ミル
「でもノワのプリンですね」
閉める。
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数分後。
リビングを通り掛かったルナが足を止めた。
ルナ
「何してるの」
ミル
「戦ってます」
ルナ
「何と」
ミル
「ノワプリンです」
ルナはお昼にノワがプリンを冷蔵庫に入れていたのを思い出す。
ルナ
「強敵ね」
ルナは即答した。
ミル
「ですよね」
ルナ
「ええ」
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さらに数十分後。
ミルはまだ冷蔵庫の前にいた。
腕を組み。
真剣な顔。
ミル
「むむむ……」
ルナ
「まだ戦ってたの?」
ミル
「まだです」
ミルは冷蔵庫へ向き直る。
ミル
「プリンさん!お願いです!」
ミル
「諦めて下さい!」
ルナ
「……え、どういう意味?」
ミル
「ノワの物を取る訳にはいきません」
ルナ
「うん」
ミル
「でもプリンです」
ルナ
「うん」
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少しして……
ナナが買い物から帰ってきた。
ナナ
「あら?」
ナナは冷蔵庫の前で座り込むミルを見つける。
ナナ
「どうしたの?」
ミル
「戦ってます」
ナナ
「大変そうね」
ミル
「強敵です」
ナナ
「勝てると良いわね」
ナナは暖かい眼差しでにこやかにキッチンへ消えて行った。
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さらに時間が過ぎる。
玄関の扉が開いた。
ノワ
「ただいま」
ルナ
「おかえり」
ナナ
「おかえりなさい」
ノワ
「ミルは?」
ルナ
「戦ってる」
ノワ
「は?」
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冷蔵庫の前。
ミルは正座していた。
ノワ
「何してるの」
ミル
「戦ってます」
ノワ
「だから何と」
ミル
「プリンです」
ノワ
「……」
一瞬で理解したノワは冷蔵庫を開けた。
最上段。
『ノワ』
と書かれたプリン。
その横。
奥の方に、
もう一つプリンが置いてある。
ノワ
「ほら」
ミル
「?」
ミルは立ち上がる。
そして冷蔵庫を覗き込んだ。
ミル
「……?」
奥に置かれたプリン。
容器には小さな紙が貼られている。
『ミル』
ミル
「!」
ミルの目が丸くなる。
ミル
「ミルのです……」
ノワ
「そう」
ミル
「ミルのです!」
ミルは小さく跳ねるようにノワの方に向き直る。
ノワ
「そうよ」
ミルはプリンを見る。
ノワを見る。
またプリンを見る。
ミル
「……」
ミル
「最初からです?」
ノワ
「最初から」
ミル
「!」
ルナ
「三時間」
ナナ
「戦ってたわねぇ」
ミル
「言って下さいよぉ……」
ノワ
「聞かれてない」
ミル
「うぅ……」
ミルは少し肩を落とす。
そして。
小さく笑った。
ミル
「でも」
ミル
「食べなくて良かったです」
ノワ
「……」
ミル
「ノワのを食べてたら大変でした」
ノワ
「そうね」
少し沈黙。
ノワは冷蔵庫から二つのプリンを取り出した。
ノワはプリンを見る。
一口も減っていない。
ミルを見る。
少しだけ微笑む。
ノワ
「……でも」
ノワ
「ちゃんと我慢したのは偉いわ」
ミル
「!」
ノワ
「三時間も戦ったんでしょ」
ミル
「はい!」
ノワ
「よくやるわね」
少し呆れ顔のノワ。でもその顔は少し優しい雰囲気を纏っている。
ミル
「戦いです!」
ルナ
「戦いだった」
ナナ
「大変だったわねぇ」
ノワは思わず少し笑った。
そして。
テーブルへ向かう。
ノワ
「ほら」
ノワ
「食べるわよ」
ミル
「はい!」
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テーブル。
ミルは嬉しそうにプリンを見つめていた。
ミル
「いただきます!」
ノワ
「いただきます」
二人はスプーンを手に取る。
その時。
ミルの動きが止まった。
ノワ
「ミル?」
ミル
「……」
ミルは少し考える。
そして。
自分のプリンをすくった。
ノワ
「何してるの?」
ミル
「ノワのおかげです」
ノワ
「は?」
ミル
「だから」
ミルはスプーンを差し出した。
ミル
「あーんです!」
ノワ
「いや、自分で食べなさいよ」
ミル
「ミルの感謝を食べて下さい!」
ノワ
「感謝を食べさせるな!」
ミルは引っ込めない。
ミル
「あーんです!」
ノワ
「しつこい」
そう言いつつも少し口元の緩いノワ。
ミル
「あーんです!」
ノワ
「だから――」
その時。
ナナがひょこっと顔を出した。
ナナ
「あら?」
ナナは差し出されたスプーンを見る。
ナナ
「ノワが食べないなら」
ナナ
「私がもらおうかしらね」
ナナが横目でノワを見る。
ノワ
「!」
ナナが顔を近付ける。
すると。
ノワ
「いやっ!」
ノワ
「待って!」
ナナ
「?」
ノワ
「…私が食べるわ」
ナナ
「そう?」
ルナ
「取られたくなかった?」
ノワ
「違う」
ルナ
「違わない」
ノワ
「違うってば!」
ノワはそう言いながら、
視線を逸らした。
ほんの少しだけ。
頬が赤い。
ミル
「?」
ミルは気付いていない。
ノワ
「……もういいから」
観念したようにため息を吐く。
ノワ
「あーん」
ぱくっ。
ミル
「!」
ミルの顔がぱっと明るくなる。
ミル
「どうです?」
ノワ
「……美味しい」
ミル
「えへへです!」
ミルは満面の笑みになる。
ナナ
「良かったわね、ミル」
ミル
「しあわせです!」
ルナ
「平和ね…」
窓の外では、
夜の風が静かに吹いていた。
小話
「戦い」
終わり




