第8話 攻めだけでなく、守りも重要
ヴォルフは前回の戦い以来、獣化を使えない自らの力を補うために、個人的な鍛錬を続けていた。
中国の北部に存在する麗北高原の出身である彼は、場数を踏んだ回数なら同年代に負ける気はしなかった。
しかしその鼻っ柱は直ぐに折られることになる。
戦闘種族であることを考慮に入れても、やけに同クラスにいる連中は鉄火場に慣れていたのだ。
世の中を知らない自分のために、親族が知り合いの伝手を頼り、日本の高校に入れてくれると言われた時は喜んだものだ。
本気で祝福してくれる者が半分、厄介払い半分だったかもしれないが。
同時に中国の都会すらあまり出たことのない彼は不安も大きかった。
それでも何も知らぬ外国で無礼をしないと思われる程度には、歳の割に礼節を弁えていた。
一族の同世代でも、外の世界に対して知識のギャップを殆ど持っていない程度には勤勉だったのもある。
自分の運命を呪う時間を作らないために、修練に明け暮れたかっただけかもしれない。
時の流れにより集落の中だけで完結する生活を維持できなくなって行くのは、長老達にとっては応えただろう。
だが新しい技術を拒まなかったシュトーデン一族は、北部高原の中でも現代に適応できている方だ。
彼が培った経験は故郷から鉄の並木に場所を移しても色褪せることは無かった。
夜の闇を同色の狼が切り裂いていく。
自信に憑依させた影狼が指揮する配下を操り、静まり返る街並みを虱潰しに精査していく。
そのうち高まる魔力と響く銃声により静寂が破られる。
全員が散開した後、ヴォルフは本陣の防衛がいるべきだと判断し、氷竜姫に相談を持ちかけた。
今回ツムギは連れて来ていないので、護らなければならない非戦闘員は現状では居ない。
何れ本格的な手順を踏んで、アリアは彼らを派閥の一員として取り込むつもりである。
ヴォルフは長老会にて話し合いをする必要があるため、まだ自分の未来を決する事はできない。
だが実戦でまだ連携すべきではないからといって、本丸を裸にするのは避けるべきだ。
アリアはこれを了承し当初の予定を変更する。
お互いの背中を預けるには短過ぎる間柄だが、これから自派閥に取り込むつもりのアリアにとっては拒否する理由は無かった。
巡回を続ける中、遂にヴォルフは配下の影が敵の姿を視界に捉えたのを理解する。
その竜人は蒼髪蒼目、白い翼をその背に背負っていた。
短めの蒼い角と白鱗が、戦場に或るまじき色彩を放っている。
翼だけでなく純白の鱗にも傷跡を残しているが、その美貌はそれでも色褪せていない。
レヴィア・ミラジェイルはレイアード傭兵団戦闘員の1人であり、生粋の戦闘狂だった。
腕力に自信のある種族にしては珍しく、魔剣らしき刃をその左腰に下げている。
肉を刃物で切り裂く感覚に快感を得る彼女は、その必要が無い限り、銃器をあまり使わない。
余りに遊び過ぎると怒られるが。
だが学生相手ならば話は別だ。
呑気に獲物を探していた彼女は、警告により食糧庫が狙われたことを察する。
やっぱり真面目に殲滅するかと思い、獲物を探して巡回し始める。
視覚的には視えない筈の暗闇に、拙い魔力を感じる。
取り敢えず刃を抜いて斬ってからどうするか考える。
魔術で創造した水を、獣を模した影目掛けて放つ。
同時に手元で創り出した水に抜き身の刃を突き刺す。
手元にある筈の白刃は水面を貫いて影の獣を縫い止める。
息をする様に空間魔術を行う水鏡竜は、手応えのない感触に味気なさを感じる。
敵の警戒に引っかかったが、何も起きない事を考えると近くには居ないようだ。
どうするかと思い悩んでいた彼女は、向こうの方から近寄って来る存在を歓迎した。
「レイアード傭兵団所属の水鏡竜か。空間魔術の天才と聞いている。」
「へえ、知ってるんだ。学生って言ってたけどやっぱりしっかり調べてるんだね。」
レイアード傭兵団の中でも要注意人物に関しては、事前にアリアから情報を提供されている。
その中でも水鏡竜に関しては対策できない場合は撤退するように言われている。
ヴォルフは自分ならば打つ手はあるので魔術を展開して備える。
VRの時には持っていなかった腕輪に手を添える。
氷狼を自身に憑依させる事で周囲の気温を氷点下まで下げていく。
「ふーん。私も有名になったねえ。まあ関係ないけどね。」
大津波
周囲のコンテナごと押し流す勢いで巨大な水の壁が押し寄せる。
下手に対処することはせずに倉庫の壁を駆け上がる。
屋上で待ち構えていた女は、翼をはためかせながら魔術を用意し終えていた。
屋上に熱湯を撒き散らして凍りづらい液体を準備する。
目論見が崩れたヴォルフは別の方法で対策を取る。
憑依する魔狼を変え、岩の肌を持つ頑強な肉体を再現する。
「へー。面白いねえ。今度は岩狼かな。」
適応能力の高い魔物である魔狼は様々な環境に馴染むことができる。
ヴォルフが操るのも彼らのうちの祖先と言える。
(できれば魔術を使われない用に立ち回りたかったが
こうなれば仕方がない。)
最悪時間稼ぎに徹してこいつを足止めする方針で行こう。
彼は自分が敵のエースを止められれば他が楽になる事を理解している。
例え自分が眼の前の敵を倒せなくとも、味方を活かすことが重要であるのを実践できるくらいには集団戦に慣れていた。
(私と踊ってくれるんだ。でもいつまで保つかなあ?)
レイアード傭兵団最高戦力が獰猛な笑みを浮かべ、獲物である血紅の魔剣ヴィレヴラントを抜き放つ。
彼は空間魔術の使い手と相対したのはこれが始めてになる。
その魔術も注意点も頭の中に入れていたのに翻弄されたのは仕方のない結果かもしれない。
既に接敵時に氷竜姫には連絡を入れてある。
彼は最悪得体の知れない魔物達に救援を頼むつもりでいた。
今世において敵対者から字を与えられる程の兵を前に狼人は有利を得れるとは思っていない。
それでもこの行いが味方のためになると信じて。
既に派閥に入ることを了承していたエリアも、後輩の意見に賛同していた。
地上を警戒する狼人に対して彼女は空を見張るつもりだ。
本来彼女は親友の恨みを晴らすために前線に出たかった。
しかし自分は狭い室内で戦闘種族と正面からぶつかるのは得手でないと理解していた。
彼女の親は主家から追放されているとはいえ、その上で生きて行ける程には優秀な両親だった。
レイアード傭兵団の情報を独自のルートでも手に入れていた彼女は、あっさりと正面対決を避けた。
そういうのは昔から手が出るのが早い幼馴染に任せていたし、彼女は敵の実績を下方修正することは無かった。
だがVRでなければ精霊魔術も使えるし、自分も搦手の多さには自信がある。
事前情報が正しければ敵とこちらの戦闘員はほぼ同数である。
一部の例外を除いて真っ当にぶつかれば、一方的に負けることは無いだろう。
後輩たちはそれ程に学生の域を超えている。
もしかしたら裏からディルク少佐が手を回して、最初からアリアの周りに戦力を用意していたのかもしれない。
事前に負傷者が出ればゼリアが回収する手筈にもなっている。
魔物達は危険を感じたらそこに加勢すると言われたが、どれ程の実力かは分からないため楽観はしない方がいいだろう。
どう見ても弱そうには見えないが。
銃声が響き始めた時には、エリアは既に適当な倉庫の屋上にてバリケードを構築していた。
木の精霊に頼みこみ、栄養の存在しないコンクリに根を穿つ程の大木を育たせる。
成長した幹を分断し、耐弾性のあるツリーウォールを土囊の代わりとする。
植物魔術で木製椅子を創り出すと、腰掛けながら地べたに向けて魔力の籠もった種を放っておく。
風の精霊にも頼み込み、本陣を中心にして精霊に見張りを頼んだ。
それなりに魔力を食ったが、念には念を入れておいた。
ここまで念入りに準備をしたかいがあったかは、直ぐに判明することとなる。
狙撃音が聞こえた時には既に弾丸は自らの角に掠っており、後十数cmずれていれば汚い花火が咲いていただろう。
人生で狙撃されるのは2度目であり、大丈夫だと分かっていても心臓が早鐘を打つ。
エリアは狙撃対策に自分に向けて高速の飛翔体が飛んで来たら、風の精霊に弾を全力で右にずらすことを頼んでいた。
していなければ軍籍学生として稀な死亡者となっていてもおかしくはない。
精霊魔術は癖があり、精霊にこちらの意図を正しく伝えられなければ自分の思い通りに働いてはくれないのだ。
エリアの両親が独自に解明した精霊語を扱えなければ、彼女は今頃ここに立ってはいないだろう。
エリアは翼を広げて狙撃手がいるであろう場所へ翔ける。
(致命傷を受けやすい狙撃手から始末したいと言われて囮を買ってでたけど、自ら的になるのはもう御免だわね。)
アリアならばこちらの魔術についてある程度把握しているが、だからといって彼女に囮になれと言うわけにもいかない。
精霊と触れ合えない種族にいきなり狙撃手の生き餌になれと言われても承諾する者もいないだろう。
だがこれで精霊魔術による狙撃対処を味方にも証明できたので丁度いい機会かもしれない。
もう逃げてばかりでは生き残れないと父も母も理解している。
両親の研究を妬んで奪おうとした連中に追放されたが、そんなことをされて黙っている必要もない。
彼らにもいつか意趣返しをするために、彼女はまず眼前の敵を排除することから始めた。
(ーー外した。いや、外させられたね。)
レイアード傭兵団副団長レティス・レイアードは団において狙撃手を務める女傑である。
緑角に白鱗を持つ鋼木竜は団結成時からレイアードを番として支え続けていた。
夫の主が能無しになっても裏切らないくらいには長い付き合いである。
彼女は学生相手に何の油断もなく引き金を引いた。
本気の警告が出て以来、微塵も手加減などする気は無い。
第ニ次世界大戦時に狙撃により戦闘種族の多くが命を落としている。
当時を経験している者たちは、戦術的に有効な事は理解していても、未だに嫌悪感を隠せていない。
機関銃でも貫けない装甲を持つ彼らでも、対戦車ライフルには流石に勝てなかったのだ。
竜人にとっても笑い事ではなく、多くの同胞がこの世を去った。
だから狙撃対策を怠る竜人はいない。
敵に狙撃手がいると分かっているならば、アリア達も理由が無い限り室内で戦うことを意識している。
そして航平は特に対策を徹底していた。
だからレティスは潜んでいた魔物が、自らが仕掛けた罠を無理矢理突破してくる事までは読めなかった。
赤い帽子が魔剣片手にツリートラップを叩き斬りながら近づいてくる。
近づく者に丈夫な蔓を絡める筈の植物は、通常の刃物ではあり得ない切れ味を誇る刀身に斬り伏せられていく。
町中での魔物の出現という異常事態に動揺しそうになる。
見やすい倉庫の屋上に陣取っていた彼女は、何か自分の想定外の状況が起きていると感じて、一時撤退を選ぶ。
敵は空を跳ぶ術を持っていないと見た彼女は上へと逃げる。
前方から接近してくる魔力を見て狙撃銃を背中にしまいなおす。
様子を見るにあれは学生側という事らしい。
こうなると距離を取ってもイタチごっこか。
ならば空で1対1をした方が得だろう。
「アレはあなた達の味方ということでいいのかしら?」
赤い帽子の子鬼はもう影も形もない。
不気味過ぎるが空中までは追ってこないようだ。
「••••••一応そのつもりよ。この状況でも余裕なのね?」
「弾道をずらされたタネは分かるしね。精霊魔術でそこまで器用な事ができるとは聞いてないけど。」
お互い冷静なようでいて魔力は身体中を駆け巡り、いつでも魔術を放てる状態にある。
精霊魔術の本質に近づいたアルボス家の令嬢とレイアード傭兵団副団長は、どちらも似たような思考回路をしていた。
両者以外にも有翼人種はおり、狙撃さえ封じれば学生側は空中戦を展開できる。
この戦いの勝者がこの地の制空権を得る事に気付いた時には、既に互いの魔術が放たれた後だった。




