第6話 亜竜は足掻く同胞ある限り
「ここまでやらかすとは聞いていないぞ。しかもジャマーまで失うとは。」
ため息をつきながら、白い角の竜人が現状を憂う。
レルグ・オルセインは亜竜の中では真っ当に生きれた側だった。
薄汚れた白い竜鱗を持ち、嘗ては純白だった翼も今はくすんでいる。
彼は元々魔術の使えない木偶の坊ではなかったからだ。
亜竜戦争でその身に銃を持ち、同胞を撃つ経験をしていながら、彼は実家の権力が強すぎた。
そもそも亜竜になった理由が理由である彼は、実家が冷遇する訳にもいかなかったのだ。
それ故彼は戦犯にもならず、その手を血に染めながらも、戦争終結後も逃げ果せた。
彼がこの時もう少し精神的に成熟していれば、最後の一線を越えることはなかったかもしれない。
しかしこの事実は尚更彼の劣等感を刺激せずにはいられなかった。
竜人の中でも名家出身だった彼は、元々プライドの塊であり、英才教育を受けて跡継ぎたる自負を持っていた。
例えそれに足る訳があったとしても、彼は魔術の使えない役立たずと化したのは避けようのない現実だった。
以前自分が見下した者達からの嘲笑を一身に受けざるを得ない屈辱から、テロリズム等に傾倒するのは時間の問題だったであろう。
馬鹿ではなかった彼は、実家にも遂に見放されたのに気付いていた。
「あの女は既に逃げたか。全く逃げ足だけは早いものだ。」
個人的な理由でこちらに協力すると言って、あの男との橋渡しになった同じ穴の狢だが、性格的にも信用はしていなかった。
純人のテロリストを使い、スポンサーの要求に応えるべく、冒大付属のVRB部の主力に痛手を与えるという最低限の目的は果たした。
それでも切り札たるジャマーを失ったのは先方に申し訳が立たない。
ジャマー本体もそれなりの装甲で覆われていた筈なのに、一撃で破壊されたなぞ信じられるか。
あれはとてもではないが自分の伝手で弁償できるようなものではない。
日本国内に運び込むのに辺境を経由する真似までしたのだ。
純人の頭目が姿を晦ませた今となっては弁明もできない。
奴の人脈がなければジャマーを手に入れる事はできなかったのだからどうしようもないが。
本来の作戦はジャマーを用いず、ターゲットの隣人である天人を人質に取り、氷竜姫共々誘拐する。
確実に来るだろうディルク少佐の部隊に対して、アジトでジャマーを使用した待ち伏せを仕掛ける。
その場で私が名前を出し人質を餌に、こちらの要求を飲んでもらう。
かのディルク少佐ならば、娘の命が前金50億、合計100億で買えると聞けばその程度は造作もなく出せるだろう。
その際竜姫に何をするか分からない女は縛り付けておいたかもしれないが。
実際に天竜の大公だった彼は賊に身を落としたとしても、その勇名は少佐を交渉のテーブルに着かせる程度にはあり、分の悪い賭けではなかった。
その後の返報に関しては辺境へと逃げ延びることで対処する。
逃避行はジャマーさえあれば不可能ではない。
しかし実働部隊のあの純人はジャマーが無ければ作戦を行う気は無かった。
危険はあったが純人如きでは万が一があると見て許可したのだ。
あの女にもジャマーが無ければ氷竜姫を捕まえるのは困難だと言われたのもある。
終わってみれば何も手に入れられず、ジャマーと戦力を失い、黒曜竜やハイエルフに恨まれただけ。
あの日以来全てが上手くいかない。
だがこれ以外に自分の道は無かったのだ。
最愛の妹を庇い封印魔術を喰らった彼にできる事など何も無かった。
もう少し彼女が権力を手に入れるのが早ければ、彼はここにはいなかっただろう。
だが過ぎた事を気にしても仕方がない。
竜国に放っている監視は実家を放逐されても自分に仕えてくれている重臣の1人だ。
彼の心配をするよりは己の今後を考えるべきだろう。
ジャマー無しでも腕の立つ護衛を雇っており、軍籍学生だった頃からその辺りは抜け目ない。
竜国にいる斥候本人の帰還方法を考えなければ、この国から脱出するのはそう困難ではない。
怨恨から竜姫の身柄を欲したあの女の魂胆は知れないが、これ以上ここに長居する理由はない。
作戦が失敗した時点で、即座にこの国を脱出するべきだったが、彼は赤ん坊の頃から仕えてくれている忠臣を見捨てる気は微塵も無かった。
黒曜竜が竜国に縛り付けられているこのタイミングであれば、まだ回収の望みはある。
しかしそのツケは今日支払うことになる。
ほぼ軍籍学生だけの戦力で作戦を決行したアリアの即断によって。
「••••••若様。お逃げ下さい。」
アルゼン・ウェルフォードは天竜家を裏切ってまでレルグを追ってきた元執事長である。
灰色の角に褐色の鱗を持つ彼は、身体に浮き上がる傷から、彼が積み上げてきたものの長さを示している。
童の頃から献身している老齢の執事がいきなり姿を見せ、時が来た事を告げる。
あのパトロンならばもう追手を用意していてもおかしくはない。
だが彼らも同様に現在は竜国での裏工作に忙しい筈。
こちらに構っている戦力は無いと見たのだが、無能な味方は有能な敵より厄介ということか。
しかし執事の次のセリフにより彼はこれからの行動に迷いが生じる。
「敵はアリア様とその取り巻きの学生が殆どです。」
どういう事だ。こちらの戦力を完全に把握できていないと見たが、偽装工作が上手く働いているのか。
あの黒曜竜の娘がこちらの情報を手に入れずに襲撃をかけてくるとは思えない。
ましてや冒大付属襲撃から1週間も経っていないのだ。
「ですが後詰めとして紫炎竜が来ています。あれの相手は私にお任せ下さい。」
それと同時に膨大な魔力が噴出し、アジトを囲うように巨大な氷の壁が生える。
使いたくはなかったが下水道を通るしかないだろう。
「合流地点は辺境の無法都市になるでしょう。ご武運を。」
今生の別れになる事を危惧した執事が、竜国式の敬礼を行う。
背筋を伸ばし右手を胸の前で握った後、前へ手刀を切る。
その後指先を右のこめかみに合わせ、肘から指先を一直線に伸ばす。
「まだ逝くな。俺の執事はもう爺しかいないぞ。」
既に姿が見えない老臣は、竜国諜報部の監視対象に載るくらいの英傑だ。
爺やならば紫炎龍は兎も角、学生程度どうにでもなるだろう。
それに対してつくづく魔術を失った穀潰しの、なんと情けないことか。
己に就いて来てくれる味方は頼りになるが、既にそれだけの価値が無い自らにできることは無いのかと。
それでも折れるような心を持ち合わせていなかった彼だからこそ、ここまで同志が懐にいるのだ。
現から目を背けずに、元天竜の大公は歩みを止めない。
彼を追う勢力は複数おり、自身が辺境まで辿り着く可能性は低いと感じていた。
アリアはまず敵を逃さないために氷壁にて閉じ込めることから行った。
下水道に逃げ込まれる可能性は高いが、そうなれば土地勘のあるこちら側にとってはむしろ願ったりだ。
仮に敵の傭兵が凄腕だったとしても、黒猫と甲殻人をぶつければ勝算はあると見て、事実それは間違っていなかった。
アリアはディルク少佐の庭である日本にいるうちに、味方の実力の底を測りたかったのだ。
相手の素性も把握できている現状ならば、敵の狙いも落とし所も想像が着く。
相手がこちらの学生を問答無用で撃ち殺さなかった事を考えると、敵が望んでいるのはやはりVRBトーナメントの妨害と人質としての自分か。
エレアが拳竜の相手をしてくれる事を前提に、こちらが奇襲をかける。
あの甲殻人ならば拳竜と戦いたがるかもしれないが、そこまで危ない橋を渡るつもりはない。
万が一の保険も理事長にお願いしており、抜かりはない。
ーー突入より数刻前、
航平は確実な勝利を欲した。
依頼人の意向でもある。
忙しいリーナは知り合いの魔物使いにお礼参りを頼んでいた。
だから呼ぶ増援に糸目はつけなかった。
同士討ちする訳にはいかないので、突入前に同級生へ向けて彼らを紹介する。
「味方だから魔力だけ覚えて攻撃しないように頼むよ。こっちがメタルスライムのメル。」
航平の懐から出てきた、液体金属の塊が礼儀正しくペコリとお辞儀する。
アリアは人語を介するメタルスライムが現れた時点で、それが遥かに異質な存在であることを見抜けた。
一応使い魔のタグはしているが、スライムがそこまで知性の高い存在な訳はない。
挙句の果てには自身の体で‘‘よろしくね‘‘と公用語の文字まで再現している。
信用していいんでしょうか••••••これ?
まあリーナ理事長から心配ないよーとお墨付きを貰っているので問題は無いだろうが。
光沢のある曲線の白銀からはその思惑を慮ることはできない。
正直反応に困る皆はどうしたものかと思っていると、現れたのはそれだけではなかった。
闇の中から現れたのは、
傷だらけのレッドキャップと、
身体が半分黒ずんだアサシンマンティスだった。
アサミヤ一家の中でも古株で、
辺境をその身一つで生き抜いた魔物達は、
その身体に彫られた傷から、彼らが歩んできたのが
尋常な道のりではなかった事を如実に表していた。
「レッドキャップのレッドと、アサシンマンティスのシンだ。ちょっと見た目は怖いけど、どっちも悪いヤツじゃないからよろしく頼むよ。」
地上からは既に絶滅したことになっているゴブリンの近縁種は、トレードマークの赤い帽子を被っている。
紅い眼に小人用の服を着ているが、所々に疼いている古傷を隠しきれていない。
懐に忍ばせた短剣から立ち上る魔力から、それが長期に渡り血を吸った魔剣であることが分かる。
‘‘森の暗殺者‘‘と呼ばれる蟷螂の中でも長く生きた彼女は、黒い身体の火傷の跡を隠すように昆虫人用の服らしき物を着ている。
夜とは言え日本の真っ只中であるここでは、港の倉庫街に来るまで腕を隠していた。
魔剣以上の切れ味を誇る鎌を極力目立たせないように研ぎながら。
「あ、レッドにはゴブリンって言うと怒るからゼッタイに言わないでね!」
彼にとっての禁句を先に説明した航平は正式な依頼のためねじ込んだことを弁明する。
(時間が無かったから仕方ないけどリーナさんからの仕事だしな。)
明らかに色々な意味で場違い過ぎる存在に対して、
アリアも皆も言いたい事がいくらでもあったがなんとか堪える。
どちらもC級の魔物であり、タグ付きでもお近づきになりたい人類はいるとは思えない。
「••••••この期に及んで不確定要素が増えましたが仕方ありません。リーナ理事長からの指示ですから。」
まあそれならばと周りも納得せざるを得ない。
終わったら絶対に質問攻めにされるであろうが。
どう見てもアリアの派閥には視えなかったため、
現場にいなかった他勢力は誤解することになる。
謎の別勢力がいたのだと。
突入の出花を挫かれた形になったが戦力が増えるに越したことはない。
何かがあった時の二重の保険としても彼らを雇ったリーナの判断は、後に正解だったと判明する。
竜人の傭兵には大体2種類のタイプが存在する。
一つは竜国で軍人になれなかった落ちこぼれであり、
詰まる所竜人基準では大したことのない連中である。
それでも戦闘種族以外からしたら脅威であるのには変わりないレベルだが。
竜国では軍人になることが一種の社会的地位の指標であり、高級取りでもあるため狭き門になっている。
そこに至れなかった者たちがここに当たる。
中には実力以外が理由の連中もいるが。
もう一つは本人が自身の意思で軍隊入りを蹴ったならず者たちである。
彼らは軍人というには反りが合わず、実力はあるが上の命令を素直に聞く気がない乱暴者が殆どだ。
力だけはあるのでより質が悪い。
この輩は竜国内では見張られているので暴れるのは難しく、彼らが選ぶのは大方国外での傭兵活動である。
だから竜人の傭兵と言うのは大概評判が悪いのだ。
今回レルグが雇ったのはこの後者に当たるグループだが、彼は軍籍時代の伝手を頼ることができた。
それにより過去に自身が子飼いにしていた、素行も実力も信頼できる護衛を確保できたのだ。
大抵の軍の高官は表に出ない裏の人間を確保している。
それが天竜の倅だった男なら尚更である。
アーフェン・レイアードは老境の執事程でないがレルグと共にそこそこ修羅場も潜っており、それなりに長い付き合いである。
黄を帯びた白鱗と黄色い眼を持った天雷竜と呼ばれる彼は天竜派閥の傍流であった。
しかし幼少期の経験により竜国の上層部を毛嫌いしていた彼は、その身に誇りも実力も併せ持っていたが、軍隊入りを蹴って実家を飛び出した。
親との仲は険悪だった彼だが、レルグは強権を用いて自身の手駒とした。
比較的同年代であり互いに親しかった彼らは、立場の違いはあれど親友と言っていい関係を築いていた。
謀略により彼が亜竜同然となった事を知った彼は実家と完全に決別し、現在に至る。
「純人なんて信じちゃいなかったが、学生相手にジャマー失った上失敗しましたとか終わってんだろ。」
しかし彼は内心あの傷のある純人が、そうそうヘマをするタイプではないと感じていた。
傭兵の世界で長く培った経験が、あの男はそんな雑魚ではないと警鐘を鳴らしていたのだ。
あれが下手を打ったのではないとすると、何処からか情報が漏れて氷竜姫に嵌められたのだろう。
奴の部下は数合わせに過ぎなかったようであるし、その辺が妥当か。
黒曜竜に喧嘩を売るような真似などしたくなかったが、ジャマーを買える大金まで用意されれば首を下に振りたくもなる。
竜国の純血馬鹿共の味方でなければ彼は客を選ぶタイプではなかった。
端から竜国の重鎮と敵対しているような傭兵だ。
その程度の恨みは数えるのを止めるくらいにはある。
これからどうやって次の仕事を探すかと考えていた時、高濃度の魔力を感知した彼は瞬きの間に臨戦態勢に入る。
「敵はアリア様とその同志達です。お目付け役として紫炎竜が来ていますが私が足止めに参りますので、皆様は各自撤退準備をお願い致します。」
親友の家令から逃げる前提の提案が飛んできてインカムに向けて渋面を作る。
「••••••俺はあいつの護衛としてここにいるが、学生相手に尻尾巻いて逃げるのは忍びねえな。」
「敵は彼らだけではありません。既に追手が向かっているでしょう。どうか若様を頼みます。」
「爺さんはどうすんだよ?」
「私が殿となりましょう。アーフェン殿ならば託せます。」
「あんたの心配なんざ一切してねえけどよ。うちの部下が納得するかは別だぜ?」
「隊長〜、ようやく暴れられるんですか?下手こいたニューマンだけ遊んで私達はお預けってのはないでしょう?」
魔力を感じ、戦いの匂いを嗅ぎつけた戦友達が続々と集まってくる。
傭兵団の副隊長やアーフェンがその眼で認めた者たちが現れる。
「彼らを纏め上げるのが隊を預かる貴方様の役目でしょう。」
「なら言わせてもらうぜ。下水道は止めとけ。壁で囲まれた今脱出は悪手だ。レルグが孤立するだけになる。むしろ誰か人質にとって交渉した方がいい。」
土地勘では負けている以上、アーフェンは撤退戦は避けるべきと感じた。
それなら有利な状況で相手と交渉した方がいい。
「それだと問題は彼ら以外になります。既にこちらで別勢力を確認しています。」
「••••••俺は正直あんたがいなきゃ天竜の一族にも今回の依頼人からもあいつは逃げられねえと思うぜ。ここを死に場所にするつもりじゃねえよな?」
それは事実だった。
竜人の中でも一流と言っていい天竜族の追手から、未だ魔術の使えない雑魚が無事でいるのは、第三次世界大戦の英雄の1人が標的の傍にいるからに他ならない。
ジャマーで魔術使用不能の中その拳だけでジパングの戦車群を捻り潰した男でも、権謀術数渦巻く竜宮の陰謀からは主君を守れなかったのだ。
「あの日を悔やんでも悔やみきれません。実は若様の未来を消した仇が今日ここに来る手筈なのです。」
遂に痺れを切らした天竜家は、拳竜を仕留めるために自身の懐刀を放った。
自分の主の未来を奪った怨敵を仕留めるために、これまで天竜姫と極秘に連絡を取り続けていた彼は、ようやく待ち人を迎えられたのだ。
復讐を成した所で主人の栄光が戻ってくる訳でもないのに。
「••••••そりゃあ止められねえな。でもそれなら尚更自分1人で全部相手するのは無理だろ?露払いは任せてくれるよな?」
アーフェンだって親友の全てを壊した奴らに用があるのだから。
「致し方ありませんな。ですが向こうは若様を確実に狙ってくるでしょう。アーフェン殿が護衛してくれるのが条件です。」
追手はそいつだけではないだろう。
ならば今回の鬱憤を晴らす機会も来るはずだ。
彼は親友に連絡を取り作戦の変更を伝える。
下水道が安全な保証はない事に気付いていたレルグが了承した所で、こちらに放物線を描いて投げられた物が目に入る。
手榴弾から煙幕が噴き出るのを見て、魔術を用いて翼から暴風を巻き起こす。
隠れていた2個目の手榴弾が閃光と爆音を放つと、先手を取られた傭兵団は各自で戦いやすい場所に散った。
元より学生相手であれば戦友たちには言ってある。
好きにやれと。
冒大付属のVRB部に所属する学生10人、そのお守り1人と魔物3匹が、
規模こそ小さいが傭兵の中でも評価は高いレイアード傭兵団、そして大戦の英雄と激突する。
この報復戦は終わって見ればその激戦とは裏腹に、双方にあまり直接的な利益を齎したとは言えなかった。
報復の時点で恣意的な意味が強いために当然の帰結である。
しかしこの戦いは軍籍学生のデビュー戦としては、
余りにも荷が勝ちすぎる激闘であった。




