第19話 辺境の魔物使い
ウェインは現役プロの存在を知っていたが
先方からそれを広めないように頼まれた時
彼らがなぜ今来たのかを考えた。
エルグが贔屓をしているチームのプロが来ることを
考えると候補は絞られる。
重要なのは今日来たことである。
普通に考えれば自分かウィンドフォール家の跡取りか
氷結晶の竜姫を見に来たのだろう。
どこかでVRBをするのが伝わったのだろうが
お喋りなゼリアかそれともエルグの軍閥繋がりで
あろうか。
だがウェインにとってはまたとないチャンスだった。エルグが負けたのもありここで自身が勝てばある程度スカウトの注目を集めることができる。
対面の純人はあのレインに勝ち、ここの戦術顧問であるライルデン教諭が認めた強者だ。
彼は決して自分の親友を倒した男を侮ってなどいなかった。
だから向こうが大規模な魔術を行使した時も迅速に対応した。
電磁界
周囲に磁界を展開し、鉄などの磁性を含んだ物質に
常に影響を与える電磁場を作り出す。
これに対してウェインも己の力を最大限発揮できる
フィールドを作り出す。
岩世界
地上が岩で埋め尽くされた灰色の世界に変貌する。
だが眼前の純人はこちらが魔術を使った途端
背後に駆け出した。
(正面戦闘では敵わないと見たか。)
岩の竜人であるウェインは機動力がないと思われがちでその通りだがそれを補う技を持っていた。
震撃脚
自身の脚を地面に突き刺し、局所的な地震を起こす。
指向性を持った衝撃が反動で巨躯を動かす。
嘗て炭鉱で地震によって地下数十kmに生き埋めにされた岩の竜人は、頼るもののない地底でその災害を使って地上へと舞い戻ってきたのだ。
極限状態の中で見た岩のプレートの動態を、直接視界に収めたことで、魔力を用いてそれを再現することが可能になった彼は、
その不幸によって大地に自在に震撃を起こせるようになった。
一応土人になら似たようなことは出来るがその練度が
違い過ぎていた。
一時は禁忌魔術に指定されかけたこともある
自然の脅威を現実にする彼は、竜人の派閥に無所属でいながらその存在感を維持できている稀有な例外だ。
既にこちらの情報が相手に伝わっていることを
織り込み済みで動くウェインは、敵を追い詰めるためにさらに魔術を行使する。
震撃波
放射状に広がる衝撃波が地面を伝って伸びていく。
純人まで届いた衝撃は相手の足を縫い止める。
ただ向こうもお返しとばかりに魔術を行使する。
飛んでくる鉄の塊を左手で払うと大凡の敵の火力を
想定する。
(この距離でこの威力ならば魔力を込めれば十分こちらの脅威になるな。)
腕に感じる鈍い感触に10m以内では危険を感じ
防御魔術をいつでも展開できるようておく。
この防御魔術を展開直前まで準備しておくのは基本だが相手もかなり使い慣れているように見える。
常に展開されている磁界と自分が弾いた筈の鉄の塊が浮いているのを見ると嫌な想像が頭に浮かぶ。
(なるほど。これは面倒だな。)
相手は鉄の塊が死角になる位置にこちらを誘導しながら、さらに同じ魔術を行使しようとしている。
だがこちらが相手に追いつくまでの辛抱だと
震撃脚で一息に跳ぶ。
一つ前に避けた鉄の弾丸を見ると、魔力の高まりから
やはり想像通りになり、
背後から飛んできた鉄の塊を回した左腕で弾く。
直接撃たれる弾よりは衝撃が少ないが、
脚の重心に当てられれば姿勢を乱される。
絶妙に無視しづらい威力の弾が、魔力で感知できるとはいえ、死角から飛んで来るのはこちらのペースを乱される。
既にこちらの岩の領域外に出てしまっていることを
考えると、常にこの磁界の中を敵に追いすがりながら
撃たれるのは厄介極まりない。
明らかに固有魔術で敵の魔力が切れるまで待つのも現実的ではないだろう。基本敵にその個人特有の魔術はそれに特化する代わり消費魔力は少ない。
(スカウトの目を射止めるためにもこのつまらない
展開はごめん被る。こちらから動く。)
右手を前方の地面に突き刺し、慣れた魔術を唱える。
地震
自身から前方にのみ向けて大地を揺り動かした。
津波のように伝わってゆく振動が立っていられない程の大地の怒りを呼び覚ます。
敵の脚が大地に絡め取られている隙に震撃脚を使って
一息に距離を詰める。
揺れに足を取られ地面に這いつくばる純人を前に
岩監獄
2人を囲み周囲から遮断する岩の檻が立ちあがる。
敵が逃げたことから接近戦は得手ではないと見て
殴り合いを強制する。
しかし予想に反して立ち上がった敵はそのままこちらに飛び掛かる。
純人がまさか竜人相手に拳を振り被ってくるとは無謀ではないかと判断する。
しかしレインを下した相手がそんな単純な思考をしている筈がないと感じ、岩の壁を創造し敵の接近を拒否する。
ウェインは自分が負けるならレインと同じように
電気系統の魔術が原因だと考えていた。
岩の竜人であるウェインのフィジカルは
竜人全体で見ても上位と言える。
敵の魔術は自分でも直撃すれば危険だが
VRBで気を失うことが敗北であることを考えると
やはり前者の方が注意を払うべきだ。
ウェインは油断せずこのまま岩の牢獄で相手に何もさせずに擦り潰すことを選択した。
ーーアリアはあらかじめ対面の情報について皆に少しだけ話していた。諜報部に属する父親から得られた情報の全てを伝える訳にはいかなかったが。
その中でも震撃の岩竜と言われるウェインについては
彼が後ろ盾を持っていないこともあり、情報をある程度は公開しても問題は無かった。知ったところでどうにかなるかは分からないが。
それでも航平は参考にしていた。
例え遊びでも情報収集に余念のないタイプであった彼は地震魔術に対しては対策は難しいと感じていた。
(あんなの打たれたら純人じゃあどうしようもない。この岩の牢屋ごと崩されると面倒だな。)
一度殴り合いで勝負になるか試そうとしたが罠と見たのか警戒されて距離を離された。
だがこちらにとっては好都合で
ある程度時間が稼げる。
周りに鉄の壁を創造すると鉄粉を巻き、創り出したコイルをその場に放る。
あのレインという竜人と同郷らしく用心深いタイプであればこちらの事はある程度聞いているはず。
ならこれでかなり動きにくくなるだろう。
問題はどうやって相手に致命傷を与えるかだが
電気系統の魔術は警戒されているだろう。
なら物理的に倒す方針で行こう。
掘削用のパイルを無数に創造する。
浮遊させた鉄杭を自らの周りに放る。
問題はまた敵が地震を放ってきたことだ。
この牢屋も崩れるのではないかと思ったが問題は
ないらしい。
立っていられないレベルの振動がこちらを襲い
自分目掛けて魔力が集まるのを感じる。
地面から岩の槍が生えるのを見ながら腰に着けた鉄のベルトを磁力で引っ張り自分を転がす。
基本的に敵の位置に直接遠隔で魔術を使う場合
魔力の流れから感知される。
だから多くの場合は自分の近辺に魔術で物理現象を起こしてそれを相手目掛けて飛ばすのがポピュラーである。
それをしてこないということは相手方に碌な射程の
魔術は無いと見た。
地震で機動力を削いで接近戦に持ち込むのが
向こうのセオリーなのだろう。
ーーだがこれはウェインの仕込みであり、真の狙いから注意を逸らすための囮であった。
遂に震撃の岩竜と呼ばれ、竜国陸軍の1個大隊に匹敵すると言われた男がその魔術の真価を発揮する。
地割れ
岩牢ごと地面全体に魔力を通すことで全ての岩盤を強引に引き裂き、地面に奈落の穴を作る。
予め知っていなければどうにもならない決め手を打たれ、暗黒の中に消えた純人に岩竜は油断せず、裂け目を力ずくで閉じた。
敵を岩牢に捕らえそれごと沈める自らの十八番に
敵を嵌めた彼は自らごと崩した岩の牢から這い出て
勝利を確信した。
実はアリアはこれを航平に伝えていなかった。
自分の父親がウェインを欲していたため
彼にとって不快を感じるであろうレベルの情報は出さなかったのだ。
その程度で機嫌を損ねるような器の者ではないと
知っていたとしても。
(流石に言っておいた方が良かったですかね。
でもお父さんは本気で彼が欲しいみたいですし。)
まあそもそもあんなもの純人が知っていたところでどうにかなるものでもない。
これで3勝3敗、相手も納得しやすい終わり方で
問題はないだろうと思った。
しかし彼女はふと試合の終了を告げるbeep音が鳴っていないことに気付いた。
まだ試合は終わってはいなかった。
ーー日本に来た時のことを思い出す。
齢13になるまでずっと辺境で生活してきた彼は
まだ侍が純人として人々の記憶に残っている
日本に越してきた時、
なぜ両親が大所帯の魔物使いとは言え
安全な都市に行かず危険過ぎる辺境で暮らしていたのかを思い知った。
この世界では純人は既に人権すら怪しかった。
文明が発達しているから他種族を滅ぼす等という
過激な意見があまり出ないだけで、種族として実質的な発言力は無いに等しかったのだ。
別に純人としての自分に誇りが有る訳ではないし
ジパングの横柄さを嫌と言うほど知っていたが。
だから自分1人でも辺境で生きていける程の武力を持っていなければ彼はもうここにはいなかっただろう。
だから親は自分を鍛えたのだ。
死ぬことのないように。
物理的にも、精神的にも。
もう自分の身に何かあったら助けてくれる回復魔術の
使い手である家族はいない。
だから学んだのだ。
殺される前に相手を殺せばいいと。
未だに試合が終わらない現状に違和感を抱いた
ウェインは地の底から高まる魔力を感じとった。
確実に押し潰した筈なのに生きていることに
矛盾をはらむ現実が彼を混乱させる。
だが自らが鍵を閉めた筈の地底から、磁界を帯びて
鉄を纏い地面を根こそぎ千切りながら出てきた純人の姿を見てその理由に思い至る。
土色の魔力を身に宿す純人は地精の気配を宿していた。
(地精の加護持ちか!だがもう虫の息なのは変わらんだろう。)
基本的に固有魔術以外は使えない航平だが母親譲りの土の加護があり土に関わる被害に関しては
それなりの耐性を誇る。
自身に害をなすものを本人の意思関係なく弾いてくれるのだ。
ただしウェインの魔術はそれ込みでも十分な脅威であり、満身創痍なのは事実であった。
土埃で咽る喉を無視し、痛む骨を叱咤する。右足が折れており、身体が満足に動いていないのが分かるが
今は眼前の竜人しか見えていない。
その眼は相手を殺すことしか考えていなかった。
ウェインはもう一度地割れで地の底に封印しようかと考えるが同じ手を食う相手ではないと考える。
ならばともう一度地震を放つが、
そもそも相手が地に足を着けていないことに気付く。
腰に巻いた鉄のベルトを磁力で無理矢理引っ掴んで
後先考えず前傾姿勢でこちらに吹っ飛んでくる。
その眼が自身しか狙っていないことを見て似たような眼で地の底で別れざるを得なかった
友の顔を思い出す。
あの時託された全てを背負って生きているが、
彼らのためにも負けるわけにはいかない事を
思い返す。
そこに敵は後の事なぞ考えず特攻してきた。
岩の壁で拒絶するが眼に反して相手の頭は冴え渡っているようで、当たりそうになる限界で右に躱される。
間近まで迫る相手の右拳の魔力が限界まで
絞られていく。
この時点で既にボロボロの相手と博打で打ち合う意味はなく震撃脚で左手に跳ぶ。
着地際を狙い撃つように崩れた体勢で
鉄の拳が振り抜かれる。
距離が有るのになぜと感じたウェインは
悪寒を感じ空中で眼前に岩の壁を生成する。
高度の磁力線が発射され、岩の壁どころか自分の身体を透過していく。
何も起きないと訝しみながら、
背後に浮かんでいた無数の鉄杭が
自身の腹に生えるのを見た。
地下に飲み込まれる前作っていた鉄杭を背後に置くために彼がこちらとすれ違ったのだと理解できたところで意識が飛んだ。
魔力の生成点はこちらの手元にあるが、
磁力で引っ張られる鉄杭は敵の背後にあった事を
覚えていた航平は博打に勝ったのを見て眼を閉じた。
「••••••また勝っちゃった。純人が竜人に。」
アリアは正直な所レインが負けたのは運と相性の差が大きいと思っていたのだ。
いくらリーナさんの知り合いとは言え純人と竜人では魔術でもフィジカルでも劣っているのだ。
だが紛れは2度も続かない。
地精の加護で生き延びたとは言え相性からして
良くはないウェインに勝ったのだ。
例えそれがあんな泥臭い勝ち筋でも。
しかしこれは逆にチャンスかもしれない。
例えVRであっても彼は純人に負けたのだ。
特別試験とは違い見ている人は数人ではなく
人の口に戸は立てられない。
まともなスカウトであれば例えVRでも純人に負けた
竜人を目に止めることは無いだろう。
父ならばこの隙に彼を丸め込むことは
十分考えられる。
実際に彼の実力を見たアリアは父が欲するだけの才を持っていることがよく理解できた。
(陸軍は地割れなど起こされたら戦いにもならないですね。)
そしてそんな竜人を破った男は一体何者なのだろうか
とリーナさんにいつか詳しく聞いてみようと思った。
ーー竜国諜報部にて
愛娘から受け取った情報を見てディルク少佐は珍しくご機嫌になり、送られたVRBのデータを読み取る。
だが映し出された動画を全て見終わると
衝撃から少し固まっていた。
(彼が純人に負けるとはな。だがアリアが送ってきたこの動画を見る限り、彼の魔術は非常に有用だ。
この試合の勝敗に関わらずスカウトに値するだろう。我々の部隊運用にも向いている。)
重要なのは本人にその気があるかどうかだが。
亜竜の生まれであるウェインは国からも冷遇されて
育ち、竜国の上層部に良い印象は抱いていない。
こちらに靡くかは五分五分といった所だろう。
スポンサー権限を無理にちらつかせてもこういう
実直なタイプには意味がない。
しかしそのウェインは誰に負けたのかと思えば
例のリーナ理事長の知り合いだという。
少し調べて見たが殆どデータは存在しない。
辺境で生きてきたというのは本当のようだ。
「辺境の魔物使いアサミヤ家か••••••魔物と心を通わせることができるらしいが確定情報ではないな。
他にも磁力魔術を使うと。謎が多いがリーナ理事長が認めているのなら身元は問題ないだろう。」
ウェインを破ったのは博打のような方法だったが
それでも勝ったのは事実だ。もしかしたら思いもよらぬダークホースかもしれないなと考えていた。




