第17話 魔狼は群れを率いて敵を狩る
純人の古歌にある一節がある。
今ではもうジパング以外侍しか生き残っていないと言われる純人だが、
彼らは異種族に滅ぼされる前にその脅威を後世に伝える歌を遺した。
今では割と当たり前のことだったが、
エルフと森では戦うな。
海人と海では戦うな。
土人と地下では戦うな。
竜人とは戦うな。
といかに純人が地理的に八方塞がりだったのか
が分かる。
純人の滅亡歌と呼ばれるこれが伝えられる頃には純人はジパング以外は既に種族としては滅亡していた。
そしてそのうちのエルフの脅威を今味わっているヴォルフは自分の見立ての甘さを感じていた。
(エルフとやったことはあったがここまで手も足も出ないことは無かった。これはあいつが特殊なのか。)
敵の位置すら見つけられず、一方的に攻撃されている。
初戦の侍とエルフ竜人の戦いではこのような戦法をとってはいなかったが、凍らされて意味がないと悟ったのかはわからない。
しかし現状ヴォルフは敵にしか味方につかない
自然の脅威に頭を悩ませていた。
(こちらが動こうとすれば全ての植物が邪魔をする。
一斉にこちらを襲ってこないのはそこまでの魔力は無いからか。)
仕方ないと感じ魔力を練り始める。
節約したかったがこうなれば
使うしかないだろう。
ゼルクはエルフと魔族の混血だがどちらかといえば
魔族寄りである。
ヴォルフがまだ倒されていないのは彼が森の中で
魔力を潜め、隠れる術を知っているからだったが、
ゼルクがハイエルフであればとうに勝負は着いていただろう。
彼は前回の試合を見て油断をしない事を決めていたが
功を焦るのも不味いと感じていた。
相手の魔術の詳細が分からないのに接近戦をすること自体危険と判断し慎重に敵のできる事を見極めていった。
(敵は一般的な魔術を使ってこない。召喚術というよりは憑依術に近いか。だがあれは消費魔力も身体への負担も大きい。そう長くは続かない筈だ。)
森ごと燃やされると不味かったがその時は燃えた植物をそのまま相手に送り、元より火の魔術で燃やしてしまえばいい。
エルフと混血ではあったが彼は植物を燃やすことをためらうほど熱心なエルフの民ではなかった。
現代でそこまで信仰心の篤いエルフは少ないが。
こちらがそろそろ攻めてもいいかと思ったゼルクは
敵の魔力の高まりに違和感を抱いた。
しかし結局使うのは憑依術のようで問題はないかと
考えた。
そこで前回の試合を思い出したゼルクはもう一度
狼人を観察しなおした。
狼人の身体が魔力により森の草花のように緑に変化し、周辺の草花が彼に靡いていく。
(なんだ、あれは?)
狼人の周囲の樹木の制御が覚束なくなるまで敵の魔力が高まり、己の樹海の支配領域が縮まるのを自覚した。
それだけではなく狼人の周りの狼の形をした魔力も
緑の躰を形成していき敵の支配領域を押し広げた。
(やはり一筋縄では行かないか。こうなれば総力戦になるだろう。ならば望むところだ。)
魔力による支配領域を推し進める狼人に向けて
エルフ特有の魔矢が魔族特有の魔力制御能力によって
増幅されて打ち出される。
避けようとした狼人が自在に曲がる魔矢を避けきれず
その身に受けるが魔力の込められた爪で逸らす。
戦いはこれからが本番だった。
向こうから位置を晒してくれたと感じたヴォルフは
敵が遂に本格的な攻勢をかけてきたのが分かった。
自らの身体に森狼の一族の魂を憑依させることによって統べる狼ごと森の支配領域を取り戻し、
敵の魔矢を爪で弾いたヴォルフはその重さに
苦い顔をした。
(エルフと魔族の混血だったか。普通の魔矢がこの威力ではこちらの魔力分配を考えなければならんな。)
魔族と魔力の削り合いになればこちらが不利となる。
どこかで一気に決着を着けなければジリ貧と考え
自らの頭の内で敵を倒すための計画を練る。
(問題は敵の位置か。敵は魔族特有の翼もある。
最悪なのは空に逃げられることだが今はこの森の中で
飛ぶ気は無いだろう。)
魔矢の雨の中を魔爪で弾きながら射程を潰し、
翼で空に逃げられないようにするのは正直かなり
しんどい戦いになると判断していた。
今も敵を包囲しようとするが森の中のエルフの機動力は高い。
この上敵の魔矢の弾幕があるせいで迂闊に近づくことができないでいる。
森狼でも包囲しきれず取り逃がした敵を追いかける。
純粋な機動力でこちらが負けている訳ではないが
敵の方が有利な現状を認めざるを得なかった。
ーーゼルクはこのままこちらが有利を取り続けていても何れは何処かでひっくり返される可能性を危惧していた。
(敵を純粋な魔力の削り合いに持ち込めば勝てるだろう。怖いのは一発だ。ならば現状維持が最善と言えるだろう。)
スカウトがもし来ていたら非常に地味な戦いであり、あまりいい評価はされないだろう。
しかし負けるよりましだと考え敵の思惑を潰すことを優先した。
ここで敵の思い切りの良さに
ゼルクは面食らうことになる。
森狼の集団戦法でも敵を捉えきれないと感じた
ヴォルフは手札を切った。
彼は一つ前の戦いで例えVRだろうがあそこまでの力を
示されれば自分は埋もれてしまうと考えたのだ。
獣人でありながら獣化が使えない彼は
身体能力にハンデを抱えていた。
だからそれに見合う力を欲したのだ。
例えそれが
自らを狼と成すものであっても。
ゼルクは敵の様子がおかしいことに気付いた。
何やら憑依術による魔力で自身を強化しているようだが、立ち昇る尋常ではない魔力から敵が何らかの切り札を切ったことを察する。
その狼人の眼には狂気が宿っていた。
ただし周りからはそうとは見えない。
憑依術によって自身の思考を狼そのものとすることで先祖の相棒達の力を最大限まで発揮する。
狂狼憑依
遠吠えによって狼の刻が来る。
ゼルクは油断はしていなかった。
魔力を帯びた強烈な遠吠えにより身体どころか
鼓膜が痺れたゼルクは己の最大魔術を行使した。
一つ前の戦いから学んでいたのだ。
隙を作られて先手を打たれてからでは遅いと。
木材人形 召喚
ただそれは通常の人形ではなかった。
轟音によって自らの大樹海によって作られた木から
人形が組み上がる。
魔族の巧みな魔力操作によって人形ができていく。
それぞれの人形は高さ10mの動く大木と化した。
総勢10体の巨大な木材人形が立ち上がり
11体の狼を威圧していた。
この魔術は事前に大樹海を使っておいて始めて真価を発揮する。
一から木材を創造せず、既に創ったものから
組むことで消費魔力と時間の手間を省くため、
支配領域を広げるためだけに限らず
自身の魔力を込めていたのだ。
流石にここまですればあの青龍のような化け物が出てきてもどうにかなるとゼルクは考えた。
それは十分な対処と言えるだろう。
だがゼルクが木材人形を組み上げている間
狼達は全く動いていなかった。
森の無い今森狼にこだわる必要はない。
狼と化した頭脳でも眼の前の敵を狩るために
何をするか分かっていた狼人は別の狼を自らに
憑依させた。
その魔狼は身体に炎を纏っていた。
己の身体に炎狼を憑依させた狼人は冷静に戦略を練り今が全てを賭ける時と感じた。
10体の火の玉が10体の大木に突っ込み燃やし尽くしていく。
それでもゼルクは冷静だった。
直ぐに翼へと魔力を流し最速で空へと逃げだした。
木材人形がどうなろうが自身が空に逃げてしまえば
敵が消耗して終わりだと。
恐ろしい勢いで熱線が背後から追いかけて来るが既に空にいる彼には届かない。
だが彼は敵がこちらが空を飛べる事は分かっていたはずだと感じ、警戒を捨てなかった。
炎狼がその下半身から炎を吹き出し、足を噴火させ、反動でこちら目掛けて吹き飛んで来る。
警戒を捨てていなかったゼルクは自慢の角に魔力を込めて準備していた。
己の最高の一撃を。
魔力大砲!
濃密な魔力が漏れ出す魔光から発光現象を起こす。
光を帯びた魔力がエネルギーとなって
叩きつけられる。
光の奔流に飲み込まれた炎狼は光の粒と消え失せた。
遂に殺ったと判断した彼はその用心深さからそれでも
警戒を続けた。
そしてそれは実った。
燃えている木材人形から一筋の熱線が放たれる。
それは自ら含めて狼全員を火の玉とすることで自らの所在を偽装したヴォルフが獲物の隙を狙って狩りを行おうとした瞬間だった。
ゼルクはまだ残していた魔力を纏い手を振り被る。
炎を吹かして突き進む炎狼を前に最後の一手を残した
魔族は読み勝った。
読み負けたと悟った狼はただ負けを認めなかった。
魔族が収束した魔力を右手から最後の一手として放つとそれを避けられないと見るや炎の遠吠えを上げる。
身体を魔の光に貫かれながら狼は炎の咆哮を上げる。
魔族は右手ごと熱波に包まれながらも魔力障壁を
展開しなんとか五体を残すことができた。
ただゼルクは勝てた心地がしなかった。
VRなのにいやVRだからこそこんな後を顧みない行動ができるのだ。
それを学んだ彼はまた一つ成長することができた。
相変わらず氷の乙女の心は溶かせなかったが。
ヴォルフは今回ばかりは
完敗を認めざるを得なかった。
こちらが戦術を組んだ上で相手の読みが上だったのは確かな事実である。
「オレの負けだ。まさか読み負けるとはな。
本当に世界は広いということか。」
「いや、今回は俺がたまたま油断をしていなかっただけだ。もう一度やれば負けるかもしれん。」
正直言って一つ前の試合の衝撃が大き過ぎた。
あれが無ければ恐らく自分はどこかで油断して
負けていただろう。
プライドの高いゼルクでもそう思うほど見事な戦いだったと言える。
「お疲れ様。俺も負けたから今度一緒に
修行しようぜ!負けたやつ同士でな。」
「お前は一応相打ちだろうが。」
彼はそこまで絡む機会が無かったがこれを機に
アリア達の取り巻きとみられるようになる。
それがどのように影響を与えるかは分からないが。
航平は今日の試合を見てここまでの試合が見れるとは思っていなかった。
同時に皆今までは本気ではあったけど奥の手は隠していたんだなと悟った。自分も人の事は言えないが。
「ゼルク助かったぞ。これでようやく2勝2敗だ。
お前が勝ってくれなければこの時点で負けが確定するところだったからな。」
「副部長遊びですしそこまで気を張らないでください。私が信用ならなかったのですか?」
さっきまでの殊勝な態度はいつの間にか消えて
いつもの尊大な魔族へと戻っていた。
ウェインはスカウトが見ていることを話すか迷ったが
ここまでいい試合ができているのなら問題は無いだろうと感じた。
できれば先方からはスカウトが来ていることは知らせないで欲しいと言われているのだ。
下手な先入観を与えたくないのもあるが人を変に集めたくないらしい。
だがそんなことを言うということはつまり
現役プロが視察に来ているのは確定ということだ。
最早遊びではなく公式戦と同じつもりで戦うつもりのウェインは、部外者でありながらこの情報を伝えてくれたエルグに感謝していた。
ーーエルグはこの試合で自分にケジメを着け、
自分達の派閥を振り続けた頑固な姫にその選択を
後悔させてやろうと決めた。
わざわざ高級鉄板焼の団体チケットまで用意して。
あれはエルグ本人でももう一度行きたいと言えるほどの店だったのだ。
それだけの準備はした。VRでならば彼女に存分に
自分の実力を証明できる。
過去にも彼女とやったことはあったが
それは派閥の影響もあり、勝敗を白黒着けるまで
やる事は無かった。
今日自らが彼女より上だと言うことを示すために
風竜の跡取りは全力を持って
氷結晶の竜姫を叩き潰す。
アリアは彼が自分を指名していると聞いた時、
やっぱり来たかと思っていた。
交流が有るとはいえわざわざ他校から出張してまで
来ているのだ。
既に自分の事は諦めたと聞いているので
何をしに来たのかと思ったが、
家としてのケジメを着けるためらしい。
跡取りは大変だなと思うと同時に自分は
このままでいいだろうかと思う。
父親は派閥の影響を無視して婚姻を断れるくらいには力を持っているがそれが正しいことなのかは
分からない。
もし何かあれば父の味方は多いが
それは自分自身の力ではない。
それでも自分のやりたいことをやるのが
彼女自身の道であると、親は言ってくれている。
なら彼女はそれに応えるだけだ。
ーー5戦目は
お互いに始まる前から魔力を練っていた。
彼女も彼もお互い何をする気かは想像が着いていた。
始まった途端、お互いが魔術を展開し、
結晶と風が入り乱れる。
双方の魔力が激突し、
フィールドを銀と白が埋め尽くす。
竜姫は不適に微笑み、竜大公は睥睨する。
氷結晶の竜姫と風竜王の大公がここに激突した。




