第79話 負けられない理由とやりたいこと
『どうやら大方終わったみたいだね』
周りに誰もいなくなった状態を確認し、シルヴィアはドラゴンから人間へと戻った。
「この近くにはもう人の匂いがない。少なくとも、私達を狙ってる人はいないよ」
シルヴィアの言葉にステインは「そうか」と小さく言葉を返す。
ステイン自身も周りを確認するが、シルヴィアの言う通り、人の気配はない。あらかた片付いた、とみて問題はないようだった。
無論、油断はできない。まだ選抜戦終了の合図がないということは、未だ残っている参加者がいる証拠。それがいつ襲ってくるかは分からないのだから。
そんな中、ステインはふとある言葉を思い出していた。
「なぁ。そういえば聞きたかったんだが……さっき言ってたあれ、なんだ?」
「あれって?」
「ほら。負けられない理由があるって言ってたじゃねぇか。もしかしてあれか。お前が優勝したら、小僧と会わせて貰えるようになるのか?」
シルヴィアに負けられないと言わしめる理由といえば、それくらいしか思いつかなかった。
けれど、ステインの予想は外れたようで、シルヴィアは首を横に振る。
「お父様はそんなに甘くない。たとえ、私が優勝したところで、ルクアとの関係は変えてくれない」
言われ、それはそうか、と心の中で呟くステイン。
彼女にかけられている『命令』。曰く、それを撤回させるには、今の彼女では無理だと言っていた。シルヴィアは、一度比翼大会で優勝している。ということは、『命令』の撤回条件は比翼大会優勝ではない。
「じゃあ、何でお前は負けられないんだよ」
「……私にも色々あるんだよ」
言いながら、視線を逸らす。どうやらあまり聞かれたくないことのようだった。
「でも、この大会でしたいこともある」
「したいこと?」
負けられない理由の次は、したいことときた。
そりゃ何だ、と口にする前に、シルヴィアはステインの方へと指を向けた。
「ステインとの決着」
「……はぁ?」
唐突に、そんなことを言われ、一瞬困惑する。
何を言われたのか分からない……わけではないが、それを受け止めるのに少々時間がかかってしまった。そして、ステインが口を開く前にシルヴィアの方が言葉をつづける。
「だから、私は貴方と正式な場所で戦って決着をつけたいの。前の時は練習試合で、しかも消化不良な戦いになっちゃったから」
ステインとシルヴィアは公式的には一度も戦っていない。
本気で勝負をしたのは、授業の際に行われた練習試合。それきりだ。そして、その時の勝敗は既に多くの者が知っている。
無論、戦った本人であるステインが忘れるわけがない。
「消化不良って……お前なぁ。ありゃどう見てもお前の勝ちだろうが」
「……それ、本気で言ってる?」
相変わらずの無表情。しかし、今の言葉にはどこか苛立ちが見え隠れしていた。
「審判が勝負中、勝手に作った枠の外に出たから、ステインの場外負けだなんて……そんなの認めらない」
ステインとシルヴィアの練習試合は仕組まれたものだった。
当初、多くの生徒から危険視されていたステインをシルヴィアが叩き潰すことで、彼女の力を周りに見せつけること。それが教師陣やエインノワール家が建てていた計画だった。
だが、二人の戦いは彼らの想定を超える凄まじいものになり、中々決着はつかずにいた。
そして、業を煮やし、焦った審判が、いつの間にか作った『枠』からステインが出たという理由でシルヴィアが勝った形になったわけだ。
「文句言ってもしょうがねぇだろ。ありゃあ、審判の野郎の姑息なやり口に気づかなかったオレの不手際だ。それに、場外に吹き飛ばされた時のダメージは相当だったからな。あのまま続けてても、同じだっただろ」
ステインとてただ姑息なやり口をされたというのなら、黙ってはいない。だが、勝負の決め手になった一撃。あれは、ダメだった。行動不能とまではいかなくとも、戦闘に多大なる影響を与えるものであるのは、認めざるを得なかった。
そして、理解した。あの時点で、シルヴィアはステインよりも強いことを。
だからこそ、ステインは『場外負け』という判定を受け入れたのだ。
けれど、勝者である彼女はそれを受け入れたくないようであった。
「それでも……私はあんなのを自分の勝ちだとは思いたくない。だから、ちゃんとした場所で誰にも邪魔されない戦いで、貴方に勝ちたい」
何の打算もない。誰の横やりもない。
ただ、純粋に戦い、勝利したい。
その気持ちをステインは理解できる。彼は今まで戦って、勝って、自分の力を周りに示してきた。だが、それはあくまで自分の手によるもの。仕組まれた勝利など、そんなものは御免被る。
そして、だからこそ。
「だったら、今、やるか?」
唐突な提案。
だが、不思議なことではない。
そもそもステインとシルヴィアは戦う関係にある。こうやって今の今まで共闘してきたのは、同じ敵がいたから。その敵も最早壊滅したと言ってもいいだろう。
ならば、二人が共に戦う理由は最早どもにもない。
そして、同時に戦ってはいけない理由も存在しない。
だからこその提案であり、宣戦布告。
―――だったのだが。
「おっと、そうはいかない。少なくとも、キミらがやりあう前に、ボクと戦ってくれないと困る」
次の瞬間、唐突な第三者の言葉が割って入ってきたのであった。




