第72話 最強魔術師、悩みをぶちまける
ステインは、シルヴィアのこと天然だが、物事をよく見ている女だと認識していた。
そうでなければ、最強の魔術師、などと呼ばれることはない。
だが、それも勘違いだったようだ。
「俺とあいつとのやり取りのどこをどう見て、そんな感想になるんだよ」
「だって。ステインが誰かにあんな親し気な態度を取るなんて、見たことない」
「お前の中では頭を鷲掴みにするのは親し気な態度なのか……」
自分でやっておいて何だが、それは違うだろうとステインは思う。
いや、本当に自分でやっておいて何だが。
「本当に違うの?」
「違うわ。テメェが幼馴染が好きだからって、誰もが古い馴染みの異性とそういう関係になると思うな」
「別にそういう意味で言ったわけじゃ……でも、あんなに可愛い幼馴染がいたら、普通付き合いたいと思うものじゃないの? 胸が大きいし、顔は整ってるし、背は高いし、何より……胸が大きいし」
などと、無表情は変わらずだが、どこか気にしている様子であるシルヴィア。
確かに、ミアは容姿は整っている。背丈もシルヴィアよりもある。そして何より……胸はこれ以上ないほど豊満ではある。
これだけの条件を見れば確かに、顔がよく、体付きの良い女と言えるだろう。
しかし、彼女には致命的な点があった。
「阿呆か。どれだけ体付きが良くても、頭の中が七歳児以下の奴と付き合いたいと思う訳ねぇだろ」
これである。
王族だから立ち場が違う、というより以前に、ミアは中身があまりにもアレ過ぎる。子供っぽくて、我儘で、時々意味不明なことを言い出す。
正直、ステインはあれをもう一人の女と見ることができずにいた。
「じゃあ、本当に……本当に、違うの?」
「だから違うっつってんだろうが。ってか、何で今そんなこと急に聞いて来るだよ」
「だって、ステインとミアが付き合ってなかったら、私、困るんだよ」
「何でお前が困るんだよ」
聞かれ、シルヴィアは焚火を見ながら、小さく答える。
「……不安なんだもん」
「は? 不安?」
「ミアは今、ステイン達と同じ寮に住んでるでしょう? っということは、ルクアとも同じ屋根の下にいるってわけだから……」
いつもの無表情。だが、そこにはどこか確かに焦りのようなものが見えた。
シルヴィアはミアとルクアが一緒の屋根の下にいることが不安でしかたないと見える。
と、いうことはつまり……。
「お前……クソ王女に小僧をとられるかもとか思ってんのか?」
ステインの指摘に、シルヴィアは小さく頷く。
「……さっきも言ったけど、ミアって凄く可愛いし。胸は大きいし、私よりも背が高いし、体付きだっていいし、何より……胸が大きいし」
「それはさっきも聞いた。ってか、何で同じこと二回言ってんだよ」
「だって……男の子は、その……色々大きい女の子が好きなんでしょう?」
「んなもん、人によりけりだろうが。大体、前にも言ったが、小僧はお前と一緒にいるためにここに来たんだぞ。そんな心配……」
「心配するよ。だって、私、もう何年もルクアに会ってないし。私なんかよりもずっと可愛い子がずっと一緒にいたら、私のことなんか忘れちゃうんじゃないかって……」
言葉の端々から感じられる苛立ちや不安。
常に感情が表に出ないシルヴィアにしては、とても珍しい光景であった。
「? どうしたの?」
「いや……お前がそういうことで悩んでるのとか、初めて見たからな」
「当然だよ。私だって、色々悩みはある。特に好きな人のこととか……でも確かにこんなこと、ステイン以外に話したことはないけど」
ステインにだけ悩みを打ち明ける理由。
それはとても単純なものであった。
「ステインは私達の事情知ってるし、その上で何だかんだ話を聞いてくれるし。相談する相手としてとてもいい」
「俺を相談相手とかにする奴はテメェくらいだよ……っつか、俺にどれだけ話したところで、お前が望むアドバイスはしてやれないぞ」
「別にそれでいい。ステインは、ちゃんと話を聞いてくれるから。それに、私がルクアを好きな気持ちを否定しないでくれるでしょう? 他の人だと、こうはならない」
それはシルヴィアが持つルクアへの感情を知らない人が多いから……というのもあるのだろう。だが、そもそもにして、何故皆知らないのか。
その理由は明白だ。
「私がルクアのことが好きだと知ってる人間の大半は、まっさきに『ダメだ』って言ってくる。お父様に、家の使用人たち。その他の人も。皆、あの子のことを認めようとしない。だから、私の気持ちを間違ってると言わずに、こうやって話を聞いてくれるだけで、いいんだよ」
もしも周りに相談すれば、誰もが父親や使用人たちと同じく、必ず否定されてしまう。だから、彼女は自分の気持ちを誰かに吐露することができずにいた。
そんな彼女からしてみれば、否定せず、ただ聞いてくれるステインの存在は、何よりありがたいことである。
「……、」
一方のステインからしてみれば、シルヴィアの状況は、やはり気に食わないものであった。
最強にして、最高。ステインが倒すべき目標である彼女が、様々なものに縛られている。
自分の好きな人の傍におれず、好きな人の話すらまともにできない。
何とも腹立たしい限りである。
とはいえ、だ。それをシルヴィアに言ったところで意味がない。
そもそも、彼女が今、聞きたい言葉はそれではないのだから。
「お前はクソ王女が、可愛いだのなんだの言ってるが、それこそ心配いらねぇだろ」
「どうして?」
問われ、しかしステインはすぐさまには答えない。
数拍の間。その後に。
「その……まぁ、あれだ。お前は……十分いい女だろ」
ぎこちなく、そんな言葉を口にする。
それを聞いた途端、シルヴィアは目を見開き、一瞬、言葉を失っていた。
「何だよ」
「いや……凄いものを見たから。だって、ステインがお世辞の言葉を口にしてるの、初めてみたから」
「安心しろ。もう二度と言わねぇ」
「あっ、ごめん。別に気に障った? あんまりにも珍しかったから……でも、ありがとう。ステイン」
シルヴィアは自分を気遣ってくれたであろう目の前の少年に対し、ただ一言、お礼を言う。
それに対し、ステインは何も言わず、ただシルヴィアから目線を逸らした。
シルヴィアもまた、視線を夜空へと向け、ふと頭によぎった疑問を口にする。
「二人とも、今頃どうしてるかな」
「案外、俺らと同じで一緒に組んでるかもな」
「一緒に組んでる……っていうことは、夜を一緒に過ごしてる……あんなに可愛い子とルクアが……そんな、私だって、ルクアと夜を一緒に過ごしたことないのに……お昼寝くらいしかしたことないのに……どうしよう……」
「はぁ……面倒くせぇな、お前は」
再び不安がるシルヴィアに、ステインは呆れたように呟くのであった。




