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あなたの見せる世界

「それでなんで、あなたが私の部屋に来るのかしら」


 候補者四人が一同に会した茶会を終えて、夜。

 ナディアはセレーネの部屋を訪れていた。


(アンゼルマ姉さまのお部屋とは全然雰囲気が違う)


 通されたのは、貴族趣味全開の、一目でお金ががかかっていると知れる空間。

 赤系のゴブラン織りのカーテンに、飴色の木目細工の壁。一人掛けソファやテーブルといった調度品の数々はいずれも意匠が凝っており、異国の白磁陶器の壺には大ぶりの花が活けられている。

 暖炉の上には、初代聖女を象った彫刻も置かれていた。

 立ったままそれを見るとはなしに見てから、ナディアはセレーネに視線を向ける。


「セレーネ姉さまとは、まだきちんと話していません」


 部屋の中でも、髪の一筋、爪の先まで乱れたところのないセレーネは、肩にかけたショールのずれを直しながら、ナディアを見返して言った。


「あなたには、そういうのは向かないと思う。倒すべき敵もまた、人間だと知るのは必ずしも良い方へと働かない。あなたにとっての私は、ただただ悪である方が、あなたが楽よ。その方が迷いが生まれない」


()()()()()()……、そうとしか言えない。これは)


 セレーネの冷静さと正直さを、痛いほどに感じる。

 同時に、おそらくアンゼルマが相手であれば、セレーネはこのようなことは言わなかったに違いない。相手がすべてにおいて中途半端なナディアだからこそ、言うのだ。余計なことを考えながら勝てるわけがないと。「単純な考えに特化しろ」それでようやく他の候補者に追いつけるだろう、そのくらいの考えがあるのを感じる。

 ナディアはセレーネの美しい顔を見つめた。澄んだ、綺麗な瞳をしている、と思った。


「姉さまが言う通り、野心に忠実で、迷わない人間の方が絶対的に強いとは、私も思います。上に立つ人間として、それが求められる場面も多々あるはず。言葉のすべてが正しくあること。そばにいて、そのひとと同じものを信じ、同じ考えに染まり、同じことを他の人にも広めていくことで、自分は正しいのだと安心できる存在。神殿組織、聖女という絶対者を戴くこの仕組にあっては、それが求められている資質なのかもしれません。それは、たしかに人々の求めを裏切らない存在なわけですから当の本人にとっても『楽に生きる方法』だと私も思います」


「不満? 言っておくけど、私はいらない苦労を敢えてする必要は無いと思っている。一番上の人間が楽に生きられている方が、ついていく人間も楽だわ。辛くない生き方がそこにあると信じられれば、生きているのが楽しくなるかもしれないし。少なくとも、一番上の人間が辛くて辛くて仕方ない顔をして、何をするにも迷っていたら、希望なんて無いもの。どんなに位を極め、贅沢な生活をしても幸せになれないって不満顔をされたら、そこに届かない人間はいったい何を希望に生きていくの?」


 強く正しく、苦悩を表に出すこと無く、微笑んでいる存在。それが聖女のあり方だというセレーネの考えは、ナディアにもわかる。

 そのためには、物事は単純な方が良い。善は善、悪は悪。自分についてくれば正しく生きられて、生きている間も死んだ後も楽に生きられる、そう導かれたいひとはいるかもしれない。


「それでも、判断を求められる場面には何度も直面します。そのたびに、言動は歪んでいかざるを得ません。なぜなら、あるときは人々に『人を殺すのはいけない』と言うでしょう。だけど、罪を犯した者や、自分の敵に関しては『その限りではない』というルールを適用することもあるかもしれない。その判断を常に自分の気持ちに沿って下していくのだとすれば、それは絶対者です。『どんなときも間違わない人間』であろうとすればあるほど、『自分の間違いを認められない人間』になる。そういった考えが蔓延し、人々の行動もそうなっていくのだとすれば、利益が対立する場面での衝突が今以上に増えていくと思います。それは生きにくい世の中ではないですか」


「確かに。だけどそれでもなお、大部分の人間にとって、絶対者の存在は喜ばしいはずよ。すべての思考を委ねて、手足となり、自分は何も考えない。自由のすべてを奪われた状態のほうが楽。人間にはそういう性質もある」


(セレーネ姉さま、手強い……。「人間は楽に生きたい」のだというこの理論。上の人間が悩むのを辞めて楽に生きて、その絶対の教えに従って下の人間も生きる。迷いを捨てさせ、全員で幸福になる……。そんなことができるわけがないのに)


「だけどそこには、聖女の機嫌を取るために足の引っ張り合いがあったり、密告や策略が横行すると思うんです……。悪い考えを持ち、悪いことをする人間が得をする世界になりませんか」


「なぜそれを『悪い』と規定するの? みんなが横並びになったとき、そこから頭一つ出たいと考え、より恵まれた環境に至りたいと行動するのは、悪いことなの? 手足をもがれて考えるのをやめろと言われて、その通りに生きる人間は扱い安い。だけど、支配者側には自分の頭で行動できる人間が必要。だからこそ、そこから這い上がってくる人間がいるなら、私は歓迎する。それが私が聖女になったときに作る世界、与えられる恩恵。あなたはそれよりも優れた世界を多くの人々に見せることができる?」


 息もつけない緊張感。

 聖女候補者と話すたびに、突きつけられる「あなたはどうするのか」という問い。ナディアは唾を飲み込んで思考を巡らせる


(私が見せられる、世界?)



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