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跡地  作者: 陸奥こはる
第1章―国外追放、選びました。―
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3話:牢屋の中で思い出を話しました。

 裁判の日付が決まるまでの間、二人は、ある事で喧嘩をした。

 原因はトイレだ。

 同じ牢だから、それが相手にも見える位置にあり、その事で言い合いになってしまったのだ。

 お嬢様は「私がお花を摘む時は絶対に見るな」と言い、ヴァルジャンはその間だけ、ベッドのシーツを顔にぐるぐる巻きにされそうになった。だが、それでは息が出来ないとなって、喧嘩になったのだ。


「私を殺す気ですか⁉」

「私だって恥ずかしさで死ぬかも知れないの! いいから黙ってぐるぐる巻きにされていなさいな! ほら!」

「ぬごごっ……」

「少しの間我慢してくれれば、それで良いのよ。お願いよ。……お願い」

「ふごふご(何を言っているんですか?) ふごごごごっごご(シーツでぐるぐる巻きで、よく聞こえないのですが)」


「ヴァルジャンが何を言っているのか、私には分かるわ。『良く聞こえない』って言っているのよね。こんなぐるぐる巻きにされたら、それ以外の言葉が出て来ようも無い。……聞こえていないでしょうから言うけれど、私は、あなたの事が好きなの。好きな男に、見られたくない所も、あるのよ」


「ふごんご、ごんごっご(ですから、なんと言っているんですか?)」

「きちんと後で外せるように、ちょうちょ結びにして、と……。お互いさまよ。ヴァルジャンの時は、私もシーツぐるぐる巻きにするから……」


 お嬢様はそう言うが、ヴァルジャンは執事になるあたり、どのような時にも業務を遂行出来るようにと、体の調子を操る訓練を積んでいた。

 つまり、この問題で困っているのは、お嬢様だけである。


 その事にお嬢様が気づくのは、もう少し経ってからだ。そして、「不公平よ」と怒り出すのであった。


 二人は、今まで、このような理由で喧嘩などした事が無い。二人仲良く牢屋に入れられる等と言う事態には、陥った事などないし、類似の出来事に遭遇した事もないからだ。


 だが、こうした状況下の喧嘩であっても、傍からはどこか楽し気に見えるお嬢様とヴァルジャンであった。


※※※※


「ねぇ、ヴァルジャン」

「どうなさいましたか、お嬢様」

「……私たちが初めて会った時の事、覚えているかしら?」

「突然、なぜそのような事を?」

「だって、思い出話以外に楽しそうな話も無さそうですもの」


 牢屋の中で出来る話など、少ない。現在進行形の話となると、裁判についてぐらいなものである。だが、それはあまり明るい話題ではない。気が滅入るだけだ。


 となると、過去の思い出話に行きつくのも、それはそれで自然な事であろうか。ヴァルジャンは、顎に手を当てる。思い出しているのは、初めてお嬢様と会った時の事だ。


「そうですねぇ……」

「覚えているのか、いないのか、ハッキリして」

「覚えていますとも。キッカケは、前の主が亡くなった事でした」


 ヴァルジャンは元々、前国王の子息の執事になる予定であった。というか、短期間ではあるが実際にやっていた。

 前国王の子息である、グリアラス皇太子の執事として、召し抱えられたのだ。


 だが、辞めざるを得ない状況が起きた。原因は、グリアラス皇太子の病である。ヴァルジャンが執事になった時、既に重い病を抱えており、まもなくして亡くなってしまったのだ。


 前国王には、他にも子息がいる。そこに、ヴァルジャンをあてがう事も一度は考慮された。しかし、この話になった時、他の皇太子はまだ幼すぎた。

 一歳のアラザリス第二皇太子と、産まれたばかりのアルファリス第三皇太子。この二人には、乳母は必要であっても、まだ執事は必要ではなかった。物心すらついていないのだから。


 いずれは、どちらかの執事とはなるであろうが、今はまだその時ではない。


 ヴァルジャンは一時待機、という方向に話は進んでいた。が、そこで割って入って来たのが、ティアハーン公爵である。

 第二第三皇太子が育つまで手持無沙汰にさせておくには、ヴァルジャンは勿体ない人材として、ぜひうちの子の執事にと熱烈な誘いを仕掛けて来たのだ。


 時が経てば、皇太子には他に相応しき優秀な執事も出て来る事でしょう、と捲し立てたのである。


 最終的に、「まぁ良いだろう」との判断をアルドーが下し、ヴァルジャンはティアハーン公爵の娘の執事をやる事になった。この時ヴァルジャン16歳、お嬢様は8歳という年齢であった。今より8年ほど前の事だ。


「とんでもない子だと、そう思いましたね」


 お嬢様は聞かん坊であった、とヴァルジャンは苦笑する。それから、どのような言い方をしても右から左に聞き流し、約束をしてもすぐに破られた事を口にした。


 困り果てたヴァルジャンを見て、ニヤッと笑うような、そういう女の子だった、と。


「……そんなに酷かったかしら?」

「それは、もう。私は本当に本当に大変だったのですからね」


 ティアハーン公爵からは、「まったく言う事を聞かん娘なのだ」と事前に伝えられてはいたので、ある程度覚悟はしていた。


 だが、その予想を軽く飛び越えて行く、悪童がお嬢様だったのだ。


 書斎で、お嬢様の予定を組む事に集中しているヴァルジャンの襟首に、ムカデをいきなり入れて来た事があった。二階から、庭園を歩いているヴァルジャンの頭めがけて水瓶を放り投げて来た事があった。

 酷いものだと、侍女の下着を、無理やりヴァルジャンのポケットに突っ込み「侍女の下着をヴァルジャンが盗んだ!」と騒いだ事もあったのだ。


 ティアハーン公爵の他の子女は、それはもう、淑女然とした大人しく賢い子であったのに、お嬢様だけはまるで違っていた。

 屋敷の中で他の子女を見る度に、なぜ、このような違いが産まれたのだろうかと、そう思った事は一度や二度ではない。


 けれども、それでも、ヴァルジャンがお嬢様を見捨て、「自分には無理である」と辞職を願い出る事はしなかった。

 それには理由がある。

 仕事であるから、という事以上に、お嬢様が悪童であるその一方で、妙な正義感にも溢れた女の子であったからだ。


 街中でイジメられている男の子を見れば、ヴァルジャンにでも「どうにかして」と言えば良いのに、そのような事は言わず、自らが飛び出してイジメッ子を殴りに行った。

 悪い事をした大人を見れば、「あれは駄目な大人よ」と憤慨する事もあった。


 だから、ヴァルジャンは、この子はきっと本当は優しい子なのだ思った。だから、愛想を尽かしたりはしなかった。


 むしろ、執事としての矜持に火が点いた。周りの大人は、この子を悪童だと罵る。それを一身に受けて育てば、恐らくはこの子の持つ”正しい心”の部分が、汚されてしまう。ヴァルジャンはそう考えたのだ。


 ゆえに、この”正しい心”を育み、そして、守る事ことこそが己が使命である、との結論に至った。


 ヴァルジャンは、お嬢様が何か間違えてしまった時は、なぜそれが間違いなのかを、きちんと理解されるまで真剣に語り続けた。

 ヴァルジャンは、お嬢様が正しい事をした時は、必ず笑顔でそれを褒めた。そして、その心がいかに美しきか事かと伝えた。


「私は、ヴァルジャンが来てから、毎日が結構楽しかったけれど……ね?」


「確かに、お嬢様は楽しそうでした。……例えば、貴族の息女交流会の時、他の息女さまのケーキより自分のが小さいと喚いて、私に別のケーキを買わせに行かせた時とか。実際は、ほんの僅かにですが、お嬢様のが一番大きかったのですよね。私が帰って来た時に、他のケーキと、自分のケーキを測っていましたよね? お嬢様、本当は自分のが一番大きいと、その時理解したハズです。そのうえで、私の顔面にそのケーキをぶつけ、笑っておられました」


「そうね。そんな事もあったわ。あの時、私はごめんなさいを言いたくなくて、あなたの顔面にケーキぶつけたのよ。投げてしまった後に「あっ……」とは思ったわ。日頃、悪戯も多くしていたから、そろそろヴァルジャンも激怒するのかな、って。でもそうしたら、ヴァルジャン、あなた『なぜ……』とか真顔で言いながら眼鏡拭き出だして、『お嬢様、私が何かなさいましたか』なんて、いつも通りの調子なんですもの。それでなんだか、笑ってしまったのよ。あぁ、ヴァルジャンはそういう人なんだって」


「今から謝っても良いのですよ?」

「嫌ね。と言うか、今のエピソードは、私があなたに安心を覚えたという心の変化が主軸でしてよ」


 ヴァルジャンは眉を八の字にした。お嬢様は、成長するに従って、徐々に悪童の気を制御出来るようになっていった。悪い事をすれば、きちんと謝れるように育っていたのだ。

 だが、なぜかヴァルジャンに対してだけは、いつもこうだ。


「安心して頂いたのは嬉しいのですが、それ以前にどうして、お嬢様は私に謝るのを嫌がるのですか?」

「主導権は私が握るわ」


 一体何の……。ヴァルジャンは、お嬢様の言う所の、主導権とは何かについてを考え始めた。しかし、特に答えは出なかった。

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