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番外編;英雄達

ボツネタ供養

 ワイルディ達が久しぶりに教会で勉強をする事になり、ヤクル達もなんとなく教会に集まり食事をしていた。

 元の姿に戻っても変わらず大きな肉はヤクルの皿へ入れるニールと、肉をニールに返しつつブロッコリーをエスカの皿に移すヤクルに、ブロッコリーと肉をヤクルとニールの口に詰め込むエスカの姿に、メリッサは思わずスープを口に運ぶ手が止まる。

 

「そのお姿、子ども達には絶対に見せないでくださいね。せめて子ども達の前では、理想の英雄様でいてくださいね?」

「時には現実を教えてるのも大人の仕事だと思う」

「それは他の大人がやりますので」

 

 真面目な顔でヤクルが反論すると、メリッサは有無を言わせぬ雰囲気でぴしゃりとたしなめる。

 門下生の他にも、勇者一行見たさで村に訪れる人が急増した中、もちろん子ども連れの人も多くいる。

 むしろ、子ども為に来たと言う人も多く、村には子どもが多く溢れている。

 三人が普段通りに振る舞えるのは、今は自室か教会と神殿の一部となっていた。

 

「結局、王都に居た時とあまり変わらない生活よね。私はこっちのが気楽だから良いけど」

 

 人目が多かった教会にいたエスカからしたら、レイとメリッサしかいないこの村の教会は、むしろ居心地が良い方だ。

 それは他の二人も一緒なのだが、だからと言って気が休まるものでもない。

 

「このあと子どもとふれあい体験かぁ。リリック神官がありがたいお話しまくったあとだから、結構辛いんだよなぁ」

「良いじゃないですか。子ども、可愛いですし」

 

 結局ニールの肉を食べ始めたヤクルだったが、どこか楽しそうなメリッサの声に顔をあげる。

 同じくニールとエスカも顔をあげると、急に見つめられたメリッサはわたわたと焦りだす。

 

「メリッサって、絵に描いたようなシスターだよなぁ。そんなに子ども好きなら、早くヤクルと子ども作りゃ良いのに。ワイルディに兄弟かぁ……あ、でもレイ司教のが似合うな。いや、二人が結婚するとなると、この村の聖職者はリリック神官だけになるのか……? ヤベェなそれ、やっぱヤクルだわ」

 

 ヤクルのブロッコリーを食べながら独り言のようにニールが呟くと、メリッサは信じられないほど顔を真っ赤に染め机に突っ伏してしまった。

 不躾な事を言ったニールの頭を叩いたエスカは席を移動すると、そっとメリッサの背中をさする。

 

「甲斐性無し野郎は願い下げだって」

「いえ、あの、エスカ様そうではなくて、あの、いえその……」


 少しズレたエスカの発言に、メリッサは相変わらず突っ伏してしたままモゴモゴと良いよどむ。

 

「もしかしてニールが良かったとか? まぁ、味噌っかすだけど、賢者だからいろいろ使い勝手良いわよね。二人の子どもなら間違いなく回復魔法使えるだろうし、意外に相性良いかも」

「でもなぁ、こいつ体力も味噌っかすだぞ? 子作りの最中にバテんじゃね? 魔法で強化しながらの子作りとか……。魔力は普通で味噌っかすだけ遺伝したら目もあてられない」

「さすがにそこまで味噌っかすじゃねぇわ、なめてんのか。んな事言ったら体力化け物のヤクルの相手したら、メリッサの方がバテるだろ。加減とかわかんねぇだろうしそれこそ悲惨だって。メリッサに育てられて味噌っかすにはならないと思う、うん。魔力なんか無くても良いじゃねぇか。ない方が体に良いし、余計な争いも差別も無くなるしな。子どもの代は魔法のない世界を望むわ」

 

 そういった話題に疎く、恥ずかしさで小さくなるメリッサを無視し、エスカまでもああでもないこうでもないとメリッサの相手に相応しいのは誰かと議論する。

 

「と言うか、あんた達二人は私と違って実力だけは本当に英雄様なんだから、ちゃんと子孫残さなきゃダメなんじゃない? まーた王家やら神殿やらが変に動く前に、ちゃんとした人見つけときなさいよ。ほらぁ、やっぱメリッサさんよ」

「神殿は大丈夫だろ。神殿は結婚して子ども出来ましたーってなった時のがヤバイわ。やっぱヤクルだな。メリッサといれば呑みすぎる事もないだろうし」

「子孫、子孫なぁ……。勇者なんて面倒ごとに巻き込まれるだけの厄介な肩書きだから、子どもが可哀想。ただの人として生きれれば良いけど……でも王家が絡んでくるのも面倒だなぁ。なぁメリッサさん、勇者の子どもと賢者の子どもだったらどっちが欲しい?」

「うちのメリッサを困らせないでください?」

 

 盛り上がっていた三人の頭を、レイ司教が順番に撫で回す。

 唖然とするメリッサの隣で、三人はいたずらが見つかった子どものようにイヒヒと笑って見せる。

 

「やべ、見付かった。えーと、司教様光あれー」

「はいはい賢者様、光あれ。食べ終えたのでしたら片付けましょうね。もう子ども達が待ってますよ」

 

 子どもを相手にするかのようにニールの背を叩き、ヤクルに食器を手渡したレイは、急かすように数回手を叩く。

 子どものようにゲラゲラと笑いながら立ち上がった三人は、慌ただしく食器を片付けると手を振り元気に走っていってしまった。

 文字通り嵐のような三人が去り、食堂は物悲しくなるほど静まり返ってしまった。

 しかし、静まり返った食堂に、圧し殺したような小さな笑い声がくつくつと響く。

 メリッサが顔を上げると、レイ司教が慌てて顔を反らし、咳払いをする。

 

「いえ、すみません。メリッサがどちらかと連れ添う事になったら、リリック神官が聖典になんと書くのか想像してしまいまして」

 

 ヤクル達を信仰するリリックに知れたら、メリッサも聖母やらなんやらとして聖典に書き加えられてしまうだろう。

 いや、もしかしたら勇者達を惑わす悪女として書かれるやも知れない。

 メリッサはその事を想像し、呆れたように笑いレイを見上げた。

 

「私はまだシスターでいたいと思います。大人の姿に戻り、勇者様賢者様と分かっていても、その、どうしてもまだコリウスとグラスに見えてしまって……ふふ。手のかかる子は、あの三人で十分手一杯です」

「そうですね。あれが演技では無かった事にびっくりですよね。あの調子で魔王を倒したんでしょうか……ははっ」

 

 五年経っても変わらぬ三人に、二人揃って笑いを圧し殺す。

 ただの人として生きたい。子どもの代は魔法のない世界を望む。

 勇者と賢者の本音を垣間見たメリッサは、出来る限り三人が普段通りの姿でいれるこの場所を守ろうと心に決めた。

 

 


*



「人間同士の戦争なんか知るかぁ! なぁにが『英雄様がいる我が国に勝る国はなし』だ! ああもう我慢ならん。何十年も都合の良い時だけ英雄様英雄様って、もっと早くやってりゃ良かった。望み通り世界丸ごとぶち壊してやる!」

 

 晩年、大賢者となったニールは再びぶちギレ、一切の魔法を封印する法陣を世界中に展開する。

 ニールは死して魔法が解けぬよう全てを使い自らを封印し、見つからぬよう体を隠した。

 ヤクルとエスカにニールの捜索と説得、出来なければ討伐しろとの御触れが出たが、ニールの意思に沿うと国を捨て、ニールと運命を共にする。

 三人に実子は居らず、ワイルディ達養い子にも自分達の居場所を教えなかった。

 リリックは聖典を書き直した。

 誇張せず、あるがままの三人の功績や人としての葛藤を書き記した。

 魔法と三人の英雄を失った世界は混乱し、新たな道に進む。

 唯一居場所を知るメリッサとその子ども孫達は、三人が目覚めるその時まで、変わり行く世界で唯一変わらぬ場所を守り続けた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ああもう我慢ならん。望み通り世界丸ごとぶち壊してやる」

 

 大賢者と呼ばれ偉大な功績を残し、人々の心の拠り所の一柱だった男は、最後にそう言い残すと、世界を根底から変えてしまった。

 大賢者の体から吹き出した魔力は強力な法陣へ姿を変え、空と大地、海や木や人々の中に浸透し、世界中の魔力を吸い取り、この世から魔法そのものを消し去ってしまった。

 かつて共に魔王を倒し、英雄へとなった勇者と聖女が大賢者の元へ駆けつけた時には、大賢者の体は人の身にあまりすぎる強大な魔法に朽ちようとしていた。

 大賢者の意思を汲んだ勇者と聖女は、二度と世界に魔法が復活しないよう、大賢者の最後の魔法が解かれないよう共に永劫封印される道を選んだ。

 封印場所は誰も知らない。

 一説によれば、異界や地の底、空の果てなどと言われているが、彼らの愛した場所と言う説がもっとも有力視されている。

 しかし、その時はじめて、誰も彼らの心を知らなかったのだと気付いた。

 彼らの愛した場所どころか、愛した人愛した物のひとつさえ、誰も何も知らなかったのだ。

 英雄達は誰にも本心を見せず、最後の瞬間まで英雄としてあり続けた。

 魔法を失った世界は一度滅びかける。

 それまで魔法に頼っていた物が、一切使えなくなり、新たな進化を余儀なくされた。

 魔法はもう、おとぎ話の中のもの。

 どこかに魔力が吸い取られて行く感覚だけが、確かにそこに魔法はあったのだと言う証だった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ……と言うのが、リリック神官により書かれた聖典の最後の一説だ。

 そのはずだった。


『さーすがにもう法陣の描き方なんか知ってるやついねぇだろ。そろそろ出るかなー。体もくっついたし』


 とある集落のとある教会の廊下にある、とある古ぼけた姿見。

 鏡の縁を丁寧に水拭きするシスターをからかうように、鏡の中でシスターの動きを真似する金髪の男が居た。

 

「くっついた……くっつきましたが、記録より凄く若返りましたね。封印されたのは大賢者となった頃だったはずでは」

『気にすんな。若返ったのは俺だけじゃねぇし、知ってるのはメリッサの血筋だけだから良いんだよ』

 

 呆れるシスターをさらりかわした男は、ゲラゲラと笑いながらふわりと鏡から出てくる。

 しかし、男の体は半透明。更にごろりと寝そべりながら、シスターの頭の上をふわふわと揺蕩っている。

 どうやら本体では無いらしい男を見上げたシスターは、何事も無かったかのように水拭きを再開させる。

 

『あ、こら味噌っかす。外に出るなら掃除の一つでも手伝いなさいよ』

『て言うか、なにてめぇ一人外出てんだよ。誰の為の封印だと思ってんだ』

 

 不満げな声が聞こえたと思った矢先、今度は赤髪の男と茶髪の女が鏡から飛び出し、金髪の男の頭をはたく。

 

「甲斐性無し勇者のヤクル様に味噌っかす賢者のニール様、棚ぼた聖女のエスカ様。世界はもうあなた達を必要としていません。さっさと鏡に戻って未来永劫出て来ないで下さいませ」

 

 にっこりと微笑み鏡を指差すシスターに、頭上で取っ組み合いをしていた三人は腹を抱えて笑う。

 

『お前本当にメリッサの子孫か? 顔はそっくりなのに性格全然似てねぇよな』

『何だかんだ英雄様扱いに慣れてたから、ほんっと新鮮だな』

『この時代の人からしたら、私たちおとぎ話の中の幽霊ってところだもんね』

「ええ、世界を救い世界を崩壊に導いた大英雄にして封印されし悪神です。聖典、お貸ししましょうか? 鏡に帰るおつもりが無いのでしたら、大聖堂のお掃除お願い致しますね、悪神様方」

 

 頭上の三人にハタキで蹴散らすと、シスターは水バケツを持ち上げ歩き出す。

 

「世界中の魔力を吸い付くした悪神様なら、本当に世界を壊せそうですね」

『そうして欲しいならしてやる。必要になったら呼べ』

 

 迷い無く答えた金髪の男、ニールに、シスターは微笑んだ。

 

「世界はもう、あなた達を必要としていません」

シリアスに完全に完結したようなしめ方ですが、そうでもなかったり。

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