22:ただいま大人の俺
「ニール!」
ヤクルの声に、ニールは軽く舌打ちをする。
「エスカ、シーツ寄越せ! お前も真っ裸になりたくなきゃシーツ巻け!」
神殿の陰に隠れるニールは、教会の入り口から顔を出すエスカに叫ぶ。
意味が分からないと蹲るワイルディは、片手で頭を抱えたまま跳び出して行きそうなヤクルの背中を掴んだまま離さない。
教会の中に飛び込んでいったエスカは神殿側の窓の一つを開け放つと、なけなしのシーツを二枚、ヤクルとニールに放り投げる。
頭からばさりとシーツを被り、体に巻き付けたヤクルは、神殿の壁に突き刺さった剣の元まで走って行くと、合図する様にニールの方を振り返った。
同じくシーツを体に巻き付け、両脇にバジルとチコリを抱えたニールは、にやりの不適に笑うと、法陣への魔力供給を断った。
「いいっ! いってぇ!」
何の前触れも無く、突然元の体に戻った矢先、神殿脇でヤクルが蹲り叫び声を上げる。
バジルとチコリを抱え教会の入り口まで駆け出したニールは、ヤクルの声にはっと踵を返した。
「ぱんつ、子ども用ぱんつが……!」
「ビックリさせんなクソヤクル! ご立派様自慢かこの野郎がぁ! 勇者様のご立派様はさぞご立派なんだろうなぁ!」
下着を破りとりながら未だ悶絶するヤクルを罵倒すると、ニールは教会の扉を蹴破り体を滑り込ませた。
教会の入り口では、同じくシーツに身を包んだエスカが、狼狽えるメリッサにクローバーを押し付けていた。
「調子は? 最高だろ最高だな最高だよな。よし、手始めに村中の家に結界張れー」
どかどかと二人の元まで駆け寄るや、バジルとチコリを押し付け、ニールは軽く肩を回し、エスカに指示を飛ばす。
「魔物の数は? 村中の家となると、私一人じゃ強力な結界は張れないわよ?」
手を組み祈りの体勢に入ったエスカがふと思い出したように仰ぎ見ると、ニールはうーんと唸りながら子ども服からノートを引っ張り出し、パラパラとページをめくっていく。
「俺の爆裂魔法に耐えれる程度のヤツ」
「あなたの職業、二つ名は何かしら?」
「味噌っかす」
「正解」
緊張感の欠片もない会話を繰り広げ、お互いの肩を叩きながら、二人は教会の扉を開け放つ。
外では既に、神殿の壁から剣を引き抜いたヤクルが、ワイルディを小脇に抱えたまま襲い来る魔族を片っ端から斬り伏せている。
何故、戦いはじめる前にワイルディを教会に放り込まなかったのかとエスカは絶句したが、よくよく見て見れば、ワイルディがヤクルの背中を掴んだままだ。
恐怖でしがみついているようにも見えるが、それにしてはヤクルの抱え方がおかしい。
怖くとも、突如友達が大人の姿になっても、ワイルディは手を放さなかった。
集落中の家が光り輝く。無事結界が張られた証拠だ。
ニールは教会の壁をさすり結界を確かめながら、蛇のように舌舐めずりをする。
「まぁ、六割くらいか」
「賢者様の魔法を六割防げる私、凄い。褒めなさいよ」
手を組み祈りを捧げながら、エスカはじとりとニールを睨み付ける。
「ローズマリー、なのよね……?」
廊下にへたり込みクローバー達にしがみつきながら、メリッサが恐る恐る二人に問う。
明らかに説明が面倒だと目を細めるニールの背中を押し、エスカは困ったように笑って誤魔化した。
逃げるようにニールが教会からふらりと飛び出すと、バジルとチコリが慌てて駆け寄り、シーツの端を掴む。
シーツの端を引っ張られ首が絞まり、ぐんっと後ろに傾きながら、ニールはニヤニヤと不気味に笑みを浮かべる。
そして何を思ったか、二人を抱え上げると、空を指差し高らかと声を上げた。
「賢者ニール様の最新魔法! 『空飛ぶ豚小屋・改』!」
宣言した瞬間、ニールの持つノートがひとりでにペラペラとめくれ、書かれていた全ての法陣が片っ端から飛び出し空に広がって行く。
ぱたんと音をたてノートが閉じた頃には、空を覆い尽くす程の法陣が赤々と光り輝いていた。
法陣の光りが一カ所に集まり一際輝くや、豚小屋をひく二頭の炎で出来た馬が姿を現し、空を駆け巡る。
人も魔物も動きを止め空を見上げる。
ゆっくりと開いた豚小屋の入り口から、ごろりごろり丸々と太った子豚が転がり落ちて来た。
「どーだバジルチコリ! あれが子豚――」
「戦場に子豚ばらまいてどうすんだよ味噌っかすー!!」
ワイルディを抱えもの凄い勢いで教会に滑り込んで来たヤクルは、ニールの頭をはたき落とすと、胸倉を掴みガクガクと揺さぶる。
危うく振り落とされそうになったワイルディをどうにかメリッサが受け止めたのを横目で確認し、ニールはバジルとチコリの頭を撫で回す。
「――型爆弾!」
子豚型、爆弾? と、小さく復唱するヤクルの後ろで、地面に落下した子豚が破裂し爆音を上げる。
結界がある為熱も衝撃もないが、その爆音と赤々と燃え上がる光景に、子ども達は飛びはね夢中になる。
「いっけーぶたさん!」
「僕たちの最強まほー!」
ニールの足にしがみついたまま、バジルとチコリは飛びはね歓喜の声を上げる。
遠くで、窓の向こうで飛び跳ねるローリエの姿がちらりと見え、エスカは場違いと思いつつ小さく手を振る。
すると、隣で突然ニールが顔面から地面に倒れ込んでしまった。
駆け寄りメリッサがニールを抱き起こすと、ニールは俯いたまま不気味な笑い声をもらす。
「魔力、限界、寸前」
「えっ!?」
「賢者が全魔力をつぎ込む豚小屋……」
ニールを抱えたまま驚くメリッサの後ろで、二人を覗き込みながらエスカが呆れ果てる。
「あ、そうだ。おいヤクルにワイルディ、構えろ」
教会の入り口に群がってきた魔物を切り伏せていたヤクルは、ニールのか細い声にちらちらと振り返る。
そんな余裕はないと言わんばかりに睨むも、ニールはメリッサにもたれ座ったまま顎をしゃくる。
構えろとは剣を構えろと言う事だろうか。
魔物を切り伏せながら考えていると、ワイルディを抱えたエスカがヤクルの背中に体当たりをしてきた。
「お前、ニールの味方かよ……」
「ひっぱたく」
絶句するヤクルの足元にワイルディを降ろしたエスカは、本当にヤクルの頬をひっぱたくと、そのまま教会へと猛ダッシュして帰って行く。
ここまできたらしょうがないと、ヤクルはワイルディを抱え込むと、その手に剣を握らせ、その上から自身の手を添える。
魔物の血に塗れた剣に身を固くするワイルディだが、強く手を握ってやると、ぎゅっと口を引き締め背筋をただした。
ちらりと振り返ったヤクルに、ニールはバジルとチコリを呼びつける。
二人を自分の前に立たせると、ニールは座ったまま二人の頭に手を乗せる。
「お前ら叫べー! 剣と魔法の合体技!」
ニールの声にバジルとチコリは顔を見合わせると、両手を前につきだし叫ぶ。
それとほぼ同時に、ワイルディとヤクルも迫り来る魔物に剣を振り下ろしながら声を上げる。
「ファイアーブレード!」
頭に添えた手からニールが魔力を送り込むと、バジルとチコリの手から炎が巻き起こり、真っ直ぐにヤクルとワイルディの剣を包み込む。
燃えさかる剣に斬られた魔物は、断末魔を上げる暇も無く跡形も無く燃え尽きてしまった。
斬った感覚や匂い、剣の重みに炎の熱さ。
本来、子どもには到底見せれない事だろうが、ワイルディは徐々に目を輝かせ大きく口を開けた。
「俺達の必殺技だー!」
叫び走り出すワイルディに、ヤクルも剣に手を添えながら走り出す。
「ファイアーブレード! ファイアーブレード!」
何度も叫び敵を切り裂き、ヤクルが地面に剣を突き立てると、大きく放射線に広がった地割れに沿い、炎が広がり魔物を焼いていく。
「あ、メリッサ」
飛び跳ねるバジルとチコリの頭に手を添えていたニールが、思い出したように背もたれにしていたメリッサを仰ぎ見る。
「俺、倒れる。よろしく」
「えっ? えー!?」
必要最低限の単語だけを口にすると、ニールはそのままメリッサに倒れ込み意識を失ってしまった。
咄嗟に支えたメリッサだったが、細腕で受け止めるのは難しく、ニールの下敷きになってしまった。
「あーあ。魔力切れ」
呆れた声を上げながらメリッサの上からニールを引き摺り降ろすと、エスカはクローバーに手招きする。
びくりと跳ね上がったものの、無意識にクローバーはエスカの元へと駆け寄って来た。
「これ、クローバーと作った特別な薬」
「最強かいふくやく?」
エスカは自身の来ていた子ども服のポケットから小瓶を取り出すと、クローバーの手の中にぽとりと落とす。
大層な名前をつけているが、単なる腹痛とすり傷の薬草をすり混ぜた物。
しかし小瓶の蓋を開けエスカがひと撫ですると、苦々しかった緑色のどろりとした液体が一瞬光りを放った。
「これをニール……えっとグラス、いやこの倒れてる金髪の口に押し込んじゃって」
ニールと言ってもグラスと言っても通じないだろうと、早々に説明を諦めたエスカは、ニールの顎を掴み強制的に口を開けさせる。
「ぜんぶ?」
「そう、全部」
不安そうに顔を上げたクローバーの背を押すように微笑みかけると、クローバーは子どもならではの思い切りの良さで小瓶の中身をニールの口にぶちまける。
その直後溢れないようにエスカがニールの口を塞ぐと、直ぐさまニールは目を開け飛び起きた。
「にっっっっっがぁ!!」
飛び起きたと思ったら今度は床を転げ回り、俯せで教会の扉から頭だけを出し、再び動かなくなってしまった。
不安そうにメリッサにしがみつくクローバーをよそに、バジルとチコリはニールの背中をつつきはじめる。
「さいっこうの薬だったぜ……」
ゆらりと起き上がったニールは、バジルとチコリにしがみつき体を支えながら、無理矢理口角を上げクローバーに笑ってみせる。
それだけでクローバーはメリッサを押し倒す勢いで飛び跳ね喜び、しゃがんでいたエスカの背中にも飛び付く。
「草臭ーい」
ニールの口からボタボタと滴る薬にバジルとチコリが素直な感想を言うと、ニールはそっと二人の口を塞ぐ。
そうこうしていると一際大きな音の後、急に外が静かになった。
見れば、ヤクルとワイルディが、最後の魔物を倒し喜び抱き合っている所だった。




