21:魔物
戦場のような忙しさが落ち着いたのは、もうすっかり昼も過ぎた頃。
治療が終わっても予断を許さない重傷者には、メリッサや神殿関係者が付きっ切りで様子を見ている。
まだまだ終わらない洗い物に苦戦していたヤクル達だが、手が空いたエスカやワイルディ達も加わり、どうにか全ての作業を終えた。
取り急ぎ教会と神殿に縄を渡し、即席の物干しを作り片っ端から干していった結果、空を覆い尽くさんばかりの壮観なものとなった。
「神父様と神官様は?」
一緒に治療に当たっていた二人の姿が何処にも見えず、ワイルディがきょろきょろと辺りを見渡す。
作業を終え家路につく人波の中に、ゼラニウムとローリエの姿が見えた。
「お二人は何があったかお話を聞きに行ってるわ」
どっかりと地面に座り込み神殿の壁にもたれかかっているエスカが、神殿を指差す。
神殿には軽傷者達が運ばれ、休んでいる。
その軽傷者達に押し出されるように、バジルとチコリは外に連れ出され、エスカの横に腰を降ろしていた。
「猟をしてたにしては、人数が多いよな」
「服装もおかしいよね」
「血がいっぱいだったね」
ヤクルが疑問を呟けばエスカが続き、更にワイルディが続く。
猟では無いのではという言葉が、全員の頭を過ぎる。
猟で無いなら、大勢でいったい何をしていたのか。
疑問が次々に頭に浮かぶも、それを誰も口にしなくなった。
しばらくすると、レイとリリックが姿を表した。
二人とも着替えておらず、未だ服にはべったりと血がついたままだ。
嫌そうに身を寄せ合うバジルとチコリの隣で、エスカが不満そうに頬を膨らませると、レイの服を思い切りひっぱりはじめた。
「洗わないと駄目! 血は汚いの! 今すぐ脱いで!」
エスカにならうようにワイルディがリリックの服を引き始めると、二人は大慌てで羽織っていたローブを脱ぎ去った。
肩を上げエスカが教会の裏へと歩き出すと、レイとリリックは苦笑いを浮かべた。
しかしすぐに二人は顔を引き締めると、ヤクル達の前に屈み込んだ。
「しばらく外で遊ぶのは禁止になりそうです」
「なんで!?」
口を開いたレイに、ワイルディが食ってかかる。
「あの方々は、賞金目当てに国境を越えたそうです」
レイに代わり話の接ぎ穂を引き取ったリリックが端的に説明するも、全員何を言われたのか分からずぼんやりとリリックを見上げた。
レイとリリックを交互に見るも、二人とも顔を引き締めたまま。
「国境。魔族との国境」
ニールがぽつりと溢すと、レイとリリックは重々しく頷いた。
「魔族退治で日銭を稼いでいた者は、平和になった世界で身の置き場に困っていましたからね」
「そんな中、降って湧いた賞金の話です。我先にと国境を越えるのは目に見えていましたが……」
レイはそこで口ごもると、小さく『ですが、こんなに早いとは』と独り言ちた。
この話に一番衝撃を受けたのはヤクルだった。
自分を探しに来た人達が怪我をした。
それが例え賞金目当てであり、純粋に自分を探すためで無いと分かっていても、ヤクルは自責の念で押し潰されそうだった。
そんなヤクルの頭に手を置くと、レイはほんのりと笑みを浮かべた。
「あの方々はなぜ、勇者様すら遅れをとった魔族に自分が勝てると思ったのでしょうね」
「賞金をかけるにしても、もう少し上手いやり方があったでしょうに」
「勇者様が攫われた所を姫様が偶然目撃してしまったのです。姫様がご無事で何よりでしたが、それとは別に早急に対策を取りたかっただけでしょう」
レイとリリックは半ば呆れるようにそうもらすと、『今の言葉は内緒ですよ』と、顔の前で人差し指を立てる。
国境沿いで生きて来た人達の強さは凄まじいと、ヤクルは開いた口が塞がらない。
そんなヤクルの頭を無造作に撫で回したレイとリリックは腕まくりをすると、ヤクル達を残し教会へと姿を消していった。
ヤクルは、噂の根源の顔を思い出し、苦々しく顔を歪めた。
はっきり言って出て来れば良かったと、思い切り俯いてしまった。
「魔物だぁあ!」
集落の中に叫び声が響く。
一斉に立ち上がり神殿の陰から声のした方を見れば、黒い塊となった魔物の大群が崖を滑り降り集落へと迫っていた。
叫んだ男は直ぐさま近くの家に飛び込み、外にいた他の人達も口々に叫び避難していく。
魔物と言っていたように、迫り来る黒い塊は獣の形をした物や異形ばかり。
人型の魔族が見当たらない限り、国境を越えたあの集団が蜂の巣を突いてしまったのだろう。
もう間に合わないと、咄嗟にバジルとチコリとワイルディの三人を神殿の陰に押し飛ばしたは良いが、あまり意味は無いだろう。
既に集落の端からは悲鳴が上がり、家を壊さんと走り回る魔物の唸り声で溢れかえる。
もうすぐ、ここにも魔物達が押し寄せてくる。




