20:まだまだ足りない
「ちょっと! ここ入り口! すっごい邪魔!」
立ちつくす二人の背中に、ありったけのシーツを抱えたエスカが体当たりをする。
はじき飛ばされたニールの背中を鷲掴みにし、どうにか踏ん張ったヤクルは、飛び出しそうな心臓を宥めるように胸をさする。
そっとニールから手を放すと、ニール本人も相当驚いたらしく、完全に頭を庇った受け身の体勢のままヤクルを見上げていた。
「手が空いてるなら家をまわって布を貰って来て!」
「お、おぉ……」
エスカの剣幕に、二人は完全にたじろぎそそくさと部屋を後にする。
エスカは自身の聖女という肩書きに首を傾げるが、周りから見ればまさにエスカは聖女だ。
ヤクル達と世界を回っているうちに身に付けた回復や結界で、戦場ではその力を遺憾なく発揮し行く先々で人々を救ってきた。
回復と結界を懇々と教え込んだニールでさえ、補助魔法はあいつのが向いていると、エスカが覚えて以降任せっきりにするほどだ。
こう言った場面では、ヤクル達はエスカに敵わないのだ。
半ば逃げるように教会を飛び出した二人は、片っ端から家の扉を叩き古布が無いか聞いてまわる。
どの家もめぼしい布を持って行ってしまった為、些細な端切れしか集まらないが、それだけでも十分有り難かった。
ヤクルがゼラニウムの家を訪ねると、家にはゼラニウムしか居なかった。
「何があったの?」
腰が抜けたように床を這いながら、ゼラニウムは怖々とヤクル越しに外を見渡す。
「山で怪我した人がいっぱい運ばれて来たんだ」
「山で? なんで、何しにこの辺に……。村じゃ無くて麓の街に行けば良いのに……」
言葉の端々に街を毛嫌いしているのが覗える。
心底嫌そうに家に身を隠すゼラニウムを見る限り、大人達も本当は関わりたくないと思っているのだろうなと、ヤクルはぼんやりと思う。
「何か布は余ってないか? ちっちゃな端切れでも良いんだ」
抱えた古布を見せながら、ヤクルはちらりと横目で外を確認する。
神殿関係者が何人か神殿に駆け込んで行き、その脇をニールが古布を抱え通り過ぎる。
まだまだ布も薬も水も何もかも足りなそうだ。
「俺の古着ならあるけど、それで良いのか?」
「最高だよ!」
申し訳なさそうに千切れたハンカチを差し出す家もあった中、子どもの古着は大変有り難い。
少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせばせたゼラニウムは、奥へと引っ込むと、すぐに古着を手に舞い戻ってきた。
ゼラニウムから受け取った古着は、まだまだ十分に使えるほど、しっかりと手入れがされ綺麗な物だった。
「ニー……グラスなら着れそうだな」
ぱんっと広げてヤクルが独り言ちると、ゼラニウムは口を押さえ笑いを堪える。
「何か、手伝えることある……?」
ゼラニウムの言葉に、ヤクルは目を丸くする。
勿論そんなヤクルの反応にゼラニウムが気付かないわけも無く、気まずそうにあちらこちらに視線を彷徨わせている。
「良いの?」
「だって、グラスもワイルディも手伝ってるんだろ?」
きっぱりと言うゼラニウムに、ヤクルはふふっと小さく笑う。
リーダーはワイルディだと本人も考えているが、やはり年長者としての自覚はあるらしい。
そう言えば、ワイルディが無茶をしないよう、時折助言をしたりついて歩いたりしていたのを、今更ながらに思い出した。
「最高だよゼラニウム! 水も薬も全然足りないんだ」
ヤクルが力一杯抱き締めると、ゼラニウムはくぐもった呻き声を上げる。
「じゃあ、水を運ぶよ……」
「最高だよゼラニウム!」
尚も強く抱き締めるヤクルに、ゼラニウムはたまらずヤクルの背中を叩いた。
ヤクルとニールがそれぞれ教会に戻ると、軽傷者の手当は粗方終わっていたようだ。
手当の終わった者は、順次教会の入り口付近の廊下に移動し、思い思いに休んでいる。
食堂の入り口には汚れた布が山と積まれ、道を塞ぎかけている。
山を崩さないよう程よく蹴りながら、二人は食堂へと体を滑り込ませた。
「ありがとう! 丁度無くなりそうだったの!」
二人の姿を見付けるや、すぐに飛び付いて来たエスカは、古布を抱え再び戻って行く。
ヤクルとニールはここに居ては邪魔だと、揃って入り口の汚れた布の山の解体作業に入る。
少しずつタライにいれ、教会の奥へと運ぶも、既にそこは布で溢れかえっていた。
唖然と布を見つめる二人の横に、更に布が追加されていく。
振り返ると、ワイルディとゼラニウムがせっせと水を運び込む姿が遠くに見えた。
「洗う?」
「やるか」
二人はお互い顔も見ずぽつりと呟くと、吸い込まれるように布に向かっていった。
タライに水を張り布を沈め、ひたすら手で擦る。
しばらくしどうにもらちがあかないと舌打ちをしたニールが、裸足になり布を踏み洗いし始めると、ヤクルもそれに続く。
いつの間にか駆け付けたローリエも加わり、三人でひたすら布を踏み続けた。




