第25話 防災予算、申請します④ 叔父様は笑顔が見たい
現地調査を始めた頃も、ハムさんは相変わらず魔術師たちと研究室に籠っていた。
一方、ネコ師匠と教授はその後も引き続き現地調査を行っていた。私は神殿で受ける講義もあるからと、対策本部へ戻ってから予算案に必要な内容を教えてくれることになった。
広子さんは以前からオランジェリー宮の侍従や侍女たちと仲良く家事をしていたが、最近はなんと、魔術院の魔術師たちに頼んでロボット掃除機や窓ガラス掃除機も作らせていた。今もオランジェリー宮の廊下や各部屋、あちらこちらの窓を勝手に動き回っている。
「すごいですね」
私は窓の掃除機を見上げながら、廊下で会った広子さんに言う。
「ふふ。魔術師さんたちすごいわよね。洗濯機も作ってもらったし、キッチンには食洗機も作ってもらったの」
「そんなものまで……」
すごいのは広子さんだ。
傍にいた侍女たちが苦笑いしながら言う。
「そうなんです。どんどん私たちのやることが無くなっているんです」
広子さんが侍女たちの方を向く。たれ耳が揺れ動く。
「暇なら私に言って! 魔力のある人はまず掃除機や洗濯機に魔力を補充して。あとはこれから備蓄品の準備に在庫確認、非常用持ち出し袋準備とか買い出しとか色々あるわよ!」
「じゃあまた。午後の現地調査で!」
侍女たちは広子さんに連れて行かれた。
◇◇◇
その日の午後、広子さんとワン公は王宮の厨房も見に行くことにした。私も一緒に着いていく。
目的は先日の被害調査もあるが、避難時の食料を作る場所や余力があるかの確認をするためだった。
「今回はそれほど被害は大きくなかったです」
料理長が言う。
「今後大きい地鳴りがあった場合、王都での炊き出しなどは対応できそうでしょうか」
ワン公が聞き、私は横でメモを取っている。
「うーん、王室の食糧備蓄もあるのである程度は対応できるかも知れませんが、急には難しいですね。どの位必要かにもよるし、人の確保ができるかも……」
聞き取りをしているワン公と私とは別に、広子さんは厨房の食糧庫をチェックしていた。
「これは何?」
広子さんが、棚の隅に置かれていた小瓶を取り出した。
中には黒っぽい液体が入っている。
「シフォン第二王女様が嫁ぎ先のソレイユからお土産で持っていらした調味料です」
料理長が答えた。
「ですが、使い道が分からず、棚に置いたままにしております」
広子さんは蓋を開け、香りを確かめた。
「……ん?」
今度は手の先にちょっと付けて、舐めてみる。
「これ……お醤油かも」
広子さんの目が輝く。
「オショーユ?」
「ちょっと! ワン公、来てちょうだい!」
駆けつけたワン公も、少し手の上に垂らして舐め、目を丸くした。
「……醤油みたいですね」
「そうよね!」
料理長が不思議そうに二人を見つめる。
「そんなに嬉しいものなのですか?」
「もちろんよ!」
「僕らの生まれ故郷の料理に必須の調味料です」
「でしたら差し上げます。その代わりに、そちらを使った料理をぜひ教えてください」
料理長がにこやかに奥から醤油の大瓶を取り出し、二人に差し出した。
思わぬ掘り出し物が見つかった。
帰りに広子さんは料理長に食洗機を贈る約束もして帰った。
◇◇◇
王とのお茶会から約一週間後。
少しふっくらした明るい感じの中年男性が対策本部の戸を開けて入ってきた。
「久しぶりだね、ほら、シャルのために刺繍糸、沢山用意したよ。他国へ行った時に見つけたボタンもある」
と、円卓の上に広げた。
「わあ、ありがとうございます」
少し引きつった笑顔で戸惑う私に、「おや?」という顔をする。
その時、
「どなたですか?」
ワン公が後ろから聞いた。
彼についてきていた従者が恭しく答える。
「財務卿のセドリック・マーコット侯爵様です。シャルロッテ様のお母様の兄君にあらせられます」
ワン公の白い顔が益々白くなるように見え、ハムさんたちも少し後ろへ下がった。
「……そんなに畏まらないでくれ。皆さん、大事な聖獣様たちなのだから。ざっくばらんに話したくて今日は来たのだ。シャルのように、セドリックおじさんとでも呼んでくれ」
セドリックは親しみを込めた笑顔でそう言った。
「そもそも今日は国王陛下に言われた予算の聞き取りの話もあるけど、皆さんにご相談もあって来たんだ。異世界からきたお知恵を貸していただきたい」
「異世界の、知恵?」
「ええ。街の補強計画をするにあたっては、兎に角お金がかかるでしょう。元々予算として考えていなかったところでいきなり魔王の封印が解けたと言われたところで、この国の財政を預かる身なので……国の新しい商売になるような案は無いかな?」
「それであれば……広子さんのあれは? 洗濯機とか、掃除機とか」
あさちゃんが言って、みかちゃんも加える。
「食洗機もね。国内貴族だけでなく海外にも売れそうだわ」
「ほう。そんなものが」
セドリックの目が光る。
「ご興味がおありなら、離宮でいつでもお見せしますよ」
広子さんが跳ねるように一歩出る。
「ぜひ見せていただきたい」
収入面も増やそうとするとは、さすが商売人だ。でも異世界の知識が役に立つのは私たちも嬉しい。
「では、本題の予算の話を」
セドリックが真面目な顔になり、円卓の一端に腰かける。
「はい。物の相場など金額は分かりませんでしたので、何がどの程度必要そうか、といった項目だけまとめました」
私は事前にまとめた内容を紙で彼に手渡すと、モニターを付けて説明を始めた。
「ほう、これは、シャルがまとめたのか?」
「はい。聖獣さまたちに聞いて、モニターに映すものは紙に書いたものを映せるように作ってもらいました」
モニターはハムさんと魔術師さんの協力を得たものだ。
「シャルが、こんなにきちんとしたものを作れるとは……」
セドリックは真剣に話を聞いてくれた。
「これは本当に必要か?」「こんな物も必要なんだな」などと意見も言いながら。
「うむ。大体分かった。金額面については、各項目の金額を具体的な金額に落とし込める者を一人置いていく」
セドリックは傍に立って話を聞いていた一人の役人を呼び寄せる。
「財務省の役人で、ポンカンだ。彼女をこの件で付けるから、何かあれば頼ってくれ」
ポンカンと呼ばれたオレンジ色の髪を後ろで一つにまとめた眼鏡の若い女性が、私に礼をした。
「予算は、五十億ダリン程であれば出せる」
と、凡その予算額も教えてくれた。
「セドリック様、そろそろ会議へ向かうお時間です」
従者が話しかけた。
「では、また改めて後日離宮へ広子夫人にお話を伺いに行く。シャルも、元気で」
セドリックはそう言って、笑顔で部屋を後にした。
◇◇◇
対策本部を出たあと、セドリックは閉めた扉を背に呟いた。
「シャルの笑顔が見たかったのだが……」
ふうっとため息をつく。
刺繍糸の染色の微妙な色合いも、ボタンのモチーフにシャルの好きな物を選んだ事も、以前のシャルなら間違いなく気づいて静かに目を輝かせた。
あの頃のシャルは、どこに消えたのだろうか。
「……他のものまで、見えてしまったようだ」
そう言って、寂しげに小さく微笑んだ。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ・マンダリン(シャル)/中身は天野小夏:マンダリン王国の十八歳の第三王女(母は側妃)で聖女。ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられるため震度計開発にも参加中。甘い物が好き。この世界でもふもふに目覚めた。最近は危険な婚約者に翻弄されていたが、一旦忘れて防災予算の申請に注力することにした。
セドリック・マーコット侯爵:マンダリン王国の財務卿でシャルロッテの叔父(亡くなった実母の兄)。幼い頃から親代わりの様にシャルロッテを可愛がっており、元シャルも懐いていた。商売や財政に明るく、今回の防災予算の相談役になるよう国王から頼まれてやってきた。
ポンカン:財務省の実務官。セドリックにより、防災予算の見積もりや金額整理を手伝うため対策本部へ派遣されることになった。
◆観光タクシーごと日本から召喚された七人のもふもふ聖獣◆
兎川源一郎教授&夫人/教授&広子さん:白い垂れ耳ウサギの地震の専門家とその妻。広子さんは食事などで皆を支え、防災は食糧備蓄などを担当予定。
柴谷勇/ワン公:大きなサモエド似の白い犬でパティシエ。美味しいお菓子で皆を癒してくれる。妙に地震について詳しい。防災は食糧備蓄などを担当予定。
三毛与志朗/ネコ師匠:白い虎猫で観光タクシーの運転手兼ガイド兼空手の師範。防災用具や避難訓練などを担当予定。
文月あさ/あさちゃん:大型の文鳥で建築士。みかちゃんとは友人同士。建物の耐震や避難所・仮設設営などを担当予定。
小鳥遊実花/みかちゃん:大型のインコで看護師。あさちゃんとは友人同士。救護対応などを担当予定。
羽村公平/ハムさん:大型ハムスターでITエンジニア。教授や魔術師たちと地鳴り観測装置を開発中。最近は魔術師たちと研究室に籠る日が多い。




