21 ヴィオレットを追う者
グレゴールの声を聞いて、ヴィオレットはハッとして窓の外を見る。
木、木、同じ種類の木ばかりで何も判断が出来ない。
敵にそう思わせるための景色だが、自身がそちらに立たされてしまった。
御者の絶え間ない会話に気を取られるという、以前までならば、人に関心を示すことが全くない頃ならば有り得なかったミスだった。
この場所の木々など自然の特徴について、文字の知識で知っていても現地に来るのは初めてだ。
無理に鍵を壊してドアを開けたとして、どうするべきだろうか。
思案していると、エドガーが弾丸のように天井を突き抜けて車内に入り、ヴィオレットを抱えて外に出た。
エドガーが踏みつける勢いで、天井がドムンと揺れる。
すり抜けられるのに、踏むと天井が揺れる。
ヴィオレットをその腕に抱えて飛ぶことも出来る。
幽霊とは不思議な存在だ。
ヴィオレットは初めて空を飛んだ。
足元にたくさんの緑が広がっている。
均一感のない木々の高さやそれによる陰影、緑の濃淡。
ぽつりぽつりと見える、拓かれた明るい草色の土地と小さな家。
遠くに見える街の灯りがキラキラとビーズを並べたように月色に光っている。
蒼い空は綿のような白い雲を浮かべてどこまでも続いている。
風がヴィオレットの灰色の髪を靡かせて、頬を撫でていく。
「綺麗……」
ヴィオレットの黒い瞳に、景色が色を取り戻したかのように鮮やかに見え、心が震えた。
それはもう何年も何年も凍っていた心臓に温かな血が注がれるように、急なショックと温度があって、ヴィオレットの瞳からはポロポロと涙が溢れた。
「大丈夫か!?嬢ちゃん!」
エドガーがヴィオレットを抱える腕に力を込める。
きっと温かな温度は、エドガーのためだ。
幽霊に体温はないけれど、ヴィオレットを心配して、初めて守ってくれた「人」だから。
「大丈夫です……。助けてくれて有難うございます」
「泣いてんじゃねえか、痩せ我慢は良くないぜ。急に高いところに連れて来られちゃ怖いわな、ちょっと待っててくれ」
「このまま拠点に行くのはまずいか……。お前はどこまで動けるんだ?」
グレゴールがエドガーの隣に飛んできた。
「分からん、この前試してみたら思ったより遠くへ行けたが、限度を試してないんだ」
エドガーが唸る。
そういえば、エドガーは家から離れられるので、住んでいた街に執着しているのではと推測していたが、王都の端まで付いて来られている。
ガオオン!!
轟音と共に、グレゴールのすぐ横を鉛が通り過ぎて行った。
「狙われてるな」
「仕方がない、一旦拠点に行こう。知っている場所の方がまだ良いかもしれん。この森は敵のテリトリーだとしたら降りない方がいい」
「おおっと」
エドガーがグラリとバランスを崩した。
「大丈夫ですか?」
「何か分からないが力が抜ける感じがする……、ちょっとマズいかもしれない」
「生きた人間に干渉しすぎたからだ。拠点はすぐだ。こっちに来い」
エドガーが力が抜けると言ったため負担を減らすためと、木々に紛れて敵の視界を遮る意味で、高度を下げ、森の上スレスレを飛んで、拠点に向かう。
ヴィオレットは裏の仕事をしていたが、読み物の主人公のように、木々をピョンピョン跳んで行くような真似は出来ない。
足手纏いになっていることを自覚し、ヴィオレットの取り戻し始めた心がチクリと痛んだ。
「よし、拠点だ!」
「エドガー、エドガー、ああ身体が透明に……。入って休みましょう」
地面に降り立ったのが何年ぶりかと思うほどだった。早くエドガーを屋内で休ませたかった。
「お嬢ちゃんの焦った顔、初めて見たな」
エドガーはまだ軽口を言う体力があるようだった。
一見では貴族の管轄している家とは推測されない、田舎にしてはそこそこの大きさの、ありふれた古い家だった。
ヴィオレットがドアを開けると、埃っぽい空気が出迎えた。
エドガーはぐったりと二階への階段の手すりを背に、もたれており、グレゴールはリビングの様子を見に行った。
ヴィオレットはスカートを捲って、家業の際に使っていた、細いナイフを手に警戒する。
ヴィオレットは目的地がここだと告げてしまっていた。敵が誰だか分からないが、既に何らかの加護でここにいる可能性がある。
先日は街で視線を感じることもあったし、計画されていた犯罪だろう。
アッシュフォード家の別拠点に、しれっと移動させようとしたということは、アッシュフォード家の手の者と考えるのが自然だ。
リーゼの話では、ヴィオレットがいなくなってから実家は荒れているらしい。
ヴィオレットのせいだと殺す気だろうか……。
それとも無理矢理連れ帰されて、どうにかしろと言われるのだろうか。
拷問だったら嫌だなと思う。ヴィオレットでも身体的な痛みは感じる。
そういう訓練をしたであろう、似たような裏稼業の人間が悲鳴を上げていたのを知っている身からすると、きっと自身もそうなるだろうと想像できた。
突然、背後から口が塞がれた。
警戒していたはずなのに、どこから現れたのか。
「嬢ちゃん!」
エドガーがハッと反応する。
「へえ、本当に幽霊を従えているのか」
若い男の声だった。
その発言の内容に、ヴィオレットは目を見開く。
「初めまして、アッシュフォード侯爵令嬢。俺はレオナルドって言うんだ。仲良くしよう」




