19.旅先⑧~過去編 奏斗の幼少期編③
翌朝、目が覚めた奏斗はいつもと違う光景に一瞬戸惑ったが、自分がやっていることを思い出した。
普段屋敷では使用人に世話を焼かれることがあっても、周りが大人ばかりで自分よりも小さな子たちの動きを見ることは新鮮だった。
一日中、パソコンを使って世の中とつながる必要はなく、単に体を動かし、言葉を交わすことが、思ったより体力を使った。また、何をして過ごすかは日頃から自分で決めていたが、そこに“誰と過ごすか“という選択肢を考えたことがなかったことにも気が付いた。(友達って、やっぱりいいな。)
料理人への修行にお供できることになったので、今日は包丁を持つかもしれない。気を引き締めないと。
そんなことを考えながら着替えをして下に降りると、すでに早起きな子供たちがテレビの前に団子になって集まって座っていた。
みんなテレビのアニメに夢中で、後ろから人が近づいても誰も見向きもしない。
奏斗は元よりテレビの子供向け番組には興味がなかったので、さてどうしようかと思ったら、厨房で料理長が腕を振るっているところが見えたので、挨拶に行くことにした。
「おはようございます。いい匂いですね」
「おう、お前さんか。もうすぐ飯だから待ってろよ。他の奴らと、、はちげえか」
ちらっとテレビ前に目線を送っては戦隊ヒーローが敵を倒すところだったが、混ざって楽しむタイプではないと思われたようだ。
「ところで、後ほど料理の特訓をできると聞いているのですが、料理長さんが監督なのでしょうか?」
「え?ああ、あいつがなんか言っていたっけな。おう。基本的に好き勝手にやってろって方針だけどな。ケガだけはすんなよ」
「できればそうしたいですね。でも、はじめてなんです」
「お?飯作ったことないのか?」
「はい、飯、、というより包丁も持ったことがないですね」
「まあ、そっからだよな、よし。分かった。おめえさんも立派な料理人にしてやるから心配すんな」
「ご教示よろしくお願いいたしますね。あ、でも」
「なんだ」
「まだ、料理人になるかどうかは…」
「そりゃそうだ。センスも必要だしな」ニヤッと豪快に歯を見せてお前さんはどうかな。と
「ほれ、とりあえず、突っ立ってないでテーブルでも拭いてこい、見習い」
布巾を放り投げられ、あやうく顔面で受け止めそうになりながらも、仕事をゲットして大きなテーブルが6つも並んでいる内の、一番近いところから丁寧にきれいにした。
そんなことをしている内に、テレビを見ている子たち以外にも数名、少し年上であろう子たちもやってきて、飲み物を運んだりカトラリーの用意をしたりパンをバスケットに入れるのを手伝っていた。
風通しの良い間取りだからか、焼き立てのバケットとバターの香りが鼻をくすぐる。
椅子を整え、布巾も片づけると、ありがとさん、とお礼を言われ、手を洗ったら持っていけ、とスープや卵と野菜の乗ったカラフルな朝食セットをどんどんと作りながら、指さして教えてくれた。
テレビ番組もキリが良くなったみたいで、固まっていた子たちも一斉に、だけどお行儀よく一列に並んでいた。
昨日の夜よりもいる人が少ないような印象だが、ある程度人が集まったテーブルから、それぞれ食べ始めていた。
休みは時間も特に決まっているわけではなく、出遅れても時間内であれば、あとは自分で配膳して食べられるそうだ。
奏斗も自分のトレーを受け取り、外の見える席に腰かけた。
まだ昨日顔見知りになった子たちは見かけなかったが、周りの子たちとのコミュニケーションをとりつつ、和やかに朝食をとった。食後も休日ならではだろうが、サクッと遊びに行くために席を立つ子もいれば、漫画本を片手に読む子もいた。
自分の家では使用人の“仕事“だからと布巾をもってテーブルを拭こうものなら卒倒されそうだなと可笑しく思いながら、さて食器を片そうと席を立つと、キッチンから料理長が手招きしてきた。
「おまえさんにちょいと頼みがあるんだが、」
「はい、僕にできる事でしょうか」
「おう。悪りぃんだけどよ、ヒメの奴にサンドイッチと、あとこれ、届けてやってくんね?」と渡されたバスケットには、バナナ、パックの飲み物も入っていた。
「ヒメちゃんはどちらに?朝食には来ないのですか?」
「まあ、あいつは朝早くから起きて、いつもずっと絵を描いていてさ。夢中になれるのは良いことだけどよ、さすがにまだ小せえし、大人が呼ぶか、行って食事の時間だと体を確保してやらねえと、本人には朝昼晩の感覚がまだないんだろうな」
「ふふ。では、教室の方へ行ってみますね」
「頼んだぞ」
お兄ちゃんとしての役割を与えられて、よし、と廊下に出ようとした瞬間、
「わあ、ごめん、って、カナくん」
「やあ、今から朝食だね、今日は後ほどよろしくお願い致します」
「ええ、あ、うん。実は昨日の夜、メニューをどうしようかって考えていて夜更かししちゃったら、寝坊して。朝食食べ損ねそうだから、また後で!」
作るメニューも自分で考えるのか、なるほど。
今までは食事は基本的に色々と出てくるのでその中から好きに食べ、残りは使用人たちが分けて消費するものだから、あまり何食事の献立を気にかけることがなかった。
彼のことだから、初心者にもやさしいレシピを用意してくれているのだろうから、楽しみだ。
食堂を後にして、ヒメちゃんがいるだろう部屋をノックして覗いてみると、想像通り黙々と手を動かす姿があった。
「コンコン。お姫様。ご朝食をお持ちしました」
パッと顔をあげて奏斗を確認すると、にいに!と言って駆け寄ってきた。
よしよし、と食べ物を落とさないようにヒメちゃんを落ち着かせると、カナくんも?と聞かれた。
「僕はすでに食堂で朝食を頂きました。なので、これはヒメちゃんの分です」
ふうん、と少しばかりつまらなそうな顔をしているので、これを食べたら、一緒に遊びましょうか。と提案すると、また元気いっぱいに戻った。
卵のサンドイッチも上手にたいらげて、ご満足いただけたようで、と言うとカナくんと一緒、美味しい。と言ってくれた。
食事を片してヒメちゃんとのお絵描きタイムを再開し、10時頃まで一緒に遊んだ。
時々廊下の方から女性の若い先生が中の様子を気にして見守ってくれているのが分かったが、ヒメちゃんはまるで気にせずだ。
そろそろ食堂に戻ろうかと思うと伝え、良かったまた後で食べに来ないか誘ってみた。
何を作るのかも、ちゃんとしたものが出来上がるのかも保証はないが、まあ監督がしっかりしているから問題ないだろう。
「ワクワク」と期待のまなざしを向けられたら、頑張るしかない。
食堂では彼らと合流し、メニューの発表を受ける。
「いろいろ考えたんだけど、やっぱり王道はカレーかな。オムライスとか、チャーハンもいいけど、具材を細かく切る作業が少しだけ大変かと」
「なるほど、そういう工程があるんですね」
「うん、でもまあ、なにが作りたいとか、食べたいとか、そういう気持ちで決めてもいいと思うよ」
「そういえば、先ほどヒメちゃんのことを試食に誘ってしまいました」
「あ、だったら、カレーにして、甘口と大人用の2種類作るのはどう?」
「楽しそうです。よろしくお願い致します」
じゃあ、まずは材料を洗うところからだね。
カレーには何が入っていると思う?と質問されて、授業のようだと感心しながら、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、お肉?と返答してみる。なんとなく、家では牛肉の入ったカレーや本格インドカレーが振舞われていたが、それが一般的ではない気がしていたので、お肉の種類には言及するのをやめておいた。
「そう、カレーって、基本的に何を入れても、逆に何かがなくても、それなりに美味しくなるから不思議なんだけど、もしあったら、きのこ類を入れてもいいし、夏だったら夏野菜を素揚げしてトッピングするのもおしゃれだよね、って、脱線したね、今日は、さっきの食材と、マッシュルームがあるので、これで行きたいと思います」
冷蔵庫と野菜を保管している保管庫から次々に手渡され、順次水道で洗っていく。
次に皮むきね。包丁は危ないから、玉ねぎの皮からお願い。
自分は手に持ったジャガイモをくるくると器用に回転させながら包丁で皮をむき、芽を取っていく。
渡された玉ねぎを持ち、いったいどこまでが皮だろうかと一枚一枚剥いているとああ、そこで大丈夫、とストップをかけられた。
野菜の切り方にもいろいろあるけど、火が均等に通るように、大きさを揃えるといいとか、猫の手で押さえて、指を切り落とさない法則も教わった。猫の手でどうやって動かないようにできるのかは少し難しかったが、平らな面を下にするとやり易いとコツも教わり、なんとなくだが、切り終えることができた。丸いものは皮をむくのもごろごろするから難易度高いね、と伝えると、うーん、でも野菜なんてそんなものだから、慣れだよと言われた。もっともだ。
どのくらいで慣れるのだろうか、と想像してみても、自分が包丁をトントンとリズミカルにたたく姿がどうも違和感しかなかった。
お肉は豚肉を使うのがここでは王道らしく、それに従い、具材を炒めて水を入れ、煮込みに入った。
後はカレールーを入れる時に、甘口と普通用に分ければ完成だ。
料理は食べる人のことを考えて工夫がされていると思うと、料理人へ感謝しかない。
お米のとぎ方も教えてもらって、実は知識としては知っていたが、実際に米のとぎ汁を見るのも初体験で、水が白い液体に変わり、それを数回繰り返すと濁りがなくなっていくのが面白く、つい洗い過ぎてしまったようで、そんなにやらなくて大丈夫だと言われた。難しい。炊飯器で炊く以外にも、お釜で吹きこぼれないように火加減を見て炊くこともあるそうだ。今回は量が必要なこともあり、家電に頼ることになった。
ピーという炊きあがりの音から蒸らすこと少し。
お皿の上に美しく盛られたご飯とカレー。福神漬けもあるぞ、と料理長が持ってきてくれたので、見た目は人に提供しても問題ないものに仕上がっていた。
盛り付け段階でヒメちゃんもやってきていた為、みんなで席に運んで試食することにした。
(…料理長は並行して他の子たちの昼飯と夜の仕込みもやっていたようだ。)
「どう?自分で作ったカレーは?」
「正直、それほど違いはないと思っていたんです。でも、なんでしょう、いつもより美味しく感じます」
そうでしょう?だからやめられなくなるんだよ!と教える側も後輩の出現が嬉しそうだ。
「カナくんが作ったの?」
フォークで大き目なジャガイモを指して、ヒメちゃんが聞いてくる。
「はい。皮をむいたのは僕ではありませんが、僕が切りましたよ」
「すごいね、じゃがいもホクホク」
「はい、ホクホクですね」
のんびりとした午後を過ごしているのもつかのま、岩田先生が慌てて食堂に入ってきた。
「カナくん、ちょっといいかしら」
「はい」返事して、周りには大丈夫、と伝えて先生についていく。
そこは職員室のようで、椅子に腰かけるように進められた。
椅子に座ると先生は僕の前にしゃがみ込み、手を取って伝えてきた。
「カナくん、今外に、君のことを迎えに来たと言っている人たちがいらっしゃっていて、応接に待たせているんだけれど、心当たりあるかな?」
「…。はい。ご迷惑おかけしてしまい、申しわけありません」
「いいのよ、謝ってほしいわけじゃないの。ただ、あなたがどうしてここに来たいと思ったのか、お話しすることはできる?」
「…。僕の今の母は父との再婚で、義理の母上です。本当の母様は僕が生まれた時に亡くなったそうで、僕はお会いしたことがないのですが、結婚前幼少期はこちらでお世話になっていたようなのです。お父様は母上を大変愛していらっしゃったようですが、僕と引き換えに母を失った悲しみで、僕の存在が、彼を苦しめていると思います。それで、それで…」言葉に詰まると、先生が、そう、辛かったね。よく頑張ったね。と言って抱きしめてくれた。
先生はとても暖かかった。
ふかふかに包まれた途端、これまでの人生で自分が得られないと思っていたものを一瞬で満たしてくれたようだった。
「もう、行かなければなりませんよね。最後に一つだけ、お願いしても?」
中庭にヒメちゃんと二人、並んで写真を撮ってもらった。
一緒に写真を撮ろう、とだけ伝えると、喜んでついてきてくれた。
奏斗は、また必ず会いに来る、と伝えて、お別れを言ったが、ヒメちゃんは首を傾げるだけで、どこまで理解できているのか分からなかった。
料理を教えてくれた彼と料理長にも挨拶をした。
料理長は、まあそうだよな、といったあっさりした、むしろ納得すらした感があったが、友達になった彼もまた、ここの子たちは、遅かれ早かれ自分の生きていく道を進むから、それが今日だっただけ、できればもっと一緒にいたかったけど、と寂しさを見せながらも大人な対応で送り出してくれた。
むしろ、僕の方が、この2日間が人生で初めて生きていると実感できた時間で、ここを去ることがとても悲しかったと思う。勝手に来て、勝手に去るのに、我ながら本当に身勝手なものだ。
写真を丁寧に持ってきた荷物にしまうと、家から来た時の格好に着替えて、応接へ向かった。
迎えに来ていたのは当主の使用人で側近の一人、相川との出会いだった。
「お坊ちゃま、お迎えが遅くなってしまい、大変申し訳ございません。外に車を待たせてありますので、向かいましょうか。お荷物お持ちいたします」
「勝手にいなくなってごめんなさい」
「ご当主様も、ご心配されておりましたよ。帰ったら少しお話があるようですが、相川もお傍におりますので、何かあればお申し付けください」
「うん、ありがとう。でも、何を命じられても受け入れるつもりの覚悟で出てきたので、相川さんも僕を庇わなくて大丈夫です」
「…左様でございますか。失礼いたしました。では、参りましょう」
岩田先生にも、さようなら、と挨拶をして、園を後にした。
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岩田先生はカナくんのことを相談していた警察の巡査部長にも報告を入れることにした。
警部も、まさか、あの大手の企業の社長の息子とは驚きと納得で複雑な心境でしかない。
管轄外とはいえ、この辺りでも、あの立派なお屋敷は有名だった。
そういえば、いつもより車の出入りが激しいだとか、人の流れが多いだとか、振り返れば思うところがあるのかもしれないが、基本的に捜索願でも出されなければ、被害がないのだから、警察が関与することはない。
今回も、どういう訳か、捜索願すら出さず、自分たちで解決したみたいだが…、息子が消えた割に落ち着きすぎではないのか、と思う。金持ちの考える事は分からん、と思考を放棄したくもなるが、翌日には迎えを送る程度には、行先に最初から心当たりでもあったうえで、泳がせていたのか。真相は分からないが、まあ元に戻れたなら良かったんじゃねえの?と思う。世の中には帰りたくても帰れない奴だって少なからず存在している。
「せんせも、お疲れさん」
「何ができたか分からないけど、あの子の幸せを願うわ。お母さんが、うちの出身だって言っていたし。これも何かの縁よね。それに、あの子に懐いていた女の子が、心配なのよ。また会えたらいいとは思うけど、こっちの都合ではどうにもいかないこともあるからね。」
「だな。まあ、あんま無理せんでくれ。子供同士のことなんて、かえって自分たちで解決するか、時間が何とかするだろうさ」
確かに、悩んでも仕方のないこともあるわね、と切り替えてそれぞれと午後の仕事にとりかかることにした。
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というようなことがあってね。
「…トンでもねえことしてんな。それで、もしかして、その写真、今も寝室に飾られているやつか?」
「よく気が付いたね。僕の宝物だよ。その後、成人までのほとんどの時間を軟禁状態で過ごしたから、会いに行くこともままならず、匿名での寄付だけは続けていたけど、僕が家から自由に出られるようになった頃には、すでにヒメちゃんや当時世話になった面々は居なくなってしまって。時々すべて夢だったのかもしれないという気までするけれど、こういう話をできる相手もいなかったから、懐かしいね。ボン、聞いてくれてありがとう」
「好きに話せよ。ちょっと祭りに行くまでの冒険話にしてはスケールがおおきいけどな」
そうだね、と参道への道を進んだ。




