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食べたりんごは

 何も起こらないまま時は過ぎ、季節はまた移り変わります。白雪姫は九歳の冬を迎えていました。

 

 その日は、白雪姫の名前がつけられたあの日とよく似ていました。今日も、グリムヒルドは深く積もった雪をかき分けつつやってきます。

「おはようさん。今日もりんごは食べられないのかい?」

扉を開け、顔をのぞかせたグリムヒルドは苦笑いをしながら訊ねてきます。

「いつも同じ答えなのに、良くあきないわね。でも、今日こそはたべてあげる。りんごを一つ、くださいな」

外へ飛び出た白雪姫はいつもの調子で、いつもとまったく違う答えを言いました。肩にはまた小鳥をのせています。

「食べる……のかい!? 今すぐにでも、夏がやって来そうじゃあないか」

グリムヒルドは体を震わせ、目を見ひらかせます。そんな彼女の様子に、白雪姫は

「あら、くださらないの? そんなにおどろかなくても良いでしょう。それに今はこんなにさむいじゃない」

とすねたようにそっぽを向きました。

「い、いや、あたしはね、お前さんは一生りんごを食べないと思っていたのさ。本当に食べるのかい?」

「もちろんよ、りんごは大きらいだけれど。ほら、りんごを一つおねがいします!」

白雪姫は、すっかりと決意を決めたようです。

 一方のグリムヒルドは、いまだ震えのおさまらない手をかごへと伸ばしました。そして、とびっきり赤いりんごを一つとりだします。

 彼女が持ってくるりんごは、秋ごろからすっかり毒の入っていないものになっていました。けれど、白雪姫がりんごを食べてしまえばグリムヒルドとして毎日ここにやって来る意味はなくなってしまうのです。

「――食べるんだね?」

グリムヒルドは最後に、もう一回だけ念を押しました。

「なによ、もうグリムヒルドさんったら。たべるって言っているでしょう?」

「そうだったね、悪かったよ。ほれ、お望みのりんごさ」

白雪姫に手渡されたりんごは、その唇と同じくらい真っ赤でどこか甘い香りがするものでした。

「あら、なぜかしら。なんだかこれはおいしそうに見えるわ。じゃあ、一気にたべるわよ?」

そう告げると、白雪姫は勢いよくりんごにかぶりつきました。

 ――その次の瞬間のこと。りんごを食べるしゃりっとした明快な音と、白雪姫の倒れこむ重たい音が重なって森に響きわたりました。

「し、白雪姫!? 大丈夫なの?」

グリムヒルドは思わず、女王さまのときの口調に戻ります。

「今日のりんごには毒をいれてないはずよ、何で?」

そして、白雪姫の体にかけよって抱きおこします。けれど、白雪姫はもう息絶えていました。彼女の口からは血が流れ、雪を赤く染めています。その体のそばには、グリムヒルドの持ってきた黒檀のかごと、同じように倒れた小鳥の体がありました。

 メーラの頬からは涙がしたたり、雪を柔らかく解かしました。

「あぁ、白雪姫……私の義娘(むすめ)。貴女は私より遥かに美しいわ。雪のように白い肌と血のように赤い頬と唇。瞳と髪は黒檀のように黒い……名前の通りの美しさね」

衝撃のあまり、メーラは自分が何を言っているのかさえ理解できていませんでした。ただ分かるのは、心に広がる空虚さと悲しみのみ。自慢の黒髪をふり乱して叫びます。

「私は貴女を大切な友に託されたのに。それなのに、何故私は『りんごの魔女』なんかに執着したのかしら? 自分が馬鹿馬鹿しいわよ、あぁ」

メーラの涙が白雪姫と仲の良かった小鳥にしたたりおちました。この小鳥も、白雪姫と同時にりんごをついばんでいたのです。

 涙を受けた小鳥は、霧につつまれた後に白雪姫と同じくらいの美しい男の子の姿になりました。男の子も白雪姫と同じくもう息はありません。

 実は、この小鳥は隣国の王子さまだったのです。王子さまは小鳥に化けることができました。たまたま森に迷いこんだときに白雪姫にであい、一目で恋に落ちていたのです。その日から、毎日小鳥の姿で白雪姫のもとへ会いにきていました。

「あのいまいましい鳥は隣国の王子だったのね。はぁ……あの世で二人で幸せになってちょうだいね、絶対よ」

メーラは大粒の涙をこぼしながら、そう呟いたのでした。


*   *   *


 その後のことをお話ししましょうか。

 叫び声に気づいた小人たちは、倒れた白雪姫と王子を発見した後、三日三晩哀しみで泣き続けました。そして、二人を硝子の棺へ埋葬しました。あの世へと旅立ったこの二人は幸せな暮らしを送ったことでしょう。

 メーラは小人に見つかる前にお城へ帰り、魔法の鏡を叩き割ってりんごの魔女ではなくなりました。グリムヒルドの姿からは戻ることができなくなったようで、「メーラ女王さまは美しくはないがやさしいらしい」というような噂が国に広まりました。彼女は生きるという罪を自分に課していたようです。

 白雪姫のことを探しもしなかった王さまは、実はメーラに殺されていました。けれど、天国で白雪姫や最初のお妃さまと巡り会えたと言われています。

 さぁこうして、みんな幸せになりましたとさ。

 めでたしめでたし。

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