たーくん
「子ども同士の喧嘩はどうしようもないとわかっています。でも、もうちょっと気を付けてもらえませんか!?」
ママが怒ってる。…あやめはそう思った。
いつも優しいママが怒っているのは「たーくん」の事だった。
たーくんは、何故かあやめをいきなり突き飛ばしたり、頭を叩いて来たりする子だった。
勇人も、たーくんに突き飛ばされて壁にぶつかったことがある。先生たちは、たーくんをいつも怒っていた。…それでもたーくんは、あやめと勇人に手を出した。
…あやめを迎えに来たママが怒っているのは、あやめの目が少し腫れているのを見たからだった。
たーくんは、朝ママが仕事に行った後に、いきなりあやめの顔を両手でつかんだ。その時、目の下に小さな傷がつき、血が出た。
あやめは火がついたように泣いた。先生達が慌てて飛んできてくれた…。
ゆり先生は、ママに必死に謝っていた。
「本当に申し訳ありません!ちょっと目を離したすきに…」
「目の下だからまだよかったですけど、目だったら、どうなると思ってるんです!?」
「はい!…本当に申し訳なく思っています。」
ゆり先生は、そうママに頭を下げながら言った。そして「あの…」とうつむいたまま、ママに言った。
「…あの…実は、たーくんにはお母さんがいなくて…」
それを聞いたママは、驚いた顔をした。
「…お母さんがいない?」
「はい…。…それで…あやめちゃんのママが、いつもあやめちゃんを抱きしめるのを見て…やきもちを焼いているようなんです。」
ママは眉をしかめて黙っている。でもママは、怖い顔のまま言った。
「それとこれとは…関係ないです。」
「はい!…申し訳ありません!でも…!」
ゆり先生が、両手を合わせるようにしてママに言った。
「あやめちゃんのママにお願いがあるんです!…1回だけでいいですから、たーくんを抱っこしてもらえませんか?」
ママは、もっと驚いた顔をした。
……
次の朝、いつものように保育園に行った。
…ママは、何か考えているようだった。
ママは先に、勇人を1歳児室に送ってから、あやめと3歳児室に行った。
たーくんがいた。
たーくんは、いつも早くからいる。独りで積み木遊びをしていた。
他にも何人かのお友達はいる。でも、皆それぞれ違う方向を向いて遊んでいた。
ママは立ち止まって、たーくんの背中を見ていた。
…しばらくしてからママはしゃがんで、あやめの体を抱きしめながら言った。
「あやめ!今日も頑張ってね!」
その時、たーくんがあやめの方を向いたのが見えた。
ママはあやめから離れて立ち上がり、たーくんに向いた。
たーくんが立ち上がって、ママを見てる…。
その時ママがいきなり、たーくんに両手を伸ばして言った。
「たーくん!抱っこさせてっ!!」
たーくんは、びっくりした顔をしていた。だがすぐににっこりと笑って「いややーっ!」と言って、走り出した。
「こら待て!」
ママが、たーくんを追いかけた。たーくんは、部屋の中をぐるぐるとまわりながら逃げている。…。ママも笑いながら、たーくんを追いかけて走った。
あやめはびっくりして、たーくんとママを見ていた。
すると他の子たちがおもしろがって、一緒に部屋の中を走り出した。あやめも笑いながら、ママを追いかけた。
「たーくん、待てーっ!!」
ママが笑いながらそう言い、追いかけている。その後ろを子どもたちが追いかけていた。そしてあやめも笑いながら追いかける。先生達の笑い声が聞こえた。
「わかったっ!たんま!」
ママがそう言い、体を屈めて息をはずめている。
「参った!!ママの負け!」
たーくんは息を弾ませながら立ち止まり、ママに向いてにこにこしていた。
…たーくんが笑った顔を、あやめは初めて見た。
……
夕方-
あやめの部屋からは、お友達を迎えに来るママさん達が門から入ってくるのが見える。
あやめは、ママが門から入って来たのを見た。
「ママー!!」
あやめがそう叫んだ。ママは、あやめを見て手を上げ「はーい!」と答えた。
すると、いつの間にかあやめの横にいたたーくんが同じように「ママー!」と叫んだ。
あやめはびっくりして、門を見た。…だが、門には誰もいなかった。
その時、入口に向かっていた(あやめの)ママが「はーい!」と手を上げて答えた。
たーくんが嬉しそうな顔をした。
あやめは思わず「あやめのママだよ!」とたーくんに言った。
でもたーくんは、にこにこと笑って、あやめを見た。
…その日から、たーくんは誰にも乱暴をしない子になった。