第十四
第一章 帰還とお礼参り――産土の杜へ
サイエスにおける知育・サブカルチャー文化の開花と、黒煙山脈の重工業インフラ整備が順調に軌道に乗った頃。琴陵容子と琴陵宥子の双子姉妹は、久しぶりに日本の土を踏んでいた。
大阪市内のオフィスビルで日本法人の業務進捗をチェックした後、二人は喪失していた「日本からの召喚の原因」を解き明かし、邪神アーラマンユの端末を排除できたことへの感謝を捧げるため、一路、三重県伊勢市へと向かった。
初夏を迎えた神路山の深い杜には、凛とした玉砂利の踏みしめる音と、木漏れ日を揺らす清らかな風が吹き抜けていた。
古来の作法に則り、豊受大神宮(外宮)を先に参拝して衣食住と産業の守護に頭を垂れた後、二人は五十鈴川にかかる宇治橋を渡り、皇大神宮(内宮)へと足を進める。
四季グループ
右側通行の参道を進み、五十鈴川の御手洗場にしゃがみ込む。冷涼で澄み切った水に手を浸すと、宥子の腕に巻き付いていた神使の双頭白蛇――紅白と赤白が、心地よさそうにその細い首を揺らし、川面へ波紋を広げた。
四季グループ
「……宥子、紅白たちも故郷の神気に触れて喜んでいるようね」
「うん。私たち、あっちの世界で本当に色々なことがあったけれど……こうして無事に戻ってこれたのは、一番最初に私たちを守ってくれた神様のおかげだもんね」
二人は正宮(皇大神宮)の御階の前に立ち、白い御幌が神風にふわりと揺れる前で深く二拝二拍手一拝を捧げた。
日頃の加護に対する感謝を伝えた後、二人は正宮の奥、一段高い石段を登った先にある第一別宮――天照大御神の能動的かつ力強い神格を祀る【荒祭宮】へと向かった。
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石段を踏みしめ、鬱蒼とした巨木に囲まれた荒祭宮の社殿正面に立ったその時だった。
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――サアァッ……!
周囲の観光客の気配や鳥の囀りが一瞬にして遠のき、世界が静寂に包まれた。
金色のまばゆい陽光が社殿の千木と鰹木を照らし出し、空間そのものが黄金の光の粒子となって満ちていく。
紅白と赤白が宙へ浮かび上がり、歓喜の波動を放ちながら二重の円を描いた。
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『――よくぞ参りました、我が愛しき同胞の子らよ』
社殿の奥から、鈴の音を何重にも重ねたような、透き通りつつも圧倒的な尊厳を帯びた女性の声が響き渡った。
光の渦が凝縮し、八咫鏡の如き光背を背負った、純白の衣をまとう神々しい存在――日の本の最高神、【天照大御神】の神威が顕現した。
「天照大御神様……!」
宥子が思わず胸の前で手を組み、敬愛に満ちた笑みを浮かべる。容子もまた、凛とした佇まいで最敬礼をとった。
『そなたたちがサイエスの地において、異界の神格アーラマンユの暴挙を挫き、かの理不尽なる召喚の因果――歪んだ次元裂開の元凶を突き止め、我が国の魂を救い出したこと、しかと見届けておりました』
アマテラスの慈愛に満ちた眼差しが二人を包み込む。
『あちらの世界の神は、自らの信徒を道具とし、他界の魂を身勝手に奪いて消費する悪神でありました。そなたたちが知恵と力、そして人の営みを尊ぶ心をもってその端末を砕き、囚われし者を解放してくれたことに、日の本の神々を代表して心より礼を申します』
「勿体なきお言葉です。私たちはただ、理不尽に巻き込まれた自分たちの命と、関わった人々の日々の生活を守るために、持てる技術と力を尽くしたに過ぎません」
容子が落ち着いた声で返答する。
『その実直さと清らかなる合理性こそが、この国に受け継がれし尊き御魂です。――此度の功績に対し、大いなる神徳と新たな【神格加護】を授けましょう』
アマテラスがそっと右手を差し伸べると、眩いばかりの日輪の光が二人の胸元へと吸い込まれていった。
細胞の一つ一つが純粋な光で満たされ、体内の生体魔力と魂の器が劇的に拡張・昇華していく感覚が全身を駆け巡る。
だが、その膨大な神威の定着に伴い、アマテラスは少し申し訳深そうに微笑んだ。
『……ただし、これほどの高次なる太陽神格の加護を肉体に宿した代償として、そなたたちには一つの「変容(弊害)」が生じます。
――そなたたちの肉体時間は、今この瞬間をもって停止いたしました。すなわち、病を得ることもなく、老いることもない【不老】の存在となりました』
「不老……!」
宥子が目を丸くして自分の手のひらを見つめる。
『神域の力を現世の器で振るい続けるための必然の処置なれど、人の移ろいゆく時からは外れることとなります。良きことばかりではありますまいが……受け入れてくれますか』
「……問題ありません」
容子は微塵の動揺も見せず、即座に頷いた。
「サイエスにおける産業革命、ならびに日本と異世界の恒久的な流通網の維持・管理は、数十年のスパンで完結するプロジェクトではありません。百年の単位で組織と技術を監督できる肉体が得られるのであれば、それは弊害ではなく、極めて有用なアドバンテージです」
「ふふっ、容子らしいね」
宥子もまた、優しく微笑んでアマテラスを仰ぎ見た。
「私も、みんなと一緒にずっと笑顔で、美味しいご飯を作って見守っていけるなら、喜んでこの加護をお受けします!」
二人の屈託のない返答に、アマテラスは満足そうに微笑みを深めた。
『頼もしい返答です。……そこで、そなたたちに一つ、頼みがあります。
サイエスの地には、長きにわたりアーラマンユの恐怖と欺瞞に縛られ、魂の拠り所を失いかけている無辜の民が多くおります。
かの地に、我が分霊を祀る【神社】を建立してはもらえぬでしょうか』
「サイエスに、神社を……ですか?」
宥子が問いかける。
『左様。恐れと生贄によって民を縛る神ではなく、日々の恵みに感謝し、働く者を慈しみ、誰しもが心穏やかに集える杜をかの地に根付かせてほしいのです。
神社を建て、かの地の民に正しき感謝の信仰を広めることで、残存するアーラマンユの狂信者たちの心を浄化し、光の側へと導き入れてほしいのです』
「承知いたしました」
容子が力強く請け負った。
「現在、黒煙山脈のプラント建設とウルフェン領の近代化が進んでおります。プラントを望む清らかな高台に、日本の伝統建築技術とサイエスの高純度ミスリル・神木を用いた本格的な神明造りの社殿を設計・建設いたします。
知育と文化によって啓蒙された民衆に、日本の『和の神道』の精神を伝え、アーラマンユの信者たちを丸ごと救済・吸収してみせましょう」
『感謝いたします。紅白、赤白、そなたたちもよく二人の主を支えなさい』
『『シャァァァァン……!』』
二匹の白蛇が神々しい鈴のような鳴き声を上げ、二人の肩へと戻った。
黄金の光が静かに収束し、伊勢の杜は再び木漏れ日の穏やかな日常へと戻っていった。
二人は深く一礼し、新たな使命と不変の肉体を胸に、社殿を後にしたのだった。
第二章 新たな拠点――本社ビル最上階への移転
伊勢神宮での参拝を終えて大阪へ戻った二人は、その足で自分たちの生活基盤の刷新へと着手した。
これまで暮らしていた郊外の一軒家は、双子が異世界へ頻繁に行き来する上でのセキュリティ面において、限界を迎えつつあった。日本側の事業が急速に拡大し、琴陵グループの資産規模が数百億円を突破した今、情報防衛と迅速な異世界ロジスティクスを両立させる拠点が必要不可欠だったのだ。
そこで容子が手配したのは、大阪の中心部に新たに取得した、地上二十階建ての免震ハイテクビル――【琴陵グローバルホールディングス本社ビル】だった。
その最上階(十九階・二十階)のメゾネットフロアが、二人の新居および異世界ゲートウェイ直結のプライベートレジデンスとして全面改装された。
「――引っ越し荷物の搬入、すべて完了したわ」
二十階の広大なリビング。天井高五メートルのパノラマ防弾ガラス越しに、大阪の煌びやかな摩天楼が一望できる。
内装は、無駄を削ぎ落とした洗練されたモダンジャパニーズ様式で統一され、無垢のヒノキ材と最新のスマートホームシステムが調和していた。
「わぁぁ……! すっごく広くて開放的! 窓から見える夜景もとっても綺麗だね!」
宥子がリビングのアイランドキッチンに立ち、嬉しそうに声を弾ませる。
「セキュリティも万全よ」
容子がタブレットを操作しながら説明する。
「エレベーターは生体認証および魔力波形認証による完全クローズド仕様。屋上にはヘリポートを完備し、地下には日本法人専用のクリーンルームと大型保管庫を配置したわ。
そして何より――」
容子がリビングの奥にある引き戸を開けると、そこには畳敷きの和室と、その奥に鎮座する『異世界転移ゲート』が設置されていた。
至高神格半核によって常時安定化されたゲートは、壁一面に張られた結界によって完全に遮音・隠蔽されている。
「ここを通れば、一瞬でサイエスのウルフェン商館の最上階、ならびに黒煙山脈のプラント指揮室へとダイレクトアクセスが可能よ。通勤時間は実質ゼロ秒ね」
「ふふっ、これなら日本の美味しい食材や最新の家電も、いつでもすぐにサイエスへ持って行けるね!
……あ、容子。お引越しのお祝いに、早速この新しいキッチンで『お伊勢うどん』と、特製のお稲荷さんを作ろうか!」
「賛成よ。神宮の門前町で買ってきた本場のタレと出汁を使いましょう」
宥子が手際よく出汁のいい香りを漂わせる中、紅白と赤白は日当たりの良いリビングの畳スペースに専用の高級クッションを見つけ、気持ちよさそうに丸くなっていた。
二人は温かな湯気の立つうどんをすすりながら、不老となった自らの身体と、これからサイエスで進めるべき壮大な計画について語り合った。
第三章 異世界にそびえる神仙の杜――「サイエス皇大神社」の建立
翌朝、二人は異世界ゲートをくぐり、サイエスのウルフェン領へと戻った。
現在、黒煙山脈の麓では、水力発電プラントの稼働に伴い、街全体に電力が供給され始めていた。
だが、山脈の険しい環境で働く大勢の工夫たちや、アーラマンユ神殿の圧政から逃れてきた難民たちの心には、依然として「いつ悪神の天罰が下るか分からない」という根深い恐怖が巣食っていた。
「みんなの不安を払拭し、本当の意味で心の拠り所を作る時が来たわね」
容子は即座に【異世界神社建立プロジェクト】を立ち上げた。
場所として選ばれたのは、黒煙山脈の清らかな雪解け水が注ぎ込む滝のほとり、街とプラントを一望できる緑豊かな小高い丘の上だった。
建築にあたっては、日本から持ち込んだ最新の三次元CADデータと、サイエスの超常素材が惜しみなく投入された。
1.社殿の設計と木材
神明造を忠実に再現するため、樹齢千年のサイエス霊峰ヒノキを、ソウタとドワーフの鍛冶ギルド長が製作した高周波超音波ソーで狂いなく製材。
釘を一本も使わない日本の伝統技法「木組み」を用いて、頑強極まりない本殿が組み上げられた。
2.ミスリル葺きの屋根と千木・鰹木
屋根には、腐食を永久に防ぐ特殊コーティングを施したミスリル合金板を葺き、天を突く千木と鰹木には純金をあしらった。
太陽の光を浴びると、社殿全体が黄金色に輝く設計である。
3.参道と鳥居
丘の麓から本殿へと続く参道には、均等に敷き詰められた白玉砂利と、威風堂々たる大鳥居がそびえ立った。
鳥居の扁額には、宥子が心を込めてしたためた文字が刻まれている。
――【サイエス皇大神社】。
建設現場では、元勇者ソウタ、鬼族のラッカ、猫獣人のミャロ、そして何百人もの元奴隷や領民たちが、汗を流しながら楽しそうに作業を手伝った。
「ソウタ主任! この石畳の水平、ばっちり出ましたニャ!」
「よし、次は手水舎の給水配管だ! 滝からの清流水をデミ・コアの浄化フィルターに通して引き込むぞ!」
「神様のお家を建てるなんて、胸がワクワクするのであります!」
かつて戦いや労働を強制されていた人々が、自らの手で祈りの場を作り上げていく。その表情には、恐怖ではなく、未来への希望に満ちた誇りが宿っていた。
そして建設開始からわずか二週間後――。
本殿の奥深くに、伊勢神宮から授かったアマテラスの御分霊を宿す『神鏡』が厳かに鎮座された。
第四章 神光降臨とアーラマンユ信者の帰依
神社の完成を祝う「鎮座祭」の日。
丘の上には、ウルフェン領主をはじめ、街の全住民、冒険者、そして遠方の村から噂を聞きつけて集まった元アーラマンユ信徒の難民たち、数千人が参道にあふれかえっていた。
社殿の前には、白と緋色の本格的な巫女装束に身を包んだ宥子と、黒の端正な斎服をまとった容子が立っていた。
宥子の両腕からは、巨大化した紅白と赤白が白銀の光を放ちながら立ち上り、青空へと舞い上がる。
宥子が神聖な神楽鈴を手に取り、澄んだ足取りで神楽を舞い始めた。
シャラン……シャラン……。
清らかな鈴の音が山脈と平野に響き渡ると同時に、本殿の神鏡から天へと一本の巨大な光柱が立ち昇った。
空が割れ、黄金に輝く太陽の光が神社一帯を照らし出す。
『『グオォォォォォン……!』』
紅白と赤白が天を舞い、参拝者全員の頭上に、温かな光の花びらを降らせていく。
その光に触れた瞬間、集まった人々に奇跡が起きた。
「あ、足の古傷の痛みが消えた……!?」
「心が……長年私を苦しめていた、悪神の呪詛のような悪夢と恐怖が、跡形もなく消えていく……!」
群衆の中にいた、黒いフードを深くかぶった一団がどよめいた。
彼らは、中央神殿でアーラマンユの教義を刷り込まれ、罪悪感と恐怖によって精神を病んでいた元狂信者の潜入部隊だった。
「な、なんだこの温かさは……!? アーラマンユ様の教義では、神とは血の生贄を求め、苦痛を与える存在のはず……! なぜこの東方の神は、見返りも求めず、我らをただ温かく包み込んでくださるのだ……!?」
一団のリーダーであった元神官の男が、その場に崩れ落ち、大粒の涙を流した。
そこへ、容子が静かに歩み寄った。
「私たちの神は、恐怖で人を縛ることはしないわ。
日々太陽が昇り、作物が実り、火と水によって人が飯を食い、笑い合えること――その当たり前の営みに感謝を捧げるのが、神道の心よ」
容子は男の手を取り、立ち上がらせた。
「罪悪感に苛まれる必要はないわ。過去を悔いる暇があるなら、今日からこの杜の落ち葉を掃き、畑を耕し、人のために働きなさい。汗を流して得た温かいご飯を食べることこそが、最高の神事よ」
「あぁ……! ああぁぁっ……!」
元神官と信徒たちは、地面に額を擦り付け、号泣しながら悪神の経典を投げ捨てた。
「私たちは……私たちは間違っていた! 今日よりこの温かな光の神に魂を捧げ、この地で真っ当に生きていきます……!」
中央神殿が誇っていた強固な洗脳は、日本の「感謝と調和」の精神の前に、一瞬にして融解した。
武力や処刑ではなく、圧倒的な慈愛と清潔な倫理観によって、アーラマンユの残党勢力は完全に光の信徒へと生まれ変わったのである。
第五章 不老の双子と、永遠に続く産業ルネサンス
鎮座祭が終わる頃には、神社の境内は参拝を終えた人々の笑顔と活気で溢れかえっていた。
参道には、宥子がプロデュースした「門前町・おはらい通り」が早くも整備され、名物の焼き団子や伊勢うどん風の温かい麺類、そして神社の御守りや絵馬を買い求める人々で大賑わいとなっていた。
「容子様、宥子様!」
ソウタが清々しい笑顔で駆け寄ってきた。
「元神殿の信徒たち五十名、全員が神社の清掃活動とプラントの農業用水路の開削工事に志願してくれました! これで北側農地の開墾が予定より半年早く完了します!」
「よくやったわ、ソウタ。彼らには正規の雇用契約を結び、社宅と知育タブレットを支給しなさい。教育こそが再発防止の最善策よ」
容子が的確に指示を出す。
「はいっ!」
夕暮れ時。
大鳥居の下から、黄金色に染まるウルフェンの街と、遠くで規則正しく煙と蒸気を上げる近代プラントを見つめながら、双子は並んで佇んでいた。
「ふふっ。神様も、きっと喜んでくださってるね」
宥子が嬉しそうに目を細め、紅白の頭を撫でる。
「ええ。宗教的対立を『感謝の文化』で包摂し、労働力と治安の安定へと転換するスキームは完全に成功したわ。
これで、精神的にも物質的にも、我が社の基盤は盤石よ」
容子は自らの白く滑らかな手の甲を見つめた。
不老の加護を得た二人の肉体は、これから何百年が過ぎようとも、病むことも衰えることもない。
「……ねえ、容子。私たち、これからずーっと歳をとらないんだよね。なんだか不思議な感じ」
「そうね。けれど、退屈している暇はないわよ」
容子は不敵に、そして楽しそうに微笑んだ。
「神社の次は、王都への鉄道敷設プロジェクト。その次はサイエス全土の電化。そして日本側での宇宙開発関連企業への出資……。
やるべきことは無限にあるわ。私たちはこの不老の時間を使い、二つの世界を誰よりも豊かに、面白く変革し続けるのよ」
「うんっ! どこまでも容子と一緒だよ!」
大阪の超高層ビルの最上階と、異世界の神域の杜。
二つの世界を股にかけ、神威の加護と不屈の科学力を手にした最強の双子姉妹の物語は、永遠の時を超えて、さらなる壮大な未来へと紡がれていくのだった。




