第八BF:ザ・バレー 9
ここが大一番。
だが、その大一番に解決の糸口が全く見えないという異常事態。
「僕はここにいます!!」「クイズ作家になりたい!!」
あれから三問。
何一つ事態は進展していない。
ただただ時間が浪費され、ただただ二人が消耗する。
このウルティモってクイズはさ。
新しいこと、面白いこと、凄いことを優先しすぎて。
旬を逃すなって野心に満ちてて。
で、結局。
挑戦者を削ってくる。
でもここまではそれが「画」になってた。
この泥沼は全く「画」にならない。
恐らくオンエアでは10分程度に縮められるクイズだから、
「こだまされずにタイムアップ」のシーンはまるまる削られることになるだろう。
勝者席も「私語禁止」されてはいるが、
そんなものでは到底説明できない重苦しい沈黙が、一帯を包んでいる。
そして。
「かはっかはっか…… ぅおぇっ! うぉっ、かはっ!」
ワードを叫んでいた幸節が赤い液体を吐いた。
「かはっ、かっ、かっ」
ピッ!
「撮影中止! 随行医!」
閑君の指示と共にスタッフが担架を持ち出し、後さんたちが二日酔いでお世話になった時以来出番の無かった随行医さんが幸節に駆け寄る。
腰を浮かした俺や、パイプ椅子を倒した荒火は、チーフさんたちに制された。
「勝者の皆さまは動かれないように」
「李野くん!」
墨市氏が担架に乗せられた幸節の手を握る。
幸節は反対の手をふらふらと振る。
意識ははっきりしてるみたいだ。
そこへ。
「勝者の皆さんにご相談があります」
閑君が静かに寄って来た。
「李野会員は!?」
茂侍や穂積が詰め寄るが、俺や幼一郎には大した焦りが無い。
昨日の死線はあんなものじゃなかったし。
第一ここは異世界。
回復ポーションなんてものも、白魔法なんてのもある。
……それが無けりゃ俺、昨日の時点で内臓破裂で死んでたしな。
モーリーだってペガサスの拒絶キックで胸骨陥没したのをサンタフェマジックで回復したし。
心配な気持ちはわかるが、そう焦るもんでもない。
「吐血といっても喉の擦り傷のようなもので、内臓を痛めたものではありません。ご心配なく」
閑君の言葉にソサメン達に落ち着きが戻る。
「それで相談とは?」
椰子泉さんが場を改めて、閑君が語り出す。
「この泥沼のような戦いが千日手に入ってしまったことは、みなさんもお気づきでしょう。これを打破する方策を、スタッフで2案練りました。一つは現実的なルールに基づいた判断。もう一つはお茶の間では披露できない一部の撮影取り直しとルール変更、あなたがたの緘口令を伴う案」
「現実的なルールとは?」
「李野選手をドクターストップとし、本バトルフィールドの敗者とします」
「それは……」
俺たちは絶句する。
あっけない幕切れ。
ルールによる無情な線引き。
では、ある。
ではあるんだけど。
幸節の無念は想像するに余りあるんだけど。
……どっかで、外から、誰かが、このクイズを終わらせないと。
もっと悲惨な未来が、待ち受けている気がして。
「ではもう一つの案とは?」
「このバトルフィールドの脱落者を、二名と改めます」
「……墨市まで落とすか」
「そして、早押しなりなんなり、絶叫を伴わぬ形式で、敗者復活戦を行います」
「成程。クイズ開始前のクワさんのアナウンスや僕らの表情を取り直すと言うわけだね」
「どうでしょうか。悪くない落としどころだと自認しておりますが」
「……率直に聞こう。墨市と李野がこだまされる方法、お前らスタッフは知っているのか?」
「率直に言って分かりかねます。我々は人の心の裡までは覗けませんので」
「ぐむぅ……」
荒火が腕を組んで天を仰ぐ。
俺もまた黙して考える。
一聴、悪くない案だと思う。
クイズ形式を改めて一からやり直すとかだったら反発もしただろうけど。
だが、あいつらの想いはどうなる?
幸節は未来の。
墨市氏はおそらく過去の。
それぞれ自分っていう存在を全部乗っけて、絶叫している。
そう仕向けられて。
その意図に乗って。
決して引かぬ決意を抱いて。
それその物は、否定したくない。
余人では否定できない。
「ぐむぅ……」
思わず声が漏れた。
荒火と同じ唸りが。
「私はどちらでもいいわ。このままあの二人を晒し者にしないのなら」
第一声は判断の速い椰子泉さん。
それを皮切りにぱらぱらと。
敗者復活戦方向に勝者票が集まって。
「李野選手、回復薬により復調、撮影可能です!」
若手スタッフの連絡により、敗者復活戦を行うことに決まった。
若手スタッフはトンボ返りして黄石の下へ。
黄石は一度こっちを見て、閑君と頷き合い、司会席へ。
幸節は墨市氏に肩を貸されて解答席へ。
墨市氏から体が離れても、幸節はちゃんと立っていた。
へろへろの立ち姿ではあるが。
それは自分の解答席に戻った墨市氏も同じこと。
黄石は若手スタッフを撮影フレーム外へと戻し。
閑君が撮影再開を宣言し。
撮影スタッフが合わせてカチンコを鳴らし。
黄石が深く息を吸った。
続くのは両者敗北の宣告。
敗者復活の宣言。
その、発生をするための吸気の隙に。
幸節が奇行に走った。
「……なーにやってるんだ、李野くん?」
黄石の呆れた声も当然だ。
幸節、上着を脱ぎだした。
ソサエティーの証がその胸にプリントされた、黄色いTシャツを。
しかしその幸節の姿から、ひとかたならぬ強い意志が伺えた。
故に閑君はホイッスルを忘れて幸節に見入り。
黄石の判断を求める目線を黙殺した。
無音の時間。
幸節はもたもたとソサエティーシャツを脱ぎ切って。
ぎこちない手で、それでも丁寧に畳むと。
こちらに―― キングに、向き直った。
深く一礼。
「キング! これまでお世話になりました!」
「ぬ!?」
キングに走る動揺。
もちろんキングにわからんことは俺たちもわからん。
理由は。
だが言葉と行為の意味は、わかる。
李野くんが今、ソサエティーとの決別の意を告げたのだと。
「……何を考えているんだい李野君?」
黄石の言葉が意図の説明を幸節に促す。
「私は、中途半端だったのです」
幸節が語り出す。
「クイズ作家になりたい。そう願いつつも。クイズ戦士の集いに身を寄せていたのです」
言葉選びは丁寧。
「浅ましくも私は。作家と戦士。両取りという半端な立ち位置でぬるま湯に浸かっておったのです」
声色はおだやか。
「故。たった今。クイズ戦士としての未来を断ち切りました。私は」
常の幸節。
なのに。
「クイズ作家になりたい」
《くいずさっかになりたい》
想いが、通った。




