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殺せない殺し屋は、殺せる少女を護りたい。  作者: 暁月 愛結


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第七話 否定できない想い

 自宅に帰ってきた。

 本来なら、一人のはずの場所。

 けれど隣にはーー詩花ターゲットがいる。


(なんで、連れてきちゃったんだろ)


 ちらりと、横顔を盗み見た。

 そこにはもう、あの路地裏で見た切なげな表情は一切なくて。


(……あんな顔、見なきゃよかった)


 心の中で、悪態をつく。

 なぜ、自宅というパーソナルスペースに、命を狙い合っているはずの彼女がいるのか。

 時は、路地裏にいた辺りまで遡るーー。


 詩花を狙っていた複数人の殺し屋を行動不能にしたあと、伏し目がちに発された言葉。


『……どうして、でしょうね』


『……わたしが、教えて欲しいくらいですよ』


 まるで、何かを抱えているみたいな口ぶり。

 腕の怪我には相変わらず無頓着で。

 目を伏せたままの彼女の横顔が、どこかもの悲しげで、少しでも風が吹けば飛んでいきそうなほど儚く見えた。

 そんな珍しい姿に、なぜか胸が締め付けられた優絃は、意を決して口を開いた。


「……あのさ」


 ぽつり、と声をかけると、詩花が伏せていた目をそっと上げた。


「……とりあえず、ついてきなよ」


「……え」


「腕、怪我してんじゃん。結構さっくりいってるから。手当て、いるでしょ」


「いえ、これくらいは慣れているので別に……」


「地面に滴ってんの! いいから、ついて来い!」


 手早くスマホでジュジュに、回収依頼のメッセージを飛ばして、スマホをポケットへ滑らせた。

 その手で、詩花の手首を掴む。

 触れた箇所が、ピクリと震えたのを無視して、ぐい、と強引に引っ張る。


「ほら、行くよ」


 あまり人目につかないルートを選びながら、手を引いて移動する。

 会話もなく、わずかな気まずさを残しつつも、早足に歩き進めてーー。


 ーーそして、今に至る。


(ほんと、何してんだか……あたしは)


 はぁ、とため息をこぼす。

 ぼんやりと天井を見ている詩花をリビングに通して、救急箱を手に彼女のもとへ。

 それをテーブルに置いて、「そこ座って」と椅子に座るよう彼女に促した。

 慣れた手つきで消毒液をガーゼに染み込ませて、腕に刻まれた切り傷へと寄せる。


「沁みるから」


 そう声をかけて、ゆっくりとガーゼを当てる。なるべく傷に障らないよう、優しく当てたつもりだったけれど。

 本人は、顔色ひとつ変えなかった。

 まるで、何事もないような涼しい顔で、じっと手当されている様子を見ている。


(……能面かよ。ほんとに慣れてんのかい)


 ある程度の消毒が終わり、続けてガーゼを貼ろうと準備をしているところで、ガタリ、と椅子の動く音が鳴った。


「ありがとうございました」


「……は?」


 腰を浮かせる詩花に、優絃がまた手首を掴む。その瞬間、逃がさないようにと無意識に力が入った。


「ちょい、まだ動かないでよ」


「え、もう手当て終わりましたよね?」


「終わってないわ。まだ、傷口にガーゼ貼ってないじゃん」


「……必要、なんですか?」


「ばか。悪化したらどうすんの」


(こいつほんと、見た目に反して雑と言うか……)


 内心で呆れつつ、「いいから座る」と手首を引っ張ると、どこか納得いかなそうな顔でまた椅子に座った。


「不服そうな顔すんな」


 やり返しのつもりで、少し乱暴にガーゼを貼って、包帯を強めに巻いた。

 それでもやっぱり、彼女は無反応だった。

 手当ての間、触れていた詩花の肌は、人の体温とは思えないほどひんやりとしていた。


(……我慢してるとかじゃなくて、ほんとに痛みに慣れてるんか、こいつ)


 ふっと、顔を上げる。

 瞬間、すぐそばに詩花の顔が見えて、思わずハッと息を呑んだ。

 青く澄んだ瞳に、きめ細やかな白い肌。

 さっきまで、何も考えずに手を掴んだり、肌に触れたりしていたけれど。


(こいつ……中身はアレだけど、顔はやたら整ってるんだよな……)


 静かに目を伏せている彼女を無言で見ていると、わずかに眉を顰めた詩花が呟いた。


「……こんなことして」


「え?」


「あなたは、本当に殺し屋なんですか?」


「っ……うっさいな」


 こちらも顔を顰めて、詩花を軽く睨みつける。


「あんたこそ、あんなにサクサクと殺し屋たちを返り討ちにしておいて。ほんとに、ただのターゲットなの」


「さぁ……どうでしょうね?」


 囁くように言った詩花が、ふっと、笑みをこぼした。

 その微笑みがあまりにも無防備に思えて、


「っ……」


 優絃の心臓が、ドキッと跳ねた。

 わずかに顔が熱くなった気がしたけれど、それは違うと自分に言い訳をして。

 目を逸らして、救急箱を片付ける。


「……手当、終わったから」


 ぶっきらぼうに言うと、詩花が目を細めた。


「……お優しいんですね」


「は? 別に、ただの気まぐれだし。用が済んだら、すぐ追い出すから」


 吐き捨てるように返して、救急箱をいつもの棚へと戻した。

 詩花のもとに戻ると、彼女は落ち着きなく、部屋の中をキョロキョロと見回していた。

 その様子を訝しげに見ながら、「なにしてんの」と声をかける。


「ご自宅、広いんですね」


 興味津々な目が、こちらに向く。

 ただのアパートだけど……と思いつつ、口を開いた。


「……まぁ、一人暮らしだし」


 隠すことでもないため、普通に答えた。

 高卒で、成人も済んでいる。何もおかしな話ではない。それでもーー。


「……ご家族は?」


 眉尻を下げて、呟くようにまた問いかけられた。どこか、心配されているような空気を感じた優絃は、思わず頬をかいた。


「"ほんとの"家族は、ずっと前に事故で死んだ。今の家族は……まぁ、いないようなもんだし」


 包み隠さず、答えていた。

 誤魔化すなり、嘘をつくなりしてもよかったはずなのに。

 自分の口が、勝手に事実を紡いでいた。


(なんで、だろう。こいつ相手だと……)


 シン、と沈黙が降りる。

 詩花は何かを考えるように黙り込んでいて。

 その空気に耐えきれなくなった優絃が、今度は同じ問いを返した。


「……そういう、あんたは?」


「……え?」


「……家族。いないの」


 探り合いのような、不思議なやりとり。

 少しの間があって、詩花のほうもまた、伏し目がちに口を開いた。


「……いませんよーー最初から」


 その声は、温度がないように思えた。

 彼女の肌に触れたときと同じような、ひんやりとした感覚に、優絃は眉を顰めた。


(最初から、って……なんだよそれ)


 その言い方が妙に引っかかって、続けて、その言葉の意味を訊ねようとした。

 その前に、ガタリ、と椅子が鳴った。


「ありがとうございました」


 椅子から立ち上がった詩花が、丁寧な所作で小さく頭を下げた。

 非の打ち所がないほどの綺麗な所作に思わず見惚れていると、青い瞳がこちらを向いた。


「職場に行かなきゃならないので」


「え、あ……確かにそうか」


 困ったように笑う彼女を見て、カフェ店員が心配していたのを思い出した。

 分かった、と納得して言葉を返す。


「それでは、失礼します」


 また頭を下げてから、詩花は迷いのない足取りで玄関へ向かって行く。

 その背中を追いつつ、「あのさ」と小さく声をかけた。

 靴を履き終えた彼女が、こちらを振り返る。


「はい?」


「……や、その」


 頬をかきつつ、目が泳いでしまう。

 声をかけたはいいものの、その後に続ける言葉を何も考えていなかった。

 ぐっ、と詰まりつつ、口をついて出たのはーー。


「……気をつけなよ」


 そんな、心配の言葉だった。


「あんた、狙われまくってるし。今はその……怪我もしてるからさ」


 言い終えて、ふっと息を吐いた。

 泳いでしまっていた視線を、ゆっくりと詩花のほうへ戻す。

 見えた彼女は、きょとんとした顔で目を丸くしていた。青い瞳が見開かれて、彼女の薄い唇がわずかに震えている。

 と、思った瞬間ーー。


「……っ、ふふ」


 その瞳がかすかに潤んで、控えめな笑い声が玄関に響いた。

 くすくすと、口元に手を当てて上品に笑う姿を、優絃は軽く睨みつけた。


「な、何笑ってんのさ」


「いえ。つくづく、殺し屋らしくないなぁと思いまして」


「っ……ばかにすんな」


 今すぐ撃つぞ、とドスを効かせて言い返す。

 けれど、彼女はやっぱり笑っていた。


「それじゃあ、自称殺し屋さんの忠告をしっかり受け取りますね」


 ニコリと花のように笑って、詩花はそのまま優絃の自宅から出ていった。

 扉の向こうに小さな背中が消えていくのを、ほんの一瞬だけ、引き止めたいと思った。


 ーーその感情を、否定できなかった。

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