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殺せない殺し屋は、殺せる少女を護りたい。  作者: 暁月 愛結


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第十三話 次への約束

 会計を済ませて、店を出る。

 暖簾をくぐった瞬間、外の冷たい空気が肌に触れた。

 ひんやりとした風が、火照った頬を優しく撫でていく。


「……」


「……」


 お互いの口から、言葉は出なかった。

 さっきまでの会話が、まだ胸の奥に残っているせいか。

 それとも――。


 そのまま、並んで歩き出す。

 肩が触れそうで、触れない微妙な距離。

 街灯の明かりが、二人分の影をアスファルトに薄っすらと伸ばしていた。


「……あの」


 しばらく歩いたとき、先に口を開いたのは、意外にも詩花のほうだった。


「さっきは、少し踏み込みすぎましたね」


「……別に」


 言葉に困って、短く返す。

 視線は前を向いたまま、小さく首を振った。

 すると、詩花が続けた。


「嫌だったなら、すみません」


 申し訳なさを帯びた、素直な謝罪。

 その言葉と声音に、優絃はほんの少しだけ目を丸くした。


(……こいつ、こういうとこはちゃんとしてんのね)


 目を瞬かせつつも、「別に」と呟いて。


「……嫌じゃ、なかったし」


 ぶっきらぼうに返す。

 わずかに息を吸って、


「ただ……」


 ふと言いかけて、言葉が止まった。


 ――人は……勝手には、死にませんよ。

 ――少なくとも、わたしの知っている世界では。

 ――"殺さない"だけでは、生きていけない人もいるんです。


 彼女の紡いだいくつもの言葉が、脳内をリフレインする。

 口のなかに、苦い味が広がる感覚がした。


「……なんでもない」


 逃げるように、視線を逸らした。

 今は、何を言っても意味がない気がして。

 優絃はまた、口を閉ざした。


「……そうですか」


 詩花も、それ以上は追いかけてこなかった。

 そのまま、また静かに歩き続ける。

 ネオンの光に照らされながら、行くあてもなく歩き進んだ。

 そのときだった。


 ふらり、と。

 視界の端で、詩花の身体がわずかに傾いた。


「……っ」


 状況を把握するより先に、反射的に彼女の細い腕を掴んで引き寄せた。

 トッ、と軽い衝撃が胸元に当たる。

 同時に、詩花のすぐそばを、スーツを着たサラリーマン風の男集団が、真っ赤な顔に千鳥足で歩いていくのが見えた。

 その背中を、じっと睨みつけて。


「危なっかしいな、あんた」


 よろけたままの詩花を支えて、自力で立たせる。ほんの一瞬、彼女の頬が赤く染まったように見えた気がした。


「……少し、飲みすぎたみたいです」


 珍しく、ふわりと力の抜けた声。

 掴んだ腕は、酒を飲みすぎたにしては、やっぱりひんやりしていて。

 ほんの少しだけ、弱々しく見えた。


「……ほら、ちゃんと歩けんの?」


「はい……なんとか」


 そのまま、手を離そうとして。


「っ……」


 ――なぜか、離せなかった。


「……」


「……」


 お互いに、何も言わない。

 触れた箇所が、熱を帯びている気がする。

 それだけで、心臓がドキッと跳ねた。


 そのまま、腕を支え続けてしばらく――

 詩花が、ちらりとこちらを見た。


「……本当に」


 小さく、本当に小さく呟く。


「優しいですね」


「だから違うって」


 即座に否定する。

 思わず、彼女の腕を掴む手に、ぎゅっと力を込めた。


「飲ませた手前、転ばれたら面倒なだけ」


「……ふふ」


 控えめに、小さく笑う声。

 その響きが、どこか柔らかくて、穏やかで。

 優絃の胸の奥が、ぶわりとざわついた。

 その感覚から逃げるように、歩く速度を上げる。やがて、分かれ道に差し掛かった。


「……ここでいいよね」


 優絃が、ぴたりと足を止める。

 隣で、詩花の息遣いが聞こえた。


「……送らなくていいんですか?」


「ガキじゃないから」


 パッと、手を離す。

 手のひらから、温度が消えた。


「……そうですね」


 詩花は、眉尻を下げて薄く笑った。


「今日は、ありがとうございました」


「……別に」


 その笑みから目を背けて、ぶっきらぼうに返す。

 頬を掻きつつ、彼女へ背を向けようとして――


「……あの」


 なぜか、呼び止められた。

 優絃は、振り返ることなく口を開く。


「……なに」


「また」


「……また?」


「……こうして、お話しできますか?」


「……は?」


 思ってもみなかった言葉に、思わず振り返る。

 視界の中に捉えた詩花は、少しだけ不安そうに、それでもまっすぐこちらを見ていた。


「……その、観察ではなく。ただ、今日みたいな交流として……」


「……っ」


 言葉が、出ない。

 代わりに、ごくりと息を呑んだ。

 彼女の青い瞳が、あまりにも潤んでいて。

 薄い唇が、あまりにも震えていたから――。


「……まぁ、気が向いたらね」


 それだけを返した。

 顔が熱くなる感覚を隠すように、人差し指で頬をかく。

 すると、ちらりと見た詩花の表情が、ゆっくりと緩んでいって。


「……はい」


 彼女は小さく頷いて、そっと背を向けた。

 そうしてそのまま、ネオンの照らす夜の中へと歩いていった。

 ゆっくりと遠ざかっていく背中。

 その姿を、優絃はしばらく見つめた。


(……なにさ、それ)


 顔中に、熱がこもっている。

 胸の奥が、じんわりと温かい。

 理解できない不思議な感覚が、少しずつ広がっていく。

 その感情の名前を探そうとした。

 そのとき――。


 ブブッ、と。

 ポケットの中のスマホが、小刻みに震えた。


「……っ」


 慌てて取り出して、画面に目を落とす。

 表示された名前に、表情が一瞬で引き締まる。


 ――ジュジュ。


 そして、メッセージ。


『やばいの掴んだ』


 短い一文。

 けれど、それだけで十分だった。

 背筋に、冷たいものが走る。


(……来る)


 さっきまでの温かさを塗りつぶすように駆け巡る、ぞわりとした嫌な予感。

 ひやりと、四肢の末端が冷えていく。

 その冷たさから逃げるように、夜空を見上げた。

 星は、ひとつも見えない。

 ただ、底のない暗闇だけが広がっていた。


 その奥で何かが動き出している気がして――

 優絃は、ゆっくりと拳を握りしめた。

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。一ヶ月ほど前から小説を投稿を始めた初心者です。文章がとても読みやすかったです。百合作品は創作物ではあまり読んでこなかったのですが、この2人の関係がどのように変わっていくのか気になるので…
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