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1 服交換事件

プロローグ


「美紀さん、あなたに我が黒魔術研究会の無難な最優(セイバー)の称号を授けます!」


黒魔術研究会の部長、花子は高らかに宣言した。


「……は?」


私は頭を抱えながら、なんでこんな事になってしまったのか……とため息をつく。

(Fateのガチ考察とかパロとかはないのでご心配なく。ただの中二病です) 


全ての始まりは、一ヶ月ほど前の、あの飲み会の罰ゲームだった――。

 五月初旬の気持ちの良い天気のなか、私は大学のキャンパスを歩いていた。

 神奈川県相模原市にある私立神奈川中央大学、略して『神奈中大』

 その神奈中大3年生の私に後ろから声が掛けられる。

「おはよう、美紀」

 後ろから声がした。青いパーカーの沙織だ。鉄仮面とか処刑人とか陰で呼ばれてるけど、私には昔からの毒舌友人。

「この前借りた参考書、重いから夕方直接返しに行っていい?」 

「あ、ごめんね。今日の夜、同じ授業受けてる人で集まって飲み会があるから夕方は家にいないかも、土曜になっちゃうけど…明日でもいいかな?」

「そう、明日は図書館のバイトがあるから少し遅くなるかもしれないけど、それで良ければ」

「うん、大丈夫だよ。別にポストに入れてくれてても良いのに、律儀だね」

「遠くではないし別にいいわよ、あの本、結構分厚いし無理にポストに入れて破損させたく無いしね」

 そう言って、沙織は私と別の授業を受けるため講堂に入って行った。私も講堂に向かおうとした時に、何かの紙が風で飛んできて足元で止まった。

 何気なく拾い上げて読んでみる。


「黒魔術研究会〜深淵に挑んでみませんか?これであなたも全てを汁物!」


 微妙に下手な手書き文字とプリントアウトした文字&魔方陣的なイラスト。中二病サークルの勧誘のチラシだろうというのが嫌でも伝わってくる。 

(味噌汁の真理に挑むサークル……? いや、絶対ただの誤変換だろ……でも中二病ってこういうの好きそうだしな)

 

「あ、知る者の変換ミスか」

 

 サークル勧誘のピークは四月だけど、メンバーは集まったのだろうか。余計な心配をしながら、何となくその場にチラシを放置するのも気が引けたので、カバンに入れてその場を後にした。


――チラシの裏に、なんか怪しい御札みたいなものが貼ってあった気がするけど……その時の私は気付かなかった――


◇ 

 

「それでは皆さんが無事に進級出来た事を祝いまして……カンパーイ!」

 幹事を務める4年生、梨衣菜さんの威勢のいい音頭で飲み会が始まった。

 この『歴史学特論』という授業は、理系学部のくせに趣味の色が強すぎる自由科目だ。そのため、受講者は多くなく私を含めて物好きばかり。ほぼ全員が顔見知りで、親睦会という名の飲み会もそれなりに盛り上がる。

「ぷはぁ、美味しい……」

 一口飲んで、私は正面に座る梨衣菜さんを盗み見た。

(……梨衣菜さん、今日も一段と攻めてるなぁ)

 金髪のロングヘアに、胸元が大胆に開いた黄色いタートルネック。しかもボトムスは超がつくほどのミニスカートだ。

 私には逆立ちしても真似できない。もし私がそんな格好をして大学を歩こうものなら、翌日には「美紀がパパ活を始めた」とか「怪しいマルチ商法に手を出した」なんて噂を立てられ、社会的に死ぬ自信がある。

 私は、自分のチェックシャツとデニムスカートという「無難の象徴」のような格好を眺めて、そっと溜息をついた。

 だが、この時の私は知らなかった。

 平和な飲み会の裏で、最悪の『悪ノリ企画』が牙を剥いていたことに。

「はーい、みんな注目! ここらで余興の『罰ゲームくじ』をやりまーす!」

 梨衣菜さんが抽選箱を取り出す。

「ルールは簡単!

 全員でじゃんけん負け残りでペアになる!

 ペアのどっちかの人がくじを引いて罰ゲーム実行!

 王様ゲームみたいな感じだね♪」

 (「感じだね♪」じゃないってば!) 

 私は祈る

 (負けませんように。負けませんように……!)


 負けた

 

「あちゃー、私も負けちゃった」

 梨衣菜さんが、楽しそうに笑っている。あなたが考えた企画ならそれでもいいでしょうがね。

「ごめんね美紀ちゃん。じゃあ、くじ引いてもらってもいいかな?」

「変なのは、入ってないですよね……?」

「大丈夫大丈夫! キスしろとか、そんな卑猥なのは入れてないから!」

 その言葉を信じて、私が震える手で引き抜いた紙には、こう書かれていた。


「『とりかえばや物語ごっこ

 (着ている服を交換し、相手になりきること)』」

「……は? あの、男女逆転で宮廷で出世するヤツですか?」

「歴史学科的には当たらずとも遠からず!(てへぺろ)」

「てへぺろで済まないですよ! 私、平安の履修去年で終わってますし!」

  

 抗議も虚しく、酒が入ってテンションの上がった周囲の声に押され、私は梨衣菜さんと居酒屋のトイレに向かう羽目になった。

「美紀ちゃんのシャツとスカート。……わ、なんか柔軟剤のいい匂いがする」

「梨衣菜さん、これ……本当に着るんですか? 下着のラインとか、いろいろアウトじゃないですか?」

 数分後。


 鏡の前に立った私は、絶句した。

 胸元が……開きすぎてる。風が通り抜けるレベルでスースーする。

(これで歩いたら、明日の講義で「美紀、パパ活始めた?」って噂が立つ未来しか見えない……)

 でも、なぜか悪い気はしなかった。

「……ふふ、意外とイケるかも? 梨衣菜さんになりきるんだから、もっとこう、セクシーに笑わないとダメかな?」

 自分でもびっくりするくらい声が弾んでた。


 結局、閉店時間まで盛り上がり続けた私たちは、服を元に戻すタイミングを完全に見失ってしまった。

 

「美紀さん、本当に大丈夫? だいぶ酔ってるみたいだけど……」

 梨衣菜さんの妹・梓ちゃんが心配そうに声をかけてくる。

 2年生で料理研究会所属らしく、いつも飲み会の残り物処理を手伝ってくれる子だ。

「ううん、大丈夫だよぉ。えへへ……この服、土日借りてるってことでいいよね?」

「うん、お姉ちゃんにちゃんと洗って返させるから。せめてコートはちゃんと着て帰ってね。…あ、もし明日二日酔いになったら、うちの料理研究会の『二日酔いに効くスープ』作ってあげるよ? 連絡してね」

「へへ、ありがと……梓ちゃん優しい……」

 梓ちゃんは苦笑いしながら手を振ってくれた。

 私はフラフラしながらタクシーに乗り込み、ようやく自宅の玄関に辿り着いた。

 コートを脱ぎ捨て、全身鏡の前に立つ。

 胸元がスースーする派手な服の私。

(……悪くない、かも)

 そんな危険な思考に浸っているうちに、睡魔が一気に来た。

 梨衣菜さんの服を着たまま、私は高鳴る胸を抱えてベッドに倒れ込んだ。

 靴下を脱いでスマホをさわっていたところまでは覚えているが、そのあたりで記憶が途切れた―ー


 ◇

 

 ――ピンポーン


「うわあぁ!」 

 インターホンの音で飛び起きた。枕元の時計……午後6時。午前じゃなく午後だ。

 ほぼ丸一日死んでた…、貴重な土曜日が…

 沙織の声が機械越しに聞こえる。

「美紀、参考書返しに来たけど居るの?」

「ごめん、寝てた! 今開ける!」

 寝ぼけていた私は、寝起きのままドアを勢いよく開けてしまった。

 沙織は石像化した。

「……美紀、あなた。何、その破廉恥な格好」

 胸元スースー、太もも短すぎ。

 梨衣菜さんの服着たままだった……!

「ひゃあああああ!!」

 私はその場にしゃがみ込む、沙織は珍しく目を見開いていた。

(……沙織のあんな顔、初めて見たかも)

 二日酔いの頭を抱えながら部屋着に着替えてお茶を淹れ、昨日の『服交換事件』から今にいたるやむを得ない事情を説明する。

 友なら分かってくれるはず……!

 沙織はため息混じりにまとめた。

「梨衣菜さんの服を着たら人格が乗っ取られてドスケベ覚醒、無敵気分で寝落ち。理解したわ」

 分かってはくれなかった。

「語弊があるわよ! 今はもう魔法解けてるから!」

「はいはい…、あら?あのチラシの裏に御札みたいなのくっついてるけど、気づいてた?」

「え?」

 沙織の目が私のカバンからはみ出している例の中二病なチラシに向いた。確かに、蛇みたいな文様の御札のような紙。

 沙織は一瞬目つきを変え、「あいつ……いや、まさか」と呟くと、迷わず剥がしてビリビリ破いた。

「ちょっと、大丈夫なの!?」

「たぶんね。二日酔いなら帰るわ。ちゃんと休みなさい」

 帰ろうとする沙織を慌てて引き留め、梨衣菜さんのニットを指差す。

「これ、預かってくれない? 家にあるとまた着ちゃいそうで……」

「冗談じゃない。そんな呪いのアイテム、こっちまで汚染されるわ。自分で返しなさい」

 沙織の目が絶対零度に急降下した、怖い。


 ◇

  

 休み明け、梨衣菜さんと待ち合わせて早々に呪いのアイテム…ではなく服を返却した。

「美紀ちゃんの服も返すね、この服着てたら優等生オーラ出たっていうのかな。レポート捗っちゃった!」

 ……ずるい。

 かくして『服交換事件』は幕を下ろした。

 ……はずだった。

 

 帰宅するとポストに宅配の小包が入っていた。何か注文したっけと思いながら開封すると

 ――漆黒レース、大胆カット、どう見ても過激仕様の下着セット。

「……あ」

 思い出した。あの夜、梨衣菜さんの服で無敵気分になり、スマホで「もっと合うやつ!」とポチった記憶、しかもご丁寧にお急ぎ便で。 

「いやぁぁぁああああああ!!!」

 私は絶叫し、それを押し入れの最奥へ放り込んだ。

 呪いを手放したと思ったら、自らの業でさらに強力な呪いを召喚してしまった。

 私は、己の適応力の高さ……いや、業の深さに、心底恐怖した。

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