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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第9話 規格外の《経験値獲得量一万倍》

 夕暮れ時のパーティハウスには、冒険を終えた者だけが纏う埃っぽさと、戦いを生き延びた体温の名残が、ゆるやかに混ざり合っていた。


 開け放たれた窓から差し込む橙色の光が、磨かれた床板の上に長い影を落とす。革鎧の擦れる音、金属の微かな軋み、そして安堵を含んだ吐息。偵察任務を終えたSランクパーティ『白銀の乙女』の帰還は、確かに誇るべき成果を伴っていた。


 だが――。


 その光景は「英雄の凱旋」と呼ぶには、あまりにも様子が違った。


「ユキ、今日はお疲れ様! お前の『幸運』がなかったら、ルナの奴が丸焦げになるところだったぞ!」


 くれないの髪を揺らしながら、アリアが豪快に笑う。次の瞬間、ガシガシと乱暴に、けれど確かな慈しみを込めて、俺の白い髪を撫で回してきた。戦場を駆ける風のような彼女の匂いが、至近距離で鼻腔をくすぐる。


「ユキくん、怖くなかったですか? 本当に――本当によく頑張りましたね、よしよし」


 フィーナが蕩けるような聖女の微笑みを浮かべ、柔らかな両手で俺の頬を包み込む。光を宿した碧眼が真正面から覗き込み、清潔な石鹸の香りがふわりと漂う。その温もりに、思考がわずかに鈍る。


「……ユキ。今日の論理的なファインプレー、感謝する。だから、離さない」


 青髪を揺らすルナまでもが、俺の服の袖をぎゅっと掴み、紫色の瞳でじっと見つめてくる。理知的なはずの大賢者が、なぜか子供のように距離を詰めてくるのだから始末に負えない。


 結果――。


 俺は三方向から完全包囲されていた。


(……やれやれ、これじゃポーターっていうより、迷子の子犬扱いだな)


 内心で苦笑しつつ、俺――ユキは「弟分」という便利な仮面を被ったまま、彼女たちの過剰な接触をやり過ごす。最強の力を隠し、裏から無傷で守り抜くという任務は、魔王と対峙するよりもよほど神経を摩耗させる。


 ようやく解放された俺は、逃げるように自室へと滑り込んだ。


 ポーターには不釣り合いな豪華な客室。シルクのカーテンが夕風に揺れ、柔らかな橙光が室内を染めている。重厚なベッドに身を投げ出せば、沈み込むような感触が全身を受け止め、戦場で蓄積した疲労をゆっくりと吸い上げていった。


「……さて。確認しておくか」


 低く呟き、まずは《土魔法》の《探知ソナー》を展開する。床下、壁の向こう、天井裏――微細な振動まで拾い上げ、周囲に気配がないことを確かめる。


 問題なし。


 俺は唯一公表している《アイテムボックス》を起動するふりをして、脳内にのみ存在する真実ステータスを呼び出した。


 【名前:ユキ】

 【職業:ポーター:レベル 1617】

 【スキル】

 《偽装:レベル 1890》

 《経験値獲得量一万倍》

 《アイテムボックス:レベル 1730》

 《土魔法:レベル 1334》


「……また、上がってるじゃないか」


 視界に浮かぶ「1617」という神話級の数字。その現実味のなさに、肺の奥から深い溜息がこぼれる。


 今日の任務で、俺は一度も剣を振るっていない。


 ただ、Sランクの彼女たちが魔物をなぎ倒す後方で、荷物を背負い、索敵を補助し、偶然を装って戦局を整えていただけだ。


 だが、この世界の理は、どこまでも平等で、そして残酷だ。


 パーティを組んでいる以上、獲得した経験値は均等に分配される。


 そして、俺の転生特典にして最大の呪い――《経験値獲得量一万倍》が、その微々たる経験値を容赦なく「巨大な奔流」へと変換する。


 彼女たちにとっての「チリ」のような経験値も、俺にとっては「山」となって降り積もる。


 レベルが上がれば、スキルもまた俺の意思を無視して進化する。《土魔法》はすでに地形を書き換え、都市を築き、国家を再建できる領域にまで達していた。もはや万能チートと呼んで差し支えない。


 だが――この力は、俺が最も嫌う「光」を呼び寄せる。


 目を閉じれば、焼き付いて離れない光景が蘇る。


 十数年前、リゼルド帝国の炎に包まれたアルトリア王宮。崩れ落ちる天井、血と煙の匂い。赤子だった俺を抱え、血反吐を吐きながら逃げ延びたセバスたちの悲鳴。


 俺は、国を救う「勇者」として召喚されながら、何も救えなかった。


 ルキーユ・ルド・アルトリア。


 それが、俺の本当の名だ。


「帝国に見つからず、目立たず、平穏に生きる」


 それだけが、俺の唯一の生存戦略。


 もし俺が「規格外の力を持つ王子の生き残り」だと知られれば、リゼルド帝国の暗殺部隊『影』が、この安らぎを根こそぎ奪い去るだろう。


 平穏を得るために潜り込んだSランクパーティでの活動が、自分を最強の怪物へと押し上げ、結果として帝国に見つかるリスクを高め続けるという皮肉。


 俺のスローライフは、常に薄氷の上にある。


(……いや、考えるのはよそう。今はまだ、この『仮面』が機能している)


 《偽装》を再確認し、ステータスを「レベル1」へと固定する。完璧だ。誰がどう見ても、俺は非力なポーターに過ぎない。


 コンコン、と。


 控えめだが力強いノックが、静まり返った室内に響く。


「ユキ! ルナが空腹で皿を叩き始めた! 晩飯、今日はシチューだったよな!?」


 扉越しに飛び込んでくる、アリアのどこか楽しげな怒鳴り声。さきほどまで戦場で剣聖として君臨していた女と同一人物とは思えない。


「はいはい。今行きますよ」


 俺は立ち上がり、深く息を吐く。

 最強の力は、心の最奥へ。


 偶然という名の奇跡を演出しながら、今日も愛すべきポンコツたちの胃袋を支えにいく。


 亡国の王子、ルキーユ・ルド・アルトリア。

 彼の本当の戦場は、いつだって――この賑やかな日常を守るためにあるのだから。

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