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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第57話 二重生活(ダブルフェイス)のスローライフ

 クレセント辺境伯領は、未曾有の危機を脱し、勝利の歓喜に包まれていた。  


 Sランクパーティ『白銀の乙女』が王国の秘密兵器と共に、帝国の古代ゴーレムを退け、地上軍を捕縛したという報せは、瞬く間に市民の間へ広まった。


 アリアたちは今や、フェルゼン王国の辺境を守り抜いた不屈の英雄として称えられている。


「ユキ! もっと肉を焼いてくれ! 今日は危ないところだったが、王国の秘密兵器のおかげで何とかなったな!」  


 パーティハウスのダイニングルームでは、アリアが燃えるような赤髪を乱し、上気した顔でビールジョッキを掲げていた。


「……アリア、声が大きい。……ユキ、ステーキ。脂身の多い部位を要求する。脳の栄養が枯渇しているわ……」  


 ルナが俺の服の裾をぎゅっと掴み、紫色の瞳を潤ませながら皿を差し出してくる。


「あらあら。ユキくん、本当によく頑張ってくれました。今日は私がお肉を切ってあげますからね。さあ、あーんしてください」  


 フィーナが聖女の微笑みを浮かべ、石鹸の香りを漂わせながら至近距離まで顔を寄せてくる。


 俺、ユキは、彼女たちの世話を焼きながら、心の中で深い溜息をついた。


(……なんとか、レベル1のポーターの顔は守り通したな)  


 アリアたちは、フェルゼン王国が援軍として派遣した古代ゴーレムで、帝国の兵器を粉砕したと信じて疑っていない。


 あのゴーレムに、俺が乗っていたことなど知る由もない。  


 俺は「レベル1のポーター」という完璧な仮面を維持し、英雄たちの胃袋を掌握することで、自らの正体を隠蔽し続けていた。


 深夜。

 お姉さんたちが祝勝会の疲れで寝静まったのを確認し、俺は音もなくハウスを抜け出した。  


 向かったのは、地下四百メートルにある古代遺跡の秘密基地だ。

 そこでは、背筋を伸ばした初老の紳士セバスと、水色の髪を揺らす令嬢セレスティーナ・クレセントが俺を待っていた。


「王子。旧アルトリア王国の各拠点から報告が届いております。祖国奪還のための反乱準備は、想定を上回る速度で最終段階へ移行しました」  


 セバスが恭しく、一通の報告書を差し出した。

 そこには五千を超える兵の配置と、帝国内部の協力者たちのリストが記されている。


「ジャガーは本国へ戻り、正体不明のゴーレムの存在を報告するでしょう。帝国が本格的な再侵攻を決めるのは時間の問題ですわ」  


 セレスティーナが蜂蜜色の瞳を細め、俺の隣に座って肩を預けてきた。


「ユキ様。わたくしと結んだ『婚約者』という立場は、すでに王都の社交界で既成事実化しつつあります。あなたが『無能なポーター』としてハウスで過ごす日常は、わたくしが守り抜いて差し上げます。……その代わりに、あなたは裏で『王子』として、わたくしの知略に応えてくださるのでしょう?」


 彼女の確信犯的な誘惑を含んだ囁きに、俺は胃の痛みを感じながらも、覚悟を口にした。


「……分かっています。俺が望む平穏な日常は、この街が帝国に飲み込まれれば、二度と戻ってこない」  


 俺は報告書を足元の影に沈め、瞳に冷徹な支配者としての光を宿した。


「俺は自分の力を使う。アリアさんたちのポンコツな笑顔と、この騒がしい日常を維持するために。……セバス、計画を進めろ。俺はポーターとして彼女たちを守りつつ、裏から王として帝国の野望を地の底へ埋める」


 数時間後。

 夜明け前の薄明かりの中、俺はハウスへと戻った。  


 玄関を開けると、そこには寝ぼけ眼でリビングまで降りてきていた三人がいた。


「ユキ……どこに行っていたんだ。一人は……寂しいだろう……」  


 アリアがふらふらと歩み寄り、俺の胸に頭を預けてくる。


「……ユキの気配が消失して、生存確率が低下したわ。……朝食の準備、開始しなさい」  


 ルナが反対側の腕を掴んで離さない。


「あらあら、ユキくん。どこにも行かないでくださいね。よしよし」  


 フィーナが背後から俺を抱きしめ、柔らかな母性で包み込む。


 三者三様の重すぎる愛に翻弄される、贅沢で不自由な「甘い地獄」。  

 俺は彼女たちの温もりを受け止めながら、窓の外に広がる星空を見つめた。  


 昼は彼女たちに溺愛される無力なポーター。

 夜は地下で世界を動かす亡国の王子。  


 面倒なことになったが、この日常を守るためなら、世界を敵に回すのも悪くない。


(……さて。とりあえず、特製のステーキソースでシチューを作り直すか。……俺の戦いは、ここからだな)


 最強のポーターと、亡国の王子の二重生活。  


 世界を欺く隠密生活は――

 さらに騒がしく、愛おしい檻の中で、終わりなき幕を上げたのだった。

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