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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第30話 聖女の祈りと奇跡のスープ

 帝国の暗殺者『ジャガー』が王都の雑踏に紛れ、猛禽のような金色の瞳で俺たちを監視し始めている――その不穏な情報を侍従セバスから受け取って数日。  


 パーティハウスのリビングには、磨き上げられた大理石を琥珀色に染める柔らかな朝陽が差し込んでいたが、俺の背筋を撫でる空気には、常に冷たい緊張感がこびり付いていた。


 だが、それを「レベル1のポーター」という温和な微笑みの下に隠し、俺はいつものようにエプロンを締め直す。


 そんな折――

 俺たち『白銀の乙女』は、クレセント辺境伯から直々の依頼を受けた。



 **


「隣接領地への、魔導ポーション輸送任務……。Sランクが受けるにはあまりに低難度な依頼ですが、夜会での貸しもありますからね」  


 俺がそう言うと、御者台に座ったアリアが燃えるような赤髪を揺らして笑った。


「まぁ、遠足みたいなもんだ! ユキ、弁当はまだか! 腹が減っては剣聖の面目が立たんぞ!」  


 彼女の突き出す拳からは、戦乙女特有の清々しい野生の花の香りと、隠しきれない熱い体温が漂ってくる。


 馬車の中では、ルナが俺の作ったサンドイッチを小動物のように頬張り、フィーナが「ルナさん、端からマヨネーズが……」とおっとり微笑みながら彼女の口元を拭っていた。


 平和そのものの光景。

 だが、俺の《土魔法:広域探知ソナー》は、馬車の背後を付いてくる複数の「羽音」を捉えていた。


 ジャガーの使い魔だ。


 奴は俺を「無害なペット」と断じつつも、パーティ全体の戦力を見極めるために監視を緩めていない。



 **


 馬車に揺られること半日。

 目的地近く、豊かな農地に囲まれていたはずの境界の村に差し掛かった瞬間、その「遠足」の空気は絶望へと塗り替えられた。


「……なんだ、これは。……嘘だろう?」  


 アリアの快活な声が、見たこともないほど低く震えた。  


 数日前の豪雨。

 それが引き起こした大規模な土砂崩れは、平和な農村の半分を無残に飲み込んでいた。


 倒壊した家屋、泥濘に沈んだ街道。

 そして何より、村の命脈である広大な農地が、数万トンはあろうかという分厚い土砂と巨大な岩石の下に埋没していた。


「……見過ごせません」  


 聖女フィーナが、普段の穏やかさをかなぐり捨てて馬車を飛び出した。

 彼女は負傷者が集められた泥だらけの広場へ駆け込むと、即座に杖を掲げた。


「……ひどい……。みなさん、今すぐ治療します! 《ワイド・ヒール》!」  


 聖女フィーナが、普段のおっとりした様子をかなぐり捨てて広場へ駆け込む。

 サファイアブルーの瞳から慈愛の光が放たれ、負傷者たちの傷が癒えていく。


 アリアとルナも、二次災害の警戒や瓦礫の撤去へと即座に動いた。


 しかし、治療が一通り終わった頃、村を支配したのは感謝の声ではなく、腹を空かせた子供たちの泣き声と、重苦しい沈黙だった。


「……食料庫が、土砂の下なんです。蓄えていた冬越しの小麦も、何もかも……」  


 村長の絶望的な呟きに、フィーナが杖を握る手を震わせた。

 彼女の聖魔法は傷を塞ぐことはできても、空腹を満たすことはできない。Sランクパーティとしての圧倒的な武力も、物理的な欠乏の前では無力だった。


「……少し下がっていてください」  


 俺、ユキは、ポーターのリュックを下ろすと、唯一公表しているスキル《アイテムボックス》を起動した。


「ユキ? 救援物資なら、ギルドの備蓄が少しあるだけだろう?」  


 アリアが不思議そうに首を傾げる。


 俺は「ポーターは不測の事態に備えるのが仕事ですから」と適当な言い訳を口にしながら、ブラックホールのような収納空間から、次々と物資を取り出した。


 業務用のでかい大鍋。薪。

 そして、セバスたちが用意してくれた王宮御用達の新鮮な根菜と、時間停止機能によって切り立ての鮮度を保った『クリムゾン・バッファロー』の塊肉だ。


「……ユキ。その肉、Aランク魔獣。なぜ持っているの?」  


 ルナがアメジストの瞳を細めて疑念を向けるが、俺は「たまたま、特売で仕入れておいた幸運ラッキーな備蓄ですよ」と《偽装》を込めて微笑んだ。



 **


 調理は神速だった。

 俺の指先は、宮廷料理人すら置き去りにする精度で野菜を刻み、肉を炒める。  


 ジューッという官能的な音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いと、ハーブの清涼な香りが村の広場に広がっていく。


 絶望に沈んでいた村人たちの鼻先が、ぴくりと動いた。


「……ユキの料理。細胞が……再生を求めている」  


 ルナがふらふらと鍋に吸い寄せられ、アリアも「これは……元気が出る匂いだ!」と、大型犬のように目を輝かせる。


 一時間後。  


 広場では、村人たちが俺の作った具沢山のスープを頬張っていた。


「うまい……。生きててよかった……」

「聖女様、ありがとうございます……!」  


 感謝の矛先が自分に向いていることに、フィーナは困惑しながらも、穏やかな笑顔を見せた。だが、スープを配り終えた頃、俺は彼女が再び農地を見つめて青ざめているのに気づいた。


「……フィーナさん?」


「ユキくん……。わたくし、怖くなりました。命を繋ぎ止めても、この村の『明日』がありません」  


 彼女の視線の先には、農具もろとも土砂に埋まり、修復不可能なほどに寸断された水路が広がっている。


「農地を失った彼らは、このスープが尽きた後、どうなるのでしょう。私には……大地を元に戻す力なんてありません。私は、偽物の聖女です……」  


 フィーナは俺のポーター服の裾をぎゅっと掴むと、そのまま崩れるように膝をつき、泣き出した。


 清潔な石鹸の香りに混じり、彼女の体温と震えが俺の足に伝わってくる。

 彼女の「重すぎる責任感」と「母性」が、無力感によって悲鳴を上げていた。


 アリアもルナも、物理的な破壊のスケールを前にして、かける言葉を持たなかった。  


 俺は、お姉さんたちの死角で、誰にも気づかれないように右足のつま先で地面を軽く叩いた。足裏から伝わる《ソナー》が、土砂の下にある本来の地脈の形を克明に捉えている。


(……彼女達を泣かせたままにするのは、俺の『平穏』に反する)


 俺はフィーナの震える肩をそっと抱き寄せるように支え、穏やかな声で告げた。


「今日はゆっくり寝てください。……明日になれば、きっと神様がなんとかしてくれますよ」  


 俺の不自然なほどの確信に満ちた言葉を、彼女は「弟の励まし」として受け取ったのか、涙を拭って頷いた。


(……神がいなけりゃ、俺が代行するだけだ)  


 月が昇り、静寂が訪れるのを待ちながら、俺は深夜の「大仕事(地形操作)」に向けて魔力を練り始めた。

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