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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第27話 名探偵ルナの敗北と神をも欺く仮面

 クレセントを包み込む夕闇が、パーティハウスの白亜の壁を濃密なオレンジ色に染め上げていた。  


 俺、ユキは「買い出し」という名目の隠れ家訪問から戻り、玄関の重厚な扉を潜った。背中のリュックには、ルナの好物である最高級の砂糖をまぶした焼き菓子が忍んでいる。  


 道中、侍従セバスから告げられた帝国の暗殺者『ジャガー』の潜入という不穏な報せ。それを「レベル1のポーター」という穏やかな微笑みの下に隠し、俺はリビングへと足を踏み入れた。


 だが、そこにはアリアの快活な笑い声も、フィーナの穏やかな祈りもなかった。  


 代わりに待っていたのは、銀髪を不敵に揺らし、アメジストの瞳を妖しく輝かせた大賢者ルナだった。


 彼女は壁に背を預け、腕を組んで俺をじっと見つめている。

 その表情には、すべてを解き明かした者特有の、絶対的な自信が漲っていた。


「……ユキ。待っていたわ。この私の目は、もう誤魔化せない」


 ルナは音もなく距離を詰めると、俺のポーター服の袖を細い指先で強く掴んだ。

 驚くほど熱い彼女の体温が伝わってくる。


「私の部屋に来なさい。……逃走は許可しない」


 有無を言わさぬ魔力の圧力に押され、俺は二階の奥、魔導書と実験器具が混沌と積み上がる彼女の研究室へと引きずり込まれた。


 ルナは入室するなり、背後でドアに鍵をかけた。

 カチリ、という無機質な金属音が、この部屋が「真実を暴くための尋問室」となったことを告げた。


 古い紙とインク、そして焦げたオゾンの匂いが立ち込める密室。


「……さて、事件の整理をしましょうか、ポーターさん」


 ルナは椅子に深く腰掛け、組んだ足の上で優雅に指先を合わせる。

 その姿はまさに、犯人を追い詰める名探偵そのものだった。


「あなたの言動には不自然な点が多かった。私は不審に思いながらも、そういう偶然もあるかと納得してきた。けれど――辺境伯の夜会での『完璧な王宮舞踏』」


 ルナは立ち上がり、至近距離で俺の瞳を覗き込んできた。


「……あのステップ。重心の移動。あれは、十数年という月日を王族としての教育に捧げた者にしか不可能な芸術。……結論を言うわね。ユキ、あなたは何らかの理由で身分を隠している。……そうでしょう?」


 俺は内心で冷や汗を流しながらも、「レベル1のポーター」という困惑の表情を完璧に維持する。


 さすがはSランクの大賢者、論理の積み上げ方が正確すぎる。

 だが――。


(……この人には敵わないな)


 俺は心の中で、脳内に浮かぶ神話級の隠蔽スキルを起動させる。

 《偽装:レベル 1890》。  


 偽装レベル10程度であれば、ステータスの数字を表面上書き換えることしかできなかったが、1000を超えた現在のレベルならば、世界のシステムそのものを欺くことができる。  


 それはもはや、《神をも欺く偽装パーフェクトフェイク》と呼ぶべき神話の領域。高位魔法の干渉を遮断するだけでなく、鑑定者の脳内に「偽りの真実」を直接流し込み、違和感すら抱かせないことが可能となっていた。


「……買いかぶりですよ、ルナさん。俺はただの、運が良いだけのポーターです」


「……まだ、その『レベル1』という仮面で私を愚弄するつもり? いいわ。私の『魔眼』が、あなたのその余裕ごと、すべてを暴いてあげる」


 ルナのアメジストの瞳が、紫の魔力で燃え上がるように輝いた。

 全魔力がその一点に収束し、部屋の空気が物理的な重さを伴って振動する。


「――《真名鑑定トゥルー・アナリシス》!!」


 それはあらゆる偽装を剥ぎ取り、魂の深淵まで強制的に読み取るSランク大賢者の奥義。彼女は勝利を確信し、俺の「四桁のレベル」や「アルトリア王家の血脈」が暴かれるのを期待して、その目を見開いた。  


 しかし――

 次の瞬間、ルナの顔から余裕の笑みが完全に消え去った。


「…………え?」


 彼女の眼に映し出されたのは、あまりにも無慈悲な「現実」だった。


 【名前:ユキ】

 【職業:ポーター:レベル 1】

 【スキル:《アイテムボックス》】

 【称号:白銀の乙女所属】


 そこには、一点の曇りも、魔力の揺らぎもなかった。


 俺の《神をも欺く偽装》は、ルナの全力を正面から受け流し、彼女の脳内に「彼は正真正銘のレベル1である」という情報を、反論の余地のない確信と共に叩き込んだのだ。


「……うそ。ありえないわ。私の鑑定魔法が、拒絶された形跡さえない……? 本当に、ただのレベル1なの……?」  


 ルナは、よろめくように一歩後ずさった。

 彼女は自らの鑑定魔法を何度も上書きするようにスキャンを繰り返すが、結果は残酷なまでに変わらない。


「本当に……? 舞踏術も、スキルも……何一つ持っていない……。じゃあ、これまでのことは、本当にすべて、あなたの『幸運』だったというの……? 数億分の一の奇跡が、何度も……?」


 ルナは頭を抱え、その場に座り込んだ。

 自信満々だった名探偵の論理体系が、目の前の「事実に偽装された虚構」によって、音を立てて崩壊していく。


「……非論理的。……確率論的、崩壊……。私の……知性は……」  


 アメジストの瞳から光が消え、彼女は幼児のようにうわ言を漏らし始めた。

 その姿は、冬眠に失敗した小動物のように危うく、それでいて同情を誘うほどにポンコツ化していた。


「だから、言ったじゃないですか」  


 俺は、震える彼女の手からそっとギルドプレートを取り戻し、いつもの弟分の笑顔を作った。


「俺は、ただの運が良いだけのポーターですよ、ルナさん。ほら、糖分を摂って落ち着いてください。知恵熱が出ちゃいますよ」


 俺が甲斐甲斐しく菓子の封を切って差し出すと、ルナは力なくそれを受け取り、ハムスターのように小さく齧り始めた。


 その無防備な姿に、俺はほんの少しの申し訳なさと、致命的な危機を脱した安堵を覚える。


(……やれやれ。レベル1800超えの偽装なら、Sランク大賢者ですら突破は不可能か)


 だが、この一件はハウス内に新たな「火種」を残した。  

 扉の外では、訓練を終えたアリアが、鍵のかかった研究室の中で「二人きりで何をしていたのか」と、嫉妬に燃える不穏な剣気を漂わせ始めていた。  


 亡国の王子の、最高に贅沢で不自由な「平穏」を守るための戦いは、まだ終わらない。

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