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辛怒

「……この間の治癒能力者さんは……?」

「彼は出払っていてね。有名な彼らに要請したんだよ」


客人を招く為の部屋には、エフレシアとククルと団長、ルフラに天使族が3人と、多めの人数が居た。

もてなす為の部屋なのでスペースはだだっ広い。豪華なホテルのスウィートルームの様な感じだった。


「有名なんですか?」

「まぁまぁ、有名なんちゃう?色んな国行っとるし」

「名が知られているのは良いことだよ」


エフレシアの身体を治癒してくれているイケメンは穏やかな空気を纏っていた。


「結構、酷い傷だねぇ。痛い?」

「まぁ……」

「ちょっと治るの遅いタイプなのかな?もし具合悪くなったら言ってね」

「はい……」

「あ!まだ、名乗ってなかった。オレはヒース。宜しくねぇ」


にこやかに挨拶され、エフレシアの警戒心も解けた。


「あんたもひっどい傷やなぁ。誰にやられたん?」

「……早く治して……」


話すのが面倒なのか、ククルは仰向けのまま目元に腕を乗せていた。


「オレはエミル言うねん。よろしゅうな」

「………よろしく」


無視されると思っていたエミルは返ってきた言葉に驚きながらも笑みを溢した。


「他に痛い所あったら遠慮なく言ってね」

「……この身体……あと何年保ちますか?」

「……んー……そうだなぁ……結構長く保つんじゃないかな?」

「…そうですか……」

「面白い事聞くね」

「治癒能力ってあらゆる病気とか怪我を治せるって聞いたので…。それって不死に近いって事じゃないですか…」

「んー……それは能力者によってレベルが違うから、永遠に生きられるなんて思っちゃ駄目だよ。一時的な処置だったり、病気の根源までは治せなかったりするし。稀に全ての病気や怪我を元から治してしまう能力者もいるけど、寄りかかるのはやめといた方が良い」

「どうして…」

「怪我をしてもどうせすぐ治してもらえる、病気になってもすぐ原因を取り除いてくれるって錯覚しちゃうから。それに、治癒能力に頼ってばかりだと、元からの自然に治す力が衰えちゃうからね。擦り傷や骨折なんかは放置しててもその内治るでしょ?」

「…確かに…」


骨折は大怪我だと思う、とは言わなかった。


「彼みたいに腹を裂かれたとかキミみたいに複数同時に攻撃されたっていう怪我ならオレらの出番。っていうか、どうしたらこういう怪我になるのかな…?」

「激しく怒りを買ったみたいで…」

「それは災難だったね」


話しながらもエフレシアの傷はみるみるうちに治っていく。


「…酷い光景も、見てきたんですか…?」

「……まぁ、色んな国に出向くからね」

「もし……能力を施しても死ん……効果が無かったら……」

「そういうのはなるべく避けたいんだけど、現実は惨めな方を好むから。生きて欲しいと願って能力を使うんだけど、自然の摂理には適わない。命は永遠じゃないし、況してや不老不死なんて存在しない。そんなものは幻想だ」

「幻想……」


その幻想が目の前に居るのになぁと突っ込みたかった。


「穏やかで平穏で何の心配事も無く、ただ健康で生きていてくれたらそれだけでいい。そう願うだけだ」

「……そうですか」

「治癒能力に興味があるの?」

「多少……」

「いつか、うちのギルドに遊びにおいで。面白いよ」

「はい……。行ってみたいです」

「その時は歓迎するよ」


エフレシアの傷は痕すら残らず綺麗に治っていった。

ククルの方を見ると、そちらも大分仕事が早い。


「よし、終わり!まだ痛い所ある?」

「いえ……。ありがとうございます」


ヒースはにこっと挨拶し、ククルの方へと移動した。


「エミル、手伝おうか?」

「要らん。もう終わる」

「その子、寝ちゃったね」

「疲れとったんちゃう?」

「綺麗な子だ」

「お前が言うなや」


エフレシアも様子を窺うとククルの傷も完全に治癒されていた。

久しぶりに寝顔を見たかも知れない。

ククルが安堵して眠る事なんて滅多に無い事だ。


「……あ、あの、姫……エフレシア……」

「ん?」


呼ばれて振り向くとクロエに支えられているフィンが震えていた。


「……フィン?どうしたの……」

「ごめんなさい…!私……貴方を傷付けてしまった……。許される事じゃないのに……自分の能力を過信して負わなくてもいい傷を与えてしまった……!謝っても許されるとは思ってない……」

「……気にしてたの…?」

「あんな…痛い思いさせて最低だ……。本当にごめんなさい…!」


泣きながら謝罪するフィンを横目にルフラは他人事の様に捉えていた。


「フィンは悪くない……。あたしを助けようとしてくれたんでしょう…?それに、もう傷は治して貰ったし、痕も残ってないよ」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「フィン……?」

「あ、謝りますから……!だから……どうか仕置きだけは……」

「フィン!」


ぎゅっと思い切り、彼に抱きついた。

以前の姿より身長は多少伸びたものの、天使族と比べるとまだ小さい方だと痛感してしまった。

それでも、こうするしか安堵させる方法なんて分からない。


「……エフレシア……」

「いいなぁ、フィンは。綺麗で言葉遣いもオシャレで、能力だって素敵な色だ。あたしには無いものを持っててズルい。やだ。嫉妬する」

「……えっ…」

「だから、もう謝らないで。フィンは悪くないし、フィンの所為じゃない。例え、誤りだったとしても貴方に仕置きする事は絶対に無い!絶対無いからね!」


天使族は、天使狩りの後、酷い扱いを受けた者が大半だと聞く。

メルヴィアもそうだ。クロエやヴィトだって人間の私欲の道具にされて精神までも降されてしまった。それでも、良き人間と出逢って安堵を覚えて平穏に暮らしている者もいる。

だから、何かの拍子で過去がフラッシュバックしてしまう。

辛い記憶はいつまで経っても辛い記憶でしかない。

それに幸せな記憶が勝る事は無い。一時の感情だけでは一番大きなダメージを消せはしない。

発作、病気、錯乱……。

植え付けられた恐怖によって膨れてしまった後遺症は誰が治すんだろう。

治癒能力者でも完全に辛苦を取り除くのは不可能だ。


「……エフレシア……」

「フィンが居てくれて良かったよ。あたしは感謝しかしないからね」

「……ん。ありがとう、エフレシア」

「……姫ちゃんでいいよ……。その呼び方可愛いから気に入ってたんだ」

「……ぎこちなかったわね…。今まで通りにするわ、姫ちゃん」

「うん」


フィンに笑顔が戻り、エフレシアもほっとした。


「こっちも終わったで」


エミルに言われ、エフレシアはククルの元へ歩み寄った。

こちらも傷跡すらなく綺麗な肌が元通りだ。


「ありがとうございます」

「えぇよ。仕事やし」

「……あ、でも凄い汗が……」

「ん…?あぁ……此処まで結構距離あったからな。あんま休んで無いな」

「そういえば直行だったし、食事も摂ってなかったね」

「あの、宿は……」

「この城に泊まっていいって王様に言われたから、数日は此処にいるよ」

「そしたら、是非、学園祭にも来て下さい!」

「学祭?」

「最終日は2日後なので」

「…いいねぇ。楽しそう!エミルと一緒に行くよ」

「ありがとうございます!」


仕事を終えた2人は早速案内された部屋で休む事にした。


「…そういえば、ロキとティタは?」


思い出した様にクロエが聞いた。


「城にいるんだろう?フィン」

「その筈よ。あ、でも最後まで一緒だったのはククルよ」


絶賛爆睡中のククルを叩き起こす事は怖くて出来ないのでそれは後程聞く事となった。


「警邏とかに回ってるんじゃないの?」

「それなら良いんだけど……」

「それより、フィン、ヴィト。聞きたい事がある」


それまで静かだった団長にいきなり名指しされた2人はビクッと肩を揺らした。


「なにかしら?」

「何故、この姿のエフレシアを本人だと解ったんだ?以前の姿とは別人だろう?」

「愚問ね。いくら姿が変わったからって姫ちゃんであることに変わりないわ」

「同じく。それに、ククルがエフレシアって呼んでたから」

「えっ…」

「だから迷いなく助けた。それだけ」

「…そうか」


2人が躊躇いも無く答えたので団長は納得した。


「今日はもう各自休んだ方が良いね」

「あ…!団長、おれ抜けてもいい?」


控え目に挙手しながらクロエが窺った。


「構わない。もう危険は無いだろうし。ちゃんと戻って来るんだよ」

「あぁ。ありがと」

「フィンとヴィトはククルの側に付いてて貰ってもいいかな?起きたら部屋へ」

「承知したわ」

「私はエフレシアを部屋に送ってくる。ルフラも」

「…あぁ…」


それぞれ動き出し、 あっという間に静寂が訪れた。

フィンとヴィトは健やかに眠っているククルに視線を注ぐ。


「……詳しくは知らないけど、この子も一緒なのかしら…」

「そうだと思うよ…。エフレシアから話してくれるのを待つしかないみたいだけどね」

「ククルにも、学祭を楽しんで欲しいわ」

「……ねぇ、フィン。さっきのって発作?」

「……そうね。天使狩りの後、私は穏やかな老夫婦に買われたの。凄く優しくしてくれた。でも、歳も過ぎてたからそんなに経たずに二人一緒に死んじゃって。その後、その夫婦の息子に引き取られたんだけど、散々な目に遭ったわ」


フィンは吐き捨てる様に言った。


「メヴィウスとしてた行為があんなにも辛くて痛くておぞましいものだなんて知らなかった…。用済みにされた後、奴隷市場に売られて…まぁ、色々あってね。今に至るわ」

「……酷い仕打ちされたの?」

「えぇ。口にも出したくない。天使族と見たらすぐ腰を振ってくる男ばっかりよ。貴方も、そうだったんじゃないの?」

「……クロエが助けてくれたから……」

「そう……。まぁ、生きているだけマシなのかも知れないわね」


呟く声に覇気は無い。

今も何処かで泣いている天使族は存在する。

どんなに助けたいと願っても、叶わない。


「……ごめんなさいね。暗くなっちゃったわ」

「いいよ。偶には吐き出さないと」

「…ありがと」

「フィンも寝る?」

「この子が起きるまでは側に居るわよ」

「…そう」

「貴方は寝た方が良いわね」


ヴィトは微笑んでその後すぐに眠りについた。

優しげな表情で見守るフィンを、ククルは気付かれない様に眺めていた。




エフレシアの自室に着くなり、団長は彼女を抱きしめた。

いきなりの行動にエフレシアも動揺してしまい、ルフラに視線を向けると静かに逸らされてしまった。


「……すまない」

「…えっ」


少しだけ身体が離れ、団長はいつもより小さな声で謝罪した。


「私は、キミを助けられなかった。何も出来ずにただ辛い思いをさせてしまった……。すまない……」


団長までも気にしていたとは思わなかった。

そんな事で下なんか向かないと信じていた。

それでも、団長だって人間だ。適応の感情くらいは持っている。


「団長さんが悪い訳じゃないですよ……。全ての元凶はあたしなので…。恨まれても仕方ない事をした罰です…」

「いや……。守れなかったのは事実だ。それに、キミの本来の姿にも気付けなかった…。こんなんでキミの側に居たいだなんて甚だしい……」

「そんな事気にしないで下さい。誰も予期しない事だったし、出来なかった事を悔いても時間の無駄です」

「……まぁ、確かにそうだな」

「それに、団長さんはすぐあたしを受け入れてくれました。嬉しかったですよ」

「……そうか」

「この姿でも、好きでいてくれますか?」

「当然だ。姿が変わった位で気持ちの変化はしない」

「ありがとうございます」

「…エフレシア」


そっと顔を近付けられ、唇が重なった。

何度しても緊張してしまう。


「……学祭が終わったら、国民に婚約発表をする」

「……解りました」

「それまでに、生徒の子達と挨拶をしておいて欲しい」

「…あっ……」


それは、シトラス学園から去るということ。

元々、体験入学として学祭までの期限付きだったものだ。


「……解りました…」

「エフレシアがまだ通いたいなら、私は構わないよ」

「いえ…!団長の妻としての務めもあると思いますし、学生しながらのダブルワークは流石にこなせないと思いますので……」

「……そうか。エフレシア、全ての準備が終わった後なんだけどね…」

「はい」

「……キミを抱きたい」


その言葉の意味はエフレシアも解っている。

先程みたいな抱きしめるとは違うやつだ。

愛を深める為の行為。性と性が交わる為の通過儀礼。


「……解りました」

「不安だったらいつでも言って欲しい。しなければならない、とは考えないで」

「……はい。団長さんとなら、大丈夫な気がします」

「そうか」


団長は嬉しそうに微笑んだ。


「では、私は陛下に報告があるから行くね」

「はい」

「ルフラと二人きりになるけど、大丈夫?」

「あぁ……大丈夫だと思います。契約もしてるので」

「そう。なら、良いんだ」


ルフラに冷酷な視線を向けながら団長はエフレシアの頭を撫でた。


「ゆっくりお休み」

「はい。団長さんも」

「ありがとう」


団長は退室するまでルフラとは関わらなかった。


「……あの人も人間なんだね」

「ん……?団長さん?」

「オレとは話すのも嫌みたい」

「それは当然の報いだよ。団長さんの目の前であたしの事傷つけたんだから、仲良くはしないと思うよ」


エフレシアはさらっと言いのけた。


「嫌われるのは慣れっこだから良いけど」

「……そういえば、怪我は?」


ルフラの身体を見るともうすっかり完治している。

渾身の一撃だったのに、さらっとスルーされてしまった。

流石は魔術師。


「心臓は急所じゃないよ」

「じゃあ、何処?」

「……キミだよ」

「えっ…」

「エフレシアを裏切ったらオレは死ぬ。要は自爆?」

「…それは…あたしが殺しても死ぬ……?」

「オレが殺せって言えばね」

「……そう」

「そんな時が来ない事を祈りたいけど」

「……来ないと思うよ」


エフレシアは小さく呟いた。


「キミもそろそろ寝た方が良い」

「うん……。そうだね」

「オレは見張りした方が良いかな」

「なんで?ルフラも寝て」

「ベッド一つしかないけど」

「大きいから少し離れて寝ればいいよ」

「……団長さんに見られたら怒られない?」


ルフラは心配したがエフレシアはさっさと寝る準備に入っている。


「……ルフラ。あたしは貴方の事をさげすんだりうとんだり見下したりなんかしない。対等に接するよ。だから、自分を卑下するような言い方は避けてほしい」


真っ直ぐな目で見つめられ、ルフラは視線を逸らせない。


「命令じゃないよ。そうして欲しいっていうお願いだから」

「……解った」

「ありがとう」


ほら、寝るよ。とエフレシアに手招きされ、ルフラは従った。

しっかりしたベッドで寝るのは久しぶりだった。しかもふかふかでいい匂いもする。


「おやすみなさい」

「……あぁ。おやすみ」


エフレシアが眠りについたのを確認してからルフラも目を閉じた。


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