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ScapeGoat

ティタ、ロキ、ククルは、何やら城下で騒ぎが起きているとの報告を受けて来たものの、そこはもう嵐の去った後だった。

店や建物など損壊している所もあるが、人々は避難したのか見当たらない。何が起きていたのか三人には想像すら出来かねないが、今はライム祭が行われている。


「エフレシアは無事か……?」

「兎に角、シトラス学園に行こう。多分みんなそこに……」


ロキの言葉を遮ったのは甲高い叫び声。

それは路地裏から聴こえた。


「………行かないのか?」


動き出そうとしないロキとククルにティタが戸惑いながら聞く。


「……行ったら嫌な予感がする……」

「その直感は正しいよ、ロキ。でも、行かなかったら後で何を言われるか分からないね」

「……そうだね。ククルは学園に向かって」

「二人だけで大丈夫?」

「問題ないよ」


微笑んだロキに、ククルは一抹の不満を覚えたが何も言わずに見送った。

周りに人々がいないのであれば、ロキは能力行使でもして切り抜けられるだろう。

実力的にククルがエフレシアの元へ行くのが最適解だ。

ティタも一緒なら大丈夫だと責任を委ねてしまっていた。

後先なんて考えている場合ではない。

路地裏へ出ると、誰かに襲われている者が居た。

すぐにティタが襲っている者を扇子で意識が飛ぶ位の後方へと打ち飛ばした。

ロキはその後ろ姿に見覚えがあったが、敢えて手を差し伸べる。


「……絶対に、助けに来て下さると思っていました」


やはり、嫌な予感というものは期待すら持ちたくない程に当たってしまう。

その手を取ったのは、薄く微笑むキャロライナ嬢だった。


「ロキ様」

「ルークは一緒じゃないの?」

「……騒ぎに巻き込まれてしまって……離れ離れに……」

「そうか……」

「嗚呼……ロキ様……!お会いしたかったです……」

「……そう。良かったね」


感情の無い声で言っても嬉々としているキャロライナには効いていない。彼女は自分さえ良ければいい性分だ。ロキがどんなに怒りをあらわにした所でその笑みは絶やさない。


「これから何方どちらに?」

「学園へ向かう。キャロライナは帰国された方が良い」

「それは出来ません!」


ガシッとロキの腕にしがみつきながらキャロライナは断った。


「此処に居たら危険だ。早くルークと合流を……」

「その必要はありませんわ」

「えっ」


後ろからボンッ、と物音がして、ロキは振り向く。

ティタが防犯用発射装置ネットランチャーに捕らわれていた。

いくら天使族とはいえ、脱出は不可能に近い程の細かい網目にティタは既に諦めた様子だった。


「なにを……」

「貴方を連れて帰国する為です、ロキ様」


何処に隠れていたのか、馬車を連れたルークが家来達とともに姿を見せ、捕らえたティタを回収していた。


「キャロライナ……」

「私は心から貴方を愛しております。ですから、私達と一緒に来て下さい」

「……断ったら?」

「貴方の妹がどうなっても知りませんよ」

「……あんたは、俺の弱点がフレアだと思ってるの?」

「大事な可愛い妹でしょう?あの子だってロキ様が傷付けば誰よりも悲しみますわ」

「……それが、兄妹だ。あんたには一生分からないだろうね」

「構いませんわ」


キャロライナはルーク達に目で合図をし、ロキとティタを馬車の荷台に乗せ、母国へと馬車を走らせた。



パチン、とルフラが指を鳴らすとエフレシアの身体は宙に浮き、

瞬間にシュルシュルっと細い糸の様なもので磔にされた様な格好を晒されてしまった。


「エフレシア……!」


叫んだのはリーシャだった。

最早、傍観している場合ではない。


「さっきの言葉、訂正して」


ルフラは無表情のままエフレシアに言った。。

エフレシアは無視し、これ位の糸ならば千切れると思い、ぐっと力を入れてしまった。


「痛っ……!」

「下手な抵抗はしない方がいい。それは蜘蛛の糸を模したものだ。強度も高い。抜け出そうとしたら糸が肉に食い込んで骨まで千切る」


足掻いた所で全身バラバラになるのは間違いない。

そんなグロテスクな光景を生徒達に見せては駄目だ。


「こうまでされても、誰も動こうとしないのは団長キミの指示か?」

「早く私の剣を返してくれないかな」


団長もルフラの問いを無視し、寄越せと手を向ける。


「一つ位、他人に分けても強いだろう?あんた」

「強さは関係無い。その剣は特別なものなんだ」

「……そう。じゃあ、返すよ!」


ルフラはやり投げの構えをし、思い切り団長目掛けて剣を投げた。

素手で掴み取るには勢いがあり過ぎる。もう一つの剣で受け止めたとて、その反動で人々に危害が及ぶかも知れない。


「ぐっ……」


考えが纏まらない団長を他所に、その剣を受け止めたのはクロエだった。腹に突き刺さった光景は鑑賞されるべきものではない。


「……クロエ……!」


叫んだのはカタリナだ。

いくら傍観側に居たとて、想い人の惨い姿には真っ青になってしまう。


「随分、体を張るね。天使族にはそんな攻撃、痛くも無いだろう」

「……痛いって……」


そう言いながらクロエは自力で剣を抜いた。


「治る時が一番痛いんだよ」


ほら、と団長に剣を渡す。刺された腹の傷はあっという間に塞がっていく。


「有難う、クロエ。今日は頼りになるね」

「株上がった?」

「そうだな。ここからは私の出番だ」


剣に付いた血を振り払い、団長はルフラに向けて構えを取る。


「えー……また首切るのー?やだなぁ……」

「キミは魔術師だろう?剣など必要無いと思うけど」

「そうかなぁ」

「ぁ、あ゙っ……」


いきなり糸がきつくなり、肌に食い込む痛みにエフレシアは苦痛の声を上げた。


「オレを傷付ける度に彼女が苦しむ羽目になるけど、それでも戦う?」

「キミを殺せば全て解決だ」

「……素敵な考えだね。粗方、その剣であの糸を切ろうとかそういう思考でしょ?体力の無駄だ……」

「そうかしら」


唐突に蒼い焔がエフレシアごと包み込んだ。

勢いは激しく、人間なら跡形も無く焼き尽くしてしまうのでないかと言う程、綺麗な蒼が際立っていた。


「勢い強すぎじゃないか?フィン」


まだ悠々と燃えている火を見ながらクロエが聞いた。


「大丈夫よ。姫ちゃんだけは燃やしてないから」

「……あれ?ティタは?」

「ロキ達とお城に居る筈よ」

「そうか」


バチッと焔が揺らめき、音も無く消え去った。

糸が焼き払われ、解放されたエフレシアを抱きとめる準備を整えていたフィンだったが、その能力は響かなかった。

それよりもエフレシアの身体から血が滴っている。幾ら彼女には害は無くとも燃やされた糸から熱が伝わり、火傷の様な症状が診て取れた。


「姫ちゃん……!」

「あーあ。更に痛くしてどうするのかなぁ」


呆れた口調でルフラがフィンを責める。


「何なの、あの糸……」

「焔でも溶けないのか……」

「…私………姫ちゃんになんてこと……」

「フィン!落ち込んだらルフラの思う壺だぞ」


動揺を隠せないフィンの腕を掴みながら支え、クロエは団長を見やる。


「頑丈な糸だ。素晴らしい魔術だね」

「褒めたって手加減しないよ」

「そんなものは要らない。私は負けないからね」


団長が攻めに行くとルフラは構わず素手で剣を受け止めようとした。

……が、しかし、ルフラは動けなかった。

身体が動かない。何かに拘束されているのか、押さえつけられているのか、足の一歩も踏み出せない。これでは胴体を貫かれてしまう。痛みなんて大した事はない。それよりも、この見えない拘束をどうにかしなければ、団長は本気で殺しに掛かってくる。


「……また、体を裂かれると思っているのか?魔術師ともあろう者が予知も出来ないなんて、最強とは言えないね」


明らかな挑発だった。

団長は剣を下げ、ゆっくりとルフラに近付いていく。


「なんだよ、これ……。あんたも魔術師の類か……?」

「そんな大層な者じゃないよ。それは私の能力ってやつだ」

「……能力……?」

「此処までの騒ぎになってしまっては今更隠していても意味がないしね。その姿を拝ませてあげよう」


《女神》、と団長が呼ぶと、ルフラの背後からその姿が顕現された。美しく靡く虹色の長い髪に透き通るような白い肌、そして、長い手足。ルフラの身体に纏わりつくように絡め取っている。

国の人々も初めて知る団長の能力。

やはり、強い者には強い能力が宿るのだと最早感心せざるを得ない。


「オレの首を落としたのもコレの能力ってこと……?」

「そうだよ。《女神》の手足は刀と同等。一振りで人間の首を狩れる」

「……大した能力だなぁ……」

「このままあんたを切り刻んで二度と復活出来ない様にしてあげよう」

「えぇ……?痛いのはやだよ……」

「心配無い。一瞬で終わる」


笑んだ矢先、団長はルフラの腹に剣を刺し、そのまま上へ持ち上げるように脳天を引き裂いた。上半身を真っ二つにされれば流石にもう修復出来ないだろう。中々、グロテスクな光景だが致し方ない。


「ありがとう、《女神》」

「我が殺せば良かったのでは?」


話せるのか、とその場にいた誰もが心の中で突っ込んだ。


「私の手でトドメを刺したかったんだ」


エフレシアの方を見るとまだ解放されていなかった。

完全に殺さなければ術も解けない仕組みなのだろう。

《女神》は団長の背後に戻り、まるでそこが定位置だとでも言わんばかりの態度を見せていた。


「《女神》、あの糸は切れないか?」

「無理だな。我の手足が折れる」


確信のある答えに団長は行き詰まった。

切る事も焼く事も出来ない頑丈な糸。それに身体を拘束されているエフレシアの痛みは相当なものだ。

食い込んだ痛みに加え、先程のフィンの焔で火傷も負っている。


「打つ手無しってこと……?」


青褪めた顔をしながらフィンが呟く。自分の能力でエフレシアを傷付けてしまった事がショック過ぎてクロエに支えられていなければ倒れてしまいそうだった。


「エフレシア……」


成す術さえ見当たらず、ただ見ている事しか出来ないリーシャも痛々しいエフレシアの姿に己の非力さを恨む。レイピアを持っていたとしてもあの糸を切れる自信が無い。一か八かでエフレシアを更に傷付けてしまったら……。

つくづく、臆病者だなと痛感させられる。


「……っ、あ゙っ……!」


いきなり来た痺れにエフレシアは身体を震わせた。

けれど、一度囚われたらそこから逃げ出す事は不可能とでも言うべき糸。全身に響く嫌な痺れ……というより麻痺に近い。痛いのに叫びたいのに声が出ない。脳の中から足の指先までを地味な痺れが襲っている。我慢出来る程耐えられるものじゃない。

……不快。

兎に角不快だ。思考すらさせて貰えない。嫌過ぎて涙が止まらない。そうなるともう、感覚は完璧に支配された。


「エフレシア……!」


団長はぐっと剣を握り締める。

……非力だ。

あんな糸すらどうする事も出来ないなんて。

ルフラはまだ完全に死んだとは言えない状態だった。

上半身は真っ二つのまま、何の変化もない。


「痛っ……」


痺れが尽きたと思ったら次に感じたのは針で刺される様な痛みだった。全身をチクチクと尖った切っ先で突かれる感覚。これも地味に嫌だった。身体がピクピクと反応してしまう。これはもどかしい。思い切り振り払いたい。けれど、動けば糸が肉に食い込み、滲んだ血の上乗せだ。自力ではもうどうにも出来ない。みんなも、方法が見つからずに心配ばかりが募っていく。


「揃いも揃って、情けない」


解き放たれた矢はエフレシアの腹に突き刺さった。

そのまま彼女の腹を突き抜け、糸の中心に溶け込んだ。

何をしても効果が無かったのに、糸は音も無くキラキラと輝きながら消滅した。解放されたエフレシアを団長が抱きとめる。


「いい加減、茶番はやめたら?」


ククルは、それまでずっと静観していたルヴェルに剣を突き付けながら言った。


「……その位置から矢を放つなんて相当な技術だ。なんで平然としてるの?」

「並の人間と比べないで」

「……あぁ、そっか。キミも一緒なんだ」


ルヴェルはにこやかに呟く。


「……ルヴェル……」


それは、ずっと一緒にいたエフレシアさえ気付かなかった事だ。


「動かないで、エフレシア」

「ヴィト……」


いつから居たのか、ヴィトがエフレシアの腹の傷を治癒していた。

エフレシアはもう意識が朦朧としていていつ眠りについてもおかしくない状態だった。


「ボクの能力を込めた矢をククルに放って貰ったんだ」

「そうだったのか……。他の傷も治せるかい?」

「ごめん、団長さん。それは出来ない」

「……そうか」


誰もが痛感する、非力さ。

今この場に治癒能力者は誰も居ない。

エフレシアの痛々しい傷跡はそのままだ。

薄れゆく意識の中、エフレシアの瞳にはククルの姿が映る。


「正体を晒すのが怖い?」


ククルの挑発にルヴェルは笑みを絶やさない。


「よく気付いたね」

「あんたと戦った時にね。小さな違和感って意外と長引くんだよ」

「へぇ。流石、副団長様だ」

「アレはもう用済みか?」

「うん。バレちゃったからね」


ルヴェルはゆっくり立ち上がり、身体を伸ばした。


「折角、面白い遊び考えたのに呆気なかったなぁ」

「残念だったね」


ククルが剣を振り下ろすとルヴェルは瞬時に避け、その正体をあらわにした。

見慣れた姿。先程まで舞台上で立ち振る舞っていた魔術師。


「やっぱり自分の傀儡かいらいは生むべきじゃないね」


人目を惹きつける美しい容姿と、藍色のドレスに金色の長い髪が映える。そして、紅い瞳で捕らえる世界は何を映すか。


「……ルフラ……」


その名を口にし、エフレシアの意識はそこで途絶えた。


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