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醜女

生まれた時から私は美しいのだと信じて疑わなかった。

母は気品のある淑やかな女性で、父は強くて優しい男性だった。

蝶よ花よと愛情深く育てられ、私は我が儘に生きてきた。

姫と持て囃され、称えられ、綺麗だと褒め崇められた。

このまま成人して綺麗な男性と結ばれ、綺麗な子供を産むのだと確信もしていた───。



彼女が生まれてくるまでは。



九つ歳の離れた妹は、生まれつき顔の左半分にアザがあった。

髪の毛も左側だけ生えず、歯も左側だけ生えなかった。

見るも無惨なその姿に私は、それを妹だなんて認めはしなかった。

けれど、両親は私と同じように妹も愛情深く育てた。

成長しても妹の姿は変わらず無様でおぞましく腹が立った。

それでも妹は笑い、私を姉として慕った。



私が14歳になった時、それは起きた。

それまで妹を無下に扱ってきた私はまさか復讐されるだなんて考えもしなかった。あの子がそんな風に感じていた事すら分からない。罵声を浴びせて馬鹿にして見下して、綺麗な私は何をやっても許されるのだと勝手に思い込んでいたのだ。

その頃、気になる殿方も出来て結婚も視野に入れていた。

そんな矢先の話───。



妹の部屋には入りたくもなく、穢れが感染(うつ)ることを嫌った。

初めて足を踏み入れた瞬間、目の前が暗転し、私は意識を失ってしまった。

どうやら頭を殴られたらしい。鈍い痛みが突き刺さる。

金属音の響きに再び目を覚ますと私は鎖で繋がれていた。


「……何の心算ですか」


睨みながら聞くと妹は不気味な笑みを浮かべた。

歯が無いから妹は上手く喋れない。聞き取りにくい言葉しか発せられない。


「しょのきゃらだ……くだひゃい……」

「……言っている意味が分かりません……。ここから出しなさい」

「ダメでぃす……。そのうちゅくししゃ……もりゃいます」

「……ブスの言うことは理解出来ませんね」

「今からブスになるのはあなたよ」


いやにハッキリとした言葉が響いた。

目の前の妹は手にナイフを持っていた。それを躊躇いもなく、自らの胸に突き刺した。


「なにを……」

「ぐっ……。これで……あなたも……」

「えっ……」


ナイフを抜きながら妹はゆらゆらと私に迫ってきた。

殺される───。


「やめて……」

「入れ替わりの条件は、二人とも瀕死になること」


ぐっと胸にナイフがくい込んできた。

痛い……。苦しい……。早く助けて……。


「っ、あ……かはっ……」


身体の中でナイフがグルグルと回っている。妹は愉しそうに笑っていた。


「もう少し我慢してね」


妹の囁きに私は痛みに耐えられず、そのまま目を瞑った。




「ねぇ、起きて?」


聞き覚えのある声に意識が戻り、私は顔を上げた。


「……えっ?」


眼前に居たのは、私……?


「動揺してますか?あなたの姿も見たら納得しますよ」


女は鏡を取り出し、私に向けた。

映ったのは今まで散々馬鹿にしてきた妹の姿。

おぞましく、不気味な不出来……。


「嘘……」

「自らブスになった感想はどうですか?お姉様」

「……か、返しなしゃい……!しょれは私の……!」


言葉が上手く出てこない。歯がない事がこんなにも不便だなんて。


「私、ある方と契約したんです。お姉様になりたいって。そしたら叶えてあげるよって」

「……キャロライナ……!あなた……!」

「この姿は私が貰います。テイラーお姉様」

「嫌っ……!返して……!」

「入れ替われるのは一度だけなんですって。ごめんなさいね」

「……嫌よ……こんな姿……」

「本当、無様ですね。穢らわしい」

「……キャロライナ……。今まで馬鹿にしてたことは謝るわ……だから……」

「私がどれだけ傷付いてたかあなたには計り知れないでしょう。見下される気分は如何ですか」


嘘だ……。

こんな展開になるなんて思わない。

私はこれから結婚して綺麗な子供を産んで幸せになるつもりだったのに……!


「それではお姉様。ブスは要らないので今度こそ死んでください」


バシャンと頭から油を注がれ、その嫌な匂いに目眩がした。


「キャロライナ……!」

「さようなら、テイラーお姉様」


バタンと扉を閉められ、その後に炎が広がった。

嫌だ……。こんな……みすぼらしい姿で死ぬなんて絶対に嫌だ……。返して……。


「返して……!」


その叫びとともに炎は燃え広がり、爆発した。






「キャロライナ様。ルークが帰城したようです」


側近の声で彼女は目を覚ました。

随分と昔の夢を見た。


「……そうですか。ご苦労さまです」


婚約破棄をした彼を国ごと潰すようにと命令したが、ルークは失敗したらしい。代わりに可愛らしい新兵を引き連れていた。

雀斑(そばかす)は大目に見て顔立ちは愛らしい。


「あなた、名は?」

「はい。エレと申します」

「そう。初任務で疲れたでしょう。今日はもう休みなさい」

「ありがとうございます」

「ルークも。ゆっくり休んでね」

「はい」


楽しみは後に取っておくべきか。

それよりも、最近手に入れた高級品の方に彼女は興味津々だった。


「ねぇ?私のモノになる気になりましたか?」


鎖で繋がれた哀れな天使。

彼女の父親がオークションで買ってきた戦利品。

今では貴重な存在となりつつある、天使族だ。


「何されたって、あんたの物にはならない」

「あら。結構強気なんですね」

「そんな簡単に屈するかよ」

「それはそれは。調教のしがいがありそうですね」


美しく聡明な天使──イヴ。

天界を創った一人だ。

天使狩りの後、オークションに掛けられ、色々あって今に至る。


「降してみろよ、お姫様」


キャロライナは不敵な笑みを浮かべ、思い切り鞭を振るった。

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