閑話:メイドたちの談笑
驚きの短さ...すみません。
───ここ、魔王が住む城では、広さの関係上、約数十名ものメイドたちが働いている。その内の6名は『メイド統括幹部』という役職に就いており、同時に城を守護する勤めも果たしている為、他のメイドたちに比べ戦闘能力も高い。
リヴィアはその中でもかなりの戦闘能力を有していた。その為、もちろん他のメイドからも、更には幹部からも一目置かれていたのである。
そのリヴィアを窮地に追い詰めたとあっては、メイドたちの話の種にならないはずがなかった。
───とある日の休憩時間、いわゆる社員食堂のような大きな造りのスペースで、仕事の休憩にと集まったメイドが談笑していた。
テーブルの上には各々の好みで、スコーンや紅茶、他にも色とりどりの小さなケーキがちょこんと置いてある。
それを口に運びながら、一人のメイドが興奮気味に言った。
「ねーねー。皆はあの試合どう思う?もー、私なんか感動しちゃって!!あの御方───サク様はアヴィル様に続く第二の我が主になられるお方だと思うの。」
「ああ、お名前を口にするのもおこがましい・・・。お姿を拝見するだけで目が眩んでしてしまうわ。あの試合でしたって、サク様のお力を近くで拝見して───お恥ずかしい話、私、思わず気を失ってしまったのですもの。」
一人がそう言えば、他も口々に納得の声をあげる。
「私なんかこの間、サク様に道を聞かれたのよ。もう死ぬかと思ったわ。愛らしい声、可愛らしい容姿、華奢な身体に秘められる莫大な力・・・完璧な芸術作品ね。」
「まあ、道を聞かれるなんて・・・至極光栄なことじゃない!羨ましいこと!」
「私も、図書室に向かわれるサク様を見かけたわ。それに・・・私はあの試合の時、自身が未熟が為にサク様を下等生物だなんて思ってしまった。何か償いをしなければいけないのに、サク様はこの罪深い私を笑ってお許しなさったのよ。」
話を聞いていた全員が頷く───我が主は偉大だ、と。皆一様に瞳を潤わせ、感動に心を満たしている。
「なんて、お優しい御方なのでしょう・・・!!これは命を懸けて尽くさなければいけないわね。」
ええ、そうね───と返事をしたメイドは、不意に周りを見渡し何かを確認すると、声を潜めた。
「───でも、ここだけの話。サク様をよく思わない人もいるそうよ?アヴィル様に近づき過ぎだって。もちろん、本館務めの人じゃないわ。・・・別館務めの人よ。」
「まあ、何ということ!サク様をよく思わないことが、メイド統括幹部の方々に知られたら終わりね。」
「そうそう、アヴィル様直轄の部下の皆様にも知られたら死は確定。死ぬよりも辛い拷問が待っているらしいよ。口には気をつけなくちゃね。」
「口は災いの元・・・災いどころか、地獄ね。でも、それにさえ触れなければここは天国よねぇ。」
「そうね。三食食事付き、仕事も辛くないし、個々に部屋もある。しかも、このメイド服。かなりいい生地使ってるわよ、まるで貴族が着るものみたいね。」
ねー、と同意の声があがる。
実際、侍女の仕事でこんなに待遇の良いところは、他にないだろう。
だが、この仕事に就くのは魔国の王───つまり、魔王から直々選ばれた者のみ。ある意味運次第なのだ。
「それにしても、アヴィル様の御機嫌が直って良かったわね。サク様が冒険者になられると知ってから凄かったもの・・・嫉妬、という訳じゃないのだけれどサク様を大事になされてるのがよくわかるわ。」
「傍から見てもお気に入りだとわかる程にご寵愛なされてますわね。・・・初めて見ましたわ、アヴィル様のあの様なご表情。心の底から楽しそうになされていましたわね、本当に。」
「冷たい表情もゾクゾクしたけど、あの笑顔もいいよねぇ。」
サクサク、とクッキーを咀嚼しながらうっとりと微笑む。そのメイドに限らず、皆一様に主を思い浮かべては恍惚とした表情で宙を見つめていた。
「それに加えて、あの強大なお力。素晴らしいわ・・・!」
「でも、私たちとは天と地の差もある御方だもの。私たちはお姿を拝見するので精一杯ね、それが少し悲しいわね。」
「そればっかりは仕方ないわよ。それにお姿を拝見することだって贅沢ものよ。話せた日にはもう、気が狂う程嬉しいわ、きっと。」
はあ、と吐息。カップがカチャリと音を鳴らす。
「一緒の空間にいるというだけで嬉しいのに、話しかけられたりしたら・・・ああもう、どうしましょう!」
「その点、別館務めの方々は可哀想ね。まあ、だからこそ嫉妬も起こるのかしら・・・なんて醜いのでしょう。」
「ほんと、醜いわね。同じメイドとして恥ずかしいわ。ああ、『同じ』ではないわね。・・・少なくとも魔力に関しては。」
「それを言っちゃ可哀想よ?魔力が少なくたって、こうして仕事をこなしているのだから。」
そう言ってメイドたちは、心の底から可笑しそうに笑う。
───魔力の低い者・弱者は、別館務め。魔力・身体能力ともに高い者は、本館務め。
それは単に、侵入者が来た時のため少しでも戦闘に役立つように、という理由から本館と別館に分かれただけで、そこに私情・偏見は全くない。だが、本館務めのメイドたちは全てにおいて優越感を感じていた。
「そうね、魔力の少ない弱者でも壁にはなれるものね。ちゃんと役には立つわ。」
再びケラケラと下衆な笑い声。・・・力こそが全て、弱肉強食、弱き者は虐げられ、強き者は崇拝される。───これこそが魔族の考え方だった。それは女子供でも変わらない。
ひとしきり笑った後に、一人のメイドが言う。
「さて、と。みんな、そろそろ仕事に戻る時間だよ。早く片付けなくちゃね。」
「あら、ほんと。もうこんな時間だったのね。」
「いけない、急いで戻らなきゃお叱りを受けちゃうわ。」
その声を皮切りに、そそくさと片付け始める。そして、あっという間に終わらせると自分の持ち場に向かった。
「それでは皆様、この後の仕事も頑張りましょうね!」
「ええ、お互い頑張りましょう。それでは、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
───誰もいなくなった社員食堂。それまでの様子をずっと見ていた者は呟く。
「へえ、別館務めのメイドがサク様を・・・これはいい事を聞いたっすね!早速、アヴィル様に報告しないといけないっすねぇ。」
いやあ、ラッキーラッキー、と心底嬉しそうな表情で言う。しかし、すぐにすっ、と黄色に光る瞳を細めると、
「・・・でもその前に、今すぐその犯人を見つけてグチャグチャにしなきゃ俺・・・抑えられないっすわ。」
まるで楽しくて楽しくて仕方がない、というように、ニヤリと口角を上げる。
そしてそれを無理矢理押さえ込むようにして、
「弱者の分際で、新たな我が主を侮辱するとか許されねぇことなんだよ。───てめぇは絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対、死ぬよりも辛い絶望をたぁっぷり味わせてから、原形も留めないように痛みが長く続くように回復しながら、じっくりとなぶり殺してやるよ。」
限界まで押し殺されて低くなった声。傍から見たらきっと、黒い何かが辺りに広がっている事だろう。───近寄れば命の危機を感じ、視界に入れただけでも謎の威圧感に襲われる程の。
世間一般的に言えば、『殺気』というものだろう。
「・・・ま、とりあえず。報告しないとアヴィル様に怒られるんで、報告から・・・っすかね。さぁーて、楽しみっすねぇ、犯人探し。もし本当だったら、俺直々にお仕置きっすよ~?」
んっ、と伸びをした頃には『殺気』はすっかり消え、もとの軽い調子が戻っていた。ヘラリとした笑みを浮かべた青年は、軽く身体を解すと闇に溶け込むようにして、消える。
───・・・後に残るのはただの静寂のみ。