冒険者でした
意図せず長めに...申し訳ないです
小さな身長いっぱいの黒髪を一つに結び、レースの装飾がされた黒いワンピースの上から、身体全体を覆えるフード付きのローブを着る。最後に肩掛け式の鞄を肩から下げれば完璧だ。
───お気づきの方も多いだろう。そう、某試合で使ったEWOでの普段着である。やはり、使い勝手の良いのと慣れてる服装が一番だ。
鏡に映った自分を見ながら、大きく息を吸い込む。そして・・・、
「やっと元の姿にまで成長した!!」
拳を高々と天に向け、喜びを噛み締めた。
そう、今のこの見た目小学生の様な姿が、EWOの私である。
実際にこの姿でプレイしていた───若作りとバカにされ、中身がロリコンのオタク(♂)だと勘違いされ、ネカマだと噂され、この姿がために中学生にも舐められ、ガキ扱いなんて日常茶飯事、本物のロリコンには鼻息荒く付きまとわれた───あの苦々しい日々が思い出される。
・・・ただ、ランキング上位に入ってからは、めっきりと減ったのだが。それでも最初の弱い頃は苦労した。
兎にも角にも、これから成長することはないだろう。
「ねー、アヴィル。どう思う?」
はしゃぐ私に対し、アヴィルは不機嫌そうにムスッとした顔つきでこちらを見る。
「どうって・・・別に。」
「もー素っ気ないな。そんなんじゃ、モテな・・・。」
いよ、と続けようとしたが、その前にアヴィルの舌打ちが耳をついた。
───これはやばい。
アヴィルと一緒に住むようになって、最初に会ったような恐怖は薄れたものの、時折思い出す事がある。
───・・・アヴィルが格の違う化け物だということを。
丁度、今。改めて感じる、恐怖。
部屋全体が冷凍庫の中になったかのように、冷気が漂う。私が身動きもできず、固まったところでアヴィルが口を開いた。
「ねぇ、なんで俺から離れていくの?・・・何も不自由はさせてないのに。・・・もしかして、誰かに何か嫌な事でもされたの?そいつ、殺そっか?そしたら、ここに居てくれるよね?」
思えば私が「冒険者になる」と言ってから、ずっとアヴィルは不機嫌だった。誰とも顔を合わせようとせず、私を避けるようにして部屋に籠っていた。
・・・当然、リヴィアを含めたメイド達も意気消沈といった感じで、頻りに「なんとかして欲しい」と頼まれた。・・・それは私のセリフだ。
特にリヴィアは酷く、まさに心ここにあらずで───いつもの様にお世話と称してご奉仕してくれるのだが───普段では有り得ないミスを連発する程だった。
何とも言えない罪悪感。
それが今日、「旅に出る」と言った瞬間これだ。始終私の自室に座り込み、いつもの笑顔ではなくムスッとした顔で私を目で追っている。
彼が何故こんなにも私に肩入れしているのかはわからないが、どうも意図がわからない。
(何がしたいんだ、こいつは。)
とりあえず、殺人事件がおきる前に誤解を解かなければ。
私は慌てて振り返る。
「この生活に不満なんてないよ、むしろ良すぎるくらいだ。アヴィルもメイドの皆さんも優しいし、お城は広いし、本がいっぱいあるし・・・。でも、冒険者にもなってみたいからね。」
「ふーん・・・。」
身振り手振りで感謝の意を伝えると、ふっ、と一瞬だけアヴィルの顔が綻んだ、と同時に部屋に漂っていた冷気が幾分か収まる。
とりあえず、最大の危機は避けられたようだ。
アヴィルが続ける。
「・・・冒険者ねぇ。人間に混じって魔物を狩り、旅をする・・・どこが楽しいの?みんな弱すぎて張り合いないじゃん。」
・・・確かに。アヴィルの言うことにも一理あるのかもしれない。EWOでも強い敵が少なくなってくる度に寂しさを感じたものだ。
「でもそれでいいんだよ、それで。例え周りが弱くても、私にとっては未知のものばかりだから。きっと楽しめるさ・・・最初みたいにね。」
「最初?」
「そ、最初。まあ、アヴィルは知らない事だよ。つまりは私事ってこと。」
「ふーん」と興味無さげに呟くアヴィル。恐らく、私事のことなんて本当に興味がないのだろう。
───それもそうか、魔王様だしな。一介の少女のことなんて・・・べ、別に残念とか思ってないんだからね!!
あ、本当に思ってませんよ。
「どーしても、だめ?だったら力ずくで行くまでだけど・・・。」
力ずくに、という私の言葉にアヴィルはびくり、と反応したようだった。仕方が無いと言う風にため息をつく。
「・・・しょうがないなぁ、行っておいでよ。でも本当はできるだけ手元に置いておきたかったんだけどなあ・・・色んな意味で。」
「よっしゃあ!!」
思わずガッツポーズをとる。
アヴィルが後半を意味ありげに言っていたが、それはどうでもいい。兎にも角にも、大魔王様からの許可がおりたのだ。
───これを喜ばずして何を喜ぶ。
(これで、外に出られるぞー!EWOのプレイヤーは警戒しなきゃいけないけど、この世界でも私の魔法はある程度通用するみたいだし、新たな世界として楽しめるかもしれない!!)
・・・だが喜びすぎた、故に気づかなかったのだ。───アヴィルの何かを企んでいるような嫌な笑みを。
そうとも知らずに、私はアイテムの確認や服装のチェックをしていた。
そこにアヴィルの鋭い一声が飛ぶ。
「でもね。」
何か条件があるのか、と私は怪訝そうに振り返る。
だが、次の一言でそれは杞憂に終わった。
「見た目だけだけど、幼い子供一人じゃさすがに怪しいからね。誰かを付けるよ。まあ、本当は俺が行きたいんだけど、生憎色々あってね・・・うーん、そうだな。人間に魔族だとバレないような人材は・・・ラクシア。」
「はっ!!」
───見た目だけは余計だ、この野郎。
そう心の中で毒づき、前に目を向ける。気配からして、恐らくあの辺に現れるはずだ。
「お、来た。」
私が声を漏らしたのと、それが着地したのは同時。
さっ、と音もなく1人の女性が現れる───丁度目を向けていた辺りだ。
彼女もまたリヴィアのように、魔族でありメイド──しかも同じく幹部の内の1人──である。
「お呼びでしょうか、アヴィル様。」
ゆるく三つ編みされた抹茶色の髪を右肩から垂らし、彼女はアヴィルの前から少し離れたところで跪く。伏し目がちに濃い緑の瞳を瞬かせ、頭を垂れる姿からはアヴィルへの忠誠が見てとれる。
「んーとね、ラクシアに頼みたい事があるんだ。・・・優しい優しいラクシアに、ね?」
彼女───ラクシア=マヴィは他のメイドたちに比べて人間に対する接し方が・・・優しい、いやただ道化師を演じるのが上手いと言えばいいのか。
例え人間を下等生物だと思っていたとしても、表情には出さない。もちろん、行動にも出さない。あくまでも人間らしく温厚に・・・決して本性を出さず、魔族だと悟らせず───メイドの中でもそう接せるのは極小数。人間など生かしておく価値もない、とすぐに殺してしまうのがほとんどだからだ。
といっても、極小数が人間らしく温厚に振る舞うのは、勿論人間に好かれる為ではない。
・・・絶望を見る為である。信じていた者に裏切られる───その絶望を。
したがって、個人の趣味嗜好により対応は変わるものの、魔王を含めその配下たちは皆等しく、『人間=弱い=何もできない=クズ=下等生物=ただの食料』という無駄に長い方程式を共通認識としているのである。
その事を知った私は、アンデットを引き継いでよかった、と本気で感謝した。ちなみに、あまりにも毎日が退屈だったため、魔王の配下たちのある程度の性格、能力、強さなどは調査した。当然、今ここにはいないアヴィル直属の幹部たちも、だ。
調査といっても、魔法を使ってステータスを覗き見ただけのもの。相手が格上、または情報に覗き見防止の魔法をかけていなければ、ざっとHPや攻撃力などが数値で見れる。
自分より弱ければ弱いほど多くの情報が見れるため、自然と強さ比べもできる優れもの。
獲得には職業:『盗賊』もレベル上げしてスキルを得なければいけなく、しかも高レベルを必要とする。
それ故、この魔法を得ている者はメイン職業が『盗賊』か、ありえないくらいの努力と時間を費やした者だ。もちろん私は後者である。
ただ、アヴィルの実力だけがなかなか・・・何とも情けない話、今でも未知数だ。
他の方々と同じように見えないのだ。まあ、魔王だから仕方ないのかもしれない。
・・・つまり魔王は格上の相手か、覗き見を感知して魔法を使ったかのどちらか。・・・どちらにしろ、強敵であることには間違いない。
一応予想範囲内だが、これでアヴィルと敵対してはいけないことがわかった。する気もないがな。
閑話休題。
調査、なんてたかが暇つぶしだ。本気になるまでもない。ある程度わかったのだから、もう十分だろう。それに必要になる時なんて・・・多分ないからな。多分。
「・・・決して人間たちに正体をバラさないこと。刃向かう者以外、ある程度友好的にすること。あまり力を出しすぎないこと。何かあったらすぐにサクを連れて戻ること。・・・ラクシア、いいね?」
「承知いたしました。」
「サクなら大丈夫だと思うけど、危ない時は一応よろしくね?」
「はい。サク様のお力には遠く及びませんが、精一杯尽くさせていただきます。サク様の為には、私めの命などは惜しみはしません。」
そして立ち上がりこちらを向くと、流れる様な一礼。それに答えるように、こちらも軽く頭を下げる。
「えーと・・・こ、こちらこそよろしくね、ラクシアさん。」
「はい、よろしくお願いします。何なりとお申し付けくださいませ。」
「は、はい。」
苦笑いで私は答える。ラクシアを含めたメイドたちのこの対応には、やはり慣れない。あまり触れ合っていないのが原因なのかもしれない。
(うーん、アヴィルと違って私は力に崇拝されてるっぽいからな・・・アヴィル曰く。・・・私としちゃあ、それほど強いわけじゃないんだけども。)
「つまり、力がなければ反旗を翻す、と。今はこうして敬われているけど、力をなくせば殺られる、と。・・・改めて物騒だな、この世界は。」
ため息とともに吐き出した小さな独り言は、誰にも聞かれずに消えてゆく。
───EWOと違って、ここでは1度死ぬと人生終了。EWOでは復活できたけど、ここで出来るとは限らないし、死んで地球に戻れる保証なんてない。それに本のような神様なんて会ったこともない。
ここに来て大分経ったからこそわかる。これは夢なんかじゃない、ここは紛れもない現実だ───なんて、最初からわかったつもりでいたみたいだ。
本当はまだゲームの中だって信じたかったんだろう。───現実は平和な日本で、戦争とか殺し合いとかサバイバルとかは無縁の、いつも通りの生活が始まるのだ、と。
実際は違う。ここでは死と向かい合わせの生活、戦争だって珍しいものでもない。生きていくためには生き物を殺さなければいけないし、場合によっては人間を殺らなければいけない時も来るだろう。
科学は発達しておらず、その分魔法を使った製品や機器が普及している。設定は中世のヨーロッパあたりだろうか。EWOのグラフィックも素晴らしかったが、それよりも綺麗な景色が広がっていて美しい。・・・まあ当たり前か、本物だし。
───とにかく。
(まずは生き物を殺めることに順応しなければな・・・殺らなきゃ殺られるんだ。)
誰かが、強さというは変化していく状況に順応してゆく事だ、と言った。確かに、そうなのかもしれない。
その時、
「お待たせ致しました。」
凛、と響く声と共に、別室で着替えを済ませたラクシアが来る。メイド服と同じ丈のロングスカートを主に、肌をあまり露出しない一式装備となっている。一見するとフェミニン風な普段着に見えるが、その実これらは全て『超位級』ランクの魔法服である。高度な魔力を帯びているので、付属する効果は勿論便利なものばかり。
───因みにこれ、アイテムボックス内の発掘物だ。いつに買ったかはわからないが、奥底に眠っていたようだ。着ないのももったいないので、ラクシアに来てほしい、と渡した次第である。先述した通り、サイズに関しては心配ない。服が勝手に、着る者に合わせてくれる。
一式のデザインが大人っぽいからラクシアに似合うかな、と見当をつけに渡した物だったが意外にもよく似合っている。
もしかしたら───ちょっとそこのお姉さん、お茶しない?──とチャラ男にナンパされるかもしれない。
・・・それは危ない。守ってやらねば。
心の中で謎の決意をした私は、それを気づかれないようそっと奥底に仕舞うと、取り繕うようにラクシアを褒めた。それを続くアヴィル・・・ただし棒読みだが。
「似合うよ、ラクシアさん!さすが美人は何でも似合うね!」
「おー、いいんじゃない?似合ってるよ。」
「そ、そんな勿体ないお言葉を・・・有り難き幸せ。
」
私の賛辞はともかく、アヴィルの棒読み過ぎる言葉にも感謝の意を示すラクシア。
・・・恐ろしい程に心酔している。
そして、再び綺麗な一礼。それを見た後、身体をアヴィルに向ける。
「じゃあ、アヴィル。行ってくるね。」




