ねえ、このパン美味しくない? 前編
時は一か月前に遡る。
「ここが王都かぁ…………」
私は透明化の魔法で適当に門番を躱して、バルーン王国の王都へと忍び込んでいた。
大魔王の魔王城と、生まれ育った森から出たことのなかった私にとって、そこは未知の世界だ。
空飛ぶ巨大建造物や、道行く多くの人々。
魔王城でよく食べていた赤い果実が積まれた木箱、遠くに見える巨大なお城。
―――――だがそれよりも、おいしい匂いの方が重要だった。
リムルに聞いたことがある。
人間の街には、道の隅で色々なものを売っている『露店』というものがあると。
『露店』には武具やアクセサリーといったものから、大道芸と思われる娯楽もあった。
その中でも、特に目を引くのは香ばしい煙を漂わせている、数々の食べ物だ。
「おいしそう…………」
思わず涎があふれてくる。
串にさし、焼いて蜜をたらした青い果実。
香辛料をたっぷりとまぶした焼肉。
噛めばパリッと心地よい音を鳴らしそうな腸詰。
どれもこれも、城ではほとんど見たことのない物ばかり。
今度、リムルが帰ってきたら作ってもらおうと、私は心に硬く誓った。
だが、まずは、
「ねえ、おじさん、これちょーだい!」
この空いた腹を満たそうと、甘い香りの骨付き肉を売っている『露店』の男に話しかけた。
「あいよ! 一本500ガルムだ」
「……………ごひゃく、がるむ?」
あ、と思った。
そういえば、人間の国の金を持ち合わせていない。
魔族の国の金なら、『空間収納』に大量にぶちこんできたが、言われてみれば、これは人間の国では使えない。
どうしよう。
「もしかして、金を持ってねえのか?」
「…………(こくん)」
「ありゃ、それじゃあ、これは売れねえなぁ」
「んー…………」
まさか、人間を脅して金を奪うわけにもいかない。騒ぎになって、数多いる勇者にでも嗅ぎつけられたら―――負けはしないだろうが―――面倒だ。
であれば、正攻法で稼ぐしかないだろう。
「ねえ、お金を稼ぐのって、どうすればいいの?」
「そりゃあおめえ、働くしかあるめえよ。働き口がない時は、冒険者ギルドで仕事を貰うのが普通なんだが…………」
ちらり、と男は私の体を眺めて、
「お嬢ちゃんじゃあ、無理だなぁ」
「え、なんで?」
「冒険者の登録は15歳からなんだよ。おめえさん、10歳やそこらだろ?」
「あー…………」
実年齢はプライバシーなので伏せるが、普通の人間なら寿命で死ぬくらいは生きているとだけ言っておく。
だけど、確かに私の見た目は人間でいうところの10歳くらいだろう。
変身できれば変わってくるだろうが、生憎、私はできない。
魔王と言っても、万能ではないのだ。
入国するときはそれで問題なかったのだけれど、こういう時、暴食の魔王ゲルゲルのような変身ができる種族が羨ましい。
胸も大きくできるし。
「まあ、行ってみるよ。ありがとねー」
「おうよ。昼間なら大丈夫だろうが、気を付けてな」
モチベ上がるのでブクマ評価くれると嬉しいです。