だめよ
幸いにも椅子は無事だったので、マーサさんとリムルには椅子に座ってもらった。
テーブルは後で弁償しないとな。買うお金はないから、自作するしかないけど。
「それでは改めまして、魔王やってるベアトリスです。そっちがリムル」
「その………一応、吸血鬼です」
リムルは隠していた吸血鬼の羽をばさりと出した。
マーサさんは「まあ~」と感心したように口元に手を当てている。
もうちょっと驚くと思ったんだけど、まあいいか。
「私、殺されちゃうのかしら~?」
「なっ! そ、そんなことは絶対にさせない! 待っていてほしい、今から私がこの魔王を―――」
「フィルは黙ってて。今度はその鎧も壊すよ?」
「――――くっ!」
フィルは悔しそうに俯く。
どうでもいいけど、『くっ』って口癖か何かなのだろうか。
「安心してください、マーサさん。ベア様も私も、そう言うつもりはありません。ですよね、ベア様?」
「当然だよ。迷惑かけてるのはこっちだからね」
マーサさんの立場からしてみれば、いつの間にか魔王が自分の家に居候していたのだ。
私は魔王らしいことは何もしてないし、するつもりもない。だけど、フィルの反応を見る限り、魔王と言うだけで人類の敵扱いされるらしい。
まして、一般人のマーサさんからしてみれば、恐怖も一入だろう。
「私達は――――」
◆ ◇ ◆
魔王城を出てから王都に来るまでの経緯を、リムルを交えながら洗いざらい話した。
それを聞いたマーサさんは、
「そうだったのね~」
頬に手を当てて、そう一言。
なんともまあ淡泊な反応だ。
多分、急な話だったので受け止め切れていないのだろう。
「そんな話、信じられるわけがないだろう! 騙そうとしているに違いないっ!」
「この状況で私達が嘘つく必要ある?」
「ぐっ………しかし……!」
フィルは口を開いて、そのまま何も言い返せずに言い淀む。
どうしても私達を悪の集団にしたいようだ。
「黙っていてごめんなさい、マーサさん」
「本当にごめんね」
リムルが謝るのに合わせて、私も同じように頭を下げた。
魔王と言うわけにもいかなかったとはいえ、騙していたのは事実だ。そこは本当に申し訳なく思う。
人間の街での生活は、どれもこれもが新鮮で、甘美なものだった。
マーサさんとの暮らしは、楽しくて、嬉しくて、なにより居心地がよかった。
だから、それに甘えて先延ばしにしてしまっていたのだ。
思えば、リムルが来た時点で私は城に戻るべきだったのに。
リムルも巻き込んで、甘いぬるま湯に浸かってしまった。
だから、ここでマーサさんにばれて、ちょうどよかったのかもしれない。潮時と言うやつなのだ。
「マーサさん。私達、町を出ていくよ。今まで迷惑かけてごめんね。リムルもそれでいいよね?」
「はい。これ以上、ご迷惑をかけるわけにはいきません。マーサさん、今までお世話になりました」
「ありがとね。パン、おいしかったよ」
リムルと私はその場で立ち上がると、深々と頭を下げた。
「だめよ」
と、マーサさん。
その言葉には明確な怒気が含まれていて、私とリムルはびくりと肩を震わせた。
いつものほほんとしているマーサさんに、こんな声を出させてしまったのかと思うと、罪悪感でいっぱいになる。
「怒るのは分かるし、許されるとも思ってない。テーブルも、きちんと弁償する。だから―――」
「そうじゃないわ」
「? じゃあ、なに?」
マーサさんは私とリムルを交互に見やって、呆れたように「はあ」とため息を吐くと、
「二人がいなくなったら、私、過労で死んじゃうわよ~?」
「「「………え?」」」
私とリムル、フィルまでもが、ぽかんと開口して固まった。




