ねえ、お風呂が気持ちいいんだけど
「ふいー、疲れたー」
一通り仕事を終えて、私は厨房の椅子に座ると、机に倒れこんだ。
ここで働き始めて三か月くらいになるけれど、日に日に忙しくなっていくばかりで、気を休める暇がない。
パン作りもまだまだ練習が必要だし、自分だけの美味しいパンを作るのも先になりそうだ。
「お行儀が悪いですよ?」
洗い場でトレーを洗っているリムル。
50年も私の従者をしていただけあって、彼女は仕事に慣れるのが早かった。
私の仕事も率先してやってくれるので、とても助かる。
………それに比例してお客さんも増えてきているので、忙しさは増す一方なのだけれど。
「リムルしかいないんだからいいでしょー?」
「そういう問題じゃありません。魔王としての自覚を持ってください」
「今は街角パン屋の看板娘だよーだ」
「違いますよね?」
リムルはタオルで手を拭くと、呆れたように腰に手を当てて、
「看板娘は私です」
「君は吸血鬼としての自覚を持ちなさい」
◆ ◇ ◆
魔王城にいた時は、いつも『クリーン』の魔法で身を清めていた。
シャワーを浴びるよりもよほど綺麗になるし、何より楽だったからだ。
「あ゛ー……きもちー………」
ただ、それも過去のこと。
今の私は、お風呂に込められた魔の力に、取り込まれていた。
「ベア様、お風呂はいいものでしょう?」
リムルは桶に腰を下ろしながら、石鹸を泡立たせて肌に滑らせていた。
石鹸はパンとは違った優しい香りがする。多分、花のエキスを混ぜ込んでいるのだろう。
「そうだね……、なんで今まで入らなかったのか不思議なくらいだよ」
反響する声に合わせて、私はちゃぷちゃぷとお湯を波立てる。
こうして肩までお湯につかっていると、身体の奥底からぽかぽかとしたものが溢れてくるのがよくわかる。綺麗になるだけの『クリーン』では味わえない感覚だ。
「ベア様はこっちに来てから随分と変わりましたね」
「えー、そう?」
「はい。今までは退廃的な生活をしていたというのに……、本当に、立派になりましたよ」
「楽しんでるだけなんだけどね。仕事もパン作りも、全部が新鮮だから」
「それは何よりです。せっかくなら、ずっとこのまま人間の街で生活しては?」
「それもいいかもしれないねー」
私は口元をお湯につけて、ぶくぶくと空気の泡を立てる。
確かに、魔王城にいたときの私は死人も同然だった。
何の変化もない日常。何もやることがない暮らし。
たまに来る侵入者を撃退するだけが私がやっていた唯一の仕事だったけれど、それも殺伐としていて何も楽しくはない。
今から一人で魔王城に戻れと言われても、戻りたくはない。
それに、
「リムルをこき使えるしね」
「やっぱり帰れ」
ブクマ評価ありがとうございます。モチベ上がります。